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2016年7月に作成された記事

2016/07/13

2016・7・13 東京都知事選挙の狂想曲が始まった篇

Photo夏の花 ムクゲ

 2016年の今年は選挙の年といわれる。

アメリカやヨーロッパやアジアや日本でいろんな首長選びが行われる。
日本では参議院選挙が終わり、今は東京都知事選挙で騒がしい。

 今年になってアメリカの大統領選挙の予備選がありトランプ旋風が吹き荒れた。
異星人のようでもあり、いかにもアメリカらしいなという気もする。
アメリカの大統領選挙は一年近くつづく。
このことがまずふうてんなどには想像もつかない世界である。
一年も続くものだから何百億円も宣伝費がいるとも聴く。
この資金を調達できない候補に勝てる見込みはない。

 ヨーロッパではイギリスのEU離脱が国民投票で決まった。
キャメロン首相は即刻辞表を出し、次はメイという女性首相に決まった。
近々バッキンガム宮殿でエリザベス女王の認証を受けるらしい。
キャメロンは公用車で宮殿へ行き、帰りはタクシーに乗るのだろうか。
以前そういう話を聴いて、イギリスって面白い国だなあと思ったことがある。
日本と政治制度は似ていて、王がいて首相がいて議員がいる。
ただ首相の選び方が違っていてイギリスでは選挙に勝った党の党首が自動的に国の首相になる。
前首相は公用車で宮殿へ行き女王に権力の座をお返ししてタクシーで帰る。
新首相はタクシーで宮殿へ行き女王と握手して励まされて公用車で帰る。
こういう具合だから政治の話の進め方がテキパキしているようにふうてんには思われる。

 日本では、特に東京方面では舛添都知事のお金の使い方を連日テレビが報道した。
2カ月も3カ月もそれをやっているうちに参議院選挙となった。
選挙の前にテレビで参議院選挙の話題は殆ど報道されなかった。
終わってみれば与党の圧勝で2/3の勢力を確保していたのだった。
2/3を超えると憲法改定の発議ができるという。
してみれば(舛添狂想曲)は与党の改憲派の書いたシナリオだったのだろうか?

 東京都知事選挙は7月31日である。
これから2週間あまり、今度は(東京都知事選狂想曲)を楽しむことになる。
楽しいのか、楽しまされるのか分からないけど、ふうてんなどは面白がって観てやろうと思う。
明日の公示前の今日13日の夜になって、小池、増田、鳥越の三つ巴の戦いに決まった。
なかなか見どころのある選挙戦になりそうである。

 右目の視界が良くなって、40インチのソニーのテレビが買い換えたようにクリアに見える。
左右のアンバランスも少し慣れてきてチャリに乗っても不安定感はなくなってきた。
問題はこの梅雨時の蒸し暑さ。
若いときから苦手だったこの季節、70歳も過ぎるとこたえますなあ。
体も頭もすぐに疲れて思うように動いてくれしまへん。

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2016/07/03

2016・7・3 セキレイの子育てを観た篇

2Photoセグロ・セキレイ
アオムシをゲット
御殿場の(時之栖ホテル)にもいた

 先週の木曜日に御殿場方面へ出向いた。
新幹線の三島駅からシャトルバスに乗って研修会場へ行ったのである。
卒業した会社の(中堅社員教育)の研修のお手伝いだった。
その研集会場となったホテルは富士山周辺の御殿場にあった。

 何故その研修に駆り出されたのだろう?
ふうてんは現役時代、パソコン開発にかかわっていた。
担当した一つの機種の企画から生産終了までの起承転結。
それが研修の素材として使われたからだった。
そのカリキュラムの題名は(事例研究 FM-TOWNS)だった。

 ふうてんの隠宅からその御殿場のホテルまでの経路は以下のようであった。
隠宅―JR南武線矢川(徒歩)10分
矢川―武蔵小杉(JR南武線)45分
武蔵小杉―菊名(東横線)  15分
菊名―新横浜(JR横浜線)  2分
新横浜―三島(東海道新幹線)25分
三島―ホテル時之栖(バス) 40分
・・・・
(合計)137分 乗り換え(6回)の時間を加えると約3時間。 

 木曜日の午後2時半に隠宅を出て、帰り着いたのは翌金曜日の夜の9時ころだった。

70歳の老人にとってこういうのは疲れるのである。

 移動してホテルに泊まって会場でイベントに付き合う。
隠宅で一日を過ごすときと何が違うのだろう?
それはやはり衣食住の場所が変わるということ。
疲れる要因は食べ物でありタバコであり酒であり睡眠(ベッド)であるといえる。

 ホテルの食事は、朝はバイキング、夜はコース料理と決まっている。
食べ物の品種は多いのだけれど特に(旨い)というものを期待してはいけない。
旨いものしか喰わない隠宅とはそこが違う。

 現代では公共的な移動手段と食堂と宿泊場所の中でタバコは吸えなくなった。
これが隠宅とは決定的に違う。
インディアンの居留地区は極めて狭まれた。
電車やバスの中、道路、喫茶店、レストラン、ホテルのロビーや部屋。
(ここは禁煙なのでしょうね)
と確かめなくてはならない。
アホらしい世の中になってしまった。

 (ホテル時之栖)は勿論全館禁煙だった。
コーヒーと酒はまあまあで、3種混合ワクチンを常用する当方は少し助かった。
3種混合ワクチンとは(ニコチン、カフェイン、アルコール)のこと。
これを同時注入することでウィルスの攻撃に耐えて70年ほどもってきた。
今更変える訳にはいかない。

 (ホテル時之栖)の入り口には、ちゃんと喫煙場所が用意されていた。
筒型の灰皿があり椅子がその周囲に何席か据えられている。
(どうぞここで一服してください)
というホテルの心配りがうれしい。

 そこで何度かタバコを吸ううちに一つのことに気づいた。
ホテルの入り口だからして勿論屋外で、車や人が慌ただしく出入りする。
その道路(道路というよりホテルのエントランス)をチョコチョコと歩く小鳥がいた。
白黒で尾っぽが長い。
セキレイではないかと思った。

 これが行くたびに登場して、同じ動作を繰り返す。
チョコチョコと歩いて、何か口にくわえた物を落としたりまたくわえたり。
チョコチョコと歩いて同じ方向へ行く。
動きを追っかけると、歩いた後、同じ場所で飛び上がる。
そして一瞬の後にまた地上に戻ってチョコチョコと歩き始める。

 飛び上がって戻り落ちたあと、チイチイというような音が聴こえてきた。
・・・
(ひょっとしてヒナを育てているのではないだろうか?)
(でもまさかこんなところで?)
(セキレイは水辺の鳥のはずだし)
 
謎が深まってきた。

 ふうてんは珍しい物事に出会うと(何だろう?何故だろう?)と確かめたくなる。
その習性がここでも現われた。
小鳥ちゃんが飛び上がってすぐに降りてきたその場所を確かめてみた。
ホテルの入り口の大きな柱の地上2メートルくらいなところである。
表からは見えない隠れたところ。
・・・
やはり巣があって産毛のヒナちゃんたちが2羽ほどいた。
子育てをしていたのだった。
エントランスの道をわざとチョコチョコと歩いて、巣へまっしぐらには飛んで行かなかった。
ヒバリと同じように天敵をあざむく為のいじらしいような切ないような行動だった。

 野生とは逞しいなあと思った。
人や車が出入りするほんネキで子育てをする。
天敵が来ないからだろうか。
小鳥の子育ての天敵はヘビや肉食の小動物のはず。
連中はここへは来ないわなあ。

 別の柱の上ではツバメちゃんも子育てをしていた。
その様子もこの(タバコ喫み場)からは見えた。
日本の梅雨は野鳥たちにとって子育ての時期なのだろうか。
雨が森を育て、森には微生物が育ち昆虫たちが育って、小鳥たちが集まる。

 人間はどうなのだろうか。
あらゆる動植物と同じ生き物なのだけれど・・・ふるまいは違うなあ。
セキレイちゃんたちは24時間子育てに熱中している。
夫婦二人でひっきりなしに巣に通っていた。

 そんなこともあって、研修の最後の時間にこんな話をしてしまった。
(コンピュータは情報処理のマシンだよね)
(情報処理といっても人間の思いつく範囲だよね)
(今は人工知能とビッグデータが流行っているね)
(僕から言わせてもらうと情報とは何か?の分析が足りないなあ)

(人間には(情)というものがあるよね)
(人間の情というのは、人生には時間の限りがあるところから来ている)
(何故限りがあるのだろうね?)
(それは人間も生き物だからさ、生れてやがて死んでいく)
(これからの情報処理科学はそういう(生き物)とは何かに直面するだろうね)
(自動運転に自動車メーカが入れ揚げているようだけど、あれは可笑しいね)
(運転免許証、どうするのだろう?事故起こしたら誰が責任とるのだろう?)
・・・

 コンピュータ・メーカの中堅社員諸君にそんな話をした。
ふうてん個人としては科学技術の進化も踊り場に差し掛かったなあ、の感が強い。
ルネッサンスで宗教から解放されて科学が発展し、産業革命で肉体労働から解放された。
その挙げ句に人類は何を得たのだろうか?
みんなが幸せになる、というのは夢幻なのだろうか。

 (ホテル時之栖)でセキレイの子育て振りをみた。
ああ美しい世界だなあと思った。
野生というのは美しい。
人間と違って余計なことを考えないからだと思う。
科学技術も何が大切で、何が余計であるか、を考えるべき時代にはいったと思う。
コンピュータ・メーカの中堅社員研修に付き合って、野鳥の子育てを観て。
つくづくそう思った。

 ふうてんはTownsをやったとき、若いのにこう言っていた。
(人間は半分人間で半分動物なんだよ)
(頭だけじゃなくて肉体を持っているんだ)
(人間は肉体を持っている生き物やちゅうこと忘れんようにね)
 
・・・

 自動運転の自動車、スマホで何でも分かる、食い物はコンビニで買える。
どうも人間も動物の一種、命という時間制限がある生き物、ということを忘れさせるように科学技術は進んでいますなあ。
中世までの宗教に代わって、今はマネーとテクノロジーが人間を支配するようになった。
人間て、いつまでも主役になれない存在なのかもしれんなあ。
いつも何か(神様的なもの)を必要とする衆生なのかもしれませんねぇ。
それに従う方が楽や。
とね。

 困りましたなあ。

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