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2016/05/15

2016・5・15 日本は偽装国家になったのだろうか篇

P5070369アンジェラが咲き始めた
 

隠宅の庭師は真っ赤なバラは植えない


 ニッサンが三菱自動車を買収した。
夜の民放の番組にカルロス・ゴーンが登場して熱弁をふるっていた。
ルノー、ニッサン、ミツビシ合わせて1000万台に迫るらしい。
トヨタ、フォルクスワーゲン、に次ぐ世界第3位の生産台数。

 ニュースを聴いていて何とも言えない心地がした。
この自動車業界再編のキッカケは燃費に関する(偽装)だった。
フォルクスワーゲンも排気ガスに関する(偽装)で大変な話題になった。
パナマ文書が明らかにしたのは税金に関する(偽装)だった。
21世紀になって(偽装)大流行りとなってしまった。

 日本で(偽装)が話題になったのは有名料亭の事件だったような気がする。
この料亭は料理が命の店で、いわゆる(老舗)だった。
特別な食材を使って、腕利きの料理人が、作ったばかりの料理を客に出す。
長年の歳月を重ねて常連さんたちを獲得してきた店だった。

 食材がいい、料理人がいい、出来立てほやほや、ああ、おいしい。
常連さんたちは喜んでいた。
やっぱりこの店はいい、と。
ところが内部告発によって、食材の出所も、作った時間も違うことが明るみに出た。
高い金を払って通っていた常連さんたちは(老舗)の看板に裏切られた。

 食品偽装が続いたころTBSのサンデーモーニングで寺島実郎が言っていた。
(食品だけではなく、あらゆる分野で偽装が・・・日本は偽装国家になりつつある)
もう4、5年前の番組だけど、確かにその後(偽装事件)が続いている。

 食品偽装は様々な形で続いた。
人間の味覚はさほど厳密ではない。
偽装を見抜けなかったからと言って人間の味覚を非難してもしようがない。

 研究活動の偽装事件もあった。
スタップ細胞事件。
(スタップ細胞はあります)
と研究者は言ったのだけれど、再現できなかった。

 建築業界でもいろいろな偽装が告発された。
そして自動車の排ガスや燃費に関する偽装。
もの作り日本の製造現場で偽装が行われている。
どうしてこうなったのだろう?
地中に立てる柱とか排ガスとか燃費とか。
技術者がいたはず。
彼らは何を考えていたのだろうか?
それが技術屋の端くれの積もりの、ふうてんには分からない。

 寺島実郎が(日本は偽装国家になりつつある)と警鐘を鳴らして5年以上たつ。
彼が言いたかったのは、一番上位の政治においてもそうじゃありませんか、だったと思う。
政治、経済、社会、文化。
大抵の教科書はこの順番で語られている。
社会の中には、あらゆる人間の活動がある。
研究、教育、医療、福祉・・・。
これら全ての領域で(偽装事件)の報道が多い。

 政治に関して身近なのは、ふうてんの住んでいる東京の知事のお話。
海外出張だとか週末の別荘通いだとか近場での飲食だとかで騒がれている。
税金を公務のために使ったのか私的に使ったのか紛らわしいと騒がれている。
この都知事に限らず政治家と金の話はいつも話題になっている。
人間の営為のうちの(最上位)にある政治で(偽装)が行われると、あとは推して知るべし、となってしまう。
一事が万事となってしまう。

(偽装国家 日本)のニュースを聴くと、司馬遼太郎の晩年のエッセイを思い出す。
そのタイトルは(この国のかたち)というものだった。
このエッセイは、ウィキペディアに聴くと、
1986より1996に作者急逝で連載終了するまで、『月刊 文藝春秋』の「巻頭随筆」に冒頭掲載されていた。)
とある。
つまり司馬さんの最後のエッセイ集だったということになる。

 ふうてんは司馬遼太郎の忠実な読者ではなかった。
読者ではなかったけれどテレビで観て彼のファンにはなっていた。
綺麗な白髪で、関西なまりで、話に本格のユーモアがあった。
何よりも日本とか日本人のことを真っ正面から考えている人だなあと思った。

 日本とは?日本人とは?を追及した作家だった。
日本とか日本人の美しい点は何だったのか?を追及した作家だった。
それがピークに達したのが(日露戦争)だったとふうてんは思う。
梅原猛に教えられて(殉死)という乃木希典を描いた作品は読んだ。
NHKが大河ドラマ風に(坂の上の雲)をやるというので、これも読んだ。
(殉死)(坂の上の雲)
司馬遼太郎の作品で最初から終わりまで読んだのはこの二作だけである。
買ったのもこの二作の文庫本だけという次第。
この二作品は(日露戦争)がテーマだった。

(この国のかたち)を司馬さんはどのように望んでいたのだろう?
1996年(考えてみればちょうど20年前)に亡くなった司馬さんが今生きていたら?
偽装国家となった日本をどう語るのだろうか?

 そんなことを日本生れ日本育ちの日本人であるふうてんは日々考えさせられる。
世界の他の国の悪口を言う暇があったら、日本はどうすればよいかを考えたい。
極東の小さな島国日本でこれからどのように生き延びて行くか。
どのようにすれば誇りを持ちつつ生き延びることができるか。
誇りを持って、世界と対等に付き合いつつ、日本人が幸せに過ごせる道。
(国は位置で決まる)
という寺田寅彦の言葉を拳拳服膺(ケンケンフクヨウ)すれば答えは見えている。
どうすれば良いかの本質は極めてシンプルだとふうてんは思う。

 これまでそれを意識して実行して成功したのは徳川家康だけだったのかなあ。
残念ながら徳川家康に関して司馬さんのご意見を聴く機会はなかった。
竜馬も秋山兄弟も良かったけれど、家康のこと司馬さん、どない思います?
一度聴いてみたかった。
と思いつつグーグルに聴くと、司馬さんは家康について(覇王の家)という作品を残していると知った。
書評の一つに、
(司馬遼太郎に家康を論じた「覇王の家(新潮文庫)」という作品がある。小説ではない。史論というべきか。この作品のことは知っていたが先日初めて読んだ。司馬の家康嫌い(少なくとも好きではない)は知っていたがこれほどとは思わなかった。)
などと出てくる。

 司馬さんは家康が嫌いだったらしい。
鎖国して、世界の中で扉を閉じて、・・・当然、孤立して。
それで明治維新が起こって、世界へ乗り出して・・・。
それから150年ほど。
日本もいろいろやって来ましたねぇ、司馬さん。
どない思います?今の偽装国家日本を?
 

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