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2016年2月に作成された記事

2016/02/29

2016・2・28 梅まつりのころ篇

P2280305_3谷保天神の梅園

中程に赤い舞台が見える

 この角度からのショットはこの日記で定番となっている。
谷保天神、谷保天満宮は甲州街道から多摩川へ下る丘陵にある。
入り口は甲州街道沿いにある。
従って谷保天神では入り口が一番上にあるということになる。

P2280311琴の連弾も悪くない

和服のご婦人方の演奏

 琴という楽器がどういうものか全く知らない。
今回は演奏前に少し時間があったので恐る恐る聴いてみた。
(琴の弦の素材は何なんですか?)
(昔は絹だったのですよ。今はテトロンです。)
なるほど、ギターと一緒やなあ。

P2280316紅わらべ

地元の小学校の女の子たち

 この舞は菅原道真の残した詞(ことば)に曲や振りを付けたものらしい。
やっぱり、日本人には着物が似合っていると、つくづく思い知らされる。
本当に似合っているなら又復活する時期が来るかも知れない。
女房にこの話をすると(確かに彫りが深くて色白の外国の女の子には似合わないね)と言った。

  早起きは三文の得と古来言われてきた。
ふうてん老人も珍しく今日は朝早く起きて、谷保天神の梅まつりに出かけた。
結果は大正解だった。
去年と一昨年は二年続いて雨で、琴や舞や太鼓の野外の催物は出来なかった。
今回はそれらの全部を始めから終わりまでシッカリと見物できた。
 

 最後は勿論(天神太鼓)の三宅太鼓だった。

動きが激しいので写真に撮ることは出来なかった。
代わりにソニーのビデオカメラで写しておいた。
天神太鼓を束ねるリーダーのおっちゃんと話すことも出来た。

 菅原道真から発したと言われる谷保天神。
飛梅を始めとする梅園。
お囃子、琴、舞、太鼓などの和のサウンド。
そんなものが今でも身近に残っている。
チャリで10分もかからないところで1000年以上の歴史を体験できる。
お囃子(おはやし)も舞も太鼓も5~6歳の子供たちが大人に混じってやっている。

 18歳で伊予を捨てて流れてきた。
京都から東京へ流れるとき、この次は太平洋渡るんやろかと思うた。
70歳になって、太平洋渡らんで良かったなあと思う。
ソクラテスがアテネを選んだように、ふうてんは日本を選ぶ。
余所へ行ってもええことないやろ、なら、ここで死ねばええやないか。
ソクラテス先輩のおっしゃる通り。

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2016/02/14

2016・2・14 こちふかば にほひをこせよ うめのはな篇

P2070320谷保天神 梅園

 一週間前に久しぶりに谷保天神を訪ねた。
冬が終わりかけるころ一番早く咲くのは梅の花だったのを思い出したので。
それで行ってみて写したのがこの写真である。

 梅が咲き始めるころになると、いつもこの歌を思い出す。

(東風吹ば匂をこせよ梅の花主無しとて春な忘れそ)
春の歌としてまことにいい歌だと思う。
もう一つ大好きな歌がある。
(心なき身にもあはれは知られけり 鴫立つ沢の秋の夕暮れ)
これは秋の歌。
春は菅原道真、秋は西行。
このお二人でふうてんの春と秋は豊かで幸せな季節になったのかもしれない。

 この日はかなり寒かった。
チャリで出向くとき、念のためにウィスキーをポケット瓶に入れた。
谷保天神は隠宅からチャリで5、6分の距離にある。
いつものルートで天神にたどり着き、いつもの駐輪場所にチャリを置いた。
そこから谷保天神の境内を下っていく。
谷保天神は武蔵野台地から多摩川へ下る斜面にある。
本殿を冷やかし、梅園を冷やかす。

 梅が予想以上に咲き始めていた。
梅は木によって咲き始める時期が違う。
桜も違うのだけれど、ソメイヨシノだけはDNAが一緒だから同じ場所の染井吉野は一斉に咲く。
梅はソメイヨシノのようなことはないようだった。

 本殿の前にある(飛梅 とびうめ)の咲き具合を確かめて、梅園の咲き具合を確かめる。
何しろ今月末には梅祭りがある。
飛梅は一割、梅園は二割くらいの咲き具合だった。
(飛梅)というのは菅原道真由来の梅だそうである。
京都に住んでいた菅原道真は梅を愛していた。
その主人が遠い九州の太宰府へ流された。
主人を追いかけて京都の梅が太宰府まで飛んで行った。

 それで太宰府の菅原道真のところの梅が(飛梅)と呼ばれるようになった。
その(飛梅)の一枝を各地で貰って帰るようになったらしい。
谷保天神にもその一本がある。
谷保天神は菅原道真の三男坊由来の神社である。
それで(梅)もおとっつぁんの流された太宰府から持ってきた、という次第。

 梅祭りでは(紅わらべ)という少女たちの舞も上演される。
この舞は菅原道真の詠んだ和歌に楽曲や振りをつけたものであるらしい。
谷保天神は要するに何もかも菅原道真起源のお宮さんである。

 境内を一回りしてチャリのあるところへ登り戻った
帰りながらこんなことが浮かんできた。

(谷保天神の梅を観るのも今年が最後かもしれんなあ。
 これからの春夏秋冬はどれも最後かもしれへんなあ。
 これが見納め、最後や思うて、味わうんや。
 枯れ木に花が咲いて、新芽が出て。
 新緑になって葉っぱが繁って深い緑になって。
 そのうちに盛りが過ぎて黄色や赤に輝いて。
 やがて秋風やら木枯らしやらに吹かれて散っていく。
 ホンマ、今年が最後かもしれへんでぇ)

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2016/02/03

2016・1・31 東京にも雪は降る篇

Yuki_112013年の大雪
ロシナンテも寒かったに違いない

今年も同じ情景が繰り返された。

 この間、国立の隠宅で大雪が降った。
東京でも年に一度か二度は大雪が降る。
大雪と言ってもせいぜい10センチ程度積もるかどうかの大雪。
豪雪地帯の(一日に100センチ)という話ではない。
それでも網の目のように張りめぐらされた東京の交通網は雪には極端に弱い。
この間の大雪ではJRも私鉄も殆どの電車が一時止まった。
ホームは人であふれて乗降客は身動きが取れなくなった。

 温暖化が叫ばれて久しい。
10年くらい前だったろうか(不都合な真実)という映画が話題になった。
アメリカで大統領になれなかったアル・ゴアが主役であった。
それのメイキング物の本が出版された。
10年ほど前にふうてんも読んでみた。

 なかなかよく出来た本だった。
写真が素晴らしい。
いかにも(地球が温暖化して氷河が融けてエライことになりますよ)と伝わってきた。
念のためにグーグルに聴くと(原題: An Inconvenient Truth)とあった。
(コンビニ)と日本語化されたコンビニエントは(便利な)という意味だと思う。
だからこのゴアの原題を知ったとき(不便な真実)というように感じた。
不便な真実??何だろう、それは。

 ゴアのこの本の主張は(人間が産業革命以降CO2を大量に発生させた。それが今の地球温暖化の理由である。CO2の発生原因を断たないと地球は、地球の生き物は滅びるであろう)というものだった。

 アメリカは時々こういう(文明の変節点)を指摘するような本を出す。
ふうてんなどが覚えているのにレイチェル・カーソンの(沈黙の春)がある。
春になって生き物たちが騒ぎ始めるはずなのに声が聴こえて来ない。
何故、昆虫たちは声を出して騒がないのだろう?
調べてみると農薬で昆虫たちが死滅していたことをレイチェル・カーソンは知る。
人間が食べるための農作物を沢山作るために薬品を使って人間以外の動植物を殺す。
それが正しい行いなのだろうか?
(沈黙の春)は環境保全運動のバイブルとなっている。

 不都合な真実、沈黙の春の時代にも日本には四季が訪れる。
温暖化でも冬は寒い。
春にはウグイス、秋にはスズムシやコオロギなどの声が今でも聴こえてくる。
日本は恵まれた国なのだろうか。

 しかし、この数年の世界中での異常気象は激しくなるばかり。
CO2の増加がその理由なのかどうかはよく分からない。
ただ確実に言えるのはCO2を吸収して育つ植物が減っていることではなかろうか。
森林伐採は相変わらず進んでいる。
海底の森もずいぶん減っていると聴く。
石油を燃やしてCO2を吐き出す車は増えるばかり。

 4大文明は燃料の木を伐り尽くして砂漠となった。
今はそれが世界中で行われているということだろうか。
食糧も木材も大半を輸入している日本。
エビの養殖で東南アジアのマングローブの森は減り行くばかり。
南アジアの大森林は切り倒されるばかり。
エビも木材も日本が買っているのではなかろうか。

 今の温暖化はやはり文明の進んだ国、アメリカや日本の経済活動、消費活動がもたらしたものであることだけは確からしい。
世界の温暖化にアメリカも日本もずいぶん貢献してきたと思われる。
30年ほど前にアメリカへ出張したとき、ロスアンゼルスで片側6車線の高速道路へ入ったときゾッとしたことを覚えている。
6+6=12車線の道路を初めて観た。
アメリカはこういう国だったんだ・・・。
 

 アル・ゴアは(不都合な真実作ったん誰や?)と自問自答したに違いない。

日本も同罪かもしれへんなあ。
あぁ・・・。
 

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