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2016年1月に作成された記事

2016/01/25

2016・1・24 久しぶりに第三の男を観た篇

Photoオーソン・ウェルズ扮するハリー・ライム




  
Cat 
隠れている彼の靴にまとわりつく子猫ちゃん


 正月も明けて70歳になったふうてん老人、部屋の片づけを始めた。
10年以上も自室の掃除は一切していない。
片づけが好きな、隠宅のハウス・キーパーどのからすると、とんでもない話ではある。
ゴミの山、壁も窓もホコリとタバコのニコチンで黒ずんだ茶色となっている。
部屋の中はマシンの空き箱のダンボール、本やら雑誌やらで足の踏み場もない。

 70歳になったから遺書でも書こうかと思った。
オヤジを見送ったとき、遺書とは何なのかを考えた。
人が死ぬると残された人たちには二つだけ課題がある。
遺体と遺産をどうすればよろしいかという課題である。
勿論、我がオヤジどのは遺書なんて残さなかった。
92歳で死ぬまでお坊っちゃんだったオヤジらしい。
こういうお人に、他人への気遣いなどは期待してはいけない。
遺書がない、ということで残された者が勝手に遺体やら遺産やらを始末するしかなかった。

 さて、と遺書を書こうかと思ったけれど、遺体も遺産も大したことないなあ。
書くほどの値打ちあらへん・・・・。
そやけど、遺体はどうでもええけど、この部屋のゴミは片づけた方がええんちゃうか?
死んでまで嫁はんに迷惑かけたらアカン。
・・・・
それで一日一時間と目安を決めて片づけにかかった。

 過去の亡霊というのかしら、いろんな書類がありますなあ。
何とかの打ち合わせ資料とかアレやらコレやら。
次々と大きな紙袋に入れて行った。
とかくするうち、カチンと手応えのある雑誌が出てきた。
タイトルに(週刊テレビガイド創刊50周年記念企画)とある。
サブ・タイトルに(淀川長治 映画の世界 名作DVDコレクション)と来た。
これの創刊号で特別価格490円。
 2012.7/11号。
淀長さんの解説つきで(第三の男)がまるごと観られるというしろものだった。

 買っただけで忘れていた。
淀長さんにイギリス映画の最高傑作、映画の教科書のような名作、好きだけれど余りの素晴らしさに嫌いになった、と解説されるまでもなく第三の男はこちらもファンなのである。
さっそく観てみた。

 アントン・カラスのチターの演奏から始まる。
このサウンドは最初に映画館で観たとき、まことに新鮮だった。
チターというのは初めての楽器だった。
琴とも違う、琵琶とも違う、ギターとも違う。
しかし弦楽器で指で弾くことには違いがない。
弦をこする音ではない。

 この(第三の男 The third man)については映画化に関して、原作者のグレアム・グリーンが結構書き残している。
グリーンは自分の作品を(エンターテインメント)と(ノベル)に分けていた。
代表作の(情事の終わり The end of the affair)は勿論ノベルで、第三の男とかハバナの男はエンターテインメントだと自身が語っている。
第三の男の映画化のときは監督のキャロル・リードとずいぶん付き合ったらしい。
映画の舞台であるウィーンでいろいろ語り合った。
ラストシーンに関してもグリーンとキャロル・リードは意見が対立したらしい。

 原作者のグリーンは、ラストシーンを結局、三文作家のホリー・マーチンは女に関してだけは達者だった、と女が腕を組んでいくシーンを主張した。
対して映画監督のキャロル・リードは、女は本当にハリーを愛していた、アメリカの三文作家無視して真っ直ぐにこちらへ向かって歩み続ける、そして(THE END)、を主張した。
結果はキャロル・リードのいう通りになって成功した。
この映画の主役はオーソン・ウェルズで、彼の存在感が原作以上の魅力を引き出したことは間違いない。
それでもグリーンの原作がないとオーソン・ウェルズも存在しなかった。

 男や女の人間どものドラマをアントン・カラスのチターが包み込む。
そそのかしたり、驚かせたり、なぐさめたり・・・。
カメラもいいけれど、音楽が最高の舞台廻し役を勤めた映画だったと思う。
この映画は1949年に作られた。
1954年に公開された(七人の侍)を作った黒澤明はこの(第三の男)を観ていたはず。
アントン・カラスではないけれど早坂文雄という、いい音楽のパートナーに恵まれた。
映画とは確かに(総合芸術)なのかも知れないなあ・・・。
第三の男を見直してそう考えさせられた。

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2016/01/10

2016・1・10 波乱の年が始まった篇

P1050310谷保天神の絵馬
 

隠宅の庭師兼料理人撮影


 今年2016年は波乱の年となるらしい。
世界で、日本で、政治やら経済やらで波乱が予測されるという。
ふうてんなども何となくそんな予感がしなくもない。
どういう波乱が来るのだろうか?
そういうことを予測してみるのも正月明けの楽しみかもしれない。
自分のことは棚に上げて、世界やら日本やらに起こる波乱を考えてみたい。

 今年起こる波乱は過去へネジを逆戻しすることで起こると思う。
世界でいうとヨーロッパ方面での何千年も前の大昔からの歴史。
日本でいうとたった150年前の明治維新からの歴史。
その歴史を逆戻ししたい人がいる、逆戻しなんて真っ平御免という人がいる。
その両者の間で起こる争いが今年の波乱の根源だろうとふうてんは思う。
 

 ヨーロッパと中東は大昔から地中海をはさんで存在していた。

どういう歴史をたどったのか・・・我々アジア人の方が客観的に見ることができる。
アジア人の一人としてふうてんが思うのは、そんなに近く同士で、どうして何千年も揉めているんですか?ということに尽きる。
・・・
待てよ、地中海と日本海と大きさはどうだったっけ?
グーグルに聴いてみよう。

 日本海は地中海の半分くらいのようだった。
いれにせよ大西洋やら太平洋と比べると小さな海である。
瀬戸内海よりは若干大きそうだけれど。
そういう小さな海を隔てているだけなのに、こんなにも揉め続けている。
どうして人間って揉め続けるのだろう?
ヨーロッパやアラブ方面で起こっている揉め事を日本人も笑って見ていることはできない。
日本海隔てて、朝鮮やら中国と揉め続けている。

 何故人類は揉め続けるのだろう?
どうすれば揉めずにすむのだろう?
答えは明らかだとふうてんなどは思う。
ただ世の中、ふうてんのように考える人ばかりとは限らない。
いろんな人がいろんなことを考える。
それではまとまらないから、何か標準、スタンダードが必要ではないかと考える。

 ワールド・ワイド・スタンダード。
EU欧州連合。
ちらも限界を露呈した。
どうも人間は(一括りにする、十把一絡げ)とはいかないらしい。
ふうてんなどは何故うまくいかないのかの理由が分かるような気がする。
それを一言でいうと、
(文明は流通する、文化は流通しない)
(文明は土地に依存しない、文化は土地に依存する)
となる。
そのことを忘れてワールド・ワイド・スタンダードと言って何もかも取り仕切ろうというのは土台無理な話なのである。

 今年の波乱は北朝鮮の(水爆問題)から始まった。
北朝鮮は先陣争いで先を行きたかったのだろうか。
日本の本格的な波乱はいつ頃どういう形で始まるのだろうか。
・・・
ワールド・ワイドとローカルと。
日本でいうとGDP目標600兆円と地方創生。
それのせめぎ合いになるような気がする、今年の波乱は。

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2016/01/03

2016・1・3 70歳になって灰色の青春時代を思い出した篇

P10103292016年 おせち


 テレビの正月特集で谷村新司と来生たかおの歌の番組をやっていた。
(いい日旅立ち)
(夢の途中)
いずれも名曲だと思う。
その二人があれこれと思い出話をし、歌う。

 谷村新司  1948年生れ。
 来生たかお 1950年生れ。
どちらも還暦をとっくに過ぎたほぼ同世代。
思わず二十歳ころの気分に戻って二人の歌に聞き惚れていた。

 12歳で地元伊予の小学校を卒業し松山のドミニコ会のセミナリオへ通い始めた。
18歳で京都へ流れて奈良や京都でひとり住まいを始めた。
22歳で卒業のはずが自動車部で遊び呆けて留年した。
23歳で文化果つる蝦夷の地、東京へ流れた。

 両親も兄弟も友だちもいたけれど、いつも一人だったような気もする。
中学時代にはよく一人で夜中に近くの山を歩いた。
山麓の村の一番上に家があったから、家の南は山ばかりだった。
昼間は山の植物や小鳥たちやお魚ちゃんたちと遊んだ。
夜は山を歩いてお月さんとお話をした。
夏の月はどことなく黄色みを帯びていて温かい感じ。
真冬の月は青くて冷たかった。

 夢に満ちた楽しくて明るい青春時代。
それとは、ほど遠い青春時代だったように思う。
瀬戸内も京都も冬はどんよりとした雲に覆われる。
晴れもない、雪が降ることもない、ただ灰色の雲があるばかり。
その天気のような(灰色の青春時代)だった。

 18歳の5月ころ、京都で下鴨神社の近くに下宿を見つけることができた。
その最初の夜、近くの喫茶店へ一人で行った。
飲めもしないのにウィスキーを頼んだ。
ショット・グラスに注がれたストレートの琥珀色。
当時読んでいたチボー家の人々の弟ジャックの真似をした。
お兄ちゃんのように女の子に持てたり要領よく生きることができないジャック。
誰も乾杯してくれないジャックはしようがないので一人で杯を干す。
(俺の人生に乾杯!!)

 それからもう50年ほどたつ。
琥珀色の杯はずいぶん干してきたなあ。
正月3日の今日は谷村新司と来生たかおのせいで、大昔を思い出してしまった。

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