« 2015年10月 | トップページ | 2015年12月 »

2015年11月に作成された記事

2015/11/23

2015・11・22 大相撲九州場所楽日前の会につき篇

秋 光と陰の季節 もうすぐ冬が来る

Pb140448桜通り
 
 
 


 
Pa190355 
隠宅のドングリ





 9月の秋場所に続いて11月の九州場所が終わった。
日馬富士がケガを乗りこえて2年ぶりに優勝した。
横綱になって2年間も優勝できなかった思いはいかなるものだったのだろう。
モンゴルから日本へ来て、フンドシ締めてチョンマゲ結って相撲を取っている力士たち。
千秋楽では負けたけれど優勝して日馬富士は涙ぐんでいた。
モンゴル人、日本人、ハワイ人、ヨーロッパ人。
関係あらへん。
フンドシ締めてチョンマゲ結ったら大相撲の力士や。
宗教、民族、国籍・・・関係あらへん。

 いつものように大相撲楽日前の飲み会を谷保のしんうでやった。
ブンシュンの豊田さん、ベースボールマガジンの村ちゃんとの3人の会。
ラガーマンがいないのは、やはり寂しい。
話はエディ・ジョーンズがイングランドの代表監督に招請された、から始まった。
ラガーマンがこのニュースを聴いたらどう言うのか聴きたかった。

 今回はブンシュンの豊田さんに、これまで会った作家たちの話を聴きたいと思っていた。
直接会った作家たちがどういう人物であったか・・・それを聴きたいと思っていた。
(夏目漱石には会っていないですよね)
と村ちゃんがチャチャを入れた。

 ふうてんが聴きたいと思っていた作家たち、即ちふうてんの好きな作家たちについて聴いた。
谷崎潤一郎・・・直接お話はできなかったけれど、ある会合でお姿は拝見できました。
小林秀雄・・・・河上徹太郎との対談を企画して同席しました。
(小林秀雄って、声が甲高いでしょう?ユーチューブで講演聴いて驚きました)
(その通りです、声が高い方がよく通るし、小林さんのようにケンカ好きな人は特にね・・・)
(ヤッパリ・・・)
 
吉田健一・・・・よく一緒に飲みました。彼も声が少し甲高くてね。
 
(山口夫人に聴いたのですが、健一さんはケッケッケと笑うんですか?)
(そうなんですよ。ハハハハッでもないフフフフッでもない・・・確かにケケケケッだったなあ)
残念ながら彼とどこでどういう酒を飲んでどういう話をしたのかは聞き逃した。
開高健・・・・・この人は物知りでしたねぇ。
司馬遼太郎・・・やっぱり新聞記者上がり、という感覚の持ち主でしたね。
(司馬さんは記者時代、大学の図書館で仏教の本ばかり読んでいたとか)
(そうなんですよ、サンケイ新聞にはいる前、どこかの新聞社でね)
(どうして大学の図書館なのでしょうね?)
(新聞社の記者というのは担当の分野があるのよね。政治とか経済とか宗教とか・・・)
(それで宗教でアジアで空海にたどり着いた・・・と)
(そういえば空海のこと書いた作品あったなあ)
 
・・・・

 話は尽きなかった。
豊田さんはドナルド・キーンには会う機会がなかったと言った。
ふうてんは彼から文楽と谷崎の瘋癲老人日記を学んだという話をした。
日本の文化をアメリカ人のドナルド・キーンに学んだ。
それで文楽では竹本住大夫の追っかけが始まり、谷崎潤一郎の全作品を読むことになったというお話。
愛媛県、伊予の内子座まで住大夫さんを追っかけた、という話もさせて貰った。

 60歳代~70歳代の友人たち。
残り時間はもうそんなにない。
だから貴重で、大切にしないといけない、と、この頃強く思うようになった。

| | コメント (0)

2015/11/17

2015・11・17 JO僧正の鶴見川鳥獣戯画につき篇

Dsc_3269_miyakodori_2連れて 逃げてよ
ついて おいでよ

JO僧正の鳥獣戯画


Dsc_3269_miyakodori_5京都高山寺の鳥獣人物戯画
 

鳥羽僧正と習ったが

作者は特定されていないらしい

  花の都パリでまたしても大きなテロ事件が起こった。
今ヨーロッパは大変なことになっている。
人間は殺し合う動物である、とソクラテスだったら定義してもおかしくない。
ひょっとしたら人間の本能ではないかと嘆いた学者もいた。

 ヨーロッパは歴史上、ず~っと殺し殺されを繰り返してきた。
狭い範囲に異なる宗教、異なる民族がひしめき合っている地域である。
悪いことに地勢的条件も多様だから、文明の発達も様々だった。
当然、政治、経済、文化が多様になる。
貧富の差、ひいては国力の差も多様になる。

 一次、二次の大戦で、もう殺し合いはやめようよとEUを始めた
そういう壮大な実験をしてきた。
これはキリスト教をベースとした連帯だとふうてんは思う。
イスラム圏は一緒に入れない連帯である。

 しかし皮肉なことにEU圏内には1600万人ものイスラム圏から来た人々が住んでいる。
その人たちの出身地はイスラム圏にあり政治、経済などの社会システムや文化は異なる。
非常に複雑なモザイク構造にヨーロッパはなっている。
これは歴史を知れば知るほど、気が遠くなるくらいである。

 こういう、歴史のなが~い(揉め事)を武力だけで解決できるとはとても思えない。
最新鋭の武器(ミサイルやドローンなど)を使って先進国は武力解決を目指しているように見える。
(ホンマに先進国と言えるのかいな?)
と、この頃(先進国とは何か?)
とソクラテス先生に問いをぶつけてみたいような気がする。

 作家の開高健は若いころ世界の戦場を駆けめぐってルポを書くこを仕事にしていた時代があった。
中東、アフリカ、ベトナムなどなどで第二次世界大戦後も戦争が続いていたのである。
最後がベトナム戦争で、200人のアメリカの部隊に従軍記者という形で参加していた。
ベトコンに攻められて部隊は壊滅、生き残ったのは開高健を含めて7人だけだった。

 この経験を経て、彼は釣りを中心としたルボ風の作品を多く書くようになった。
(もう人間の争いごとは嫌になってしまった。本も鳥獣虫魚に関するものしか読まなくなった)
と語っている。

 JOさんはJoBlogの他に(インディヒストリーのブロッグ)というブロッグも書いている。
この老人日記の(お勧めサイト)ではJoBlogしか紹介してこなかった。
インディヒストリーのブロッグ
 http://indiehistory.cocolog-nifty.com/blog/

 このブロッグは2010年3月から始まったようで、サイト説明には以下のようにある。
(このサイトについて)
世界中を旅する歴史好きライターのレポート。
世界遺産、自然遺産から日本の考古学にも触れます。
邪馬台国関連情報もチェックできます。

(ライター紹介)
インデイ筒井 JOさんのこと。
浅茅原竹毘古 Muさんのこと。

 このブロッグではこのところ野鳥の記事が多い。
2013年の夏に(歴史好き)のMuさんが亡くなった。
歴史とは即ち人間同士の揉め事の記憶である、という側面がある。
JOさんも(揉め事)に疲れちゃって鳥獣虫魚に転じた気配がある。

 最近の記事の一つから拝借したのが掲記の写真。
三番瀬 『ミヤコドリ』(20151030日) インディヒストリーのブログ
http://indiehistory.cocolog-nifty.com/blog/2015/10/20151030-a0c3.html

 このブロッグで登場する鳥たち、魚たち、虫たちを拝見していて思わず(鳥獣人物戯画)を思い出した。
野鳥たちが狩りをしケンカをし退屈そうにしたりしている。
それで高山寺の絵巻ではカエルが人間のように描かれている。
手塚治虫はこの絵巻物が大好きで、
(僕たちがマンガでやりたいことは全部やられている)
と述懐していた。

 JOさんのこのブロッグを、
(JO僧正の鶴見川鳥獣戯画)と呼びたくなった。

鶴見川の一部を紹介しておこう。
6
源流はこの池



7JO僧正の鳥獣戯画の舞台

 
遠くに富士山
 
近くにサッカーで有名な日産スタジアム

| | コメント (0)

2015/11/09

2015・11・8 荒野の七人を観た篇

Photo七人の侍

1954年(昭和29年)
黒澤明(東宝)


Photo_3荒野の七人

1960年(昭和35年)
ジョン・スタージェス
(ユナイテッド・アーティスツ)

 今年も秋は短かった。
日が暮れるのが早くなったなと思っていたらもう立冬だという。
うららかな春も、爽やかな秋も短くなった。
大雨、洪水、津波、火山の噴火、猛暑、超大型台風・・・。
我々を取り巻く自然は激しさを増すばかりの時代となった。
怒っているのだろうか。

 昔は(芸術の秋)という言い方があった。
猛暑の夏が終わって涼しい風が吹き始める。
落ち着いて読書でも楽しもうか。
そういえば美術館でルノワール展が始まったなあ、覗いてみようか・・・。
読書、観劇、絵画、そして音楽。
天高く馬肥ゆる秋、なんてのもあった、つまり食欲の秋でもあった。

 あれこれと、そういう秋を楽しませて貰ってきたのかもしれない。
しかし老眼となって読書はめっきり減った。
観劇と言ってもパコデルシアもいなくなったし住大夫は引退した。
ジャズもフラメンコも文楽も(会場へ出向く)理由がなくなった。
映画も銀座通りの京橋にあった(テアトル東京)のような巨大な画面はもうない。
近くの(立川シネマシティ)も演目がよろしくない。

 ハイビジョンは老人福祉になるのではないかと50歳ころに思った。
今、もうすぐ70歳となって、当たっているかもと思う。
外へ出向かなくても40インチの液晶テレビが結構役に立つ。
映画は勿論観られる。
ルノワールの傑作絵画だって結構出てくる。
住大夫の文楽もいい番組がある。
漱石先生や谷崎瘋癲老人もよく登場する。

 ただ一つの問題は、録画して消すに忍びないのでダビングするブルー・レイのお皿が増えるばかりということ。
電機メーカの無節操振りに我々庶民は悩まされる。
ソニーのβのテープ300本、Hi-8のテープ500本、デジタル・ビデオ・カセット300本。
そして今はブルー・レイという光のお皿200枚。
ふうてんなどが犯した罪はパソコンでやった(CD-ROM)だけでカワユイものだった。
でもそれも同罪かもなあ・・・。

 先週、嬉しいことにNHKが(荒野の七人)を放映した。
大昔の西部劇で、ふうてんの大好きな映画なのである。
黒澤明の(七人の侍)のリメーク版で、リメーク物としては成功した珍しい例だった。
音楽がいいので時々そのテーマ曲を思い出したりする。
スティーブ・マックィーン、ジェームズ・コバーンなどの忘れられない俳優たち。

 1960年の封切りだというから今から55年前になる。
中学生だったふうてんは松山の映画館でこれを観たらしい。
らしい、というのは妙な記憶があるのである。
映画の中で、主役のユル・ブリンナーが村民たちと作業をしている時、暑いので帽子を脱ぐシーンがある。
そのとき、この映画では初めて彼のトレード・マ―クの(ツルピカハゲマルドン)を晒す。
つまり頭に毛が一本もない(坊主頭)を見せるのである。
それを観た家人(おふくろだったか姉貴だったか)が(あれっ?どしたん??)と伊予弁で言ったのを覚えている。
まさか親分役のユル・ブリンナーがツルツルの禿げ頭だとは想像もしていなかったらしい。
この驚きの声(あれっ?どしたん??)は同行のメンバーの声だった。
ということは、家族連れで観に行っていたのだろうか。

 愛媛県南伊予郡南伊予村大字上野本村で生まれ育ったふうてんの、一家の唯一の娯楽はお城下である松山での映画見物くらいだった。
松山はバスで30分、(お城下へ行く)と村の人たちは言っていた。
今は道路もいろいろ出来て8キロほどの距離なので10分もかからない。
当時は伊予鉄の乗合バスで停留所が10個以上あった。
たった一本の映画を観るためにエライ苦労をした時代でもあった。
(お城下という言い方。子規の俳句に、春や昔 十五万石の 城下かな、というのがある。)

 同じ(荒野の七人)を当時観た人でも都会育ちと村育ちとでは印象が違うのかもしれない。
すぐ近くに映画館があった人と、ふうてんのようにバスで30分もかかる村育ちとでは。
うちの女房どのなどは別府の駅前育ち故、近くの映画館で東映やらの日本映画をオヤジさんに連れられてずいぶん観たらしい。
子供のころ観た映画は親の好みで、ということになる。
女房どののオヤジさんは邦画ファン、ふうてんのオヤジどのは洋画ファン。
従って子供のころに観た映画は全く違うのでありました。

 1950年代、1960年代は映画の黄金時代だった。
1945年に第二次世界大戦が終わって、世界の映画人は(やっと自由に映画を作れる)と意気込んだ。
映画会社も一儲け出来そうだと大金を注ぎ込んだ。
特に戦勝国の代表だったアメリカのハリウッドはまるで(映画の聖地)のようになった。
ハリウッドで作られた映画が世界中で、戦争に疲れ尽くした人々に一時の娯楽を提供することになった。

(荒野の七人)という一本の映画をテレビで観る時、我々世代はそんな50年も前のことを思い出しているのかもしれない。
 

| | コメント (0)

2015/11/01

2015・11・1 三省堂、お前もか篇

Milonga8_2ミロンガの向こうが三省堂書店

 秋が深まった。
夕刻4時を過ぎると暗くなってくる。
考えてみれば冬至まであと2か月もない。
老人にとって太陽の光は大切なので辛い季節が始まる。

 今年は(偽装事件)が多い年だった。
偽装事件は今年に始まった話ではなく、この20年ほどよく聴くようになった。
食品の偽装事件あたりから始まったように思う。
コストを安くして高く売るための(偽装)であった。
中には毒入りというような恐ろしい話もあった。
高級料亭の有名な老舗が、作った料理を使い回していたという情けない話もあった。

 今年は食べ物の話ではなく、我々の生活の身近な存在である大企業のお話。
東芝、フォルクスワーゲン、旭化成、三省堂という面々であった。
いずれもその業界で名だたる企業である。
不正な偽装をして稼がないと会社がつぶれるという企業ではない、はず。
そういう会社が信じられないような幼い罪を犯した。
粉飾決算、試験データの改竄、小銭を使った利益誘導・・・。

 ふうてんなども小さくはない会社で定年退職まで仕事をした。
だから(仕事とモラル)について少しは話す資格があると思う。
仕事とは何なのだろう?
会社の役に立つことをしてお金を貰う。
それがサラリーマンの仕事なのだろうか?

 それだけでは余りにも儚(はかな)い。
会社の利益に役立つ一つの歯車として一生の大切な時間を過ごす。
儚い、というより、自己欺瞞ではないだろうか。
会社が大切なのか自分が大切なのか・・・問うまでもないお話。
自分が大切なのに決まっている。

 自分の方が会社より大切、しかし・・・会社からお金を貰っている立場でもある。
会社が、お金のためにこうしろと言ったとき、自分はどう対応すればいいのだろう?
反対です、と辞表を出すか・・・。
でも子供たちもいるし、ウソを承知で会社の方針に従うか・・・。
サラリーマンの経験があるお方なら必ず体験されたお話です。

 不正事件の最後に登場したのは三省堂だった。
ジュリアス・シーザーのセリフじゃないけれど、
(三省堂、お前もか)
と言いたくなった。
教科書の検定に関して、検定する立場の人たちに何がしかのお金を渡した。
三省堂が出版する教科書を採用して欲しい、と。
三省堂と聴いてふうてんはビックリした。

 三省堂のコンサイス英和辞典は12歳の中学一年生のときから就職して数年の間、つまり12歳から32歳くらいまで、20年ほど一冊のその辞典を使ってボロボロになった。
ボロボロになっても使う値打ちがあるから使った。
ふうてんの英語力の源泉になってくれた。

 ふうてんの好きな喫茶店、神保町のミロンガは三省堂書店のすぐ裏にある。
この三省堂書店のビルの上に立てられているカンバンは目印によろしい。
初めてミロンガへ行く人にはそのように案内している。
この神保町の三省堂書店は素晴らしい書店だとふうてんは思っている。
一階から七階くらいまであり、それぞれの階で楽しむことが出来る。
17歳のときに初めてミロンガへ行ったときから69歳の今まで、50年ほど通っている。
2階には喫茶室もあり、今は禁煙になって行けないけれど、よく時間を過ごした。

 こういう三省堂も不正をして金儲けをする時代になってしまったようである。
聴けば、少子化時代になって、教科書の部数は減る、行政からコストは締め付けられる・・・。
それでライバルに勝つためについ・・・。
ということだったらしい。
東芝もワーゲンも旭化成も・・・同じようにお金の話だった。
全ての犯罪の根源にお金あり、の時代になったのだろうか。

 宗教に支配されていた中世から、ルネッサンスによって(人間回復)を成し遂げた人類。
中世から近代へ、やっと人間は人間らしく生きられる時代となったと喜んで来た。
ルネッサンスは宗教からの開放と同時に科学技術の発達をもたらした。
科学技術の中でも大きかったのは動力の進化だった。

蒸気機関車から始まった産業革命の結果、人間はどこへでも行ける動物となった。
世界中どこへでも移動できる、その為の技術を人間は手に入れた。
これは人間以外の動植物にはない手段だった。
この手段を手にしたイギリスは(大英帝国)と言われるように世界を支配した。

 15世紀のルネッサンスで人間は宗教から開放されて人間復活をした。
誰からも支配されない・・・そういう生き物はあり得るのだろうか?
ルネッサンスから今までの500年ほどはそういうテストの時代だったような気もする。

 ハッキリ言うと、(宗教)から開放された人間は今(お金)に支配されている。
全てがマネーの時代になった。
日本の国営放送であるNHKが毎時(為替と株の動き)をやる。
どちらも(お金)の話である。
こんなに(お金)の話を毎時聴かないといけいくらい日本国民はお金漬けになっているのだろうか。
政治よりも天気よりも殺人事件よりも庶民の懐具合よりもNHKは(為替と株価)を優先する。

 ルネッサンスからの500年、人類は(真善美)ということに思いを馳せなかった。
大昔ギリシャで追求された(真善美)である。
今はEUの中で迷惑な存在と言われているギリシャで(真善美)という概念は確立した。
これについてはその後人類は進化していない、と我らが吉本隆明は言っている。

 人間が他の動植物と違うのは何なのか?
をマジに考えて当時のギリシャの人たちは(動植物たちは真善美なんて考えないだろう)と思ったのだろうか。
それで(真善美とは何か)を必死で追求した。
ソクラテスが活躍したのは大体紀元前500年ころで、ルネッサンスを経て、今が2000年。
(汝自身を知れ)と言ったソクラテスからもう2500年にもなる。
(革命いまだ成らず)と孫文は死んでいった。
(真善美いまだ分からず)と我々人類は嘆くしかない。

 自然の動植物と離れたところで(真善美)を追求しても無理ではないか、とふうてんは思う。
ソクラテスの時代は何しろ(物事を定義する)ということすら知らなかった。
ソクラテスは会う人ごとに(あなたは誰ですか、何をしていますか?)と聴いて回ったらしい。
(俺は役人だ、エライんだぞ)
と言うのがいると、役人は何故エライのですか?と問い直します。
こんな調子でアテネの街を毎日流していたものだから危険分子と思われて捕まっちゃった。
裁判で死刑判決を言い渡され、脱獄を勧める仲間にこう言ったと(ソクラテスの弁明)に書いている。

(僕たちは国家には法律が必要だと唱えてきた。
国家のおかげで今まで平穏に生活できた。
法律を侵すということは国家に反逆するということだ。
今の国家の法律は自分たちで作ってきたものではないか。
その法律に反する行いをしたからこの毒薬を飲め、というなら僕は喜んで飲むよ)
 
・・・
これがソクラテスの時代の限界だった。

 このギリシャ時代からイエス・キリスト、ルネッサンスなどなどの時代を経て今我々は生きている。
物事には定義が必要だというのはソクラテスから学んだ。
人間には心の救済が必要だというのはお釈迦様やイエス・キリストから学んだ。
人間は牛や馬と違う動力が持てるんだよということはイギリス人の産業革命に学んだ。
物々交換より貨幣が便利で紙幣は簡単に作れるということも知った。

 科学技術は極限まで進む宿命にある。
生命医学、バイオ技術、原子核技術、・・・アレやらコレやら。
しかし心の問題はお金にならないから熱心になれないでいる。
(人間とは何か?)
 
で、ギリシャ人は(真善美)にたどり着いた。
人間は他の動植物とは違うはず、それは何だろうというのが動機だった。

 それから2500年ほどたって、人類はいろんな体験をしてきた。
もうそろそろ人類は、
(人間も動植物の一種やないか、自然の一員やないか)
という哲学にたどり着く時期が来たようにふうてんは思う。
同じ生き物の中で人間だけが(宗教)や(マネー)を崇め奉ってきた。
宗教やお金のために動植物の一員としての(掟)を破り続けてきた。
その挙げ句に(これからどうしたらいいのでしょう?)
と嘆いている。
人間なんて、カワユイもんだ。

 自然の(掟)に従うだけでよろしい。
人間の(真善美)も自然と共にあれ。
自然の世界での(真善美)はお金で買えるものやないで。
そう、ふうてんは祈るばかりである。
こういう視点で東芝、ワーゲン、などなどの事件を考えると原因がまことにハッキリと見えてくる。 

| | コメント (0)

« 2015年10月 | トップページ | 2015年12月 »