« 2015年8月 | トップページ | 2015年10月 »

2015年9月に作成された記事

2015/09/28

2015・9・27 大相撲秋場所楽日前をやった篇

Photo

しんう

Kanpaiエディ・ジャパンに乾杯!!




 昨日、大相撲秋場所楽日前ということで谷保の(しんう)に集まった。

ベースボール・マガジンの村ちゃん、文春のトヨダさん。
話はエディ・ジョーンズのラグビーから始まった。

 最初にビールで乾杯するとき、誰からともなく(献杯!)という声が聴こえた。
今夜いちばんここにいるに相応しいラガーマンはもういない。
残った我々でラグビーの話をするよ・・・(献杯!!)

 村ちゃんが、あの試合、最後は思わず叫んじゃいましたよ、と言った。
ベースボール・マガジンで仕事をしてきた人である。
その彼が(あんな試合はめったにありません)という。
ふうてんも(思わず叫びそうになりましたよ)と応じた。

 トヨダさんが、サッカーではああいう感動はないねぇ、と言った。
このお方も文春の編集者だったころ、さまざまなプロ・スポーツ選手と付き合った。
巨人の長嶋なんていう選手とも密着取材などというのから始まって・・・。
そのトヨダさんにとってもエディ・ジャパンの勝利は特別だったらしい。

(僕たちが子供のころ、サッカーとかラグビーとかはありませんでしたよねぇ)
(野球と相撲くらいだった)
・・・・
それから、ラグビーの話、相撲の話、野球の話とスポーツの話になった。
やがていつものように映画の話、文学の話、観劇の話に移って言った。

(トヨダさん、今回の芥川賞いかがです?)
(僕はいいと思いますよ)
(受賞会見で太宰治が貰えなかった賞を僕が貰っていいのかと・・・)
(彼は太宰治とか芥川龍之介が大好きだそうで、今どきそういうこと言う人いません)
(トヨダさん、彼は正統派ですね)
(僕もそう思います、太宰の文学はやはり普遍性があった、それが嬉しいですね)
・・・・

 ラガーマンと二人で始めたこの(大相撲楽日前の土曜日)の飲み会。
年に6回の地元の会合に今はもうラガーマンはいない。
(ラガーマンを偲ぶ楽日前の会)
 
になった。
(マスター、11月場所もよろしくね)
と(しんう亭)主人に予約して、村ちゃん、トヨダさんと別れた。

| | コメント (0)

2015/09/21

2013・9・20 ラガーマンと話したかった篇

Eddy_jhons2エディ・ジョーンズ
ラガーマンに教えてもらった

 安保法案の強行採決は悲しい姿だった。
日本は法治国家から人治国家に逆戻りするのだろうか。
今年の夏はこれの不毛な国会議論で憂鬱だった。
唯一の収穫は憲法とか戦争とかに興味を持つ人が増える期待だろうか。

 ラグビーのワールドカップ、イングランド大会で初戦に勝ったのは嬉しいニュースだった。
相手は何度も優勝している南アフリカ。
日本がワールドカップで勝つのは24年振りという。
まさか勝てるとは思っていなかったけれど、ひょっとしたらという希望もあった。
ヘッドコーチのエディ・ジョーンズが来てから日本のラグビーは変わった。
そういう話をラガーマンから聴いていたからである。

 最後のワンプレーで逆転勝利したときラガーマンと話し合いたかったなあと思った。
彼がこの試合を観たらよほど喜んだに違いない。
強豪を相手に取られたら取り返すという接戦を繰り広げた。
特に圧巻は最後の15分だった。
終了時間を過ぎて最後のワンプレーで逆転した。

 中継放送は土曜日の深夜1時からだったのでご覧になった方も多いと思われる。
書簡集へ行くとマスターが、
(ラガーマンに見せたかったですねぇ)
と言った。
マスターも観ていたようで、いろいろと試合経過の感想を聴かせてくれた。

 エディ・ジョーンズのことはNHKがこの夏ドキュメンタリをやった。
ラグビーのことは全く知らないこちらには二つのことが印象に残った。
(強いチームの真似をするのじゃなく日本らしいラグビーをやろう)
(体格の差で弱いと言われるけど鍛えれば強くなれる)
それで日本人独特のスピードや俊敏さを活かしつつ強さの為のトレーニングを徹底的にやったらしい。

 双方8人ずつのフォワードがタッグを組んで押し合うスクラム。
ラグビーを知らなくてもスクラムとトライくらいは分かる。
エディ・ジョーンズはこの日本チームの弱点だったスクラムを世界レベルにすると最初から言っていたとか。
その通り、この試合でスクラムも南アフリカに遜色なかった。

 スポーツ競技は監督やコーチによって変わるものだあと改めて思わされる試合だった。

| | コメント (2)

2015/09/14

2015・9・13 NHK(映像の世紀)再放送につき篇

23番組のタイトル
 

加古隆の音楽が決めている

Muさんソックリやなぁ


 このところNHKで(映像の世紀 デジタル・リマスター版)をやっている。

995年に地上波アナログで放映した番組をそっくりそのままデジタル化して。
ついでに映像を加工してより鮮明にした、とNHKは言っている。
何しろこちらはNHKのスポンサーなので、観る眼は厳しい。
下手なことしたら許しませんぞ、と。

 なかなか良く出来ている。
1995年当時はアナログ放送、アナログ録画であった。
全部録画したけれど、第6集の(民族独立の旗の下に)という、インド、中国、ベトナムの独立のストーリのやつだけを残していた。
アジア人の一人として、この第6集は最高だと思う。
ガンジー、毛沢東、そして我が先祖ベトナムのホー・チミンの祖国独立の苦闘物語。

 今回はデジタル・リマスター版というだけあって映像が鮮明である。
11集くらいまであるやつを全部録画保存しようと思う。
(映像の世紀)とは何なのだろう?

 20世紀が始まった1900年ころ、二つの技術が世の中の人を驚かせた。
自動車と映画である。
18世紀半ばの産業革命以降、蒸気機関車や写真は徐々に世の中に普及した。
明治維新(1868年)のあと、日本でも横浜から東京まで汽車が走り、明治維新の志士たちの写真も残っている。
それから30年ほどして1900年ころになると動力も映像技術もさらに進化した。
それが自動車(鉄道不要の乗り物)と映画(動く写真)だった。

 NHKの(映像の世紀)という番組はこのうちの(動く写真)をメインテーマとしている。
20世紀、1900年から2000年までの100年間は何といっても戦争の時代だった。
(動く写真、つまり映像)としてこの戦争の記録が沢山残っている。
それをNHKは次なる21世紀の予告編としてこの番組を作ったのだろうか。
この番組が放映された1995年の5年後にニューヨーク・テロ事件が起こった。
2001年だった。
(映像の世紀)で20世紀の戦争を描き、21世紀にはもう戦争なんて起こらないように、とNHKは祈念していたのかもしれない。
しかし20年たって、まだ世界は戦争の最中(さなか)にいる。

 この番組が素晴らしいのは映像もさることながら加古隆の音楽がまことによろしい。
メインテーマからはいって展開していく。
最初の音がテーマの本質を示し、以後の展開がストーリに沿っている。
(戦争の時代だった)
何故始まって、どのように終わったのか、まだ終わってないのか、その中で人々はどのような日々を過ごしたのか。
それを音楽で表現している。

 2年前の11月に国立の天下市(国立の秋祭り、一橋大学の学園祭)で加古隆のコンサートがあった。
眼の前で加古隆が一人でピアノを弾いていた。
(映像の世紀)のメインテーマは(パリは燃えているか?)だったと思う。
加古隆がフランスのパリに留学していた当時、ヨーロッパでもいろいろな騒乱があった。
そんなことを語りながら彼はピアノ独奏を続けた。
ふうてんと我が女房どのはすっかり彼の音楽の魔力に引き込まれてしまった。

 それでふうてん老人日記に記した。
2013
113 一橋祭で加古隆を聴いた篇 
 http://futen.cocolog-nifty.com/futen/2013/11/2013113-461d.html

 今、日本では戦争をしたいという法案が国会で成立しようとしている。
憲法で(もう戦争はしません)と言っているのに、法律で戦争しようよと言っている。
どういう連中が戦争をしたいのだろう?
ふうてんにはそれが分からない。
憲法は法律の上にあるのだよ、ということを今の政権与党は認めたくないらしい。

 国会中継をNHKは盛んにやってくれている。
(中国が軍備を拡張していて危なくてしようがない)
(だから日本もアメリカと組んで国土国民を守らねばならない)
 
・・・
そういう議論が繰り返されている。
(外交努力)の話はちっとも出て来ない。
ふうてんなどは親分同士が会って話をすれば済むことだと思っている。
今は習近平と安倍ちんが中国と日本の親分である。

(習さん、日本は今、金詰まりでしてね。何しろ借金が1000兆円ほどありまして)
(いぇっ?そんなに?どないしはったん?一億人が一人一千万円づつになりまっせ)
(そうなんです。赤ん坊が生れた瞬間、1000万円の借金背負ってます)
(そいで日本人、子供作らへんのですか?)
(どうもそのようで・・・おたく中国はどないです?借金とか子作りとか?)
(中国も急に経済成長しましてねぇ・・・日本のバブル時代みたいで)
(やっぱりいろんな弊害が出てますか?)
(その通り、公害なんてひどいものですよ、北京、空が見えへんのです)
(この間の軍事パレードの日は空真っ青やったやないですか)
(無理をして周りの工場4000個ほど止めました。安倍さん来られませんでしたね)
(行かなくて良かったです、あの戦列を観たら戦争したくなったでしょうね)
(そうですか、ロシアやら韓国やら、仲間うちだけで観たので正解でした)
(ああいうのは敵に見せるものじゃないですよね)
 
・・・・

 こういう会話を中国と日本の親分同士でやっていただきたいと思う。
お互い借金だらけで貧乏な国同士。
ふうてんの歴史認識によると先進国と後進国はもう変えようがない。
お互い後進国のアジアの国である。
後進国らしくやっていけばいいじゃないか。

 なあ習近平さん。
陸路と海路で世界を支配したい。
やめときなはれ、モンゴルが昔やって、無理やということ証明してるで。
世界はそんなものやない、一国支配は無理なんや。
イギリス、モンゴル、アメリカ、ドイツ・・・。
世界を一つの価値観で統一したい。
それは無理なのですね。

 どうも生き物というのはそれぞれバラバラであるらしい。
そういうことが70年も生きてきてこの頃よく分かるようになった。
あの人は90歳まで生きて、文化勲章も貰った。
彼は受験や恋愛に失敗して25歳で自殺した。
どちらも(その人の人生)だったと、この頃思う。
どちらの人生も赤塚不二夫流にいうと(これでいいのだ!!)となる。

 生き物に比較は必要ない。
比較するのはせめてゲームの世界で、100メートル10秒切った、とかいう話だけして欲しいと、この頃強く思うようになった。

| | コメント (0)

« 2015年8月 | トップページ | 2015年10月 »