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2014/09/15

2014・9・14 漱石の(こゝろ)と太宰の(人間失格)のこと篇

Img9980707881095何故一万円札じゃないのだと漱石先生ご不満の様子
  
 

 
 
 
 

 

 
 

Eff5beb91太宰治
ふうてんの好きなワン・ショット

 




 9月10日にNHKが(漱石「こころ」100年の秘密)という番組をやった。
 
改めて(こころ)をウィキペディアで確かめると、

1914大正3年)420から811まで、『朝日新聞』で「心 先生の遺書」として連載され、同年9月に岩波書店より漱石自身の装丁で刊行された。なお、自費出版という形式ではあるが、この作品が岩波書店にとって出版社として発刊した最初の出版物である。)
などと出てくる。
つまりは出版100周年ということでNHKはこの番組を作ったらしい。
年齢も仕事も違う5人の男女がこの小説の不思議さをあれこれと話し合う。
ふうてんなど漱石ファンにとってはまことに面白い番組に仕上がっていた。

 みんなの議論を聴いていて、へえ~そうだったのか、そういう風にも解釈できるのか、ということが多かった。
こちらは小説の話の展開が意外で面白かったので一気に読んだだけだった。
しかし番組のみなさんの話を聴くと、漱石の小説が長く読み継がれる理由も分かってくる。

人それぞれが勝手な思いで読むのだけれど、やはり明治という時代を背景にその中で生きた人間たちの考え方や関係を漱石は考え抜いた上で小説にしている。
一つの時代に徹底的に考えると、時代が変わっても変わらない一種の普遍性を帯びてくる。
漱石は明治という時代、親子の関係、男女の関係、男と男の関係を語るに相応しい舞台設計をし、配役を決めている。

 そしてカメラをいつものように一人に持たせる。
主人公にカメラを持たせるというのが漱石お得意のカメラワークである。
前半は(私)がカメラを持ち、先生との関係を写す。
後半は(先生の遺書)という形で先生が主人公となり、先生が(私)になる。
当然先生がカメラを持っている。

 漱石の小説でいつも感心するのは全く古さを感じさせないことである。
それの理由の一つが彼のカメラワークではなかろうかと思う。

 カメラを一人に持たせると、独白のようなもので、自分にはこう見えた、こう聴こえた、それを自分はこう考えた。
漱石が主人公の姿を借りて独白しているのである。
独白とは自分と話すことだから、世間向けの体裁は気にしなくてよろしい。
だから素直に自分の思いを語ることができる。
人間の個人的な素直な観方、考え方は、時代によってそんなには変わらないのかもしれない。

 番組ではこの漱石のカメラワークの話は出なかった。
もっぱら漱石の舞台設計、登場人物たちの人間像の話に終始した。
番組の最後に太宰治の話が出た。

日本の近代文学で一番売れたのが漱石の(心)で二番目が太宰の(人間失格)だというお話。
どちらも本格的に売れ始めたのは1945年に第二次世界大戦が終わった後。
今でも書店で夏目漱石と太宰治の文庫本はずらりと並んでいる。

 このことの分析も番組の中でみなさんが意見を語った。
何故こんなに読者が多いのだろうか?
これもなかなか面白かった。
どちらの作品も戦後、小学校や中学校の教科書で紹介された。
漱石の(こころ)を扱った教科書は最初3種類だった。
徐々に増えて今は25種類以上の教科書に載っているとか。
太宰作品にも同じような傾向があるらしい。

 教科書で扱ったから読者が増えたのか?
扱うに相応しい作品だから教科書に載るのか?
ニワトリが先かタマゴが先か?
(でも結局、タマゴがおいしかったからだよね)
と一人が言った。
 
 
 国民作家といわれる夏目漱石と太宰治。
どうして二人の作品は日本人に愛読され続けるのだろう?
いつか太宰治のことも書いてみたい。
ふうてんは彼の(津軽)が大好きなのである。
 

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