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2014/08/11

2014・8・10 アメリカン・ミュージックを聴く篇

Joanbaezdonnadonnaamadeoジョーン・バエズ

 69回目の終戦記念日が近づいた。
 
毎年のことだから敗戦記念日と言いたくなかったのかもしれない。
毎年、敗戦、敗戦と言ってもなあ・・・。
しかし毎年(終戦記念日)を迎えると主語のハッキリしない言い方に違和感も感じる。

 いつも7月、8月はテレビでいろいろと戦争記念ものをやる。
今年もその例にもれず、しかも今年は第一次大戦100年、ノルマンディ上陸70年だとか。
いろんな番組があったことをこの日記にも書いたように思う。

 この100年、世界中でずいぶん戦争をやってきたなあと改めて驚く。
終戦記念日は1945年から始まった。
その後(冷戦)という静かな戦いが世界を覆った。
1989年のベルリンの壁崩壊でその冷戦は終わった。
この40年ほどが世界ではせめてもの平和な時代だったのだろうか。

 冷戦が終わったとたんにアラブ方面がきな臭くなった。
1991年には湾岸戦争である。
西洋列強が集まってイラクのフセインを攻めた。
お返しのように2001年にニューヨーク・テロがあった。
そしてアフガン、イラク戦争と続き、アラブ方面はいまだに戦争が続いている。
(冷戦)が終わって(熱戦)の時代がまた訪れている。

 日本は第二次世界大戦で大敗し、世界戦争をおっぱじめた元凶としてドイツと共に処断された。
結果として(平和憲法)を標榜して世界の仲間入りを許された。
それから70年近く、戦争に参加することなく、何とか無事にやってこられた。
今の日本の憲法9条は(不戦、非戦)を誓っている。
近代化を果たした国で他に例がない(不戦の誓い)である。
まことに珍しい国であるといってよい。

 日本国内ではこれを不名誉だと考える一派と、これこそが名誉だと考える一派に分かれている。

 不名誉だから(戦争のできる国になりたい)という一派は先進国としてみんなと対等な普通の国になりたい、というのだろう。

 もう一つの派は名誉だから(日本は戦争なんてもうやめようよと世界をリードした方がいい)と言いたいのだろう。

これまでどの先進国もやれなかった(不戦)ということを主張する(特殊な国)になった方が日本の名誉であり、これからの日本のアイデンティティとしてもよろしいのではないかという考え方である。

 戦争っていいことですか?と聴くと世界中の人が、よくないことですと応えるに違いない。
なら、ヘミングウェイじゃないけど(武器よさらば、と言ったらどうですか?)と日本は言えばいいのではなかろうか。
ふうてんなどはそう思う。

 ふうてんの理解するところでは戦争は(武器を持って外国へ出かける)ことから始まる。
戦争を避けるためにはシンプルな話で(武器を持って外国へ出かけない)ことだけ守ればよろしい。
日本の憲法9条はそのことをまことに明確に、シンプルに表明している。
どうも今の日本政府はそれが嫌いらしい。
武器を持って外国へ出かけたい、のかどうか、行政府に過ぎない内閣の密室で決められる話ではないと思う。
国民の総意で戦争したい、というのなら戦争するしかないけれど。

 ふうてんなどは1946年、終戦記念日の半年ほど後に生れた。
それから68年ほど鉄砲やら大砲やらミサイルのボタンやら(武器)らしきものに触れたことがない。
日本刀は家にもあったので多少遊んだことはある。
今の日本人の95%以上がこんな調子ではないのだろうか。
よい意味で(平和ボケ)してしまっているはず。

 もうよろしいじゃないですか。
平和ボケしたままでよろしい。
今更日本の若者に武器を使った人殺しの訓練をして何になるのだろう。
戦争やるとなったら古代中国のように80歳過ぎたおじいちゃんまで駆りださないと足りなくなる。
そんな国に日本はなってはいけないと思う。

 などなどと考えているせいでもないのだけれど、久しぶりにアメリカン・ミュージックのサウンドが耳によみがえってきた。
こういう時にユーチューブはまことにありがたい。
50年ほど前、即ちふうてんが学生時代を過ごしたころの曲がたちどころに出てくる。

 ジョーン・バエズ。
ふうてんが京都で初めて下宿した下鴨神社近くの一室で彼女のレコードをよく聴いた。
ジャケットが別嬪だったのでレコードを買ったのだろうか。
その不純な動機は彼女の歌を聴くことですぐに払拭された。
天使のような声でなかなかハードなセリフを吐くのである。
彼女はやがて反戦の闘士のような存在になって行った。

 サイモンとガーファンクル
学生時代の最後のころ(卒業)という映画が流行った。
ふうてんは学生時代は超硬派だったので、こういう恋愛映画のようなのは好まなかった。
それでも音楽は印象に残った。
学校を(卒業)して東京へ流れてから映画も観る機会があった。
サイモンとガーファンクルの音楽に引き込まれてしまった。

 今改めてこの三人の歌を聴くと、いかにもアメリカン・ミュージックだなあと思う。
セリフがスッキリとしていてシンプルで曲の流れがさら~っとしている。
シャンソンやらタンゴやら日本の歌謡曲とはずいぶん違う。

 伴奏はギターなのですね。
一番、持ち運びが容易な楽器。
ピアノやらバンドネオンやらパイオリンやら三味線は持ち運びに不向き。
重たかったり、繊細だったりして。
ギターは作りがシンプルで他と比べるとタフな楽器と言える。
砂ぼこりの中を馬車に揺られて東から西へ新天地を求めて流れたアメリカの開拓時代、重宝されたのではなかろうか。
 
・・・・・

 戦争のことやら、民族移動のことやら、楽器の変遷のことやらも思いながら、アメリカン・ミュージックを楽しんでいる。

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