« 2013・2・3 テレビ放送60周年だとか篇 | トップページ | 2013・2・17 バレンタイン・デイのこと篇 »

2013/02/11

2013・2・10 ふるさとは遠きにありて想うもの篇

松山城の伊予柑ソフトはいかが?  

Shiroyama_5_3



 所用で、また伊予松山へ帰って来た。
前の日から天気予報は最悪だった。
1月14日の成人式の日と同じくらいの大雪になるというのである。

 夜半から確かに雪になった。
当日の朝起きると、かなり積もっている。
テレビで羽田空港への電車便はJR南武線も京浜急行も70%の運行だという。
これじゃあ飛行機は飛ばないな、と半ば諦めつつ早い目に家を出た。

 川崎駅で南武線からに京浜急行に乗り換える。
多摩地区から川崎に近づくにつれて雪が消えていった。
羽田空港にたどり着くと雪なんてどこにも見当たらない。
 
(今回は定刻に飛び立てそうだな)
と安心してタバコのみ場で一服していると妙なアナウンス。
 
(羽田空港では天候不良のため全便で遅れが出ています)
おいおい、またかよ・・・。
外を見ると空港は濃霧に覆われている。

 前回の12月は今話題の787の故障、今回は767だったけれど天候不良。
前回は1時間半、今回は1時間待たされた。
出発の1時間くらい前には空港にたどり着いて搭乗手続をして下さいと案内されている。
そのとおり、言われたよりも前に空港へ行ったから2時間半も2時間も待たされた。
羽田から松山への飛行時間は1時間半ほどである。
飛行機で飛ぶ時間よりも待たされる時間の方が長い、というのは愉快な話ではない。

 松山で2泊した。
今回は所用を済ませた後、いろんな人に会うよりも、少し松山を歩いてみたいと思った。
前回でレンタカーは懲りたのでバスと市電と徒歩にした。
2泊3日で3万歩ほど歩いた。

 松山は何といっても松山城である。
市街地のほぼ中央に小高い山があってその上に天守閣が見える。
今の東京の皇居、昔の江戸のお城のようなもの。
松山ではその城山の周辺に官公庁、放送局、新聞社、銀行、などなどが集中している。
城山を取り囲むように伊予鉄道の路面電車が今でも走っている。
夏目漱石はそれを(汽車)と呼んでいる。
その漱石が乗っていた(坊っちゃん列車)が数年前に復活した。
今見ると汽車と呼ぶには余りにも小さく、オモチャのような大きさなので電線まで背が届かない。

 坊っちゃん列車は走っているかなぁ?と待っていると走ってきた。
漱石の時代はいわゆるSLで石炭をくべて蒸気機関車で走っていたのだろう。
今の(坊っちゃん列車)は姿形はそっくりなのだけれど、残念ながらディーゼル・エンジンである。
今どき、石炭くべて黒い煙を吐きながら町中をシュッシュッ・ポッポと走ったら・・・。
MuBlogの盟友Muさんなどは嬉しさのあまり、松山に引っ越したいといわはるかもしれへん。

 松山城に登ったり、伊予鉄道のチンチン電車に乗って城山を一周したりした。
昔の本屋さんなどあるかなあと、大街道と銀天街というアーケード街を歩いてみた。
昔のままだった・・・とはいかなかった。

 ふうてんなどが松山で中学、高校時代を過ごしたころは、もう少し文化の香りがあった。
映画館、レコード屋、古本屋、骨董屋、喫茶店・・・。
これらが何軒づつもあり、それぞれが特徴を持っていて、それを売りにした店が沢山あった。
しかも松山は古来、瀬戸内海に面した外国との行き来の要衝であった。
朝鮮へ向かう額田王が道後温泉で(潮もかないぬ、今は漕ぎいでな)と詠んだとか・・・。
おかげで、我々は文化的には今の首都である東京に対して何のコンプレックスも持つことがなかった。
 
(東京の方が田舎じゃわい)
などと、伊予弁でうそぶいていたものだった。

 時は移り、世は変わる。
松山もそれから逃れることはできない。
戦争で松山もアメリカの空爆を受けて焼け野が原になった。
1945年の終戦、その後の復興と高度成長。
1990年ころバブルが弾けてもう20年。
次々と巨大なビルが建って拡張した空間に今は人影もまばら。
今回松山へ帰ってその歴史を見る思いだった。

 こういう大きな変化の時代に、あまりにも長く故郷を離れすぎたなあ。
18歳で京都へ流れて・・・。
それ以来、松山の変化とは時間を共にしなかった。
居ないでいて、変わってしまったなんて言えるのだろうか?
どの町も変わってしまっているじゃないか。

(ふるさとは遠きにありて想うもの)
この室生犀星の名句を思い出した。
この名句はふるさとから離れて生活している人間の幻想なのかもしれない。
ふるさとは昔のままに違いない、と夢見る人は、ふるさとから遠くにいないといけない。
ふるさとに帰ったり、現実を確かめたりしちゃあいけない。

 ですよね、室生犀星の旦那さん。
(ですよね、はテレビドラマ(相棒)の寺脇という俳優のセリフで、妙に気に入っている)


(ふうてんアーカイブス)


松山点描 2013年2月

松山城を電車から見ると

Matsuyama_1_3

 






坊っちゃん列車
 
(グーグル画像より)

Imgp39601_3




 
お城全景

Shiroyama_1_2

 






松山城・・・石垣がすごい
奈良の大仏さんには260万人駆り出されたらしいけど、こちらも数万人は・・・。

Shiroyama_3_2 

Shiroyama_4_3







野球と正岡子規

正岡(のぼる)

 
のぼる・・・noboru・・・野ボール・・・野球
それでNOBALL
伊予の(よもだ)つまり(諧謔精神)
ちなみに数年前に松山近郊に(坊っちゃんスタジアム)という立派な球場ができた。

Matsuyama_3_3 
Matsuyama_4_7




 

 松山には、
夏目漱石の坊っちゃん
正岡子規の俳句と野球
それと日露戦争の秋山兄弟。


この三つしか名物はございませぬ。


|

« 2013・2・3 テレビ放送60周年だとか篇 | トップページ | 2013・2・17 バレンタイン・デイのこと篇 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 2013・2・3 テレビ放送60周年だとか篇 | トップページ | 2013・2・17 バレンタイン・デイのこと篇 »