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2012年9月に作成された記事

2012/09/24

2012・9・23 日馬富士が横綱になった篇

隠宅の江戸絞り(庭師撮影)
Edo
 昨日今日と東京では土砂降りの大雨が降った。
こんなに大粒の雨は記憶がない。
文字通り(土砂)が叩きつけるような音がした。
It rains cats and dogs.
という言い方を思い出す。
中学生の頃、海の向こうでは(土砂降りの雨)をこういう言い方をすると教わった。
猫たちと犬たちが飛び跳ねるようなメチャクチャな雨。
おそらく大粒の雨粒が落ちてそれが跳ねくり廻るあの感じ。
それを西洋人は(cats and dogs)と表現した。

 昨日は(大相撲秋場所篇)の日で、谷保天神近くの(もつ焼き 志ん宇 しんう)でいつもの三人が集まった。
ブンシュンのトヨダさんもラガーマンも元気そうだった。
志ん宇のマスターとトヨダさんは巨人ファンなので(巨人の優勝に乾杯!)とビールで乾杯して会は始まった。

 志ん宇へ行くなりマスターが(ブロッグやってるんですね)と言う。
(えっ?お恥ずかしい、どうして分かったんです?)
(いえなにインターネット見てたら(村ちゃん)とか出てきたのでラガーマンに確かめたのです)
(マスター、時代やねぇ、もつ焼き屋の主人がインターネットを使う時代・・・)
(いやぁ、ちょこっと触っているだけですよ)

 どうもそういう時代になったのだなあと気分だけは若いつもりの66歳は一種の感慨に襲われた。
現役だった20年ほど前までは、インターネットなんてアメリカの軍用のネットワークだと思っていたのに。

今は谷保天神近くの(もつ焼き 志ん宇)主人がインターネットを使っている。
かく言うふうてん老人もそれに日記を書いたりしている。
20年という時の重みを実感した。

 大相撲楽日前の三人の会は2ヶ月に一度ということになる。
前回が7月場所で今回が9月の秋場所。
この2ヶ月の間に8月15日の敗戦記念日があった。
それでどうしても戦争をめぐる話になった。

 日本が敗戦して無条件降伏したのは67年前だった。
明治維新後ロシアに戦争をしかけ、中国と戦争をし、朝鮮や台湾を植民地化し、いけいけドンドンの時代をへて1945年にボロ負けし原爆まで落とされて日本は敗戦した。
完敗だった。
国土は焦土と化した。
(国破れて山河あり・・・)
という思いで何百万の人たちが日本へ帰って来た。
都市は焼き尽くされていたけれど(山河)は残っていたに違いない。

 あれから67年たつけど、今の日本もまたややこしい時代を迎えましたなあ。
吉本隆明は亡くなる前、今の日本は第二の敗戦の時代を迎えていると嘆いてはったなあ。

 尖閣諸島だ竹島だ北方四島だで、まだもめてますわねぇ。
(ここはどっちゃでもない、共通に利用しようやないか、というゾーンがあってもええのに)
とラガーマンは言う。
(日本は島国だからもともと(国境)というのには不慣れなのよねぇ)
と誰かが言った。
もっともな話だとふうてんも思う。
海上は陸上と違って(線)を引くのが難しい。
陸上には白線を引くことができる。
海上や空の上はそれができない。
(難しいなあ、もめごとは当分続くやろなぁ)
とふうてんは思わざるを得ない。
(石原慎太郎はん、こちらも東京都民なんやけど、あんた何で尖閣諸島に口出しするん?)
と東京都下国立市の納税者である市民としては極めて不満に思う。
おかげで中国と日本の関係はメチャクチャになった。
長い間中国の人も日本の人も我慢しながらつき合いを続けてやっとここまでの交流をなし遂げてきたのに、それに水をかけた。

 そういう日本で、今日、モンゴルからきた日馬富士が横綱を決めた。
昨日の会でトヨダさんが(まるでモンゴル相撲ですね)と言った。
20年前くらいに活躍した貴乃花のあと日本人の横綱はいない。
それに不満な人も沢山いる。
しかし、ふうてんなどは全く違和感を感じない。
もともと我々日本人はモンゴロイドなのではないのだろうか。
体つきも言語の構造も極めて似ている。
要は同じ(一族)ではないのだろうか。

 日馬富士は若いころからふうてんは好きな相撲取りなのである。
相撲取りにしては小さな体で頑張っている。
体格の代わりの彼の武器は何なのだろう?
それは繊細な感覚なのではないかとふうてんは思う。
2、3年前にテレビ番組で彼が絵が上手だというのを観た。
紹介された何枚かの絵が素晴らしかった。
普通の芸能人の絵にありがちな(わざとらしい絵)とは全く違っていた。
東山魁夷のような山口瞳のような風景画だった。
今日、彼が横綱を決めた時、そのことを思い出していた。

 優勝の後のインタビューで彼は達者な日本語で挨拶した。
(全身全霊で闘いました)
(僕の先祖、僕を生んでくれた父と母、この力、この体を与えてくれて本当に本当に感謝します)
・・・・
日本人の相撲取りでこういうことを話せる人がいるだろうか。
(全身全霊で)というのは、不肖の弟子ふうてんのお師匠さんがよく使われている言葉でもある。
お師匠さんは、仕事は様々な経緯をたどったけれど、その都度自分としては(全身全霊)でそのテーマに立ち向かったと語られた。

 今は日本でほとんど使われなくなっている(全身全霊で)という言葉をお師匠さんから聴いていい言葉だなあと思っていたら、モンゴルから来た日馬富士がそれを毎回のインタビューで口にする。
不思議だなあと思う。
日馬富士はいつ誰からこの言葉を教わったのだろう。
そして思う。
この言葉を教えてくれた人に出会えたのが君の幸運だよ、と。

 昨日、今日の大雨でやっと今年の(くそ暑い)夏も終わりを迎えた。
明日からは急に寒くなるのかもしれない。

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2012/09/17

2012・9・16 週刊誌は週刊のはずなのに篇

 この日記は週刊のはずなのに一週間パスしてしまった。
身辺雑記の小文に過ぎないこんな日記でも一種の(気合)がいる。
(瘋癲老人日記)の時代からもう20年以上も続けてきただろうか。
通信機能を持ったワープロ(オアシス)を手に入れてから毎週のように繁すしから帰ってウィスキーを飲みながら二人の友人へメールを書くようになった。
明石の(人丸どの)と新横浜の(JOさん)に当てて、その週にアレがあったコレがあった、自分はこう思う、てなことを書き綴っていた。

 15年ほど前にいなくなったおふくろに言わせると小学校の頃からふうてんにはそういう癖があったようである。
学校から帰るなりおふくろに(おかぁちゃんねぇ、今日こんなことがあったんよ)と話しかけていたらしい。
何か心に感じることがあるとそれを人に聴いてもらいたくなる。
一人で胸に秘めて耐えるという我慢強さがない。
どうもふうてんは一人ではやっていけない弱い人間のようである。

 その延長線でこの日記も書いているのかもしれない。

 先週は土、日と富士山裾野の小川別邸を訪ね、いつもは繁すしは休むのだけれど、前回繁さんで(山口瞳の会)があり、会のみなさんと一緒になり、いつもとは違う時間の過ごしかたをしたので、どうもリズムが狂って、それを取り戻そうと裾野から帰って一眠りしてから繁すしへ行き、書簡集へも寄ったのだった。
どうも慣れないことをするとやはり疲れたのだろうか。
それで先週は(休刊)させてもらうことになった。
一週間遅れになったけれど、一応裾野訪問の顛末を報告しておこう。

 久しぶりに裾野(すその)小川別邸でワインの会があった。
別邸の小川当主は去年から京都で仕事をするようになった。
それに伴ってこのワインの会はめったに行われなくなっている。

 いつものように田園都市線の市が尾でホンダ・レジェンドに拾ってもらう。
市が尾はふうてんが関東に流れてきて最初にワラジを脱いだところで、行くたびにもう40年以上も前の記憶が蘇る。
市が尾の近くから東名高速に乗って御殿場へ向かう。

 東名の足柄山サービス・エリアで昼飯をすませ、御殿場で降りて、神社を冷やかしたり、富士山の洞穴を見学したりして裾野小川別邸へ向かった。
途中で国道246号線沿いにある(青木・フード・ストア)へ寄る。
改めてカンバンを見ると(QUALITY&TASTY FOODS Aoki)とある。
(クオリティは形容詞にもなるんですかねぇ?)
(グッド・クオリティとか言いますよね。その時は名詞。でもクオリティというのは品質のよいという形容詞としても使われます)
と、アメリカで長く駐在員をしていたホンダ・レジェンドの主は教えてくれる。
この店によく寄るのは小川別邸当主が注文した(相模湾で捕れた魚介の刺身)をピックアップするためである。

 裾野の小川別邸は標高900メートルのところにある。
(24度ですよ)
とレジェンドの主が教えてくれる。
地上では34度くらいだった。
なるほど、100メートルで1度下がるというのは当たっているなあと納得する。
これならゴルフも悪くないかも、などとしばらく待つうちにゴルフ組が帰って来た。

 ワインの会はいつも持ち寄ったワイン及び酒類を飲みながら小川シェフの料理を楽しむというスタイルになっている。
食べ物を持ち込む人いる。
ふうてんは(御殿場高原ビール)という地ビールをいつも楽しみにしている。
今回は元ニューヨーク駐在員6名と駐在員経験のないふうてんの7人だった。

 ニューヨークの駐在員として何年も過ごした面々と話すのはいつも楽しい。
いろんな国のいろんなピープルと付き合ってきたはずである。
だから日本のことも外国のこともいろんな角度から見たという経験を持っている。
そのことで彼らは(オープン・マインド)な感覚を獲得したのではないかと想像している。
いろんなことについて固定観念を押しつけるところがない。
自分の主義主張はちゃんと持っていて同時にそれを人に押しつけようとしない。

 鎌倉大明神がギターを持ってきていていろいろと聴かせてくれた。
小川当主がiPad2を持ってきていたので、ふうてんがロン・カーターのサントリーのコマーシャルのあのメロディを聴きたいなあ、などと言っていると、レジェンドの主がユーチューブにいろいろ聴いているうちに、なんと本当にロン・カーターのその曲が聴こえてきた。
これにはちょっとビックリした。
(世の中変わったねぇ)
(僕たちがパソコンにはもっと色数が必要だなんて言っていたのは大昔になるねぇ)
(嬉しいよ、こんな小さなコンピュータで綺麗な絵と音で大昔のコマーシャルまで観られるなんて)
(スティーブン・ジョブスはええ仕事したねぇ)
(僕はアラン・ケイとジョブスが一緒にいた会に出たことがありますよ)
と大明神が言った。
(えっ?本当に?何それ?)
(駐在員終わって日本に帰っていた時期だったけど、なんかの会があるので行ったんです)
(アラン・ケイですか・・・僕が一番尊敬しているパソコンの大先輩ですわねぇ)
(実は会のあとの懇親会みたいなのでジェフ・ラスキンにも会いましてね)
(えっ?あのマッキントッシュのジェフ・ラスキンに?)
(ええ、彼はギターを弾くんです。僕もギターは好きだから、二人でデュエットということになりましてね)

 鎌倉大明神とは長い付き合いになるけれど、この話は初めて聴いた。
アラン・ケイ、スティーブン・ジョブス、ジェフ・ラスキン。
こういう面々がいなかったら今のウィンドウズ・パソコンもiPhoneもiPadも無かった。
その3人に30年近く前の同じ日に大明神は会ったというのである。

(羨ましいというより嫉妬に近い感情に襲われますなあ)

いろんな音楽が流れる中、裾野小川別邸の夜は更けて行った。

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2012/09/03

2012・9・2 記録づくめの暑い夏だった篇

藤井画伯の絵が売れた
PhotoI
 土曜日に八王子エコ・サミットをやった。
4、5年前にたまたま八王子のパソコン教室で知り合った三人の飲み会である。
2~3ヶ月に一度(八王子エコ・サミット)と称して集まる。

 この日、東京では昼過ぎから猛烈な雨が降った。
テレビの報道で、東京ではこの20日間雨が降らなかったとか、35度以上の猛暑日が何日続いたとか夜の25度以上が何日続いたとか、いろんな(記録更新)の猛暑を伝えていた。

 確かにその通りで、特に蒸し暑さ、湿度の高さがふうてんなどにはこたえた。
この土曜日も叩きつけるような雨で気温が下がったのは助かったけれど、出かける前に頭を洗い、ドライアーで乾かす時、ちっとも乾かない。
湿度はほとんど100%に近かったのではなかろうか。
我が家に湿度計はないけれど、頭を乾かすときにすぐ分かる。

 八王子エコ・サミットの話題は藤井画伯の絵が売れた、という話から始まった。
八王子では年に何回かお祭りのような催し物がある。
今年の夏のそれを機会に行きつけの(みづき)というお店で、藤井画伯の絵をハガキ大に印刷して4枚セットで売りに出したそうである。
これが結構売れたというお話。

 藤井画伯は花しか描かない。
この日記で以前にも書いたけれど、何しろ八王子にあるカメラの会社でレンズ設計をやっていたお人である。
(物を見る目)は磨かれているに違いない。
描いた絵は1000枚をとっくに超え、ありとあらゆる花を描いてやるんだど意気込んでおられる。
(念の為お勧めサイトで紹介している画伯のブロッグ(花のギャラリー/百花繚乱はこちら)

 今年の夏の暑さの話題になった。
画伯は故郷の新潟に長く帰っていたらしく真っ黒になっていた。
いくら暑くてもテニスは欠かせないものと見えた。
そして一言もらした。
(新潟は北海道に米作量で抜かれちゃったんだよね)
あの広大な北海道の平野で米がどんどん作られるようになったら・・・。

 日本は自然に恵まれた国だと思う。
飛行機に乗るとたちどころに分かるけれど、全体が緑に包まれている。
山ばっかりで、周りは海に囲まれている。
自然の恵みの宝庫だと思う。
それなのに・・・食糧自給率40%以下、エネルギーは100%近く外国に依存・・・。
もともと狭い農地なのに(減反政策)というのをまだ続けている。
米を作れる農地の40%がほったらかし、草ぼうぼうになっている。
もったいないといつも思う。

 そろそろルネッサンスが必要なのかも知れない。
14世紀~16世紀のルネッサンスは宗教からの解放を目指したものだった。
その宗教が今は(マネー お金)になったように思う。
何でもお金で買える。
食糧もエネルギーも防衛も。
お金さえあれば大丈夫。
その日本が・・・お金も危なくなってきたとしたら・・・??

 どうもこのごろペシミスティックなオプチュニストとしては安心してビールを飲んでおられない日々が続く。

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