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2012年2月に作成された記事

2012/02/27

2012・2・26 梅祭りのころ篇

琴         お囃子

Koto

Hayashi2

 

 

 


梅         梅その2

Ume1

Ume2

 

 



 今年も谷保天神で梅祭りが催された。

例年と比べて今年は梅の花はずいぶん遅いようだった。
谷保天神の梅園で咲いているのはほんの一部だった。

 3年前のこの日記でいろいろと報告しているけれど、日曜日に梅園の中でいろんな演し物がある。
お囃子(おはやし)、琴の連弾、(紅わらべ)という少女たちの舞、そして天神太鼓。
谷保天神のホームページを見ると、日曜日午前10時から午後3時とあった。

 一番楽しみにしていた天神太鼓は最後のはずなので午後の1時ころ出向いた。
心なし人出が少ない感じがした。
それでも5人くらいの琴の連弾が始まり、それが終わってお囃子が始まった。
お目当ての(天神太鼓)の準備はどうなのだろう?と神社の本殿の方へ降りて行った。
3年前のときは、本殿近くの駐車場で太鼓などを下ろして準備をしていたのを思い出したのだった。

 行ってみると人気が全くない。
梅園の人の少なさといい、どうも様子がおかしい。
念のために社務所の人に聴く。
(すみません、ちょっとお尋ねしますけど、今日は天神太鼓やらないんですか?)
(天神太鼓は12時くらいでしたよ)
(紅わらべは?)
(紅わらべは11時くらいと、もう一回やりました)
(??? そうですか、どうもありがとう)
・・・

 終わってしまったことを案内が悪いと恨み言を言ってもしようがない。
天神太鼓だけは聴きたかったなあと、ため息をつきながらチャリで帰った。
谷保天神の梅祭りは2月の末の土日に行われる。
昨日の土曜日は雨だったし、今日の日曜日も雨模様だったので演目の時間が変わったのだろうか。
こちらが勝手に10時から3時に演芸があって、最後は天神太鼓のはずだ、前にはそうだったしホームページからもそう読める、と思い込んでいたのがいけなかったのだろうか。

 トボトボ、クヨクヨとチャリで家へ帰って、こうなりゃあビデオを見直して気分を変えるしかない。
あの(天神太鼓のテーマ曲)をどうしても聴きたい。
それでHi-8のテープを探した。
これがすぐに見つかるハズもない。
諦めて、3年前のこの日記用のビデオのバックアップを探すとハードディスクの中に残っていた。
外付けハードディスクにバックアップしておくと、たまには役立つのである。
 

(ト~ン、ト~ン、トントントン、ト~ン、ト~ン、トントン)
という天神太鼓のテーマ曲が聴こえてきた。
 やっぱり天神太鼓のこの曲は素晴らしい。
いつかこの老人日記で再放映してみたいと思う。

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2012/02/20

2012・2・19 花のギャラリー-百花繚乱につき篇

藤井画伯の絵 ボケ

Img087

 梅がほころび始めて、やっと春の気配が忍び寄ってきた。
とはいっても光が明るくなった、日の暮れが遅くなったというだけで気温は極端に低い。
昨日だったか日本で-29.8℃を記録したとニュースで聴いた。
女房に言わせると、昔ドイツ製(ボッシュ)の冷蔵庫を使っていた時、修理にきたお兄さんが(-23℃で全ての細菌は死にます)と言ったという。
してみれば-29.8℃の地区ではそういうことになったのだろうか。
 それにしても冷凍庫の中のような気温で人々や生き物たちはどのように過ごしているのだろうか。

 今日は嬉しい話を一つ報告しておきたい。
八王子の盟友、藤井画伯がブロッグを始めたのである。
花のギャラリー-百花繚乱

 この人のことは何度かこの日記でも書いてきた。
1)2009712 東京では民主が大躍進した篇
 

2)2011417 桜は咲いて散っていった篇

 これらの記事で書いているけれど、2008年頃にひょんなことで知り合った。
当時ふうてんは定年退職してブラブラしていた。
遊んでいる身分でもないので八王子のパソコン教室をお手伝いすることになった。
お手伝いよりもお邪魔したというのが正確な表現かもしれなかった。
パソコンを作ることしかしてこなかった男がパソコンの使い方をお教えする、というのは所詮無理な話、だったのかもしれない。

 1年半ほどで教室をクビになったけれど、その間に何人かの知己を得た。
その中で今でもお付き合い願っているピープルが(八王子エコサミット)のお二人である。
パソコン教室で休憩時間に何度かお話をしているうちに親しくなった。
(気が合う)というのはまことに不思議なものだと思う。

 それで3、4年前から三人で(八王子エコサミット)と称する飲み会を年に4、5回やっている。
エコ・サミットだからして地球の温暖化を嘆き、人間の自然からの乖離を嘆き、日本の政治の有り様を嘆いている。
要するに結局は単なる飲み会なのかもしれないけれど、地元で愉快な仲間と一時の歓談の時間を持てるというのはありがたいと思う。

 いつもの話題の一つが藤井画伯の絵である。
3年ほど前から急に絵心に目覚めて毎日描き続けて、去年の夏ころついに千枚を超えたという。
そのいきさつは上の二つの記事に書いている。
子供の頃見たお父さんが絵を描く姿をよほど記憶しているのだろうか。
(八王子エコサミット)の三人のうち、もう一人の(絵を描けない)仲間といつも評定する。

(第一、こんな線って描けないよね)
(どうしてフリーハンドで確信を持って線をひけるのだろうね)
(この色のグラデーションも凄いよね)
(描くほどに上達するなあ)
(不思議やねえ、まるで花が生きているような)
(そこがデジカメで撮る写真とは一味違うなあ)
(一本一本の線に描く人の気持ちが表れているからかしら)
(写真ちゅうのは確かに一本一本の線、という感じはないなあ)
(描いてる対象は生き物やねえ、花を中心とした)
(アッ、分かった藤井さんの絵の秘密が)
(何?それ)
(生きてるのよ、絵が)
(ああ、そういうことか、花の形描いてるだけやない、花の命描いてるんや)
(そういうこと。デジカメで写すんは形だけよ。花の命まで写らへん)
(藤井さんてよほど花がお好きなんやろねぇ、どの花もけなげに生きてるなあ、と)
(そういう思いなしに描けんなあ、こんな風には)
・・・・

 画伯のブロッグ(花のギャラリー・百花繚乱)でそこのところを確かめていただきたいと思う。

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2012/02/12

2012・2・12 文楽二月公演につき篇

二月文楽公演チラシ

Yoshitsune_7

 

 

 

 今回も村ちゃんにチケットを予約してもらった。

2月6日、第二部、午後2時開場、現地(国立劇場)で待ち合わせた。
普通なら午後2時に待ち合わせて朝寝坊して遅れるということはあり得ない。
ところがこの日、目が覚めると午後1時過ぎだった。
着替えて大急ぎで行っても1時間半はかかる。
約束の刻限に間に合わない。

 原因は前日、夕食後の宵寝が長すぎてリズムが狂ったことだった。
夜更けに起きだして朝の光が明るくなるまで床に着かなかったのがまずかった。
昼過ぎに起きりゃあいいさと目覚ましもかけず嫁さんに頼むこともしなかった。
大急ぎで国立劇場へ向かいながらそんなに焦ってはいなかった。
(村ちゃんには悪いことしたけど住大夫さんは後半だからまだ時間は十分にある)という身勝手な安心感だったかもしれない。

 電車に乗り降りしながら電話で連絡を取り合った。
そこは村ちゃん、歌舞伎やら文楽やらに通い続けているだけあって、指示は簡単明瞭だった。
チケットは村ちゃんが持っているのでそれを貰わないとこちらは入場できない。
(3時までには着けますか?)
(ええ、確実に着けます)
(じゃあ、最初の段が3時5分に終わるから、そのとき入り口で)
・・・
国立劇場に着いたのは3時10分前だった。
会場へは入れないので時間表を見ると、3時5分に最初の段が終わり次は3時6分からとなっている。
(開場が2時で開演は2時半だった)

開演して30分だから休憩時間はなく演者が交代する1分間しかないことがわかった。
さすが慣れた村ちゃんやなあと感心する。

 村ちゃんが3時5分に入り口へ出てきた。
席は14列2番だった。
前からいうと後ろとの中程で一番左の席である。
住大夫さんと錦糸くんは前から3~6列くらいで、勿論一番右。
つまり劇場の対角線の端と端に近い位置関係。
去年の二月公演の記事を(ふうてん老人日記)で見ると、11列36番の席とある。
これはもう右端の二人のすぐ後ろとなり至近距離なのだった。
この席は右端過ぎて舞台の人形は半分くらいしか見えなかった。
語りと三味線を聴きに行っているこちらには言うことのない席だった。

 今回の14列2番からだと人形も謡いも三味線もかなり遠くに等距離に見えた。
こんなに遠くても、声も三味もしっかりと聴こえてきた。
住大夫、錦糸コンビが登場するのは(義経千本桜 すしやの段)だった。
いろんな人物が錯綜するように現れ、ドラマの人間関係がハッキリとしてくる重要な場面だと村ちゃんは教えてくれる。
それを住大夫は見事に声音を使い分けて表現していた。

 帰りは途中下車せず谷保のラーメン屋(丸信 まるしん)さんにした。
このお店との付き合いも、もう30年以上になる。

ここのギョーザはとりわけ旨い。
ワンタンもなかなかいい。
朝寝坊して午後1時に目覚め、考えてみればこれがこの日の第一食目。
(村ちゃん、じっくり飲むのなら(志ん宇 しんう)の方がいいけど、今日はお腹が空いててね)
と最後まで言い訳をし、遅刻と文楽とギョーザ、まことにチャンプルーな一日となった。

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2012/02/05

2012・2・5 寒い最中に立春となった篇

シロとクロの向こうに残雪 

Shirokuro_5
 冬枯れの国立は地獄だと昔山口瞳さんは言っていた。
3月から10月までは天国、11月から2月は地獄だ、と。
国立に住んで30年有余、なんとなく分かるような気がする。

 3月になると新芽が吹きはじめる。
4月には桜を筆頭に百花繚乱がはじまる。
5月になると大学や公園や桜通りや大学通りや家々の新緑の狂想曲がはじまる。
夏が過ぎて秋となり今度は十分に葉を広げた木々が次の年の準備を始める。
紅葉である。
何故紅葉は黄色であり赤であって緑がなくなるのだろうか?
葉緑素は緑だったはずなのに。

 一説では木々は紅葉する時、葉緑素を木(幹)に戻すという。
葉緑素というのは大変貴重な物質である。
何しろ太陽の光を受けて、空気中の二酸化炭素(CO2)から炭水化物を作ると同時に水を分解して酸素を作る。
いわゆる(光合成)というやつ。
葉緑素を持つ木々を大切にしておけば地球のCO2の問題も温暖化も起こらないのである。 


 その葉緑素はやはり植物にとっても貴重な資源のようで、使い捨てにはしないらしい。
新芽が芽生える時、木々は葉緑素を葉っぱに与える。
そして葉っぱが枯れる時、その葉緑素を木に戻しておく。
何という賢い知恵なのだろうと頭が下がる。
植物の仕組みを知れば知るほど(人間の作るものなんて大したことないなあ)と友人たちとよく話す。

 その地獄の季節の2月5日の今日も夕刻チャリで繁すしへ向かった。
(嫁さん、5時なのにずいぶん明るくなったなぁ)
(昼間も太陽が高くなって光がずいぶん強くなってきた)
(昨日は立春だったらしい、気温では分からんけど光では分かるなぁ)

 このような会話を一年中、春夏秋冬繰り返している。
夕刻5時に一週間か二週間おきに繁すしへ通っている。
いわば定点観測である。
季節の移り変わり、人々や車たちの多い少ない。
気候がよく、懐が暖かいと人々は外へ出るらしい。
(人間の行動原理はシンプルやねぇ)
と何度話し合ったことだろうか。

 国立へ越してきてから30年ほどこんなことを繰り返して来た。
今日は夏至だってねぇ、寒いおもたら大寒やった・・・。
今は立春のころである。
ふうてんは一年のうちこの2月から3月、立春から春分のころが一番好きのような気がする。
寒さを我慢して縮こまっていたのが水がぬるんできて段々と温かくなる。
さあこれからや。
今年もいこか。
と、プロ野球のキャンプ入りが2月からというのもよく分かる。

 立春。
ええ言葉やなあと66歳になって改めて感心したりしている。

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