« 2011・7・17 ハイビジョンは老人福祉?篇 | トップページ | 2011・7・31 戻り梅雨とは?篇 »

2011/07/25

2011・7・24 地上波アナログ放送が終わった篇

 1953年に始まった日本のテレビ放送が2011年7月24日の今日大きな変化の時を迎えた。

アナログとかデジタルとか言われても一般の人にはピンと来ない。

NHKなどでは、アナログ放送からデジタル放送への切り換えについて、いろいろと苦労して説明をしてきたけれど、結局は何のことか分からないまま、テレビを買い換えたりアンテナを変えたりして自宅でテレビを見られるようにするしかなかった、という人が殆どだと思われる。

 ふうてんなどもその一人であって、理屈はよく分からないまま、テレビを買い、アンテナを変えたりした。

こういう時は電気屋さんも大変だと思った。

アンテナの工事の人も大変だと思った。

(アナログとデジタルってどういう意味なんです?)

なんて質問されたら、まず答えようがない。

 テレビの前に、実は電話がデジタル化されてきた。

携帯電話がいつ頃から普及したのか定かでないけれど、デジタル化はかなり早かったと思う。

電話より先にデジタル化されたのがオーディオだったかも知れない。

1980年代初頭にレコードがCDになって、あれは記録方式がデジタルなのである。

そしてカメラがデジタル化された。

(アナログフィルム)なんていう言い方もあった。

 そういう30年ほどの歴史を経て、テレビ放送の完全デジタル化で家庭での通信やオーディオやビデオや写真を含め、全てが(デジタル)になった。

テレビ、電話、オーディオ、カメラ・・・これらは一体何なのだろう?

要するに目に見えるもの、耳に聞こえるものを記録したり再生したり伝えたりする手段ということになる。

 アナログからデジタルへの変化には(電気)とか(コンピュータ)とかが深く関わっている。

目に見えるもの、耳に聞こえるものを、それが発生した現場で見聞きするだけではなく、いかにその場にいない人に伝えるか。

そのためにカメラのようなものが登場し、やがて動く写真つまり映画が発明された。

音に関してはレコードが登場し、伝えるために電話や放送が発明された。

 目に見えるもの、耳に聞こえるもの、そういう人間が(感知するもの)を伝えるのがメディアである。

扱う対象は(人間が感知するもの)であって実体のある(物)ではない。

 そこに(電気)やら(コンピュータ)やらの忍び込む余地があった。

電気やらコンピュータやらは目に見えない。

どうせ目に見えないのだから(アナログ)だろうと(デジタル)だろうと使う方にとっては知ったこっちゃない。

 今年は福島原発で大きな事故があっていまだに解決のメドがたたず大変な目にあっている。

原子力というのは何しろ(原子)の世界であるから目に見えないものを扱う。

同じ年に(目に見えないアナログ放送からデジタル放送への移行)と(目に見えないエネルギー源使用の可否議論)が起こっている。

 どうも文明の歴史もややこしい時代を迎えたなあと思う。

 ちなみにテレビのアンテナを光ファイバーにした隠宅で摩訶不思議な現象が起こった。

三人家族でテレビは3台使っていて、2台はデジタルに変えた。

あと1台をアナログからデジタルに変えるのどうしようかと迷っていた。

数日前から、そのアナログテレビでデジタル放送が見られるようになったらしい。

(どうしてだろう?)

(どうもデジタル放送をアナログの信号に変えて光ファイバー経由で送っているらしいよ)

(となると今までのテレビで平気でデジタル放送が見られる?グーグルに聴いてみよう)

(あったよ、こんなのが)

 

『また、「フレッツテレビ」は、地デジ放送をアナログ変換(デジアナ変換)したチャンネルも放送しており、従来のアナログテレビでもそのまま視聴が可能です。この地デジ放送のデジアナ変換のサービスは、20153月まで継続する予定ですから、現在所有しているアナログテレビもそのまま視聴することができます。』

 こうなるともう何のことやらサッパリ・・・。

今回はMuBlogのMu大兄にお叱りを受けそうな(英語→カナ文字)ばかりの記事になってしまった。

ま、何でも表記できる便利な日本語の(片仮名)ありきのお話でありまして・・・と小さくなるしかございませぬ。

|

« 2011・7・17 ハイビジョンは老人福祉?篇 | トップページ | 2011・7・31 戻り梅雨とは?篇 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 2011・7・17 ハイビジョンは老人福祉?篇 | トップページ | 2011・7・31 戻り梅雨とは?篇 »