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2011年6月に作成された記事

2011/06/27

2011・6・26 愉快な会話篇

 日曜日の今日、朝のテレビで愉快な会話を聴いた。

桂文珍と鳥越俊太郎の会話だった。

文珍が聴く、

(鳥越さん、もし天国で神さんにおうたら何と言って欲しいですか?)

鳥越俊太郎が文珍の耳に小声でささやく。

(えっ?なに?ええ女おるでぇ?なんやそれ)

 次に文珍がさらに聴く。

(鳥越さん、もし、もうこれまでかとなったとき、家族にどう言います?)

鳥越俊太郎曰く、

(これは筑紫哲也さんの話ですけど、亡くなる直前にフッと意識が戻って娘さんに紙とペンといったそうです。そして書いたのがサンキューだったとか。僕はありがとうと言いたいです。筑紫さんはサンキューでしたけどね。)

 文珍が次のようにまとめた。

(ほうですか、この世のお別れには家族にありがとう、あの世いったら神さんがええ女おるでぇ、・・・よろしいなぁ、はよあの世行きたくなった)

 昔、映画でディビッド・ニーブンのこういうセリフも聴いた。

息を引き取る直前に嫁さんにウィンクして言う。

(先に行ってるよ)

これはサガンの(悲しみよこんにちは)の映画版だったような気がする。

 ふうてんなどは、できればこのイギリスの俳優のディビッド・ニーブンのようでありたいと思う。

相手は不気味かもしれないけれど、最後にニャッと笑いたい。

それが礼儀のような気がする。 

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2011/06/20

2011・6・19 ラスト・シューティストを観た篇

三島の茶畑・向うは駿河湾Mishima

 鬱陶しい天気が続く。

(今日もさえない天気やなぁ)と家人に声をかけ、

(まあ梅雨やからしゃあないか)と自分で引き取る日々。

晴ればかりだと心が落ち着かないこともある。

曇りや雨ばかりだとやはり心は沈みがちになる。

どうも、ふうてんなどは天気に気分が左右される人種のひとりのようだ。

 この間、急にジョン・ウェインの(ラスト・シューティスト)を観たくなった。

何度か見直しているビデオなのですぐに見つかると思った。

ところがなかなか見つからない。

Hi-8というソニーの開発したコンパクトなアナログのビデオ・テープである。

整理などは全くしていなくて、そこいらに適当に積み上げている。

 20年以上前から、テレビの録画やビデオ・カメラで写したものである。

本数は数えていないけれど、数百本にはなると思う。

自室の棚や本棚の中や床に適当に並べたり積み上げたりしている。

たいていは(あれはどこいら辺)と見当がつく。

しかし数が増えるとなかなかそうはいかなくなった。

 ラスト・シューティストを探し始めて、2日がたち3日がたった。

あれをどかし、これをずらしして探す。

横積みにした列をちょっとずらして奥の列を探すのである。

さんざん探して、一番奥の、一番下から出てきた。

以前も一度こういうことがあった。

どうして(観たい映画)が一番奥に隠れているのだろう?

 一つ言えることは、観たい映画だから、昨日観たような印象が残っている。

しかし実際に観たのはもう何年も前かもしれない。

その何年もの間に、今回のようにあれをどかし、これをずらしをやっていたに違いない。

結果として、ラスト・シューティストは一番奥に鎮座ましていた、ということだろう。

(ラスト・シューティスト)はドン・シーゲル監督、ジョン・ウェイン主演の西部劇である。

1976年制作というからもう35年ほど前になる。

主役のジョン・ウェインは3年後の1979年に72歳でガンで亡くなっている。

してみればジョン・ウェイン69歳ころの作品、勿論遺作ということになる。

 ラスト・シューティストというネーミングは(最後のガンマン)という意味だろうか。

馬のいない馬車と呼んで、一人乗りの自動車がヨロヨロと出てきたりするところに時代性が表れている。

ジョン・ウェイン扮するJ・B・ブックスという主人公は30人を殺したという伝説のガンマンである。

もうガンマンの時代ではない。

彼も老齢となり、ネバダ州のカーソンシティという田舎町で最後の時を迎えようとしている。

 その町には何故か三人の、かっての因果関係のあるヤバイのがいる。

その宿敵ともいえる三人とラストで撃ち合いとなる。

新聞記者に(あなたの伝記的な記事を書きたいのでご協力を)と言われるシーンがある。

(俺はただ自分の誇りを傷つける奴に我慢が出来なかっただけなんだ、殺したくてやった訳じゃない)

とJBブックスはその記者を叩き出す。

 カーソンシティへ来るシーンで映画は始まり、ラストの撃ち合いで映画は終わる。

出だしのシーンはこうである。

カーソンシティへ近づいた砂漠のようなところで、ブックスは一人の男から(金を出せ)とライフルで脅される。

ブックスは馬に乗ったまま、上着のポケットから金を出そうとする。

ポケットから手を出した時、その右手には拳銃が握られていて、脅した男を、急所を外して撃つ。

(お前はこの商売に向いていない)

と捨てゼリフを残してブックスは去る。

 ガン・マンとして鳴らして生きてきた男だから数知れない敵がいる。

しかし今回の最大の(敵)はどうやらガンのようである、ということが映画の冒頭で分かる。

ジェームズ・スチュワート扮する町医者に診察してもらう。

(ハッキリ言ってくれ)

(長くて2~3カ月だ、この痛み止めしか方法はない)

とウィスキーのポケット壜のようなものにはいった痛み止めをもらう。

それから1週間ほどの日々が映画の内容となっている。

 ローレン・バコール扮する女主人の下宿屋に部屋を借りる。

彼女もなかなかいい味を出していた。

ハンフリー・ボガードの嫁さんだった女優。

女の威厳のような面と人に対する優しさとの両方を表現できる女優だった。

 30年ほど前、初めてアメリカへ出張した時、ボストンのホリデイ・インという小振りなホテルに泊まった。

そこの受け付けのお姉さんがローレン・バコールそっくりだった。

思わず、

(ローレン・バコールに似ていますねぇ)

と言ったら、彼女は、

(よくそう言われます)

と応えた。

(ボストンは安全ですかねぇ、ニューヨークは怖かった)

(ニューヨークよりは安全ですよ、でも全く安全でもないので気をつけて下さい)

そんな会話を(ローレン・バコール)と交わした。

 このローレン・バコールの息子役がまだ少年だったロン・ハワード。

ガンマンとしてのJBブックスは憧れの人だった。

ロン・ハワードも今は還暦近い年齢になったけれど、数年前に(ダビンチ・コード)というヒット作をものにした。

 監督のドン・シーゲルは(ダーティ・ハリー)の監督である。

クリント・イーストウッドと組んで作った素晴らしい映画だった。

今のCGを多用した映画には着いていけない。

あまり見ようとも思わない。

それよりも、またビデオ・テープをあっちへやり、こっちへやりして、ブリットやらフレンチ・コネクションやらベン・ハーやらアラビアのロレンスやらゴッド・ファーザーやらを探す方がマシなような気がする。

 やっぱり映画は人間が主役でなくっちぁあ。

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2011/06/13

2011・6・12 繁さんのスカイプ道半ば篇

隠宅のビワBiwa

 天気は曇りか雨。

もうすぐ夏至というのに夏らしさは全くない日々が続く。

 夕刻、腰を痛めている女房はまだ無理なので一人で繁すしへ向かう。

(今日は国立市の公用車が来ていませんねぇ)

という会話から始まる。

市長になったガマちゃんの自転車が見当たらなかったのである。

(ガマちゃんこのところ現われないので少し心配なんです)

と繁さんが言う。

 そのうちに繁さんがインターネットの(スカイプ)でアメリカのリサと話したとか話せなかったとか言い始めた。

スカイプというのはインターネットで電話やメールやファイル転送がタダか安い価格でできる仕組みだとは知っていた。

それを繁さんが使っているというのに驚いた。

 肴の一式を出したあと、繁さんが奥の部屋に引っ込んだ。

そのうち何だかこちらを呼ぶような声が聴こえる。

部屋へ行ってみると繁さんのパソコンにリサと生れたばかりのボクちんが映っていた。

(ガブリエルというんですよこの子)

と繁さんが言う。

(リサの声は聴こえるけど、こちらの声は聴こえないみたいよ)

・・・

パソコンのどこかの具合が悪く、結局こちらの声は向こうに聴こえないようだった。

(繁さん、この小さな画面に映っているのが向こうで見えるのかなあ?)

(そのようですよ)

(タカキー、もう少し下の方に)

とかいうリサの声が英語で(当たり前?)聴こえてくる。

 やがて、これは音声が伝わっていない、では筆談しかないとふうてんは思った。

そこで白い紙に、ペンで書いてカメラの前に差し出した。

(Can you hear?)

カメラの前で紙を動かすうちにリサがそのように発音して理解したようだった。

つまりこちらの音が向こうに聴こえないということを納得したようだった。

次にこう書いてみた。

(We saw your babe)

つまりリサと赤ちゃんがスカイプの映像でシッカリとこちらには見えていたことを伝えたかったのである。

 最後に(See you tomorrow)とリサが言ってお別れになった。

 繁さんは英語が話せないしパソコンのこともよく分からない。

しかしアメリカからたまたま日本に来ていたテン・ハウスさん一家の三姉妹に愛されていて、やれメールをよこせだ、スカイプで話して顔を見せろだと迫られている。

長女はジュリーという。

彼女の高校だか大学の卒業式の時に繁さん夫婦は初めて飛行機に乗ってアメリカを訪ねた。

次女がこのリサである。

心臓病で生きるか死ぬかの時期があった。

それでも結婚して子供に恵まれたので繁さんにその赤ん坊を見て欲しかったのだろう。

それでスカイプを使えと繁さんに命じたようであった。

三女はシンシアといって、かっては美少女だった。

今は結婚して貫祿のある母親になっているらしい。

大昔、日本のテレビで(キットカット)という菓子のコマーシャルに出ていた。

 繁さんのスカイプでのリサとの会話はいましばらく時間がかかるようだった。

それでもテレビ電話みたいに映像がシッカリと映る。

相手の声も聴こえる。

少しふっくらとしたリサとかわいいガブリエルが映っている。

全く今のインターネットというやつは・・・・。

 雨がパラつき始めた中、セブンイレブンに寄って(ラッキー・ストライク2個)と70センチの傘を買って書簡集へ向かった。

(ふうてんアーカイブス)

2011 6月 ビワが実りコナラがドングリを用意した

ビワBiwa_1  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コナラのドンクリの赤ちゃん

Donguri  

 

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2011/06/06

2011・6・5 谷保天神の梅園篇

谷保天神の梅の実Yahotenjin

 土曜日に谷保天神の梅はどうなったのだろうと訪ねてみた。

ちょうどグリーンの実が真っ盛りだった。

(梅の実をとってはいけません 谷保天満宮)

という、かわゆいカンバンが木に掛かっていたりする。

この季節、梅園を訪ね人は少ない。

それは落ちた梅の実が踏みつぶされていないことでも分かる。

 谷保天神からほど近い(志ん宇 しんう)へ向かう。

東北の震災以来心が塞いでいるので、ラガーマンに話したいと頼んで来てもらった。

このお店は(もつ焼き)専門の店である。

今回もふうてんは(タンシチュー)を注文した。

 話題はやはり震災復興の話になった。

ラガーマンが(森による防波堤)の話を紹介してくれた。

この話は初めてだった。

横浜国大の宮脇先生が提唱されている話らしい。

震災に遭った東北の海岸線に300キロか500キロくらい(森)を作ればよい、という説らしい。

ガレキを分別して使える素材でまず海岸線に森の土台を作る。

しかる後に、地元にもともとあった常緑広葉樹を植える。

そうすると土台と木々を合せて高さ40~50メートルの(森の防波堤)が10年から20年のうちにできる事が夢ではないという。

 帰ってグーグルに聴くと宮脇先生はこれまで(鎮守の森)の大切さを説き、世界で4万本以上の植樹をしてきた御仁らしい。

中国の万里の長城にまで植樹したという記事もある。

 孫正義の(東北ソーラーベルト)構想よりもふうてんはこの宮脇構想の方に興味が湧いた。

食料生産の為の田畑に太陽光発電の真っ黒なパネルをずら~っと並べたらどうなるのだろう。

確かに経済的にはその方が土地の有効活用になるのかもしれない。

しかし、発電は出来たけれど人は住めなくなっちゃった、とならないだろうか。

第一田畑というのは先祖たちが食料生産のために開墾して作った農地であって、ただそこに転がっていた訳ではない。

休耕地は再び耕して食料を作るのが本来の姿ではないだろうか。

日本はエネルギーだけではなく食料も自給自足出来ていないのである。

食料の話をせずに(発電)の話ばかりで全国の知事さんたちが賛同しているというのも心もとない。

原発事故がなかったら見向きもしなかった話なのに。

 ソーラーベルトを作るのであれば、まだ活用されていない日本の国土の80%を占めるといわれる(山間地)を開墾してやるのなら反対はしない。

そんな話にもなった。

 ラガーマンと別れて書簡集へ向かった。

ここでは(内閣不信任決議騒動)の話になった。

どうして日本の首相は一年しか持たないのだろう?

から話は始まる。

ラガーマンは、日本には四季がありますよね、四季が巡ると一年が終わり、初日の出を拝んでああ新しい年が始まった、気持ちを新しくして今年も頑張ろう。

そうして去年の事は忘れてしまう。

一年単位なんですよ物事の考え方が。

長い時間で考える事が苦手じゃないのかしら日本人は。

と言っていた。

 そんな話を書簡集マスターにした。

マスターは、確かに日本は民主主義の国です。

投票で選ばれた人が代議士になって国会へ行く。

51対49でも多い方が議員になりそれでルール(法律)を決める。

それはいいんです。

ただ51対49で勝てば誰でもいい、というのが問題なんです。

議員たるもの(資格試験)が必要じゃないでしょうか。

医者だって弁護士だって(資格試験)を受けて受かった人だけがなれてるじゃないですか。

どうして最上位の(国会議員)には資格試験がないのでしょうねぇ?

 マスターねぇ、おっしゃることは分かりますよ。

しかしその(資格試験)の問題はどのようなもので誰が作るのかしらねぇ。

・・・・

(まず科目はどうしますか)

(それは、まず外国語ですよ、今どき国際会議で通訳がいないと相手国の要人と話せないなんてのは失格です)

(じゃ、まず外国語ね、たとえば英語とか中国語とかは当たり前だよね、次は?)

(次は、法律とか経済とか政治とか・・・)

(その前に歴史があるよね)

(それに人間が生れてから死ぬまでの、いわゆる揺り篭から墓場までの福祉ですかねぇ)

(そうか、じゃあ5科目か6科目になるなあ。僕はそれを義務教育でやるべきだと思うのよねぇ)

(義務教育ですかぁ)

・・・・

(小学校、中学校の間にそういう大切なことは全部教えた方がいい、国民全員の共通意識としてね)

(高校や大学はどうなります?)

(それは社会に出て職業に就くための専門コースでいいのよ、専門コースは人それぞれでいいのだけど、万人共通に知っておくべきことがあるはず、と僕は思う方でね)

(はぁ~)

(だって(義務)教育でしょう。人間と人間で作る社会で最も根本的なことを教えなくちゃ)

(そうなんだ、そうしましょう、代議士になる資格試験はそれで優等賞もらえない奴はダメだという試験にしましょう、簡単なことなんですね、義務教育で教えることの一等賞をとれるような人に政治はやって欲しいですよねぇ)

・・・・

(マスターはまだ若いから分からないと思うけど、可笑しいんだよねぇ、還暦過ぎた人が集まったとき、共通の話題は小学校、中学校の時の話が多いんだって)

(どうしてですかねぇ)

(そりゃあ共有する話題が多いからさ、だからその年齢のときに共通の話題として歴史やら政治やら、つまり世の中の仕組みのことをもっとみんなで教わるとそれが共通の話題となるって訳さ)

 この、おとついの土曜日は谷保天神の梅を見て、ラガーマンから(森の防波堤)の話を聴き、書簡集マスターから(議員には資格試験が必要)の話を聴くことができて、まことに有意義な一日となった。

(ふうてんアーカイブス)

2011 6月 谷保天神の梅

谷保天神の梅園Baien 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

落ちた梅Ochitaume  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつもの構図Itsumo  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実った緑の梅Ume

 

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