« 2011年4月 | トップページ | 2011年6月 »

2011年5月に作成された記事

2011/05/29

2011・5・29 ラクダくんよさらば篇

キャメルCamel

 地震、津波の次は台風なのだろうか。

今年は例年より2週間も早く梅雨入りをした。

そしていち早く台風も第2号が現われて消えた。

昨日も今日も雨が降っている。

これから全国で(土砂崩れ)とか(堤防決壊)とかのニュースが続くような気がする。

 こんなに雨が降る日にわざわざ繁すしに来る客は珍しいと思う。

 

(今日は貸し切りですよ)と繁さんが言う。

なら、ゆっくり話でもしまひょか、といろんな話になる。

(リサがスカイプを使いなさいと言って来ましてね)

(あのインターネットの?)

スカイプというのはインターネットで電話やらデータ転送がタダに近い料金で使える仕組みなのである。

(それが、使おうとしても設定とかが難しくてねぇ)

(でどうしたの?)

(分かっている人に頼んで使えるようにはしたんですけど、リサから掛かってこないんですよ)

(もしリサから電話が来たら繁さん何語で話すの?)

・・・・

 リサというのは繁すしのアメリカにいる三姉妹のガールフレンドの真ん中である。

どうも子供が出来たらしく、その赤ちゃんを見せたくてしようがないらしい。

繁さんは英語が話せないしリサは日本語が話せない、二人でスカイプで話しているところを見てみたいよ・・・。

勿論今のパソコンにはカメラも付いているからテレビ電話にも簡単になれる。

スカイプで(話したい)のではなく(見せたい)というのが本音だね、といって笑いあった。

 帰りに書簡集へ寄る。

タバコがなくなったので途中にあるセブン・イレブンへ寄った。

(キャメル・フィルターはまだないよね、待ってるんだけど)

(キャメルはもうなくなりますよ)

(ええっ?無くなるの???)

(日本タバコからの発表がこれですよ、新聞にも出ていました)

と、指し示してくれたチラシに(JTタバコ出荷停止銘柄・廃止銘柄の一覧)とあった。

 知らなかった。

(出荷停止銘柄)ならまだよい。

(廃止銘柄)の中にキャメルが含まれていた。

 東北の大地震、大津波はこんな影響も我々に与えている。

地震のあとタバコが一斉になくなった。

聴けば工場が東北地方に沢山あるという。

(キャメル)も原材料はアメリカなのだけど箱詰め、パッキングは東北にある工場で行っていた、ということになる。

 震災から2カ月たって、もう5月も終わるのだから、そろそろ(キャメル・フィルター)も現われるに違いないと思っていた。

セブン・イレブンのお兄ちゃんに念の為に聴いてみた、もうすぐだよねという気持ちで。

その返事が(もう終わりです)だった。

 ふうてんの友人にはこのところタバコをやめる人が多い。

ふうてんのバヤイはタバコの方に先にやめられた、というお粗末の一席。

 キャメルとの付き合いは30年以上になるので、次回当たりその付き合いの歴史を少し話してみたいと思う。

キャメルすなわち(CAMEL ラクダ)ちゃん。

君とももう会えなくなるのだね。

寂しいなあ。

| | コメント (4)

2011/05/22

2011・5・22 ゴッド・ファーザーを観た篇

ハナミズキHanamizuki

 西日というよりも東日が北へ偏ったことに驚く。

朝まで飲んだりしていて朝日を迎えることがある。

その差してくる光の角度に驚くのである。

 春分の日にはちょうど真東から太陽は登った。

それが今はずいぶん北の方から登るので驚いてしまう。

しかしもう5月の22日。

あと一カ月もすれば(夏至)になるのだから太陽が一番北へ近づくのも無理はない。

 今週の一番のニュースは福島原発の(メルトダウン)の話だった。

昔(チャイナシンドローム)という映画があった。

アメリカの原発がメルトダウンして地球の裏側の中国まで達するという映画だった。

理屈はよく分からなかったけれど、それくらいメルトダウンとは恐ろしいことであるという印象は残った。

 その原発のメルトダウンが3月11日の大地震、大津波の直後に起こっていたらしい。

水で冷やしているから大丈夫、みたいな報道ばかりだった。

メルトダウンというのは原発事故の最悪の状況ではないのだろうか。

そういう最悪の状況を何故日本の政府や電力会社は報告しないのだろうか。

そこに不気味さを感じる。

日本人は昭和の戦争時代(大本営発表)という報道を繰り返し、戦争に大勝ちしているというウソの報道を流し、日本人はそれを信じ続けて、結局戦争に大負けした。

 ガレキの山の東北地方の町々の映像を見ると、昭和の戦争のときの焦土と化した東京や広島と同じである。

恐ろしく似ている。

これから復興するまでにずいぶん時間がかかるに違いない。

原発はメルトダウンしたらその後どうなるのだろう?

そういうこともメディアは一切教えてくれない。

 しようがないから映画でも見ることにしよう。

10年ほど前に録画した(ゴッド・ファーザー)を観た。

ソニーの40インチのおかげで何となく映画館ではじめてみた時の感じを思い出す。

冒頭のシーンだけにしようと思っていたのだけれど、結局最後まで観てしまった。

無駄なシーンが全くない。

音楽のニーノ・ロータは勿論だけれど、このカメラは誰なのだろう?

かなりの人に違いない。

時間を忘れさせてくれた。

 ハリウッド映画にもいい時代があったと思う。

しばらくは昔の映画でも観て時間をうっちゃることにしよう。

| | コメント (0)

2011/05/16

2011・5・15 ガマちゃんに会った篇

三島のレンゲ畑Renge

 5月の連休が終わって、一年で一番気候のいい季節になった。

と思っていたら、どっこぃ、そうは甘くない。

気温27度、湿度80%みたいな日々が続く。

急に温度が上がる、湿度が高い、のにふうてんは最も弱い。

ヘバッたような日々が続いている。

 夕刻チャリで繁寿司へ向かう。

店の中に人影が見えた。

先週の火曜日に5月文楽公演を一緒に見た(村ちゃん)かな?と思った。

はいってみたら(ガマちゃん)だった。

(僕も63歳になりますから)と言って国立市長になったその人である。

(ガマちゃん、選挙前にパンフレットみたいなの貰ったけど、よう撮れとるねぇ)

(修正が大変でしたよ)

(修正?やっぱりねぇ、あんな男前のはずないよねぇ)

(カメラマンがですね、光がはいるからメガネ外してくれ言うんです)

(光がはいる?ああ反射してね、それで?)

(メガネを外して写して、そのあとメガネだけ写してましたね)

(それを合成したの?)

(そういうことなんです、それでああいう顔かたちになったという次第で)

・・・

 ガマちゃんは(公用車)で繁寿司へ来ていた。

新しい店になってから広い駐車場があるのでベンツだろうとジャガーだろうと停めることができる。

(ガマちゃん、あの公用車かなり新しいねぇ)

(27インチなので脚がとどきゃあしません、止まるときに)

(27インチ?デカイなあ)

(やっぱりチャリですよ、国立だとこれで十分)

(メーカーは?)

(ミヤタ自転車です)

(ミヤタ?あれってオモチャの会社だったっけ)

・・・

 それでも市の規則で運転手さんつきの(公用車)をあてがわれていると言う。

公用車をチャリにするにはその運転手さんのことも考えねばならない。

市長ともなるとアレコレあって大変のようであった。

(日曜日にはちょくちょく来ているのでガマちゃんもよければ)

(そうしたいですねぇ)

(お家はあのまんまで今何人?)

(え~っと、息子夫婦とその子供たちと、・・・)

ガマちゃん片手では足りないようだった。

 国立の大元は谷保村である。

その谷保村の原住民の末裔が国立市長になった。

帰るときガマちゃんは繁寿司の店の外まで送ってくれた。

(2年くらいで僕のスタイルを出しますからよろしくお願いします)

(僕のできることはコンピュータ関係しかないけど何でもやりますよ)

初めて、珍しく、握手をして別れた。

| | コメント (2)

2011/05/09

2011・5・8 ハイビジョンのこと篇

コナラの新芽Shinme

 ビンラディンが殺されたらしい。

ニュースで、殺害され海に葬られたと聴くだけで、本当のところは何も分からない。

 2001年9月11日。

たまたま見ていたテレビの映像は信じられないものだった。

ニューヨークの高層ビルに何かが突入した鮮明な映像。

映画の予告編かなと思った。

それから10年が過ぎたことになる。

この10年は何だったのだろう?

 ジ・ハード(聖戦?)を唱えた男がアメリカに戦いを挑み、アフガニスタンやイラクで沢山の人々が殺された。

サダム・フセインも殺され、オサマ・ビンラディンも殺された。

イスラム教とキリスト教の殺し合いは今後も続くに違いない。

24時間以内に埋葬しなければいけない。

そういう、行動を規定するような宗教は辛いのだろうか楽なのだろうか。

 ハイビジョン・テレビからいろんなものが伝わってくる。

最初はデカ過ぎると思った40インチにも慣れてきた。

これまでにも書いたけれど、ハイビジョンは屋外撮影のもので威力を発揮する。

自然物や各種スポーツ中継などなど。

アナログ時代のハイビジョンはNHKのBS放送だけだった。

 ハイビジョンを初めて見たのは30年ほど前のNHK技研だった。

当時多摩ニュータウンに住んでいて、小田急線で成城学園まで出向いたのだった。

成城学園からバスに乗り世田谷街道沿いにある技研には10分ほど。

コンピュータに係わる仕事をしていたのだけれど、テレビの方が面白かった。

NHK技研では毎年(公開週間)のようなのがあったように記憶している。

技研のいろんな研究室を公開して見せてくれるのである。

 ハイビジョンの部屋ではプロ野球の録画を映していた。

(観客席の客の顔が分かります)

という触れ込みだったと思う。

確かにバックネット裏で観ているお客さんたちの顔がよく分かった。

(アレッ?部長さん、仕事さぼって野球見に行ってたんだ)

なんて分かっちゃうなあ。

などと話ながら部屋の中を見ると、1インチのVTRが物凄い速度で回っていた。

当時のビデオ・テープはその半分ほどの幅で、スピードもゆっくりとしていた。

(へぇ~、ハイビジョンて大した情報量なんだ)

と、理屈ではなくVTRのテープの大きさとスピードを目で見て実感した。

 30年たって家庭向けのテレビ放送が全てハイビジョンになる。

ずいぶん気の長い話で、NHKはよくそんな研究を当時していたものだと感心する。

ハイビジョンの規格を決める為にいろんな実験をやったと説明されていた。

40インチほどの受像機を何メートルのところから見る。

映像には緩やかに揺れる吊り橋が映っている。

それを見るとき、解像度とか画面の縦横比とかはどうすれば一番リアルに感じられるか。

そういう実験を繰り返してハイビジョンの規格は決まったらしい。

(40インチで16対9の画面を~メートルのところから見ると、揺れる吊り橋を観ている人がその橋の揺れに合せるように体を揺らせるようになります)

という風な能書きを聴いた。

それが16対9の根拠であるらしい。

 これまでのアナログ・テレビは4対3の横縦比だった。

これは勿論カメラのフィルムの比率で、フィルムで録られていた映画も昔は同じ比率だった。

映画ではそれでは不満だとばかりに、だんだんと横長の画面が工夫されるようになった。

何故横長になっていったか。

それは勿論、人間には眼が左右に二つあるから・・・と言ってしまえば身も蓋もない。

 30年も前にそういう研究をしていたNHKは大したもので、解像度を上げる為の規格提案はいろんな国から出されていた。

アメリカというテレビの大先輩の提案を差し置いてNHKの提案が世界の標準になった。

NHKの提案がそうなった背景にはソニーや松下というテレビメーカーたちの世界制覇があったことは間違いない。

 ハイビジョンの歴史には日本の第二次世界大戦での敗北がからんでいる。

なんて話は今の若い人には通用しない話かもしれない。

ただ言えることは、戦争でゼロ・クリアーされた日本が産業として真っ先に取り組んだのは身近なところの道具、つまり一般庶民が使う道具だったということである。

オートバイでありカメラであり家電(洗濯機、冷蔵庫、テレビ)であった。

ホンダ、ソニー、松下、ニコンなどがその主役だった。

 ハイビジョンの縦横比とか解像度とか色数とか圧縮方式とかの技術的な話をしようと思って書き始めた。

今回はその前段の(何故日本でハイビジョンが)という話になってしまった。

(ふうてんアーカイブス)

2011 4月 新芽狂想曲 隠宅のコナラ

その1Konara_1  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その2Konara_2  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その3Konara_3_3   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その4Konara_4_2   

| | コメント (0)

2011/05/02

2011・5・1 小さな映画館篇

緑のトンネルTonnel

 4月から5月に変わるころ毎年(ゴールデンウィーク)という長い休みが訪れる。

連休になるところあり、飛び飛びの休みしかないところもある。

いずれにしても心は(ゴールデンウィーク)なのである。

ちょっとだけ長い休みのひとときなのである。

毎日が日曜日の退役軍人となってもその気分は変わらない。

 東北の大地震、大津波から一カ月半が過ぎた。

現地での復旧、復興ぶりはテレビの報道だけではよくは分からない。

東京などでは停電もなくなり米もパンもいろんな食材もほぼ元通り店に並ぶようになった。

ふうてんのタバコ、キャメル・フィルターはどこでも(売り切れ)になっているけれど、そんなことはどうでもよろしい。

念の為お店の人に理由を聴くと、工場が復旧に時間が掛かるそうなんです、という。

キャメル・フィルターも東北方面のどこかの工場で作られているらしい。

アラビア方面のタバコとアメリカ産のタバコをブレンドしてアメリカで作られていると思っていた。

そういえば(喫煙はあなたの健康を害します)とかラベルに書いてあったなあ。

アラビアやアメリカの言葉じゃないよなあ、この言い方は。

 これまで20年ほど使っていたテレビが次々と壊れて、大震災の模様はパソコンのテレビ機能に頼らざるを得なかった。

これもなかなか面倒くさいのでやむを得ず地上波デジタル対応のテレビを買った。

寝室用に26インチ、自室用に40インチ、いずれもソニー製である。

 テレビを買うということは中々に面倒くさい。

ふうてんはパソコンとテレビの融合みたいなところで仕事をしてきた。

テレビというのはある意味仕事の一部でもあった。

仕事の機材を自分のお金で買う、というのは公私混同である。

パソコンをやるようになって30年ほど自分のお金でテレビを買うことはなかった。

 仕事として自分たちが製品化したテレビをずっと見てきた。

ただし、ソニーの28インチ・トリニトロン・ハイビジョンだけは研究用に買った機材を自宅で(研究のために)使っていたのだった。

そのテレビも壊れた。

やむを得ない。

人さまの作ったテレビでも拝見させてもらうしかない。

 寝室用に26インチにするか32インチにするか、かなり迷った。

これまでは15インチだったので、比率が4対3から16対9になると22インチくらいでいい。

ビックカメラへ行くと26インチ以下のテレビは殆ど置いていない。

32インチ、40インチ、50インチ、60インチ。

デカイのばかりである。

 いろいろ迷った挙げ句、寝室用は26インチ、自室用は40インチになった。

寝室用は寝そべって見るものだから距離は身長プラスαである。

そんなに遠くはない。

26インチだってやたらとデカイ。

慣れるまでに時間がかかった。

女房などはこんなデカイ(人の顔)なんて鬱陶しい、テレビなんて小さくていいと言う。

 こんな調子だと自室用の40インチはどうなんだろう?やだなあ。

と思いながら数日前、その40インチを見てみた。

予想通り、テレビの番組を見るのは苦痛だった。

スタジオ録画の人間の顔が大き過ぎる、文字がデカ過ぎる

それで映画でも見るかと、ビデオ入力があったのでソニーのHi-8のビデオ・デッキで(七人の侍)を見た。

いける。

(アラビアのロレンス)の冒頭のオートバイのシーンを見た。

いける。

(グランプリ)のモナコでの事故シーンを見た。

いける。

ちょっと映画館で映画を見ているような気分になる。

どういう訳か(テレビ・NTSC・インターレース)独特の線が見えない。

フィルムの感触に近い。

 地上波デジタルとは何か?ハイビジョン・液晶テレビとは何か?については、ふうてんの仕事に近い部分もあるので、いつかいろいろと話をしてみたい。

今回は一ユーザとして、迷いに迷っていたけれど、40インチというのは表示装置としては意味があるということを報告しておく。

(小さな映画館)が自室に出来たような期待感がある。

(シェーン)

(ガンファイター)

(片目のジャック)

などなどの西部劇を観た。

悪くない、全く悪くない。

それとスタジオ録画ではないスポーツ中継は素晴らしい。

カメラが家の外に出た時、ハイビジョン、大型スクリーンは生き生きと本領を発揮する。

 最後に告白すると、40インチにした理由は簡単だった。

女房が兄貴と電話で話した時(テレビは大きい方がいいよ)と聴いたという。

それを聴いたあと立川のビックカメラであれこれ見ていた時ソニーの40インチが綺麗に見えた。

たまたまその機種が、その時表示していたコンテンツのせいで綺麗に見えただけかもしれない。

 どうも65歳になっても人の影響を受け易いタイプのようである。

(ふうてんアーカイズス)

2011 4月 国立の新緑

桜通りのトンネルSakuratori  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜通りの歩道Hodo  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コナラとアンテナ 

Antena

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピンクのハナミズキとロシナンテRoshinante

| | コメント (4)

« 2011年4月 | トップページ | 2011年6月 »