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2011/04/25

2011・4・24 ガマちゃんが市長になった篇

大学の森Mori

 30年ほど前に国立へ越してきてから選挙の投票所は近くのニチュウである。

国立市立第二中学校。

隠宅から歩いて5分ほど、いつも乗る南武線矢川駅への途中にある。

今日は夕刻女房と市長選、市議選の投票に行ってきた。

夜中になってNHKテレビでは国立市長選、佐藤一夫当選確実と報じている。

 一カ月ちょっと前に、ガマちゃんに会った。

ガマちゃんこと佐藤一夫さんは谷保村の原住民である。

国立はもともと谷保村だった。

そこに大昔から住んでいる一族の末裔である。

(ガマちゃん、今度の市長選、立候補するの?)

(はい、します。僕も63歳になりますんでね。)

と、応えた。

(ガマちゃん、63歳と市長選の関係は分からんけど、ともかく応援するよ)

・・・

 ガマというのはカエルのことである。

骨相がカエルに似ていて、何となく憎めない顔かたち、体型であることからこのニックネームがつけられたのだと思う。

たまに(佐藤さん)と呼ぶこともある。

しかし(ガマちゃん)の方が分かり易く、我々知り合いの中ではそう呼んでいる。

そのガマちゃんが、とうとう国立の市長になってしまった。

 ガマちゃんと知り合ったのは繁寿司だった。

文酔連という草野球チームがあり、チームのメンバーはよく出入りしていた。

ガマちゃんはそのチームでキャッチャーをやりキャプテンでもあった。

このチームは山口瞳さんの小説(居酒屋兆治)のモデルとなった人が作ったらしい。

その人のモツヤキの店が(文蔵)という名前でJR南武線谷保駅のすぐ近くにあった。

山口瞳さんも野球が好きだった。

 ふうてんも何度かその野球チームにはいらないかと勧められた。

練習場はすぐ近くの(第三公園)である。

何度も練習風景を見に行っていた。

しかし、残念ながらふうてんは運動神経ゼロなのである。

迷惑をかけるだろうし、すぐに骨折したりするだろうから、はいらなかった。

しかし、繁寿司コネクションというやつでメンバーとの交流は続いた。

ラガーマンもこのチームの一員で、ポジションはレフトだけれど背番号は野村の(19)だった。

 そのガマちゃんが(僕も63歳になりますので)と言って市長選に立候補して当選した。

ふうてんは人生の半分近く住んでいるので国立市民と言っても失礼ではないと思う。

その国立の住民の一人としてガマちゃんの当選を嬉しく思う。

 

 彼は長く国立市の助役を勤めた。

家から近い市役所へ行くと、市長の部屋の隣に彼はいた。

市役所の窓口で(ガマちゃん今日いる?)と聴くと、職員の人たちはすぐに応えてくれた。

みんな彼のことを(ガマちゃん)と呼んでいた。

10年近く前、市役所をやめて福祉関係の仕事を続けてきた。

世のため人のためという思いの強い御仁である。

 彼は63歳になって国立市長になった。

ふうてんは65歳になって、何に・・・なれば・・・いいのだろうか。

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