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2009年11月に作成された記事

2009/11/29

2009・11・29 坂の上の雲が始まった篇

城の上の雲-伊予松山城Shiro

 東京ではこのところ寒い日が続く。

(明日は今日より最高気温が7度低くなります)

と天気のアナウンス嬢が抑揚のない声で何ごともなかったようにのたまう。

一日で7度も変化すると老体にはこたえることを若いアナウンサー嬢は知るはずもない。

 11月もまもなく終わり師走が始まる。

師が走る季節だから、京都のMuせんせ~などはきっと走り回わってはるに違いない。

どうして年末になると師は走らねばならないのだろうか?

そこのところはよく分からない。

 昨日は大相撲11月場所の例会ということでトヨダさん、ラガーマンと楽しい飲み会をやった。

大相撲で白鵬が優勝しそうだ、なんてことは話題にならず、最近のキネマ旬報で邦画と洋画のベストテンが発表されたという話題から始まった。

このお二人はふうてん以上に映画好きではなかろうか?と思った。

(邦画で東京物語と七人の侍が1位、2位はいいとして、どうしてゴッドファーザーが洋画のベストワンなのだろうね)

なんて話から始まった。

 今日はお元気になった山口夫人と楽しい会話の時間を過ごせた。

繁さんはどうも最近(酸素カプセル)に凝っているようであった。

酸素の充満したカプセルに一時間ほどはいるらしい。

その効能のほどは今のところ疑問符がつくものであるらしかった。

 夫人が何枚かの写真を見せてくれる。

その10枚ほどの写真には一つのストーリーがあるので非常に面白かった。

今年の夏、銀座の丸善で山口瞳さんの絵画展があった。

この日記でも報告したように思う。

その絵画展で3枚の絵を買ってくれた御仁がいる。 

その人に関するストーリーだった。

 買ってもらった3枚の絵のうち、1枚だけはどうしてもどこで描いたものか分からなかった。

その絵を描いた瞳さん自身、これはどこで描いたか思い出せないとおっしゃっていたらしい。

その絵を買った御仁、あれこれ調べたのですねえ。

それでついに(隠岐島の田舎家)であることを突き止めたとか。

民家二軒を写生している右側の家の(小さな赤いポスト)

その一点に絞ってこの御仁は実際に隠岐島を訪ね、その場所の写真を撮ってきたのですな。

色あせた(赤いポスト)が現存していて写真に納まっています。

 帰ると(坂の上の雲)が始まっていた。

明治の、今の日本の始まりのような時代。

アレコレ詰め込み過ぎていたような印象はあったけれど、坂の上の雲の原作がそのようなものであった以上しようがないのではなかろうか。

このドラマでそのうち夏目漱石も出てくるに違いない。

秋山兄弟は日露戦争の主戦場で闘った。

鴎外は軍医として参加し、漱石は横目で眺めていた。

戦場で闘った人も、側で見ていた人も大いなる影響を受けたに違いない。

 (坂の上の雲)

この題名がよろしいなあ。

(ふうてんアーカイブス)

2009 晩秋 NHKで(坂の上の雲)が始まった

        国立の大学の森では紅葉も終わり迎えた

坂の上の雲・2003年Matsuyama  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大学のもみじMomiji_1  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その2Momiji_2  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その3Momiji_3  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カモKamo_1  

Kamo_2  

 

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2009/11/23

2009・11・22 ちかごろお江戸ではやるもの篇

Aki

 今年はかなり寒いのではなかろうか。

この一週間ほど、東京では真冬のような気温が続く。

4時を過ぎるともう何となく暗くなってくる。

冷たくて、雨が降って、その上風にまで吹かれると泣きたくなる。

 去年の冬は街に(女忍者)が溢れていることに驚いた。

黒い股引き(ももひき)のようなものに身を固めた女人たちが闊歩していた。

春になり夏になるにつれて徐々にその(女忍者)たちは姿を消したようだった。

 秋になって、涼しくなるとまた忍者たちが戻ってくるのだろうか?と思っていた。

ところがどうも今年は様相が違う。

何だか(長靴)を履いているのが多いのである。

雨でもないのに(長靴)ばかり。

これは一体どうしたことなのだろうか?

 長靴と言わずに(ブーツ)と言うと、ああそうだ女性たちのファッションの一つだったと気づく。

そういえば昔(ワンレン ボディコン)という言い方がはやったなあと思い出した。

その時代にも(ワンレン ボディコン)の女人が冬になると(ブーツ)を履いていたものだった。

 しかし、今は(ワンレン ボディコン)の時代ではない。

何だか(ブーツ)も当時の形とは違うようである。

ジーパンで履いていると(カウボーイ)の様でもある。

黒いタイツのようなもので短靴(たんぐつ)のような(ブーツ)を履いているのもいる。

ピーターパンか?と思わされる。

サーベルを下げたらよろしいのでは?と言いたくなる(軍靴)のようなのもいる。

モンゴルの人が馬に乗るとき、といった雰囲気の茶色のもある。

サーカスで馬の曲乗りのときに履く装飾過多のようなのもいる。

 長さ、色、形、実に様々である。

足のくるぶしまでくらいの短いのからひざ上10センチくらいのまである。

昔の(ワンレン ボディコン)の時代の(一様なブーツ)とは全く違う。

 知り合いの若い子と話をした。

(何だかブーツがはやっているようやねえ)

(わたし好きだから年中はいてます)

(そういえば今日もブーツを・・・)

この子は背が高く脚が長くて、歩き方に独特のリズム、まるでキリンのようなリズムがあるので(キリンさん)と呼んでいる。

(キリンさん、ブーツ何足くらい持ってるの?)

(そうですねえ、え~と、・・・)

と指折り数えている。

(それあなた、下駄箱にはいります?)

(いえ、まあ、それはね・・・)

あまり個人的な質問をしてはいけない。

 彼女の話も合わせて考えると、ファッション業界もあの手この手、売り上げ向上に努力をしている風であった。

茶髪にして黒い股引きやらタイツやらをつけてブーツで〆るのである。

ニッポンのアパレル業界はまことに素直な大和撫子たち諸嬢に感謝せねばならない。

(ふうてんアーカイブス)

2009 秋 国立の紅葉

銀杏Icho_1  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その2Icho_2  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

谷保天神の秋Tenjin_11_2  

Tenjin_12_2  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

その2Tenjin_2  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その3Tenjin_31  

Tenjin_32  

 

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2009/11/15

2009・11・15 漱石的主題とは?篇

ご存じ夏目漱石Seksi_1

 今日は朝から快晴だった。

いつもぐずついた天気を嘆いているふうてんにとってはこれ以上ない一日となる、ハズであった。

 ところがなかなかそうはいかないのが人生なのだろうか。

だいたい日曜日というのは聖なる安息日である。

何もせずに、ノドが乾いたらビールでも飲み、眠くなったら横になる。

ロシナンテに一鞭くれたり繁寿司で歓談に耽ったり。

日曜日くらいは請求書やら事務的手続きやらからは解放されたい。

しかるに今日はそうはいかなかった。

 朝早く目覚めると快晴だった。

久しぶりにソニーのデジタル・ビデオ・カメラを持ってチャリで取材に出かけようかと思う。

これは(ふうてん老人日記)などという記事を書き始めてからの自ら招いた余計なミッションなのである。

今は桜通りも大学通りも紅葉が始まっている。

快晴のクリアーな太陽の光のもとでそれらを撮っておきたいと思う。

 手始めにカメラを持ち出して方丈の庭のハナミズキの紅葉を撮ろうとした。

ズーム機能が全く働かない。

(これだもんなあ)と嫌になる。

ビデオ・カメラでズーム機能が働かないとどうしようもない。

このところ不調だったのだけれど、ここぞというときに限って機嫌が悪くなる。

(ビデオ・カメラはデジカメを使えないコチラの生命線なのになあ)

マーフィーの法則はやはり生きている。

 そういうことから今日の一日は始まった。

ソニーを扱っている電気屋さんへ相談に行く。

チャリで5、6分のところにあるこの店へ何度通っただろうか。

そういえば年金何チャラの提出資料を書いて出さないといけない。

そういえば何とか保険の何チャラも提出期限が近いので・・・。

一週間に一度のストレッチをロシナンテに命じて、4気筒がサボッていないか確かめねばならない。

借りていた(漱石の思い出、文学論、夢十夜)を図書館に返さねばならない。

・・・・

全く忙しい(安息日)だった。

 夕刻、繁さんに電話してチャリで出向く。

嬉しいことに山口夫人が復帰していた。

この3か月ほど、お姿を見せなかったのである。

 山口夫人、イワハシ女史、トヨダさん、ハナダ夫妻でカウンターは満席だった。

(こういう風景がいいわねえ)

と女房が言った。

夫人から、ちくま文庫から出た(江分利満氏の優雅な生活)を手渡される。

言ってみれば復刻版である。

夫人は山口瞳さんの新刊が出るたびに必ず持ってきて下さる。

(久しぶりにこの作品を読み直したいと思っていたところなんです)

とウソではないお礼を申し上げた。

今でもこの一作が山口瞳の最高傑作だと思っている。

 久しぶりの夫人の登場で店は賑わった。

(ソノアヤコさん、民主党の何とかに呼ばれてどうおっしゃってましたぁ?)

とイワハシ女史に聴いた。

(ワタシこういうとき何故か呼ばれるのよねえ)

などとおっしゃっていたとかなかったとか。

(巨人優勝おめでとうございます、今年は原くん連戦連勝ですねえ)

とトヨダさんにいった。

(このごろ感動というものが以前ほどないんだよなあ)

とお応えになった。

(でも悪い気はしないでしょう?)

と阪神ファンはさらに聴いた。

(ウン、そりゃあ、まあね)

 帰りに書簡集へ寄って夫人の復帰を報告した。

店には常連の(ランド・スケープ・アーキテクト)がいて話が弾んでいた。

そのうちインドから来た客と(大野晋さんの日本語のタミール語起源説)の話になった。

このインド人はデリー近くの出身で今月一橋大学に(日本の歴史、特に幕末)を研究するために来たという。

流暢な、というよりも日本人と全く変わらない日本語を話すのには驚いた。

 今日は吉本隆明の(漱石的主題)の話をする積りだった。

それでアーカイブス用の写真やビデオを用意した。

しかし、慌ただしい(安息日)だったのでその目論見は外れた。

(漱石的主題)の一端だけ紹介して本論は次回以降としたい。

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 この間本屋さんで吉本隆明のコーナーを見ていると(漱石的主題)というのがあった。

ハテ?漱石的主題??

吉本隆明の本は見ている積りだけどこの本は初めてだった。

あとがきを見ると、18年ぶりに復刻とか書いてある。

なるほど見なかったハズである。

 吉本隆明は(言語にとって美とはなにか)で漱石を言語表現の到達点と位置づけていたような印象があった。

それにしては漱石のことはあんまり書いていない。

(漱石を読む)と(漱石の大きな旅)しか知らなかった。

実は18年前にこの(漱石的主題)で言いたいことのかなりの部分はもう語っているのであった。

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(ふうてんアーカイブス)

2009 秋 神保町の古書市で昭和35年刊の(漱石とその世界)を見つけた

漱石とその世界Soseki  

Seksi_2  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Sho_1  

Sho_2  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Ga_1  

Ga_2  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

漱石的主題Shudai_1  

Shudai_2  

 

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2009/11/08

2009・11・8 天下市のころ篇

ハナミズキの紅葉Aki

 先週(木枯らしの気配も)と書いたら翌日の月曜日に(木枯らし1号)が吹いた。

気温が20度を下回ると少しヒャッとするようだと気づく。
 

 今日は夕刻ロシナンテに一鞭くれようとした時、このところエンジンの機嫌が悪かったことを思い出した。

 何度かセル・モーターを回してエンジンを掛ける。

バックでガレージを出てハンドルを切って、さて行こうかとアクセルを踏む。

何だか反応が頼りない。

アクセルをちょっと弛めると回転が下がってエンジンが止まりそうになる。

・・・

ハハ~ン、1発か2発サボッてやがるな。

 それでもなだめすかして、桜通りへ出て、少しスピードを上げてしばらく走る。

エンジンはバランスが悪く、音も滑らかではなくボソボソと喚いている。

やがてエンジンが温まって来たのか、ちょっと加速力が増す。

パパ~ンというアフター・ファイアーの音がし、アクセルを踏み込むとグ~ッと加速する。

やっと四頭立て(四気筒)のロシナンテくんが気分よく走るようになる。

 そんなことを繰り返していた。

それを思い出したので今日はプラグをはずして確かめてみようと思った。

プラグをはずす工具はどこへいったっけ?

これ回すのどうしたっけ?、ああこうだったこうだった。

4個のプラグをはずして確かめた。

かなりカーボンが真っ黒くこびりついているけれど、どうしようもない。

でも、特に湿っているわけでもないのでそのまま元に戻した。

 さて、エンジンを掛けてみる。

ブルルル~ンと最初から勢いのいい音がした。

四頭立てが今日は最初から四頭とも走ってくれた。

 11月3日の文化の日は国立では(天下市)のハイライトを迎える。

大学通りの両側の歩道にいろんな店が並び、通りは(歩行者天国)となる。

午前9時半のブラスバンドのパレードから始まり終日いろんな演し物がある。

今年はいつもより多くの人々が集まり、演し物もやたらと賑やかだった。

 30年ほど前に引っ越してきたころの(天下市)は大学通りに近づくと必ず刈りとった夏草や剪定をした木々のすがすがしい香りがしたものだった。

通りのどん詰まりには三角屋根の国立駅があった。

 今年は、高架になった国立駅から天下市で賑わっている通りを写してみた。

高架になった駅の一階では工事が盛んに行われている。

通りでは(よさこい踊り)というのだろうか、どこかから妙な連中が来て、大きな旗をふって大音響で意味のない踊りに興じている。

通りのまわりには高いピルが林立して駅前のかっての面影はない。

30年前はこの辺は(桜より高い建物)は一つもなく、まことにのどかな田園都市だった。

  
ああ。

(ふうてんアーカイブス)

2009 秋 天下市のころ

ハナミズキHanamizuki  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駅から見た大学通りEki_1  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再建計画もEki_2  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天下市の歩行者天国Tenkaichi_11  

Tenkaichi_12  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その2Tenkaichi_2  

 

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2009/11/01

2009・11・1 若いっていいなあ篇

学園祭Gakuensai

 いつの間にか11月になってしまった。

(もう今年も終わりですねえ、早いですなあ)などとよく話に出る。

どうして今年はこんなに早いのだろう?という話になって、思い当たるフシがある。

要するに今年は東京では(夏)がなかったのだった。

だいたい梅雨明け(らしきもの)が8月の初めだった。

真っ青の空に白い入道雲、かんかん照り、夕刻の積乱雲の盛り上がりと夕立。

そういう(夏の風物詩)というものが一度もなかった。

 夏が来ないままいつの間にか秋(らしきもの)になり、この4、5日は朝夕冷えて、そろそろ手袋が、とか思うこともある。

秋は一足飛びに終わってしまって関東ではもう木枯らしが吹きそうな気配もある。

昔のあのゆったりとした規則的な四季の変化が懐かしい。

 まだゆったりとした四季の変化が確かにあった40年ほど前、京都で過ごしていた。

ある年の秋、11月の初めころ夕暮の歩道を歩いているとポプラ並木かなんかの枯れ葉がカサカサと飛び交っていた。

(ああこれが枯れ葉という歌の情景なのか、今が秋なんだ)

などと思ったことを今でも覚えている。

その歩道の場所もハッキリと覚えている。

どこからどこへ何のために急ぎ足で歩いていたのかはサッパリ思い出せない。

大学では秋の学園祭のころだった。

 (今はもう秋・・・)とか(Try to remember・・・)とかいう歌もときどき思い出す。

歩道の枯れ葉もこれらの歌も学生時代の思い出である。

60回以上も秋を経験したのにどうしてその4、5年のことが記憶に残っているのだろう?

 昨日の土曜日、ビールを飲んで昼寝をしたあとボンヤリとそんなことを考えていた。

そういえば国立では11月の初め、3日の文化の日を中心に(天下市)ではなかったか。

今日は土曜日だからもう学園祭あたりは始まっているのではなかろうか。

それでチャリで大学の方へ向かった。

 いつも(大学の森)ということで木々やカモちゃんやを写すときの入り口には学生さんの門番が立っていて、チャリはダメです、と無言で教えてくれる。

ハイハイ分かってます、とチャリを降りて、徒歩で学内に向かった。

模擬店が沢山並んでいて結構な喧騒、賑わい振りである。

4、5年前には留学生の(ランちゃん、アリアさん)がやっていて女房とよく冷やかしたことを思い出す。

知っているのがいないと寂しいなあ、と思っているといいリズムのサウンドが聴こえてきた。

 ベースがいい。

うん、なかなかやるなあと、模擬店の人込みをかき分けるようにして音のする方へ近づいていった。

野外にしつらえられた舞台の上でモダンジャズをやっていた。

ベース、キーボード、テナーサックス、トランペット、ドラムスのクィンテットだった。

ジャズは結構聴いてきた方なので、いけるかどうかは一聴して分かる。

なかなかいけるグループだった。

日本のプロのジャズマンにありがちな(身についたクセ)のようなものがない。

非常にストレートに素直に演奏している。

まだ(個性)と言うほどのものはないけれど(悪いクセ)がない。

 ひとしきり聴いて、いいなあと思いつつ帰ろうとチャリを置いた入り口へ向かう。

別の舞台でコーラス・グループが歌を歌っていた。

来るときとは違う別のグループだった。

オヤ、前のよりはるかにいいなあと足が止まった。

短い時間で演奏は終わった。

女の子二人、男の子三人。

こちらもクィンテット(?)だった。

素晴らしい。

メロディも歌詞もハーモニーも。

 誰かと話したくなった。

日本の若者たちも捨てたものじゃない。

若いっていいなあ。

チャリは自然と(書簡集)へ向かった。

マスターと話したくなった。

(ふうてんアーカイブス)

2009 秋 一橋祭の若者たち
 

モダンジャズ研究会

Jazzken  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アカペラサークル The First CryThe_first_cry

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

ジャズJazz_1

Jazz_11_2  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その2Jazz_2  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その3Jazz_3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コーラスUta_1  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その2Uta_2  

 

 

 

 

 

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