« 2009年9月 | トップページ | 2009年11月 »

2009年10月に作成された記事

2009/10/25

2009・10・25 コロンボ、リターンズ篇

アサガオの原種は青だとかAsagao

 昨日も今日も(晴れ)と天気予報にはあった。

しかるに、昨日は昼間からにわか雨、今日は朝からシッカリとした雨である。

女心と秋の空。

古人は正しい警鐘を残してくれたものだと思う。

 しようがないので家に籠もってテレビを見たり本を読んだりする。

政権交代した政治のニュースがなかなか面白い。

国の予算についてこんなにアレコレが報道されたことはこれまでなかった。

国の予算策定というのはつまり我々から巻き上げた(召し上げた?)税金の使い道である。

大いに議論して揉め倒したあと決めていただきたい。

大きすぎる亭主の酒代と1パックのカキが半額だったと喜ぶ女房どの。

10000円単位の話と100円単位のお話し。

同じ財布の中でこの両方がせめぎ合うのである。

一家も国家も同じではなかろうか。

 テレビといえば最近一つの楽しい番組が復活した。

(刑事コロンボ)の再放送である。

去年BSハイビジョンでこれがあったのだけれど、我が家のテレビ・システムではBShiはまともに写らないので音が途切れたり、映像が乱れたり、見るのを諦めていた。

その放送が10月からBS2で始まったのである。

 (刑事コロンボ)の日本での放送は1971年あたりからだったと思う。

当時ふうてんは新婚で多摩ニュータウンに住み始めたばかりだった。

就職して2年目、結婚して多摩の丘陵地帯にできたばかりの団地での生活。

何もかもが新しかった。

 新しいからいい、というものではない。

就職した会社の仕事は面白いとはいえなかった。

新婚生活は始まったばかりで先のことは何も予想がつかなかった。

多摩ニュータウンは作り始めたばかりで(東京砂漠)といわれていた。

ブルドーザーが雑木林を切り開き、土埃(ツチボコリ)が舞っていた。

電車は来ていなくて京王線の聖蹟桜ケ丘までバスで15分かかった。

そんな時代に小さなブラウン管からヘンリー・マンシーニ作曲の印象的なテーマ曲が流れてきた。

 当時は確かNHKテレビ総合放送の金曜夜8時からだったと思う。

買ったばかりのソニー・トリニトロンの14インチのテレビで見た。

多摩ニュータウンは丘陵地帯なので東京タワーから電波が障害物なしに伝わる。

映像は極めて鮮明だった。

金曜日に聖蹟桜ケ丘からバスに乗り、家の近くのバス停で降りるとき、何となく嬉しかったのを今でも覚えている。

金、土、日と3つの夜を自分の好きなように過ごせる。

今夜は(刑事コロンボ)がある。

 再放送されているこの時のシリーズを3回ほど見た。

第一作目の演出がスティーブン・スピルバーグだったのには少し驚いた。

ジョーズ、未知との遭遇、インディー・ジョーンズなどなどで番を張ったハリウッドの監督。

タイトルバックに流れる音楽は(ティファニーで朝食を)のヘンリー・マンシーニ。

今の若い人たちは知らないだろうけど、当時の錚々たる才能たちが作った番組だった。

 コロンボというとまず薄茶色のコートを思い起こす人は多いと思う。

いつも、晴れても降っても暑くても寒くてもヨレヨレのコートを着ている。

ウィキペディアによるとこのコートは主演のピーター・フォーク自身の発案だったという。

物語の舞台であるロスアンゼルスでは雨が殆ど降らないからレインコートを着る人はいなくて砂よけのダスターコートが一般的らしい。

しかしピーター・フォークはコロンボに強烈な個性をつけるため、よれよれの背広と薄手のレインコートを着させた。

背広もレインコートもピーター・フォークの私物だというから念が入っている。

 いつも手放さない太くて短い葉巻、使い古したようなメモ帳。

マッチや鉛筆はいつも失くして、回りの人に、

(マッチある?)

(ペンある?)

としょっちゅう聴く。

殺人現場へ駆けつけるのはいつもボロボロのプジョー403・コンバーチブル1959年型。

ほとんど幌をつけているけれどシリーズで3回ほど幌を開けて登場するらしい。

 などなど、コロンボの造形にはかなりの徹底ぶりが感じられる。

ストーリー展開もワンパターンで、冒頭で殺人シーンを紹介する。

犯人は必ず上流階級、というと変だけど、医者や弁護士や流行作家や成功した事業家などなど。

それを安サラリーマンのロスアンゼルス市警察殺人課のコロンボ警部補が追い詰める。

犯人の(上流階級)らしい生活の場によれよれのコートを着た(下層階級)の刑事が乗り込む。

犯人の生活圏にはピカピカのロールス・ロイスやジャガーなどの高級車がよく登場する。

そこへ塗装がはげかかったようなプジョー・コンバーチブルで乗りつける。

 いつも犯人を訪ねて(いやね、うちのカミさんがあなたの小説のファンでしてね)などとひとしきり冗談話をしたあと別れて、姿を消す前に、振り返って(もう一つだけ)と質問する。

・・・・・

 この(刑事コロンボ)が45回ほど放送される。

今から一年近く、木曜日の夜9時からはコロンボを見る楽しみができた。

(ふうてんアーカイブス)

2009 秋 名残の花たち

芙蓉?Fuo  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピンクの花Pink  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青いアサガオAo_1  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その2Ao_2  

| | コメント (4)

2009/10/18

2009・10・18 一か月遅れの四季の会篇

花と蝶Chohana

 

 秋らしくなってきた。

今年の夏と秋はボンヤリと過ごしてしまったような気がする。

夏は何しろ雨ばかりだった。

秋になって、お盆開けのころから少しはマシに過ごしたいと思っていた。

ところがそうはいかなかった。

 これまでにも報告したようにギックリ腰の再発である。

こいつにほとんど9月一杯悩まされた。

歩けなくなった。

痛みに耐えかねて鎮痛剤に頼った。

頭がボンヤリとしてきた。

外に出られないから人に会うことがなく、心が内に向き、晴れることがない。

ひょっとして、これが(老人性鬱症)ではなかろうかと初めて思った。

 先週金曜日に府中で一か月遅れの(四季の会 四騎の会)をやった。

ギックリ腰で一か月延びたのであった。

四騎の会・・・5歳違いの四人の会。

春夏秋冬の年に4回。

季節の変わり目の3月、6月、9月、12月。

そう決めていたものが9月から10月になってしまった。

 府中本町のいつもの店に三々五々集まった。

63-58-53-48。

20年前には43歳、38歳、33歳、28歳だった。

一番仕事のできる年代だったのではないだろうか。

まこと、時代のせいもあって怖いものはなかった。

というか、実績も上司の覚えもなかったので(失うもの)のない集団だった。

まあ、ならば勝手にやりたいことをやらせてもらいまひょか、と。

 今は10万円のお金を使うのに事業部長だかなんかの決済がいるという。

研究開発費にしてそうだという。

20年ほど前、ふうてんたちの上司がのたもうたことはまだ覚えている。

(接待費使うのなら1億円くらい使ってみろ)

(タクシー券使うのなら地球を一周するくらい使ってみろ)

ウン、なかなかいい上司だなあと思ったものだった。

 そうはいかない世の中になっちゃったねえ、あたりから(四季の会)は始まった。

まずは一番情けないふうてんのぎっくり腰の話から始まった。

ストレッチ

 ストレッチを教えてもらって一か月近くになる。

今のところ毎日一回は実行している。

先週、赤塚不二夫先生を訪ねたとき、(先生、何だか精神と肉体が一致したようで)と報告した。

 ぎっくり腰は姿勢が問題だと言われる。

危ない姿勢で重たいものを持ち上げようとするときにギクッとくる。

ふうてんもその通り、一番危ない姿勢で重たいものを持ち上げて最初のぎっくり腰をやった。

もう20年以上前になるだろうか。

ガキを行水させようとして持ち上げたとき、ギクッと来たのだった。

しかしその後の(再発、再々発)の経過をたどると、姿勢だけの問題ではないような気はしている。

 今回、ストレッチの方法を具体的にリハビリの専門医に教えてもらって少し納得でき始めている。

つまり姿勢だけが問題なのではない、人間が動くとき、骨やら筋肉やらがどういう動きをしているのか、少しは自覚した方がよろしい、ということである。

若いときはこんなこと考える必要もないと思う。

しかし、ある年齢を過ぎると、思い通りに肉体は動いてくれなくなるようだ。

(先生、太極拳てどうなのでしょうねえ?)

(ああ太極拳、僕もいいと思いますよ、ゆっくりと体を動かしてねえ)

(国立に太極拳教えてくれるところないのですかねえ)

(それがないんですよ)

(なら、先生を顧問に迎えてクラブでも作りますかねえ)

(顧問といわれても僕は太極拳できませんので)

(なら、医学顧問とでもしますか)

・・・・

明日を見てみたいなあ

 リハビリの情けない話の次は政権交代の話になった。

コンクリートではなく人に投資するように公共事業を変えるという。

これはふうてんなど20年も前から言っていたことである。

自然の森の木を切って杉を植え、川をせき止めてダムを作り、海を埋め立てて妙ものを作り続けた。

誤った営為にはやがて必ず落とし前をつけるときが来る。

森の復活、川の復活、海の復活に(公共事業費)を使うときが来るに違いない。

 江戸時代まで日本は鎖国したせいもあって近代工業化に乗り遅れた。

それで、それまでの遅れを取り戻そうと焦り過ぎたのではないだろうか。

木材が必要だからと落葉樹を切って針葉樹(主に杉)を植える。

電力が必要だからと水力発電のためのダム建設に走る。

平地が少ないからと海を埋め立てる。

 江戸湾の埋立は徳川家康の時代に始まっている。

江戸城つまり今の皇居は海に面していた。

それから400年ほど江戸湾を埋めることに日本人は狂奔してきた。

これまでは、それはそれでうまくいったのかもしれない。

銀座ができ、築地ができ・・・大東京ができたではないか。

あれが徳川家康の時代みたいにお魚ちゃんしかいなかったらどうなっていた?

 首都東京をモデルとしてこれは全国で繰り広げられた。

明治維新以降150年ほども江戸時代に加速して続けられてきた。

そして今は・・・。

 やっと日本もスロー・ライフの良さを見直すようになるのではないだろうか。

そんなことをふうてんは夢想する。

森や川や海を復活する。

産業として、農林水産業を復活する。

それは容易なことではない。

第一、農業の家で育ったふうてんの経験では、農林水産業は金にならない。

現金収入を多くは期待出来ない。

スロー・ライフを覚悟しなくっちゃあやっていけない。

 その代わり、誰に気兼ねすることもない商売でもある。

農業の人にとって唯一こわいのは(お天気)なのである。

社長やら取締役、なんてのはいやしない。

自分が一国一城の主である。

ただ・・・冷夏だといっては悩み、干ばつだといっては悩む。

つまり、お天気次第の商売ではありますわねえ。

(政権交代して、少しはコンクリート使わんようになるんやろか)

(ダムも土砂がたまって大変になりダムの役割を果たせなくなるそうですねえ)

(前原くんの次くらいまでには変わるやろねえ、公共事業も)

(あと何年くらいかかりますかねえ)

(もうちょっと長生きしとうなったなあ)

(先輩、それええんとちゃいますか、ひょっとして生きる動機になりまっせ)

(そやなあ、コンクリート引っぺがすのが公共事業になるの見てみたいなあ)

 あんまり長生きしたら野郎は辛いぜ、と思っていた。

この日の、四騎の会の会話で、もう少し長生きしてみるのも悪くないかも、と思った。

(ふうてんアーカイブス)

2009 秋 花と蝶と黒い猫

クロKuro  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花と蝶Cho_1  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロシナンテもCho_2  

| | コメント (2)

2009/10/12

2009・10・11 台風一過篇

台風が通り過ぎたPhoto

 この間の台風は珍しく予想通りの進路で上陸した。

3年くらい前だったか、もういいよというくらい直撃台風が多い年もあった。

今回のは東京では今年初めての台風だったのではないだろうか。

 前日、旧知の友人と久しぶりに六本木のワインガーデンで会った。

台風が来るといけないから早い目に、と5時半から始めた。

嵐の前の静けさ、というのか雨もやみ風もそよとも吹いていなかった。

 この友人と会うときはいつもお互い何か話のあるときである。

今回は彼の話を聴く番だった。

(いつもの通りでいいですか?)

とソムリエ兼ギャルソンであるタッキーくんが聴く。

(ウン、それでお願いします)

(フォアグラのムースと・・・最後の小羊は1本ずつでと、もうお持ちします?)

(今夜はちょっと話があるので、とりあえず赤を、任せます)

(じゃあ・・・これメルローです)

とマスターが一本開ける。

一口含んで、

(あっ、いいですねえ)

それで話が始まった。

 今回も話に夢中になって料理に気がいかず結局最後は友人に助けてもらって残さないようにする。

次のワインどうするかなあ?と隣の席を見るとグラッパのボトルとグラスが用意されている。

この店のグラッパはいつも旨い。

友人はあまり飲む方ではないのだけどスピリッツならいけますという。

グラッパは初めてらしく一口飲むなり、

(香りがいいですねえ、どういう酒なんですこれは?)

と聴いた。

(ブランデーです)

とマスターが応えた。

ふうてんはそれ以上の説明を付け加えなかった。

 台風が来るかもしれないからと始めたのに、結局次の店へ行って帰りはタクシーになった。

この友人の話が重たかったからなのだろうか。

 翌日の台風本番の日は終日家に籠もろうと決めていた。

夜明けごろから東京でも結構な雨、風になった。

夕方ころのニュースによると電車、特にJRは南武線も中央線も朝の8時から6時間ほど全線止まって100万人以上の通勤に影響した、という。

やっぱり家に籠もるしかなかったんだ。

でもどうしてJRだけ止まって他の路線はそれほどでもなかったのだろう?

という疑問が浮かんだ。

 ニュース報道はそれにもちゃんと応えてくれる。

5年ほど前の大風による事故?被害?にJRは懲りて(風速計)を沢山設置した。

他の私鉄の10倍くらい設置したらしい。

(秒速20メートル以上吹いたら運行停止)

というルールが出来てしまった。

 翌日、こんな会話を会社員の人たちがしていた。

(横須賀線なんか長いからかなわんわ、どっかで風が吹いたら止まりよる)

(夜の8時ころ、今から会議やる、いう連絡が来たのよ)

(地下鉄で通う人なんか平気だったんだって)

・・・・

 確かに地下鉄は台風どこ吹く風に違いない。

多摩地区で家に籠もっていた一日を報告しておきたい。

(ふうてんアーカイブス)

2009 10月8日 国立にも台風が来た

ベランダで1  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その22  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

方丈の庭で3  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その24  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋の中では5  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

晴れた61  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

過ぎた7  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その28  

| | コメント (2)

2009/10/04

2009・10・4 カキのシーズンが始まった篇

桜が紅葉し始めたKoyo

 先週金曜日、雨模様の夕刻、帰りに近くのスーパーへ寄った。

何か旨そうなものはないかいな?という食いしん坊の週末の習慣なのだろうか。

 スーパーで見るものはまことに限られている。

いわゆる(旬)の食材である。

農産物も海産物も生産地から遠いこの地で(旬)を求めるのは無理な話かもしれない。

しかし今は輸送手段も冷蔵手段も進んでいる。

ひょっとして、と春のタケノコや夏のアスパラや冬のセリを求めて寄ってみるのである。

 驚いたことに三陸産のカキ(生食用)があった。

全く予想していなかった。

10月の2日・・・確かに10月だからカキが出始めてもおかしくはない。

迷うことなく買うことにしてレジへ向かった。

勘定をしてもらっているときフト(大根あったかなあ?)と気づく。

あわてて大根も持ってくる。

 旬のもの、といったところで守備範囲は極めて限られている。

食いしん坊ではあるけれど、非常に偏った食癖ではないかと思う。

例えば果物というのがある。

これほど(旬)を端的に表現する食べ物はないのかもしれない。

勿論果物は春から秋へかけての(季節限定)ではある。

さくらんぼ、スイカ、マクワウリ、ブドウ、ナシ、ミカン、カキ、クリ。

子供のころどれだけ楽しみにしていたろうか。

 ところがこのところトンとそういうものに興味が湧かない。

どうも甘味や酸っぱみが苦手になってきたような気がする。

味の基本形は(辛味)(甘味)(酸味)(苦み)だといわれる。

ふうてんが心踊らせる(旬)のものは何なのだろう。

タケノコ、フキノトウ、セリ、シュンギク、そしてカキ(牡蠣)。

何だか苦みのあるものばかりである。

サンマにしてもハラワタのところを旨いと思う。

古今亭志ん生の一句。

(ハラワタを捨ててサンマにバカにされ)

分かるなあ。

 やはり正統的な男子の味覚は(苦み)に行き着くのではなかろうか。

甘味?酸味?辛味?

そういうのは女子供に任せておけばよろしい。

というとひんしゅくを買うに決まっている。

(苦み)は他の味と比べて余韻があるような気がする。

苦み走ったイイ男。

これはイケメンの外的な要素じゃなくて、男ちゅうもんは苦みを噛みしめて生きなアカン種族やでえ、という教えなのではあるまいか。

一時の楽しみに浮かれているわけにいかない宿命を男はしょっている。

逆に女の人や子供たちには一時の楽しみに浮かれて欲しい。

 どうも単なる味覚、好き嫌いだけの話なのに大袈裟な話になってしまった。

いずれにせよ、果物が春から秋の恵み物だとすると、我らが苦みの(旬)は秋から春に集中している。

うれしい季節がやってきた。

(ふうてんアーカイブス)

2009 10月 中秋の名月のころ

桜が紅葉し始めたKareha_1  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

近くの図書館の並木Kareha_2  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紅葉と老人クラブKareha_3  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中秋の名月Chushu_1  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日Chushu_2  

| | コメント (4)

« 2009年9月 | トップページ | 2009年11月 »