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2009年9月に作成された記事

2009/09/28

2009・9・27 秋祭りのころ篇

谷保天神の獅子舞Tenjinshishimai

 この一週間は連休の流れでずっと休日気分で過ごした。

世の中は政権交代したからして中々に騒がしかった。

 アメリカ方面では日本の新しい首相が英語で演説して拍手をもらったりしている。

CO2の25%削減でイニシアティブを取るという。

アメリカと協力して核廃絶をめざすという。

まことに結構な話だと思う。

 日本国内ではダム建設をやめるとか飛行場を見直すとかいっている。

戦後60年有余、ゼロからスタートした日本は、新幹線を引きまくり、道路を作りまくり、ダムを作りまくり、空港を作りまくり、海を埋め立てて浜辺を失くしてきた。

これらの(工事)にはコンクリートを使う。

世界の中で日本のコンクリートの使用量は飛び抜けているらしい。

一説によると国民一人当たりのコンクリートの使用量はアメリカの50倍だという。

こういうことを見直すというのもまことに結構な話だと思う。

 土曜日にチャリで近くのリハビリの専門医を訪ねた。

(腕立て伏せを30回、腹筋を30回やりなさい)

なんて言われたら困るなあ、とビクビクものだった。

おそるおそる診療室を訪ねるとやはり熟年のご婦人方が何人か診てもらっていた。

ふうてん老人に相応しい風景だわい、と心を落ち着かせた。

 この20数年のぎっくり腰の経過をまず聴いてもらった。

そうですか、詳しい説明をありがとうございます、と言いながら診察が始まった。

足や腰をいろんな角度で曲げたり伸ばしたりしながら(痛みますか?)と聴く。

そしていよいよストレッチのやり方である。

・・・・

(腕立て伏せ30回、腹筋30回)とは言われなかった。

仰向けに寝て4種類、腰掛けて1種類の静かな静かなストレッチ。

呼吸を整えながら、ゆっくりとそれをやる。

 この赤塚先生に帰り際に聴いた。

(先生、赤塚不二夫の親戚ですかぁ?)

(よく聴かれます、若い頃通った喫茶店のおばちゃんに、じゃあ不二夫くんね、言われました)

これでこの医院の(内科)(歯科)(整形外科)(リハビリテーション科)にお世話になることになった。

気持ちよく通える病院が近くにあるというのはまことにありがたいことだと思う。

 リハビリから帰って、今度はロシナンテのリハビリであった。

前回バッテリーを充電してもらったあと、コチラが腰を痛めてロシナンテのエキサザイズをやれないまま、またバッテリーがあがったのである。

再びバッテリーをはずして近くのガソリンスタンドへ持って行って充電を頼む。

(いやぁ、実はあの後一回も乗ってないんです、腰を痛めましてね)

(ギャハハハハハ・・・)

とスタンドのお兄ちゃんたちが大声で笑った。

今日の日曜日、充電したバッテリーでロシナンテを目覚めさせることができた。

スタンドから帰るときにお兄ちゃんたちに挨拶しておいた。

(どうもありがとう、またお世話になるからね)

(なるべく乗って下さいね、エンジンかけるだけでもいいから)

 秋が深まってもう秋雨前線が近づいているらしい。

大相撲9月場所も終わってしまった。

土曜日にはふうてんとロシナンテのリハビリのあと(千秋楽前日の会合)もあった。

ラガーマンと元編集長のトヨダさん。

阪神ファンvs巨人ファン。

(巨人の優勝おめでとうございます)

から始まった。

(何故阪神は負けるのか)

という最近出た(江夏-岡田)の対談集をふうてんは持って行っていた。

大相撲の話のはずが、プロ野球の話になった。

ラガーマン、元編集長ともにスポーツマンである。

こちらは運動神経ゼロだけどスポーツ好きではある。

話は尽きなかった。

 世界に飛翔する人たちもいる。

地元で、半径2キロメートル以内で(リハビリ)を余儀なくされている人もいる。

子供のころはやったセリフに(今に見ていろ、僕だって)なんてのもあったなあ。

(ふうてんアーカイブス)

2009 9月 谷保天神の秋祭り

囃しHayashi  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

獅子舞の前座Zenza  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

獅子舞その1Shishi_1  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

獅子舞その2Shishi_2  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

谷保天神Tenjin  

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2009/09/21

2009・9・20 芸術の秋?篇

藤井画伯のカサブランカKasa

 夕刻、チャリで女房と繁寿司へ向かう。

行ってみるとやはり山口夫人の姿は見えなかった。

(まだ現われませんか?ず~っと?)

(そうなんですよ、電話するのも失礼だし、お訪ねするのもご迷惑だし)

(じゃあ様子が分かりませんねえ・・・そうですか)

・・・・

今日のところは夫人の様子は知れなかった。

 やがて村ちゃんがはいってきた。

この人はベースボール・マガジンのカメラマンをやっていた。

今年、定年退職となり以前よりは繁寿司に現われるようになった。

話の流れの中で先日の(痛みの中の文楽見物)の報告をした。

(ああ9月の文楽公演ですか?)

(そうなんです)

(私も聴きに行きましたよ)

(えっ?僕は住大夫を聴きに行ったのだけど)

(僕もそうですよ、第二部、沼津の段ですよねえ)

・・・

聴けば、村ちゃんは文楽よりも歌舞伎の方が好きだという。

そんな話をしているうちに、ふうてんは何となくこの人は役者顔やなあと思った。

(村ちゃん、あなたよく見ると役者顔やねえ)

(何のことです?)

(いや、写楽の役者絵によう似ていますよ)

(そうですかあ?)

(人の写真ばっかり撮ってきたけど商売間違えたと思いません?)

(僕の方が撮られるのに相応しかった、ですかぁ~?)

(そういうこっちゃねえ)

・・・

しばらく、国立劇場の小屋の作りや、大阪の文楽劇場の話になった。

このスポーツマンのような村ちゃんが大の文芸ファンだったとは今まで知らなかった。

(いえ、僕は映画も大好きでしてね)

という話しになった。

 映画の話になって、村ちゃんからいろんなことを聴いた。

神保町の映画館で古い映画をやっている、という。

たいていの映画は見ているらしいけれど、若い頃は特に邦画ファンだったらしい。

子供のころ、東映の映画は全部見た(見せられた)という。

女房がすぐに反応した。

(うちもお父さんが東映ファンでした、別府にはいろいろ映画館もありまして)

(当時子供は30円くらいでしたかねえ?)

(お父さんは120円くらいで私たち子供は30円か40円だったかなあ)

・・・・

(東映ばかり見ていたとき日活の裕次郎が登場したときは驚きました)

(うちのお父さんは日活なんてと、バカにしていたというか、拒否していたというか)

・・・・

そういう二人の話し聴いていてふうてんも子供のころを思い出していた。

こちらは草深き農村故、近くに映画館などあろうはずもない。

小学校のころの映画見物は数回くらいで東映も日活も知らなかった。

松山という(大都会)の学校へ通うようになって場末の映画館へ通った。

封切館ではなく、リバイバル上映、再リバイバル上映の(銀映)というところがふうてんの映画修行の場だった。

 入場料は三本立て55円だったと思う。

試験が終わった日などは必ずといっていいほどこの(銀映)へ向かった。

当時、中学生が喫茶店や映画館へはいることは禁じられていたように記憶する。

禁じていたくせに(十戒)とか(ベンハー)とかのキリスト教賛美の映画は学校をあげて、全生徒に見させていたのだからノドカな時代だった。

ドミニコ会というカソリックの経営していた学校だったのでキリスト教とかスペインとかに関する映画とか演芸には寛容だったのだろうと思う。

 おかしなもので、中学生のころに触れた(映画)とか(フラメンコ)とかがその後の楽しみとなり慰めとなり、これからも支えてくれるのかもしれない。

短くもあり、長くもある人生の中で何が役に立つのか分かったものじゃないなあと思う。

無駄とばかり思っていた中学時代の(観劇)が50年もたって近くの住人との会話のネタになることもある。

 繁寿司を出ると空気がヒヤッとした。

秋になったと分かった。

書簡集へ寄って(政権交代して面白くなりましたね)という話をした。

ウィスキーとコーヒーを飲んで帰るとき、ああ(芸術の秋)になったんだと思った。

(ふうてんアーカイブス)

2009 秋 藤井画伯の絵

(八王子エコ・サミットの仲間、藤井画伯は近くブロッグで絵を公開される予定。これはそれのプレミア・バージョンである)

ムクゲMukuge  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アサガオAsagao  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カラスウリKarasuuri  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

センニンソウSenninso  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クリKuri  

 

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2009/09/13

2009・9・13 白糸滝は見事な滝だった篇

白糸滝Taki

 先週は痛みの中の文楽見物を報告した。

それから一週間たった。

ラガーマンに、念の為医者に見てもらったら?と言われていた。

JOさんへのコメント返しに書いたように近くの医院へ行った。

 内服薬、湿布薬、レントゲン撮影。

8年前と診断も処置も変わらない。

レントゲン写真を見せてもらった。

確かに若い人の背骨と違って、角が丸くなく尖っている。

(先生、8年前よりまた一段と尖ってきていますねえ)

(確かにね、でもこれは普通でしてね、痛みの原因というわけじゃないです)

(何か特徴的なところあります?)

(これ背骨なんですけど、この5個くらいの骨が真っ直ぐに並んでいますねえ、普通はもっと湾曲するものなんですがねえ)

(そう言えばやたらと真っ直ぐですなあ)

・・・・

どうも(硬派)のふうてんの背骨はあまりにも真っ直ぐ過ぎて、ひょっとしてまわりの筋肉にとっては辛いことになっているのかも知れない。

 今週、もう一度この医院を訪問して、今度こそは今後の(車椅子生活予防策)を探りたいと思っている。

(先生、この前は、絶対安静、その後ストレッチとおっしゃいましたよね)

(そうでしたかねえ)

(どういう風にストレッチやればよろしいのでしょうか?と聴いたら、本屋さんに一杯本があります、いわはりました)

(そうでしたかねえ)

(先生ねえ、人間て弱いもので、痛みがなくなったらもう忘れちゃうんです)

(そうですか、うちにはリハビリ専門の先生もいるので相談してみますか?)

(ああこの2階のフロアですね)

(来週あたり様子を見にもう一度いらっしゃい)

 このクールな長兄のお父さんにはおふくろとオヤジがお世話になった。

次兄、弟くんは歯科医で今でもしょっちゅうお世話になっている。

クールなこの長兄には8年前にぎっくり腰の相談に行って、やはり自己回復、自然回復を待つしか手がないと思っていた。

しかし今回は少し気分が違った。

自然回復を待つにしても、この先生やら愉快な看護婦さんやら薬局の冗談好きなお姉さんやら、リハビリの専門医やらを捲き込んでやろうかと思った。

なにも自分一人で悩むことはないのではなかろうか。

困っているとき、他人に助けを求めてもいいのではなかろうか。

エエかっこしいもええ加減にしときや・・・という声がどこかから聴こえてきた。

 処方してくれた内服薬、湿布薬が効いたのだろうか。

昨日の土曜日、裾野小川別邸での会合には無事参加出来た。

すそ野小川別邸へ行く途中、レジェンドの主と(富士五湖周遊)を試みた。

(白糸滝 しらいとのたき)を訪ねた。

40年ほど前、まだ学生だったか就職したばかりだったかのころ一度行ったことがあった。

しょぼしょぼとした、細っこい滝という印象があった。

今回行ってみて、立派な滝であることに驚いた。

 (景観美学学会)の会員でもあるレジェンドの主は、滝は素晴らしいけれど、駐車場、土産物屋、トイレがなっていないとしきりに嘆いていた。

白糸滝とおぼしきところに着いて、道から外れると、いきなり駐車場の(呼び込み屋)に拉致された。

オヤオヤこれは妙ですなあ、とか言いながら車を降りて滝の音がする方角へ降りて行った。

ケバケバしい土産物屋が並んでいる。

(今、世界遺産に登録する運動しているんです、そのためには、こういう店とか建造物は全部取っ払わないといけないんです)

なんて声も聴こえてきた。

 (景観美学学会)の先生に言わせると、日本の観光地はまずこういうパターンだという。

自然のよほど特殊な美しさ、珍しさを持っているものを売り物にして、金儲けをしようとする。

そのやり方があまりにも節度がなくてウンザリする。

白糸滝を見学して、富士山のすそ野を巡って(小川別邸)にたどり着くまで先生は嘆き続けた。

(日本人て、ほんと品格がないですねえ、嘆かわしいことです)

(センセ~、品格以前に、子供なのとちゃいますやろか)

・・・・

 白糸滝の(駐車場、土産物屋、トイレ)以外の景観の一部を(ふうてんアーカブス)で報告しておく。

(ふうてんアーカイブス)

2009 9月 白糸滝(しらいとのたき)

(詳細は次週)

白糸滝は40年ぶりだったTaki_1  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レジェンドの主は帽子をTaki_2  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なかなかいいTaki_3  

 

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2009/09/06

2009・9・6 ラガーマンと住大夫を聴いた篇

萩(江戸絞り)Hagi

 この数日、青空が見えたりして爽やかな日が続いた。

街を歩いていてもベトベトとした汗をかかなくてすむ。

こういう気候のところで年中過ごせたらなあ、と、歳をとるにつれ思うようになった。

 昨日の土曜日にラガーマンと文楽九月公演を聴きに行った。

演し物は(伊賀越道中双六 沼津の段)で目当ては勿論(住大夫-錦糸)のコンビだった。

今回の文楽見物はこれまでにない特別なものになった。

というのも、ぎっくり腰再発の痛みがとれずそれこそほうほうの体でたどり着いたのである。

 チケットを予約して購入し、ラガーマンと待ち合わせの手はずを決めていた。

今回の腰の痛みは今まで何度も経験したタイプと違って、なかなか歩けない痛みなのである。

それで前々日にラガーマンから確認の電話があったとき、事情を話し、現地集合にして、もし行けなかったら当方の分まで聴いてきてねとお願いした。

当日になっても行こうか行くまいか最後まで迷った。

しかし、約束事はなるべく果たしたい、不格好でも動けるなら行きゃあいいじゃないかという声が聴こえてきた。

 結果は当初の予定どうり、南武線に乗り溝ノ口で乗り換えて半蔵門までたどり着いた。

半蔵門駅から国立劇場小劇場までは歩いて4、5分もかからない。

それが歩けないのである。

タクシーに乗って(国立劇場お願い)というと(すぐそこですよ)と断られそうになった。

・・・

というような次第で、今回の文楽見物は最初から最後まで(ラガーマンの介護つき)という次第にあいなった。

 帰りは国立劇場から四谷駅へタクシーで向かった。

(無理して来たけどやっぱり住大夫さん、錦糸くんは別格ですねえ)

(そうですねえ、セリフがハッキリ伝わってきました、前の人とは大違い)

(錦糸くんの三味線もピシッと決まっていたでしょう、前の若いのとは大違い)

(住大夫さん80をとっくに過ぎてますよねえ)

(ほんと、まいりますなあ、コチラは還暦ちょっと過ぎでヨロヨロしとんやからねえ)

・・・

 四谷駅でタクシーを降りて駅のカフェでビールを飲んだ。

2階にある喫煙室に陣取って外を見ると、初秋の少し斜めになった光が鮮やかな緑を照らしていた。

ややあって我が介護人ラガーマンが生ビール二つとハンバーガー一個をお盆に載せて階段を上がってくる。

(いやあもう秋ですなあ、この光の加減を見て吉田健一の(英語、英国、英文学)という本の事を思い出してました、イギリスみたいな北の国の夏はこんな光なんですかぁ?)

(そうなんです、僕は北欧とパリでしたが夏はほんとに短くてね)

(吉田健一に言わせると秋なんてもうすぐ冬だからってんで落ち葉は枯れるより前に腐りはじめるそうですねえ、イギリスの秋は死の匂いがすると書いてました)

(ふうてんさん、シャンソンの(枯れ葉)というのは枯れた葉っぱじゃなくて死んだ葉なんですよ)

(ハイ?)

Les Feuilles Mortesという原題はフランス語で死んだ葉という意味なんです)

(吉田健一さんの言う通りやねえ)

(パリの通りなんかでも黄金色の落ち葉、あれは何ていう木なのかなあ、人が踏みしめる間もなく積もるからホント綺麗なんです)

・・・・

 痛みに伴われた文楽だったけれど、まんざら悪い一日でもなかったようだった。

ゆがんだ顔と曲がった腰に付き合ってくれたラガーマンに感謝せねばならない。

(ふうてんアーカイブス)

2009 初秋 コナラは毎日バシンバシンとドングリを落とす

木もれ日の中に落ちるKonara_1  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベランダで音をたてて落ちるKonara_2  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

枝に残って熟すのもいるKonara_3  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

江戸絞りHagi_1  

 

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