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2009年4月に作成された記事

2009/04/26

2009・4・26 新緑は綺麗だけれど書く事がない篇

箱根の新緑Hakone

 金曜日、土曜日と二日間、雨に降り籠められた。

ビールと日本酒と焼酎とウィスキーと。

あとキャメルがあれば、雨に降り籠められても困る事は何もない。

 昨日の土曜日、雨が結構降ったらしく、今日日曜日は爽やかだった。

夕刻,チャリで繁寿司へ向かいながら、こういう日は一年に何日もないなあと、女房と話した。

風もない、雲もない、新緑であふれ返っている。

風景が停止したような中をチャリで静かに進む。

 繁寿司には山口夫人と岩橋女史がいた。

いつも書くけど、このお二人はよほど気が合うのだろうか。

話しに口を差し挟むことはできない。

(「係長」山口瞳の処世術)という本を夫人からいただく。

(以前はここに、サインされていたのですがねえ)

と本のカバーを開いてふうてんは言った。

(この本は作者が違うのよねえ、山口じゃないから)

と夫人は言った。

 繁寿司へ向かうとき、(のれそれ)を逃したかなあと女房に言った。

(のれそれ)は桜の季節だけ食べられる、アナゴの稚魚である。

やはり今日もそれは出て来なかった。

もう桜はとっくに終わっている。

 繁寿司を辞して、書簡集へ向かった。

(女二人)の会話が続いていたので、お送りする事もせず、気楽に店を出た。

富士見通りを(書簡集)へ向かうとき、通りの先に富士山のシルエットがハッキリと見えた。

こういうことは一年に何回とない。

昔は、毎日のように富士山が見えたので(富士見通り)と名付けられたに違いない。

 書簡集のマスターと山口瞳さんの(男性自身)の話になった。

週刊誌に書いたエッセイであった。

毎週一回。

それを30年ほども続けられた。

プロの作家だから、お金がからんでいる。

(書けませんでした)ではすまされない。

(大したものですなあ)とマスターと二人、ため息をついた。

(開高健や池波正太郎とは違う技でしたねえ)

で意見が一致した。

 書簡集を出てチャリで帰る。

風もない、まことに静かな宵だった。

かすかに、花なのか新芽なのかの香りが漂っていた。

(ふうてんアーカイブス)

2009 新緑のころ 箱根、裾野、東名

箱根の新緑

その1Photo  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その2Hakone_2  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その3Hakone_3  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その4Hakone_4  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彫刻の森

その1Chokoku_1  

Chokoku_2  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

裾野小川別邸

ウグイスUguisu  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベースBase_1  

Base_2  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ホンダ・レジェンドLegend_1_2  

Legend_2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

裾野

その1 

 Susono_1  

Susono_2  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その2Susono_3_2  

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰りの東名

その1Tomei_1  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その2Tomei_2  

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2009/04/20

2009・4・19 近ごろ都にはやるもの篇

桜満開のころKunitachi

 桜が散り、新芽の季節となった。

ようやく、コートを脱ぎ捨てて、人はいろんな装いをする季節となった。

人が群がるところで、色は一様ではなくなった。

 

 今年の冬は何しろ風景が(黒かった)。

不景気のせいで(暗い)のかなと思ったけど、(黒い)のであった。

電車に乗ったり、街を歩いたりすると、えらい(黒い)のである。

この(黒さ)は一体何なんだろう?

 世の中の(風俗)にあまり関心を持たないふうてんも、ちょっとこの(黒)の横溢ぶり、浸透ぶりは気になった。

自然の植物や動物で(真っ黒)というのはめったにない。

ということは、この(黒)は人間様の衣服なのではなかろうか?

風景を(黒く)しているのは人間様が(黒い衣服)を着用しているせいではあるまいか?

 数週間、観察してみた。

その観察の結果を少し報告してみたいと思う。

 この10年ほどで、女性がズボンばかりはくようになった

当初は組み合わせにあれこれ迷ったに違いない。

ズボンをはいた時、上着はどうしよう、靴はどうしようかなどなど。

しかし賢明な日本女性はすぐに明快な結論を得た。

(ズボンをはけば、体の半部はズボンである、後は上半身と顔しか残っていない)

(下半身はみんなと同じズボンだから心配ないとして、問題は上半身か~?)

(ジーパンの上に合うブラウスはこれです、なんてことを店の人は教えてくれない)

(なら、サッカーのナデシコ・ジャパンのユニフォームみたいなのがカッコいいかもしれない)

(いや、秋葉原のメイド喫茶みたいなフリフリのレースの何かがついたのがいいかも)

・・・・

(要するに、好きなようにやればいいじゃん、どうせ男の人は何も言わないんだから)

・・・・

という風に日本の女性陣はお考えになったのでありましょうか。

それで日本の女性のこのごろのファッションはメチャクチャになった。

還暦老人の服のようにどうでもよくなってしまった。

シャツをズボンの上から垂らそうと、上下がバラバラであろうと、かまやしない。

どうせもうすぐあの世・・・これは老人の言い訳なのだけど、何故か日本の女性陣、特に若いお人たちが、この老人の言い訳がいかに楽で過ごしやすい言い訳なのか、に気づいてしまった。

 挙げ句の果てに、面倒くさいからシンプルにしたいと思ったに違いない。

女性陣がみんな(黒いストッキング)をはくようになったようですね。

今まであまり女性のストッキングに興味を持っていなかったのだろうか?と反省させられるくらい、その気になって見ると、みなさん黒ばっかり。

 一旦ズボンという(脚の形を見せない)衣服の快感を知ったのである。

いまさら、かってのような透明に近い、脚の形むき出しのストッキングを着ける気にはなれない。

(待てよ、ズボンは足を隠す、してみれば足を隠すストッキングとは何か?)

熟考、熟慮、愚考を重ねた挙げ句に、たどりついた。

(そうなんだ、黒いストッキングにすりゃあいいんだ、これなら脚を見せないも一緒だ)

と、考えたのでありましょうか?

 黒いストッキングをはくときに、さて上はどうしよう?と我らが都、東京都の女性陣は考えたに違いありません。

東京は関東、夷の地でありますから、面倒くさいことは考えません。

(色物を合わせるのは面倒だから黒にしちゃえ)

ということで、ブラウスも上着もコートも黒にしてみました。

ある、お痩せでない女性など、鏡に写ったご自分の姿を見て(スマート?!!)と叫んだとか、わめいた、とか聴きます。

 というような次第で、関東の、今の都では黒が主流になったようで。

それがこの数週間の観察の結論であります。

そういう眼で、あらためて、電車に乗る人々、街を歩く人々を見ますと、殆ど全員これから葬儀に向かう集団、のようにも見えてきます。

 野郎どもも何故か黒の上下(スーツ)を着ているのが多い。

ハーフコート、ロングコート、アノラックも黒ばっかり。

 これで、電車の中で(お香)の匂いでもしてきたら愉快でしょうねえ。

そのとき、たまたま宮沢賢治の(銀河鉄道)を読んでいたりしたら・・・??

天国への列車かな、とか??

 電車とか駅とか盛り場とかで日本人の集団を見ることがありますね。

その集団の有り様に、日本人の特徴は現われるものなのでしょうか。

ある時は、茶髪ばっかり。

ある時は、黒ばっかり、洋服もストッキングもブーツも。

日本人は、まことに、(右へならえ)がお得意の民族のようであります。

(ふうてんアーカイブス)

2009 春 国立の桜

公園Koen  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

図書館Toshokan 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜通りSakuradori  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大学通りDaigaku_11  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その2Daigaku_12  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その3Daigaku_21_2  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その4Daigaku_22  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Daigaku_23  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Daigaku_24  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

Daigaku_26  

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2009/04/12

2009・4・12 しょうがないでしょうね、とマスターは言った篇

桜通りSakuratori

 一週間に一度の(運動)にロシナンテを連れ出す。

20℃を越えている気温のせいかエンジンはすぐにかかった。

桜通りを流す。

4、5日前に満開だった桜がほとんど散って葉桜になっている。

 桜通りを流したり、秘密の場所で5000回転近くエンジンをぶん回したりする。

これって一体何なんだろう?

一人でエンジンをぶん回して、ハンドルを左右に切って、アクセルやブレーキを踏む。

何が嬉しいのだろう?と(アラビアのロレンス)のファースト・シーンを思い出す。

 これはオートバイや車に乗らない人には決して理解できない感覚だと思う。

チャリに乗る人には半分は理解できるかも知れない。

歩くだけの人には無縁な世界。

つまり、移動するのに、乗り物を使う。

こいつがエンジンという動力を持っている。

車輪という早く走るに便利な仕組みも持っている。

ハンドルという方向指示器も持っている。

 チャリ(自転車)に初めて乗れるようになったときの感覚はみんな覚えていると思う。

二輪車で倒れないでペダルをこいで前へ進む。

何かをコントロール(制御)している、という満足感のようなもの。

これがオートバイとなると少し難しくなり、うまくいったときの満足感も大きくなる。

四輪車では難しさが変わってきて、嫌になれば止まっても倒れることはない。

ただし、図体がデカイので、勝手な振る舞いは許されなくなる。

 人間は道具を使う唯一の生きものであるらしい。

道具はうまく使えないと道具じゃない。

うまく使えるようになると、何だか嬉しくなる。

チャリ、オートバイ、車に乗る楽しさは、そういうことなのかなあ。

 ロシナンテをチャリに乗り換えて、桜通り、大学通りを流しながら、そんなことを考えた。

大学通りを過ぎて、書簡集へ向かった。

先週、寄ってみたのだけど店が一杯だったり、まだ開いてなかったりで二週間ぶりだった。

(ロシア娘が久しぶりに来ましたよ)

(へぇ~?それは珍しい)

(派遣会社からクビを言い渡されたそうです)

(ビドイですねえ)

(家賃が安くて仕事も見つけやすそうな・・・へ引っ越したと言ってました)

・・・・

(派遣会社なんて何だか妙ですよねえ、そもそも)

(リクルートが雑誌売るために法律通した、いう話のようですねえ)

(昔は清水の次郎長みたいなヤクザがやっていたんですよねえ)

(あのころは、その地区のよろず相談所みたいな意味があったようですなあ)

(つまり、お上では解決できない、いろんなことを面倒見ていた)

(人の派遣でピンハネするだけ、というのじゃなかった)

(人の派遣だけでピンハネ、てのは人身売買みたいなもんで)

・・・・

(ところでショウスケくん来ます?)

(ショウスケさんは、花見の主催を、還暦を機にやめたようですよ)

(えっ?還暦?ショウスケくんが?)

(しょうがないでしょうね、時間からだけは誰も逃れられません)

 やっぱり書簡集マスターどのはいつもいいことを言う。

鬱々としたり、迷ったり、怒ったりしているとき、書簡集へ足が向かう。

マスターと話し、ビールを飲み、ウィスキーを飲み、コーヒーを飲んでいるうちに、そういうことを忘れることができる。

勘定をすませ、書簡集を辞してチャリで帰りながら、明日は元気を出そうと思う。

 桜通り沿いの旧居を訪ねてビデオをとっていたとき、チェリストの奥方と目があった。

お久しぶり、ということでお邪魔してビールとタケノコを御馳走になった。

その様子の一部をアーカイブスで報告しておく。

(ふうてんアーカイブス)

2009 春 桜通りのチェリストを訪ねた

桜通りSakura  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プロのチェロはやはり違うPro_1  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その2Pro_2  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やっ?切られているKirareta  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タケノコは旨いですね

Takenoko  

 

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2009/04/06

2009・4・5 桜満開と源氏物語篇

近くの公園でKoen

 今年の桜は、気候のせいなのかコチラ側のせいなのか、いつもの年と様子が違う。


 桜が咲き始めた先週あたりに、ちょうど(谷崎源氏)の54帖を読み終わった。

 いつかこの日記で源氏物語の個人的な感想を書いてみたい、と言っていた。

もう読んでしまったのだから、何か言わなければならない。

これがなかなか言いにくい。

 一言で言いなされ、と言われると、

(面白くてまだるっこしい物語)となる。

面白い


 ようもまあ、をなごはんが、こんな、男の気持ちを分かって、書かはったと思う。

始めから終わりまで、全編、男と女の物語である。

それも、昔、50歳のジャンヌ・モローがライフ誌の若い記者に語ったように、

(あなた、肉体の伴わない恋愛て、ないのよ)

ということを分かった上で、紫式部は書いている。

 その(恋愛)を演出する為に、紫式部はありとあらゆることをしている。

だから、まことに面白い物語になった。

テーマが(男と女の恋物語)一点に絞られている。

政治やらビジネスやら生活やら、関係ない。

(男と女の恋物語)

いけませぬか?

まだるっこしい

 

 ようもまあ、これだけ縷々、いろんな人が、いろんなことを語らはりますなあ。

例えば、(若菜)で光源氏の嫁さんの(女三宮)に、柏木が恋をする。

ある日、猫ちゃんが、ヒャ~と、追われて逃げて、御簾をはね上げる。

その瞬間、柏木は女三宮の姿をかいま見る。

それで結局、女三宮は柏木の子供である(薫)の母親となる。

 猫ちゃんを使ったこのシーンは源氏物語のハイライトかもしれない。

こういう素晴らしいシーンが、時に出てくる。

しかし、そのシーンの前後の(お話)がいかにも長くて、はようせんかい、とまだるっこしい。

特に、谷崎源氏は、原文に忠実だと言われる。

従って、主語の特定はなされない。

どなたさまが、どなたさんに、なされた行いなのか、分かりにくい。

しかして、その行いについて、いろんな(関係者)が縷々、いろんなことを語る。

どうしても(かったるい)とコチラは感じてしまう。

物語には違いない

 

 やはり紫式部は偉大な(ストーリー・テラー)だと思う。

1000年前、まだ紙も筆も珍しいような時代に、彼女はこういう物語を書いた。

彼女を突き動かしたものは何だったのだろう?

この(物語)を読みながら、ふうてんは作者が女性だった、ということに深い興味を覚える。

(男と女の物語)

これは男だけのものでもない。

女だけのものでもない。

男と女の、両方があってナンボ、の世界。

 一度、紫式部と一杯飲みたいなあ。

そう思わされる一篇だった。

(ふうてんアーカイブス)

2009 春 桜が咲いた

近くの公園でKoen_1  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その2Koen_2  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その3Koen_3  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その4Koen_4  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千鳥ヶ淵でChidori_1  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その2Chidori_2  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その3Chidori_3  

 

 

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