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2008年9月に作成された記事

2008/09/28

2008・9・28 黒ビールを飲んだ篇

インディアンIndian  

 秋らしい天気がつづく。
と思っていたら、曇りがちとなり今日など繁寿司からの帰り、雨となった。

繁さんが(カミナリでも鳴ればいいのになあ)と言った。

残念ながらそのカミナリは鳴らず、静かな雨の中、繁寿司を辞して書簡集へ向かった。

 書簡集でウィスキーとコーヒーを飲んでいるとマスターがチラリとビールの小瓶を見せた。

この店では最近瓶ビールを見たことがない。

(マスター、そのビールは?)

(サントリーのプレミアムの小瓶です、形がスリムなので)

(へぇ~、サントリーのプレミアムの小瓶?一本ちょうだい)

・・・

(やっぱり瓶の方が旨いねえ)

(なかなか売ってませんよね、瓶ビール、特に小瓶は)

(そうなのよねえ、瓶は重いし場所を取る、缶は軽いし場所をとらない)

(便利さを取るか、味を取るか、ですよね)

・・・

 半袖のポロシャツでは寒いような一日だった。

今年は(変化の年)だと思っていた。

もうすぐ10月。

大相撲秋場所は白鵬が優勝して終わった。 

朝青龍よりはよほどマシな横綱が優勝して気分は悪くない。

阪神?今年は阪神の優勝に決まっている、今の接戦は盛り上げる為だけよ。

オバマかマケインか?0.5ゲーム差くらいで今はオバマだけど。

日本は?自民党で続けるより民主党に変えてみたら?と考える人が何割?

 阪神-巨人、オバマ-マケイン、自民党-民主党。

考えてみればどれも僅差。

だから面白い。

情報処理学的(??)にいうと要件が3ビットだから組み合わせは2の3乗=8通り。

(阪神×オバマ×民主党)の可能性は1/8。

みなさん、馬券買いましたぁ?

黒ビールのこと

 先日、近くのスーパー(ピーコック)へ(ボルヴィック)の水を買いに行った。

お茶や紅茶は水道水を沸かして飲めるけれど、コーヒーだけは水道水では飲めない。

あれはどういうわけだろう?

 水を買うついでに缶ビールを買ってみようと思った。

エビスの黒ビール、ギネスの黒ビール、ハイネケン、アサヒのプレミアム。

缶ビールを飲むときはいつものエビスの小瓶とは違う味を楽しむことにしている。

 夕方、大相撲中継を見ながらエビスの黒ビールを飲んだ。

なかなか旨い。

それと結構甘い。

どうして黒ビールは黒いのだろう?

どうしてエビスの黒ビールはこんなに甘いのだろう?

何か混ぜてあるに違いない・・・。

 さっそく缶の(原材料)表示を見る。

原材料:麦芽、ホップ

とあり、予想を裏切られた。

何となく信じられない、だけどウソを書いているハズがない。

缶に書いている能書きをいろいろ読むと、ありました、ありました。

(じっくりとローストした黒麦芽とカラメル麦芽による、心地よい焙煎の香りとまろやかなコクが特徴の、味わい深い黒ビールです)

まことに正確(風)な日本語。

文法的には正確に見えるけれど、意味がサッパリ分からない。

ロースト、黒麦芽、カラメル麦芽、焙煎、コク。

 コクは良いとしよう、これは意味というより感覚の問題なので納得する。

しかしあとは意味が分からない。

グーグルに聴くしかない。

 おかげで今までモヤモヤしていたことが霧が晴れるように分かってきた。

そも(麦芽)とは何か?何故(芽)なのか?すら、正確には知らなかった。

大麦と小麦の違いも、子供のころ麦踏みした麦がなぜ小麦だったのかも。

大麦が何故食用よりもビールやウィスキーに使われるかも分かった。

 10歳代のころ初めて飲んで、62歳まで飲み続けてきたビール。

50年以上も、麦芽の本当の意味すら知らずに楽しんできた。

(知らぬが仏)

という古来の言葉の奥深さを噛みしめることとなった。

 同時に、食に関する人間の気の遠くなるような探究心にボ~ゼンとなった。

(ふうてんアーカイブス)

2008 初秋 近くで見かけた萩とインディアン

Hagi_1_2  

Hagi_2  

 

 

 

 

 

 

 

インディアンIndian_1  

Indian_2アメリカのハーレー、インディアン。

イギリスのBSA。

ドイツのBMW。

ホンダより前にあった。 

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2008/09/21

2008・9・21 よもだにかたらんね篇

花虎の尾(庭師撮影)Toranoo  

 今年は本当に雨がよく降る。

今日なども一日降りこめられた。

おかげで心落ち着いて(大相撲)をジックリ楽しむことができた。

 このところ漱石の日記や手紙を読んでいる。

他人の日記や私信を読んでもしようがないのだけれど、作家ともなれば、日記も手紙もちゃ~んと文学作品になっているので恐れ入る。

 漱石という人は一体何を楽しむことが出来たのだろう?

と、ときどき考えることがある。

いつもあまり愉快そうな口ぶりでは書かない。

いつも何か不愉快そうなことを抱えている。

以前(これは明治のあの時代の、(時代の気分)だったのではなかろうか?)と思ったこともある。

明治維新で開国したのはよいけれど、先進国との文化、文明の差に圧倒され続けていた。

(我が世の春)を謳歌する気分にはなれなかったに違いない。

 漱石はまことに筆まめに手紙をやりとりしていたらしい。

その手紙を読んでいて、漱石はひょっとしたら手紙のやりとりの時、一番心がくつろいだのではなかったろうか?と思った。

手紙をもらうのが嬉しいというような感想をもらしている。

手紙を書くのが楽しい、という風な表現もどこかにあったように思う。

 彼の文章は私信でもエッセイでも小説でもまことにロジックがハッキリしていて、ふうてんなどは心がスッキリするような頭が整理されるような気がする。

誰かへの手紙にこんなことを書いている。

(あいつは変なやつだとか、学者ぶっているとかの風評は許しがたい。しかし(猫)に対する批評ならどんなものでも喜んでお受けするし、ありがたい。(猫)というハッキリとした形をもった、世に出た具体的な作品に対する批評には意味がある)

 漱石が博士号とか勲章とかを極端に嫌った理由もここいらへんにあるのだと思う。

~博士とか~勲章とかは(肩書)であって実質ではない。

漱石は権威を笠に着て威張るとか、逆に権威におもねて卑屈になることを極端に嫌った。

一個の人間として誰からも支配されたくないし支配をしたくもない。

みんなそう思っているよね、というメッセージを発信し続けた人だったと思う。

 前置きが長くなってしまった。

今回は先週久しぶりにあった旧友との会話を少し報告しておきたい。

よもだ

 その友人は九州で医者をやっている。

厚労省の主催するなんかの会議で話をするために出張してきた。

ワインガーデンの東京ミッドタウンが見上げられる席に先に着いていた。

彼とこの店で会うのは3度目くらいでマスターも顔を覚えていた。

いろんな話になった。

(厚労省の建物に初めてはいったけど暑いんよ)

(きんちゃん、ネクタイしとったん?)

(勿論ボクはしとった。みんなネクタイしとらんし、エライ暑いんや)

(今年は特に蒸すもんなあ)

(それで聴いたんよ、温度設定は何度ですか?と)

(それで?)

(28度です言うんや。暑いはずや。病院は患者さんの為に28度は無理で26度に設定するんやけどなあ)

(それでクール・ビズなんやねえ)

・・・

(ところできんちゃん、仕事の話やけど、なかなかストレートにお金を稼ぐため、いう発想にならんで、そも、これは俺のやりたいことだったかしら、なんて考えてしまうのは何でやろね?)

(ボクもそういうとこあるよ、病院へ一日バイトに行ったら結構貰えるんやけど行ったことないんや、女房には(いかんと?)言われる)

(いかんと?もう九州弁が身についたんやねえ奥さんも)

(ストレートにお金のことを考えん、その理由を説明してあげようか、理由は二つや)

(二つ?)

(一つは教育や、もう一つは伊予の風土のせいや)

(教育と風土?)

(ボクたちが通った学校の校長先生は(世界で通用する教養人になれ)とは言ったけど、(金持ちになれ)とは言わんかった)

(確かに・・・風土は?)

(伊予弁で(よもだ)て言うよね、ええかげんというか冗談っぽいというか。真面目なんだけど、どこかおかしい。まあ一種の諧謔精神ちゅうか。真面目一本槍にはなれんのよ)

・・・・

 それからひとしきり、愛媛県人の特徴、伊予の風土の話になったようだった。

かたらんね

 一本目はブルゴ~ニュのピノ・ノワール。これは当たりだった。

二本目はボルドーにして、話題も(これから)の話に移って行った。

ふうてんは、このところ興味が深まっている農林水産業とコンピュータの話をした。

(自然とか環境とか言われても取りつく島がなかった。で、人間との一番の接点は農林水産業やないかと思い始めたんや、衣食住と直結する話やし)

(それとコンピュータ?)

(本屋さんで改めて見たら、あれほど沢山並んでいる本の中に農林水産業関係の本はほとんどない、いうことを知って愕然とした)

(そうか、知らんかったなあ)

・・・

 それから二本目が空くころにはコチラの話にもリキがはいっていたようだった。

(かたらんね、いうんや)

(かたらんね?博多弁?)

(お前さんの説に賛成や、かたらんね、とエールを送るよ)

 この(きんちゃん)という友人はこれまで何度かこの日記に登場したかもしれない。

松山の中学、高校、京都の大学とずっと一緒だった。

伊丹一三の(ヨーロッパ退屈日記)を教えてくれたのも彼だった。

 12歳で知り合ってから50年、半世紀たったことになる。

(ふうてんアーカイブス)

2008 初秋 国立 花虎の尾にチョウチョウが

その1Tora_1  

Tora_12  

 

 

 

 

 

 

 

その2Tora_2  

Tora_22  

 

 

 

 

 

 

 

その3Tora_3  

Tora_32  

 

 

 

 

 

 

 

その4Tora_4  

Tora_42  

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2008/09/14

2008・9・14 新茶になった篇

江戸しぼり(庭師撮影)P1013372_1

 今週は秋らしい天気となった。

蒸し暑かった夏の温度が下がり、それ以上に湿度が下がってくれた。

歳をとるにつれ蒸し暑さが辛くなってきた。

先週裾野へ行ったときも友人と(我々の老後は気候には恵まれませんなあ)などと話し合った。

 繁寿司からチャリで帰りながら女房とこんな会話になった。

(ちょうどいい気温よねえ、今夜は)

(そやなあ、服着ていること意識せずにすむなあ。何日あるやろ、一年に)

それほどに気温、湿度がほどよく、風も吹かない平和な一夜となった。

 2、3日前、茶筒のお茶が切れたので新しい袋を取り出し、湯を注いだ。

緑のお茶が出てきた。

(ああ、新茶になったんだ)

と翌日、京都の一茶園にお茶が届きましたと電話をした。

 やはり2、3日前、コーヒーが切れたので近くのコーヒー店で豆を買ってきた。

書簡集でモカ・マタリを譲ってくれなくなったので、最近この店で豆を買っている。

どうもモカ・マタリはこのところ入荷しなくなっているらしい。

 今夜は(新茶)と(コーヒー)のことを少し書いてみたい。

ふうてんはカフェイン中毒のようで、お茶とコーヒーがないと生きていけないのである。

新茶

 新茶という語感から5月の新芽のころのお茶を(新茶)と呼ぶのだと思っていた。

何年か前に辻嘉一さんの(辻留 ご馳走ばなし)という文庫本を読んだとき、次の様な一節が目にはいった。

(名残のお茶

  新茶の新芽を摘み取ってお茶といたしますのは八十八夜の頃で、それ以後は二番茶となり、昔から八十八夜を摘み取りの季節といってまいりました。

 その八十八夜の新茶を最上なりと喜ばれますが、茶道のお茶はこの新茶を小袋に入れ、大きな壺に詰め入れて密封をいたしまして、十一月の初旬まで保存いたしておきます。

・・・

 つまり、今年の八十八夜に摘み取った新芽のお茶を十一月初旬からいただきはじめ、次の年の十月まで一年間楽しむわけであります。

 その一年間のお茶の味にお別れするのが十月なので、十月には詫び寂びに徹した茶事が催されます。)

 この本で読んだ話と、京都の一茶園に電話で注文したときの話が符合したのである。

数年前に、やはり8月の終わり頃だったか、一茶園とこんな会話になった。

(すみません、また送って欲しいんです、いつものように)

(はぁ、もうちょっとたったら新茶をお送りできますけど)

(新茶ですか?あれは新緑のころの話と違います?)

(はぁ、お茶はですねえ・・・)

・・・

茶道では11月らしいけど、普通のお茶では9月が切り変わりの時らしい。

 お茶を家で毎日のように飲むようになったのはそんなに昔ではない。

湯を沸かして茶の葉っぱを茶漉に入れて湯を注ぐ。

いれた後の始末も面倒臭い。

コーヒーや紅茶の方が簡単なのでずっとそれできた。

自宅でご飯(お米)を食べることも、日本酒を飲むこともあまりなかった。

 しかし、50歳に近づいたころ、変化が訪れた。

(池波正太郎のチャンバラ小説など読むものか)

と思っていたのに、鬼平、梅安、剣客商売に入れ込むようになった。

同時に、家でお茶を飲み、ご飯を食べ、日本酒を飲むようになった。

 北京オリンピックになぞらえて言うと、

JUDO→柔道

の日本回帰が起こった。

モカ・マタリ

 日本回帰は起こったのだけれど若いころの名残は消えない。

その一つがウィスキーでありコーヒーである。

コーヒーについて話し始めるときりがない。

今回はモカ・マタリの話をしてみたい。

 コーヒー豆の種類はいろいろあるようで、一番高価なのがブルーマウンテンではなかろうか。

モカという種類はそんなに高くもなく、身近な存在だった。

そのモカというのをあまり好まなかったふうてんが何故かモカ・マタリというのを飲んだとき、旨いと思って気に入った。

 若いころ日本で(コーヒー・ルンバ)という歌謡曲がはやったことがある。

日本語の歌詞の中に(モカ・マタリ)という言葉が出てきた。

これが初めて聴いた(モカ・マタリ)という言葉で、勿論そんなコーヒーを飲んだことはなかった。

このコーヒー・ルンバという曲はどこで作られた曲か知らないけれど、我がパコ・デ・ルシアもレコーディングしている。

 二重奏の曲で、ふうてんなどもフラメンコ・ギターを習っていたころ真似をして弾いたりしていたものだった。

 モカとモカ・マタリ。

何がどう違うのだろう?は前からの謎だった。

今回、書簡集でモカ・マタリがはいらなくなったと聴き、近くのコーヒー店でも同じ話を聴いて、違いを確かめたくなった。

 コーヒー店の主人との会話。

(ご主人、モカ・マタリというのはイエメン産なんですって?)

(そうですよ)

(最近はいらないらしいですねえ)

(そうなんですよ、うちでもエチオピアのモカは置いてますがね)

(イエメンのモカ・マタリとエチオピアのモカ、同じモカ種でも種類が違う、と?)

(いえ、モカというのは町の名前でモカ港というのがあるんです)

(・・・???モカは町の名前なんですかあ~??モカ港??)

(イエメンのコーヒーはマタリ。エチオピアのはシダモ、ハラーなど4種類ほどあって産地、特に山の高度で違うようです、うちのはシダモです)

・・・・

 これには驚愕だった。

30年以上謎だったモカとモカ・マタリ。

グーグルに聴くと、

1628年 オランダの商船が「モカ港」でヨーロッパ人として初めてコーヒーを買ったそうです)

なんて記事が出てくる。

 モカというのはモカ港であり、ヨーロッパに伝わり世界に伝わったコーヒーのルーツだったのでありました。

アラビア半島側のイエメンにモカ港はあり対岸のアフリカ大陸のエチオピアからもここにコーヒー豆を集結して世界の港へ運んだという次第。

 

 モカと聴いてふうてんはアルゼンチン・タンゴの発祥の地、(ボカ)を思い出していた。

この話は長くなるのでまたの機会にしたい。

(ふうてんアーカイブス)

2008 初秋 裾野小川別邸 元少年たち

少年時代Shonen_1  

Shonen_2  

 

 

 

 

 

 

 

アルハンブラ 行って弾く気になった1  

 

 

 

 

 

 

 

 

アルハンブラ お客さん!!2  

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法の箱Maho_no_hako_3 

Maho_2_3  

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2008/09/08

2008・9・7 選挙の季節となった篇

国立の積乱雲Kumo

 先週首相が辞任し、日本でも選挙の季節が近づいてきた。

アメリカでは長く続いた大統領選挙に間もなく決着がつく。

今年の終盤は日米ともに(選挙)ということになりそうである。

 昨日、裾野の小川別邸でのワインの会に出かけようとすると女房が、

(今日はお母さんの命日なのよね)

と言った。

(黒澤明さんの命日も今日だって)

(あっ、それで今日(七人の侍)を放映するんだ)

すると女房はさらに、

(秋篠宮家の悠仁親王(ひさひとしんのう)の誕生日でもあるのよね)

と言った。

 9月6日。

おふくろ、黒澤明、天皇家。

12年前、10年前、2年前のいろんなシーンが思い出された。

 晩夏の裾野は霧に包まれていた。

国立を出るときは蒸し暑い夏だった。

途中で寄った東名高速の足柄休憩所でも蒸し暑かった。

しかし、標高1000メートルを超える小川別邸に近づくと秋の気配が濃厚になった。

 夜になって、ウクレレ、ギター、チェロのいろんな組み合わせの音楽が流れた。

みんな楽器をやるのに自分一人飲んでばかりでいいのだろうか?

これは少し申し訳ないな、と思いながらテレビの(七人の侍)をチラチラと見た。

中井朝一(なかい あさかず)のカメラが捉えた七人や農民の顔、顔、顔。

淀川長治さんは、

(七人の侍は顔の映画です、いろんな顔、顔、顔・・・)

と話していた。

確かにその通りだなあ、と思い出していた。

黒澤明がこれを作ったときは42歳。

その歳でないとこんな映画はできない。

 酔いを覚ますため外に出ると降るような星空だった。

ビックリするような星の多さにいつも驚かされる。

一緒に出た友人が、

(凄いですねえこの星の数は、天の川が沢山あるような)

と言った。

(この星見ながら眠ったら、まるでアルプスの少女ハイジみたいですなあ)

とふうてんは応えた。

(ふうてんアーカイブス)

2008 晩夏 国立の積乱雲

ベランダからKumo_1  

 

 

 

 

 

 

 

  

市役所Kumo_2_2

Kumo_22_4  

 

 

 

 

 

 

 

天窓からKumo_3_2  

Kumo_32_2

 

 

 

 

 

 

 

  

大学通りKumo_4_2  

Kumo_41_2  

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