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2008・7・20 やっと梅雨が明けたらしい篇

ブラック・ベリーBlack

 気象庁が昨日の午前中、関東地方の梅雨明けを宣言した。

そのセリフを聴いて少し考えさせられるものがあった。

一つは関東というのは(東海、北陸、東北)を意味するということだった。

一つは気象庁の発表は(~地方は梅雨明けしたとみられる)という宮内庁というか大本営というか、そういう上の方からの声のような表現をしているということだった。

 関東地方というと何となく静岡、神奈川、東京、千葉当たりの太平洋側というイメージがあった。

しかし言われてみると関が原よりも東、その全体を指して(関東)なのかもしれない。

関西の人はどういう意識なのだろうか?とも考えさせられた。

いずれにせよ、東京でも梅雨があけて湿っぽくはないけれど猛暑が始まった。

 数日前に、日本語の碩学、大野晋さんが亡くなったというニュースが流れた。

その日だったか、宵寝をして、夜になって暗い自室にはいるとフッといい香りがした。

聴けばローズ・マリーを摘んだのだという。

ローズ・マリーでサイモンとガーファンクルのスカボロフェアーを思い出した。

 今回は、大野晋さんのこととスカボロフェアーのことを書いてみたい。

大野晋さんの(日本語の起源)

 一昨年なくなった白川静さんは漢字のことを我々に教えてくれた。

これは日本語を(文字)という側面から深く追求する研究で、必然漢字の成り立ちの事に立ち入らざるを得ない。

日本語は漢字と仮名を使うのだけれども、その元は漢字である。

その漢字の形はそも何を意味するのか?を白川さんは追求したと思う。

 対して大野晋さんは日本語の(音)にこだわった人ではないかと思う。

記紀や万葉集に使われた(万葉仮名)といわれる日本語表記の漢字から当時の日本語の(音)には今とは違うニュアンスがあったことをいろんな形で探ろうとした。

それはひらがな表記の源氏物語でも、いかんなく発揮された。

 日本語の起源はモンゴル語だとか朝鮮語だとか中国語だとかアイヌ語だとか言われる。

そういう中で、言語学者として大野晋さんは、いやタミール(インド南部)から伝わってきた要素が一番強い、という学説をたてた。

タミールも日本も当時(文字)を持っていなかった。

だから共通性は(音)である。

 大野学説でふうてんなどがオヤッ?と思ったのは田んぼの畦(あぜ)の話だった。

水田では(アゼ)というのは水をためる為の土手で、まことに重要な存在である。

田という漢字の縦横の線はこの(アゼ)を表している。

また糸で布を織るときの機械(機織機)の肝心な中心の芯のような棒状の道具を(アゼ)という。

それらが日本語でも古代タミール語でも同じ(アゼ)と発音する言葉だという。

 日本語は明治維新のときと第二次大戦のあとと二度危機に襲われた。

明治維新のときは、鎖国していたのが開国してみると西洋列強が進んだ文明を持っていた。

何だかモヤモヤした日本語なんてやめて西洋の文字に揃えた方がいいのではないか、つまり表記法としてはアルファベットを使った方がいい、なんて話がまじめに論じられたらしい。

 それでヘボン式ローマ字というのも工夫されたのかもしれない。

第二次世界大戦(太平洋戦争)のあとはもっと極端で、日本語はやめて英語にしようよ、なんてことが、これもマジに議論されたという。

 明治維新のときも、戦争に負けたときも、俺たちは負けている、だから俺たちの言語もダメなんだ、いや言語がダメだから負けたんだ、などなど自分たちの日本語に関して、言語としてどうなのだろうか?とずんぶん悩んだらしい。

 大野晋さんは自著に書いている。

日本語が不十分な言葉だ、日本語ではちゃんと表現できない、なんて言われるけど、それは本当だろうか?

日本語は不十分な言語なのか?

もしそうだとしたら俺たち日本人は??

そんな思いで、日本語の研究、日本語の起源に踏み込んでいったようであった。

 ふうてんは大野晋さんの全業績を研究したわけではない。

ただ(日本語の起源-タミール語との関係)と(源氏物語について)の何冊か読んだだけである。

これらを読んで、日本語が決して不十分な言語ではない、ということを彼自身が証明して見せた、という感じがした。

日本語の起源論にしろ源氏物語論にしろ、極めてロジカル(論理的)でかつ微妙なニュアンスを表現している。

どの本だったか読んでいて背筋が寒くなった。

一文字一文字が立ってこちらに迫ってくるような文章だった。

 その大野晋さんの本の中でも特に、紫式部の人生と源氏物語に関しての本はふうてんにとっては忘れられない一冊になっている。

白川静さんは漢字で書かれた(万葉集)を究めようとした。

大野晋さんはひらがなで書かれた(源氏物語)を究めてくれた。

日本語の(文字)と(音)の巨星が二つ、この二年のうちに落ちた。

スカボロフェアー

 庭師が育てているハーブのうちにローズ・マリーというのがある。

去年だったかフトしたきっかけで近づいてみるといい香りがした。

(アレ、いいね)

と言ったら、何本か摘んで花瓶に入れて部屋へ持ってきた。

 やさしいと言うよりも何だか元気のよい匂いのような気がする。

香ばしいというのか、人をなだめるよりもかき立てるようなところがある。

ローズ・マリー。

バラのようなマリー・・・。

で、ハーブのことは何も知らないふうてんはローズ・マリーと聴くとすぐに歌を思い出す。

 学生時代に流行った映画で(卒業)というのがあった。

音楽はサイモンとガーファンクルだった。

サウンド・オブ・サイレンス、ミセス・ロビンソン・・・・。

なかでもスカボロフェアーという曲が圧巻だった。

(アーユー ゴーイング トゥ スカボロフェアー パースリ セイジ ローズマリ アンド タイム)

君はスカボロフェアーへ行くの?

までは分かるのだけど、その後が分からない。

パセリがどうしたんだセイジがなんだローズマリが・・・どうもハーブらしいけど。

 今回、新しく摘んで活けてくれたローズマリーの香りを嗅いで、知りたくなった。

あの曲では(スカボロフェアーへ行くの?)と聴いていた。

(卒業)で西海岸の大学へ行くシーンだった。

主役のダスティン・ホフマンが真っ赤のアルファロメオのオープン・カーでゴールデンゲートを渡る。

ハテ?スカボロフェアーていう街、西海岸にあったかなあ?

聴いたことないなあ。

パスリー、セイジというけど、パスリてパセリのことかしら?

 それでグーグルに聴いた。

この曲はイギリスの曲なのですね。

ポール・サイモンの作詞作曲だと思っていたのが大間違い。

イギリスの北部にあるスカボローというのは昔イギリスの中心的な交易の町だったとか。

そこで8月ころ2か月くらい市が立つのですね。

それが(スカボロ・フェアー)。

市だからして旅芸人やら手品師やら集まってくる。

道中ご無事で、じゃないけど体に良さそうなハーブの名前を呪文のように唱える。

パスリ、セイジ、ローズマリ、タイム・・・

この曲は4番くらいあるけど、毎回このセリフが繰り返される。

つまり呪文なのですね。

 目の前にローズマリーがあって香りが匂ってくる。

呪文にあやかりたいと思いつつ・・・。

(ふうてんアーカイブス)

2008 6月、7月 家の草木たち

ブラック・ベリーの若い時Black_1  

Black_2  

 

 

 

 

 

 

 

ブラック・ベリーのブラックの時Black_11  Black_12 

 

 

 

 

 

 

 

ローズ・マリーとクレマチスRose_1  

Rose_2_3  

 

 

 

 

 

ヤマアラシじゃないヤマホロシYama  

 

 

 

 

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コメント


She once was a true love of mine

 スカボロフェアーの一節、懐かしく想いだしました。曲のこの部分が好きで、繰り返し口ずさんだものです。青春、していたんですなぁ。
 この曲がイギリスの曲で、北部にスカボローという町があるなどとんと知らなかった。先ほど全英オープンを観終わったせいか、その町とリンクス(英国北部、海岸沿いに立地するゴルフ場の総称)の風景が重なります。この地方は一日に四季かあるといわれるほど天気の変動か激しく、とくに風の強さがきわだっています。
 スカボローがその地方にある町だとしたら、旅の無事を祈って呪文を唱えても不思議はありませんね。

 お守りにローズマリーの葉を一枚

投稿: 楕円 | 2008/07/21 04:17

楕円さん

 念の為に(Scarborough)と入れてグーグル地図に聴きました。
ロンドンよりはずいぶん北の、海に面した都市のようです。
何しろヨーロッパは行ったことがないので実感は湧きませんが。

 映画(卒業)は1968年日本公開ですからちょうど我々の卒業時期だったのですね。
大はやりして、見ろよ、と友だちに勧められたのを覚えています。
当時(硬派)だった当方は、そういう甘ったるいのは好きくない、と避けていました。

 結婚してからでしたね、初めて見たのは。
二子多摩川の二流館だったように記憶しています。
単に甘ったるいだけの映画ではないことを知り、これなら学生時代、友だちに勧められるまま素直に見れば良かったといたく反省しました。
すぐにサウンド・トラック盤のレコードを買い(ミセス・ロビンソン)など、サイモンとガーファンクルのサウンドに夢中になりました。

 映画の中でキャサリン・ロスを追っかけてダスティン・ホフマンが車で走るとき、この歌が高く低く流れます。
ウィキペディアによると、メイン・メロディのバックに重なるように流れる曲はサイモンとガーファンクルが創ったもののようです。
映像と合わせて忘れられないシーンとなりました。

投稿: ふうてん | 2008/07/21 08:13

白川、大野、S&G、ダスティン・ホフマンと、~。なにかしら郷愁をさそう名辞にうっとりと、読み惚れました。

感想といってはなんですが。
*古きものを扱う人たちは、一般に年齢とともによい考えを出されますね。これは長年月の蓄積の果てに、無駄なものが、脂肪・贅肉を落とすように脳からそぎ落とされて、核心だけが残っていき、そこに「その時の視点」が加わると、よい結果が出るのではないでしょうか。
 研究者で申すなら、文系の人は円熟があって、よいです。
 ただし、理系の方も、もともと文理の区別がない哲学的な方もおられますから。
 
*流行というのでしょうか、S&Gも映画「卒業」も大ヒットしました。それは当時の商業政策、プロッデューサ、スポンサーなどの狡知を極めた宣伝なども影響があったでしょうが、結局30年、40年たっても鮮明に音や映像を思い出し、「よかったなぁ」とつぶやける作品は、まれにあるもんですなぁ。映画「卒業」はたしかに青春恋愛テーマでしたが、全編を思い出すほどに、さまざまなシーンが甦ってきます。受容時期(ふうてんさんと似たような年齢)にもよるでしょうが、芸術活動というか、音楽や映画の力にあらためて、感心しました。

*ローズマリーとかは、英国流呪術世界と考えるとおもしろいですね。
 ところで、大昔「ローズマリーの赤ちゃん」というのを、先入観なしで見て、ものすごく怖くてショックを受けたことを思い出しました。マリーとか、ローズには、英語圏の言霊がやどっているのでしょうかね(笑)

投稿: Mu | 2008/07/21 09:03

Muさん

 せんせも(青春)していたのですねえ。
確かに芸術のなかでも特に映画、音楽というやつは何歳で出会うかは大きいですね。
その時代の雰囲気、というのもありますが何よりも年齢ですよね。
主人公たちとちょうど同じ年代に見られたのはラッキーでした。

 Mary、Marie、Maria。
国により多少違うようですがやはり聖母マリアさまではないのでしょうか。
バラというのが最初に歴史に登場したのは紀元前2600年くらいの古代メソポタニアのギルガメッシュの時代だといいますから、ええ加減古いですなあ。
マリアは女性の、そしてバラは花の、どちらも代表格となりましょうか。
ローズマリー・・・かなり(太い)名前ではあります。

 当方は臆病な怖がり故(ローズマリーの赤ちゃん)は映画館では見ることが出来ませんでした。
ずっと後年、テレビ放映されたとき恐る恐る見ました。
ミア・ファーローが良かったし、さすがポランスキー、案外スッキリと仕上がっていて驚きました。

投稿: ふうてん | 2008/07/21 12:45

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