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2008/06/15

2008・6・15 梅雨の晴れ間に篇

コナラに降る雨Ame  

 4月くらいから毎回(天気が悪い)と書いている。

桜が散って雨が多くなり、その間に新芽が吹き、新緑となった。

そうしてこの一か月ほどは百花繚乱、花の競演だった。

 東京ではこの数日梅雨の晴れ間のような日が続いている。

晴れるといっても天気は曼荼羅紋様のように変化する。

(まるでアジサイの花みたいな天気やねえ)

などと家人と話す。

 ときどきコメントをいただく(やっこちゃん)から橋本忍の本をいただいた。

(複眼の映像 -私と黒澤明)という本で、やっこちゃんもコメントされているように面白くて一気に読んでしまった。

 橋本忍という人の名前を知ったのは高校時代のころ朝日新聞に(悪の紋章)という写真小説が連載された時だった。

当時封切りされたばかりの黒澤監督の(天国と地獄)で鮮烈な映画デビューをした山崎努がこの新聞小説に(写真)で登場した。

普段新聞の連載小説を読む習慣のないふうてんは、天国と地獄の山崎努の写真が出ているのを見てオヤッ?何だろうこの小説は?と興味を持ったのだった。

 それから10年以上たって東京へ来てから銀座の並木座や池袋の名画座みたいなところで黒澤映画がリバイバル上映されているのを知り、何本か見るうちに黒澤映画の魅力にまいってしまった。

黒澤映画関連の本や雑誌やテレビ番組も追っかけるようになった。

そういう中で(橋本忍)というシナリオ・ライターは重要な役割を果たしていたのだなあと知るようになった。

 そういう漠然とした断片的な(橋本忍)に対するイメージがこの本を読むことでやっとクッキリとした像を結んだ。

(羅生門)(生きる)(七人の侍)三部作の誕生までのストーリーはまことに興味深いものがある。

 彼のシナリオ作家としてのスタートは伊丹万作との出会いだった、というのにも驚いた。

黒澤明も(達磨寺のドイツ人)というシナリオを伊丹万作が激賞して(この人は将来日本映画を背負って立つ人になる)と言ったいう話は聴いていた。

この本でもそのことに触れていて、たった一本のシナリオで、まだ傑作映画を世に出してもいない新人をそこまで見通した伊丹万作には恐れ入ると橋本先生、舌を巻いている。

 この本を読んで一番感心したのは、シナリオとは映画の設計図だということだった。

設計図を書くには定規とコンパスが必要だと、これまた伊丹先生に聴いたという。

読んで終わるシナリオなら小説のように書いてもいい。

しかし映画を作るためのシナリオはそれではいけない。

一本の映画が完成するまでにどれだけのことが必要か。

総合芸術といわれるくらい、いろんな才能が集まって、沢山の人間が参加して作られる。

シナリオはそれの(設計図)だというのですね。

 伊丹万作はシナリオに大切なのは(テーマとストーリーと人物の彫りだ)と橋本忍に教えたという。

この3つの要素がどのようにして上の三部作(羅生門)(生きる)(七人の侍)で実現されていったか。

そのことがリアルに本人から語られている。 

 分野は全く違うけれど、ふうてんなども(設計図)が最も重要な仕事にたずさわっていた。

ある商品が構想され、会社で企画が通り、開発製造されてお店で売られユーザに渡っていく。

その一連のプロセスは映画もパソコンも同じだなあと改めて思った。

いい(設計図)がないと、いい(商品)は出来ようがない。

 映画に関する本はいろいろある。

しかし一番面白いのはやはり制作に直接かかわった人たちの本だと思う。

やっこちゃんにはいい本を教えていただいた。

(ふうてんアーカイブス)

2008 梅雨のころ 隠宅にて

アジサイAjisai  

 

 

 

 

 

 

 

 

ビワBiwa  

 

 

 

 

 

 

 

 

フジFuji_1  

Fuji_2  

 

 

 

 

 

 

 

コナラKonara_1  

 

 

 

 

 

 

 

 

その2Konara_2  

 

 

 

 

 

 

 

 

ロシナンテRoshinante_1  

Roshinante_2  

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コメント

やっこちゃん

 シネマ見ましょか、お茶のみましょか
 いっそ小田急で、逃げましょか
 変わる新宿、あの武蔵野の
 ・・・

 このセリフでこの本は始まり、終わっていますね。
当方なども武蔵野地区に住み、小田急線にも縁の深い生活をしています。
黒澤明さんの住んでいた(狛江)を何度通りすぎたことでしょう。

 橋本忍さんは関西の人なので、初めて黒澤邸を訪ねた時の下北沢の情景がよほど印象的だったようですね。
井の頭線から小田急線の電車が見下ろせます。
橋本忍さんには単なる乗り換え駅だったかも知れない下北沢は面白い街ですよね。
まことにチャンプルーな街で、以前はよく友だちと(沈没)したものでした。

 この本は88歳のときに書かれたのですか・・・。
本の最後に(黒澤映画)を総括していますね。
ビフテキが大好きで年賀状は書かなかったけれどクリスマス・カードは送り、スタッフたちの誕生祝いを盛大にやった(バタ臭い、西洋好み)と言われた黒澤明さんの作品を(日本の四季に忠実だった)というのですね。

 春(めばえ) 単独脚本 (姿三四郎)(一番美しく)
       (習作時代)
 夏(盛り)  共同脚本 (酔どれ天使)(羅生門)(生きる)(七人の侍)
       (ライター先行形)
 秋(実り)  共同脚本 (用心棒)(椿三十郎)(天国と地獄)
       (いきなり決定稿) 
 冬(孤高)  単独脚本 (夢)(まあだだよ) 
       (職人としてではなく芸術家として)

 この(複眼の映像)という本を教えていただいて、今までモヤモヤしていた黒澤作品の全貌がスッキリと整理して納得できました。
橋本忍、やはりただものじゃないですね。
黒澤明と橋本忍・・・二人の眼で作られた映像の世界。

 黒澤映画を見て、コーヒーでも飲んで、いっそ二人で小田急で逃げまひょか・・・。

投稿: ふうてん | 2008/06/17 22:51

  複眼の映像

 「映画みましょか、お茶のみましょか、いっそ小田急で逃げましょか・・・」

 共同脚本の実態を書き残す。黒澤組のライターとしてただ一人生き残った私の責務ではないか。
これがこの本を書いた理由といいます。

 88歳で満身創痍、著者のほとばしる勢いを感じて、いっきに読みきりました。
その筆致は映画のシーンと重なり、さすがこの著者の面目躍如というところです。
 新宿(渋谷?)から狛江の黒澤邸までの小田急電車の窓外の描写、多分あの頃は経堂あたりを過ぎれば小田急沿線も畑あり、
そんな景色は想像に難くないように思います。

 箱根や熱海の旅館に泊まりこみ、小国のだんなや、菊島隆三らと共同脚本を書く現場の雰囲気も興味深く読みました。

 “ライター先行形式”から、“いきなり決定稿”を書くようになってその作品はつまらなくなった・・・
“複眼でみる”そんなテーマを云いたかったのか。

 あの頃は日本映画の最盛期でした。現在日本映画はいい時代だそうですが、いかにも粒が小さく小品ぞろいです?

 
 

投稿: やっこちゃん | 2008/06/17 21:26

ほかもさん

 物を作るための設計と人生の設計は関係ないようですよ。
Mu大兄は人生設計という言葉を使っておられますが、当方にはそれが全くないのですね。
大学時代も全く無目的に過ごし、落第はするわ、就職のことは念頭にないわ、でまことに行き当たりばったり。
貯金が一銭もないのに25歳で結婚することになり松山へ帰るのに友だちに10万円も借りるという始末。
人生哲学は?なんて万が一聴かれたら、
(出たとこ勝負です)
と応えるよかありませぬ。

 ただ言えるのは、やはり人間は生きものですから(設計する)という具合にはなかなかまいりませぬなあ。
Mu大兄だって(人生設計はなんとでもなる、おもろく生きるのが基本設計じゃ)とおっしゃっているのでホッとした次第。
そういうのは(覚悟)と言いまして(設計)とは申しませぬ、よね。

 設計図、というのはサイフでも洋服でも家でもパソコンでも本質は同じではないでしょうか。
作りたいものの絵図面を書いて、それを具体的な物にして、人に喜んで使ってもらう。
ひょっとしたら(人間)にしかできない楽しみかもしれませんね。

 枇杷の木ですが、もともとMuさんの杖でも作れればと思っていたので真っ直ぐに伸びるのを見て、シメシメ、いい杖が出来そうだと喜んでいました。
そうしたら予想以上にグングン伸びて二階を越える勢い。
今年初めて収穫したのですが庭師は(脚立)持ち出したりして苦労していました。
一個だけ食べて見ましたが、ちょっと酸味は強いけれど若々しい、いい味でした。
収穫量も結構多いので切り倒して(杖)にすべきか迷い始めております。

投稿: ふうてん | 2008/06/16 19:17

 設計図

 んん?記事を興味深く読みながら、私はなんと(設計図)に無縁な世界で生きてきたんだろう?って思いました。
何歳ごろ結婚して、何人ぐらい子どもを生んで・・という人生設計みたいなものも立てずにここまで暮らしてきましたし・・。女の人はみんなそうかなぁ・・。

 何もないところから、設計図に従って、一つの製品を作り上げるというのは、型紙で小銭入れを作るとか、洋服を仕立てあげるとか、そういうものに似ているところもあるのかしら?と考え込んでしまいました

 ふうてんさんちの枇杷の木って、大きいんですねぇ。実も十分食べられますね。

投稿: ほかも | 2008/06/16 16:31

Muさん

 せんせはいろんな設計図をお持ちですねえ。
自ら手を下すものもあるし、組織を率いてやるものもあるし、仕事もあるし、遊びもあるし・・・。

 Muさんは子供のころからメカ的なものが好きだったと書かれていますね。
形あるものや機能を持ったものには、それを作るのに(設計図)がいるのですね。
そういう意味でやはり子供のころから設計図にも興味をお持ちだったのでしょうか。

 この本で脚本家が作家になる例は多いけど、小説の作家が脚本家になる例はないと橋本忍は書いています。
定規やコンパスを手にした人は小説が書けるけれどそれがないと脚本は書けない、ということなのでしょうか。
小説という文章だけの表現と芝居や映画は違いますものねえ。

 Muさんの世界にはMuBlogであまり触れられない(プログラミング)の世界もありますね。
プログラム組む時の(設計図)はどのようなものなのか、いつかお話を聴きたいものです。

 当方たちがやった仕事に関して記憶が失われないうちに、何故そうしたのか?のエッセンスは書き残しておきたいね、という話はときどき仲間とすることがあります。

投稿: ふうてん | 2008/06/16 10:21

楕円さん

 心の虫干しに靴磨きですか。
なかなか味わい深い趣味をお持ちですなあ。
靴磨きと聴いてすぐに運動選手がスパイクの手入れする姿が浮かびました。

 体を動かす単純作業で汗を出す。
頭の疲労は酒を求め、肉体の疲労は甘味を求める、なんて開高健は書いていますね。
靴磨き2時間で大汗をかいたあと、さて、アンミツにするのかビールにするのか??

 いずれにせよ物を書く職業は取材の時以外は机にへばりついているのでしょうね。
毎日散歩はされているようですが、それもルーチンとなると変化がない。
さてここは一つ靴でも磨いてパリのことやらグランドのことでも思い出してやるか、と。

(手順通りに磨いているうちに)昔よく通った靴屋のオヤジとの会話やらパスがうまく通ってトライを決めた時のことなども思い出されてきて・・・。
確かに体に、いえ心によさそうですなあ。

投稿: ふうてん | 2008/06/16 09:20

設計図のことは以前から気にかけています。

1.小説は何度書いても設計図とおりに行きませんね。書くことで自分が変わっていくからだと思います。(日曜作家)

2.大勢の人と企てをする長期のプロジェクトは基本設計が必要で、細部設計は時間の推移で、小説みたいに変わっていきますね。(倶楽部運営)

3.時間の前後を間違うのが許されないのが鉄道ジオラマですね。一旦線路を敷いてしまってから地形を変えたりするのは、やり直しに近いですね。

4.なんとでもなるのが人生設計じゃないでしょうか。数え切れない分岐点は、どれをとっても「死」に直結しているから、そのプロセスをできるだけ楽しむ、おもろく生きるのが基本設計でしょうね。ただし、楽しみには「苦」とか、自虐(笑)もあるというのが、おもろいところです。

追伸
 自作pcは、パーツを組み合わせるのが基本だから、パーツを探すのがいきあたりばったりで、変化があります。けれど、パーツがそろったら固定されますね。
 ふうてんさんみたいに、ほとんどゼロからコンセプト・マシンを設計するのは、自作pcとは千里の径庭があります。そういう体験談を、きっちり残して欲しいです。読ませる物よりも、細部のcpu選択レベルからの話が欲しいですね。だれも読まないからこそ(爆笑)、きっちりした記録を味わっておきたいです。

投稿: MU | 2008/06/16 08:11


 梅雨晴れ間心の虫干し靴磨く

 ここ数日、梅雨は中休み。なのに心は曇り、気分がさえない。何かもやもやしている。もやもやの正体が分かれば、気分も晴れるだろうに漠としている。こういうときは狭い玄関に並べるだけ靴を並べ、上がりがまちに座って磨く。
 できれば心の曇りを磨き落としたいのだが、そうもいかないのでとりあえず靴を丹念に磨く。手順どおり磨き上げるには、2時間ほどかかる。無心になれなくとも、単純作業の繰り返しで靴が呼吸を取り戻す過程を楽しめる。
 磨き終わるころには、汗びっしょりになっている。汗と一緒にもやもやも少しは流れ出したような気分になれる。
 こうした私事を書いたり、話したりできる相手がいるだけで心は軽くなる。

投稿: 楕円 | 2008/06/16 04:44

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