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2007/11/05

2007・11・4 天下市のころ篇

大学通りは歩行者天国Tenkaichi  

 今はもう秋 誰もいない海 ララ~ララ、ララララ~・・・。

という歌をフッと思い出した。

グーグルに聴くと、1968年にトワエモアの歌でヒットしたとある。

確かに大学時代に聴いた歌だったような気がする。

 もう国立では秋の風物詩、歳時記の天下市が行われた。

大学のキャンパスで学園祭が行われ、大学通りで様々な市がたつ。

香具師たちのあらゆる店が出る。

日曜日には大学通りが歩行者天国になり道一杯に人が溢れ大道芸が行われる。

 昔、英会話の先生だったミス・ウォーマンと次のような会話を交わしたことを秋になるたびに思い出す。

(Spring and autumn,which do you like?)

とミス・ウォーマンが聴いた。

(Which do you prefer?)

と聞き返した。

(I like autumn.)

とミス・ウォーマンは答えた。

(I like spring,I almost hate autumn.)

(Why you hate autumn,Mr.Tamai,it’s beautiful in autumn and air is clean.)

(Because,it’s too sad.) 

 もう英語は何年も使ってないのでつづりは間違っているかも知れない。

けれどこんな会話をしたことはハッキリと覚えている。

もう25年くらい前になるだろうか。

ミス・ウォーマンは7歳年下の愉快なユダヤ人だった。

 今日、昼間天気が良くなったので天下市を冷やかし、しばらく賑わいの中に身を置いて帰途についたとき、やはり秋は悲しい季節だなあと思った。

漱石の講演集

 2週間ほど前、本屋さんで暇をつぶしているとランダムハウスの文庫本が目に入った。

(漱石 傑作講演集)という文庫本だった。

これまで漱石の講演を意識して読んだことはなかったので、どれどれと買った。

 これがまことに面白い。

8回の講演がおさめられているのだけど特に1911年(明治44年)の関西での4篇が面白い。

道楽と職業  (1911年8月13日 於:明石)

現代日本の開化(1911年8月15日 於:和歌山)

中身と形式  (1911年8月17日 於:堺)

文芸と道徳  (1911年8月18日 於:大阪)

の4篇である。

 漱石が大の落語ファンだったことは聴いていた。

これらの講演にはその経験がモロに活かされていると思う。

まくらがあり本編がありさげ(落ち)がある。

聴衆を楽しませようというサービス精神に溢れている。

大真面目なおかしさがある。

 100年近く前の話なのだけど、明治維新後44年の当時の漱石の問題意識は、今の日本の状況にもそのまんま当てはまるようでニヤリとしたり苦笑したり冷や汗をかいたりさせられる。

科学と哲学と芸術は道楽だと漱石先生はおっしゃる。

そういうのは職業じゃないから誰かの庇護の元にやらないと生きていかれないと断じている。

なるほど、エンジニアリングも科学の一端だから喰っていけないはずだわと思い知らされる。

 漱石は組織や権威を極端に嫌い、個人とは何か?を追求した人だけど、今の日本の役人たちの体たらくを予言しているようでもある。

現代日本の開化、という章にそれがクッキリと語られている。

どこの国でも開化というのは歴史的に行われてきたのだけど、日本のそれは内在的理由でなかったところが問題だとおっしゃる。

100年後の今もグローバルスタンダードとかいう言葉で日本人はあたふたしている。

その滑稽さを漱石先生、落語調で江戸弁で語るのだから面白くないハズがない。

 この本を読んだよ、と書簡集マスターに話した。

漱石は江戸、東京の出身である。

池波正太郎さんも。

山口瞳さんも。

何だか似ていますねえ、という話になった。

森鴎外や太宰治とはどこかが違う。

 結局、江戸、東京の人は肩の力が抜けているなあ、で落ち着いた。

田舎出の人は、藤沢周平などもそうだけど、どうしても肩に力がはいっちゃう。

ふうてんなども四国の片田舎で育ったからよく分かる。

ほんネキで生まれ育った大江健三郎さんなど肩に力がはいりっぱなしじゃございませんか。

どちらがいい悪いの話ではないのだけど、田舎育ちのコチラには都会育ち、都それも京都のような権威も何もない田舎の都、東京で生まれ育った人の洒脱さ、シャイさ、距離の置きかた、が楽でいいのだろうか。

・・・

 どうも漱石の話になる長過ぎるので今日はここいらへんで。

(ふうてんアーカイブス)

2007 秋 国立の天下市

大学通りの秋Tori_1_2  

Tori_2 

 

 

 

 

 

 

 

人人人Hito_1 

 

 

 

 

 

 

 

人人人2 

Hito_2

 

 

 

 

 

 

 

囃しHayashi_1

Hayashi_2  

 

 

 

 

 

 

 

天神太鼓Taiko_1

Taiko_2  

 

 

 

 

 

 

綿菓子Watagashi 

 

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コメント

ほかもさん

 理詰めに考えていけば・・・漱石はこの傾向が強いですね。
文学は人間を扱うのですから、人生いろいろ、と言ってもいいはずですが、それで済ませちゃうと(お話)にならない。
お話にならないと落語家は商売にならない・・・。

 漱石の講演集は小説ともエッセイとも違う生身の漱石に触れる印象があって面白いですね。
講演で汗を流す漱石先生と100年前の聴衆との姿を想像しながら講演集を読むという不思議な世界です。

 漱石の不思議さの一つは、読んでいて何だかコチラと対等に付き合ってくれているような印象をいつも覚えることです。
人間、一対一のときは対等であるというのが当方の哲学であり美学なのですが、漱石先生分かってくれるのじゃないかと感じますね。

投稿: ふうてん | 2007/11/05 22:28

(漱石講演集)

 4篇とも、昔に読みましたが、今全集を引っ張り出してきて、パラパラ眺めていると、ふうてんさんのおっしゃるように(まくらがあり本編がありさげ(落ち)がある。)って、面白いですね。

 『現代日本の開化』とか、『私の個人主義』なんかが好きで、何度も繰り返し読みました。現代に読んでも通じる話で、理詰めに考えていけば、こんなに先まで見通せるのかと思ったものです。

 ふうてんさんの漱石話は、大好きです。これからもよろしくお願い致します♪

投稿: ほかも | 2007/11/05 17:03

Muさん

 いろいろ解説していただきました。
春夏秋冬、喜怒哀楽、起承転結。
秋は哀であり転に当たるのでありましょうか。
ともかく春と秋は愛憎の対象にふさわしいのであります。
(hateは文字通りの意味で使いました。ミス・ウォーマンにも通じたようでした)

 田舎人の名誉のために追加しておきますと、詩という領域は田舎人に限るという説を梅原猛さんは唱えていますね。
中原中也、宮沢賢治などなど。

 漱石先生のいろんな分析はなかなか鋭いものがあって、かつそれをアホな人間にも分かるような言葉で語ってくれますので長々しい専門書、解説本などよりも直感的に分かったような気にさせてくれますね。
その分漱石先生のセンサーとCPUはフル活動だったのでしょう。
50歳にもならずにお亡くなりになっちゃった。

投稿: ふうてん | 2007/11/05 07:38

1.今はもう秋~
 文中、hateという単語使用に驚きました。直訳で「憎む」という強い意味をずっと思ってきたので、hateまで行かなくてもよいのに、という感がしました。almostがつくと「好ましくない」程度の意味になるのでしょうかね。

 後鳥羽院さんは、夕べは秋となに思いけん、と流していますね。これだけで、春の方がよろし、となるようです。

2.科学と哲学と芸術は道楽だと漱石先生はおっしゃる。
 そう思います。その点では、Muは漱石さんと同じ考え。
 大学教員も道楽と同じだと思います。
「道楽」は、狭い目的(たとえば、儲けるとか、のし上がるとか)がなくて、つかみ所のない衝動にかられて、そして手を染めていると安定してくるから、結局道を究めるに都合がよいと思いました。
「遊び」の中に人類問題の様々な解が隠れていると思います。

3.結局、江戸、東京の人は肩の力が抜けているなあ
 三島由紀夫は太宰を嫌って、「笈を背負って上京する(つまり二宮金次郎さんの背中)」のはスカンというてました。
 勉強箱を一式せおって、青雲の志、果たさずに故郷に錦は飾れないという、切迫した上昇志向が、臭く感じられるのでしょうね、東京人には。
 帝都に初めから生まれ育った者には、東京は生活空間だから、おっとりゆったり遊んで日々を楽しめるのだと思います。
 田舎から帝都に来る人は、決死の思いで「のしあがるぞぉ~」「名を成さずんば帰郷できない」という、悲壮感にあふれているところがあると思います。
 上昇志向は、現状を楽しむのじゃなくて、常に現状を土台にしてその上を目指すわけですから、現状に遊んでいるものには、いらだたしい存在になる。ゆとりなく見える。だから、田舎者と言われるのでしょう。
 石原慎太郎が大江健三郎を、以前ながめていた眼差しでしょうね。

4.ふうてんさんやJOさんやMuの事例
 ふうてんさんは、国立の生活を楽しんでいる。もともと、組織や業界内での上昇志向は薄く感じてきました。
 Joさんは上方の生活基盤意識があるから、関西弁で帝都を混乱(遊びというか悪戯心ですね)させてきた風情がある。
 Muは根暗な北国人として、幼少から京都に住んで、「どこに居ても、ドア閉じておけば、おんなじ」となってきています~。外出しないのだから、人に出くわさない。ただ、京都を気に入っています。

投稿: Mu | 2007/11/05 04:59

楕円さん

 土曜日は歩行者天国ではないので車が行き交っていましたが、何故か何台も(消防車)が止まっていましたね。
聴けば屋台の店でボヤがあったとか。
まあ、ああいうテントのようなところで火が出ても(たき火)くらいなものでしょう。

 国立は異常に消防車が多いと思いませんか。
何だか当方の家の近くにも2つも3つも消防署があるような気がします。
さくら通りなんか消防車のサイレンの音と、一仕事終えたあとカラ~ン、カラ~ンと鐘を鳴らしながら帰る音がよく聴こえてきます。

 国立、立川はよほど火事が多いのでしょうか?
昨日書簡集で話したのですが、あれってコチラの税金ですよね。
国立は全国で5本の指にはいるくらい住民税が高いのです。
消防車多いもんなあ・・・・。
安心といえば安心なのですが家が火事になったらもう手遅れやし・・・。
せいぜい助かるのは(隣)が火事になったときくらいで・・・ブツブツブツ。

投稿: ふうてん | 2007/11/05 01:41


 天下市紅生姜飛び散る火事騒ぎ

 ここ数年、天下市はとばくちを覗く程度で雑踏に身を置いたことはありませんが、昨日火事があり、屋台2軒が焼けたそうです。行きつけのラーメン屋の親父さんが話してくれました。消防車が10台ほど出動したそうです。あの雑踏を想像すると、大変な騒ぎだったでしょう。火元は焼きそば屋か焼き鳥屋だそうで「あたり一面紅生姜が飛び散っていた」と目撃者が言っていたそうです。
 一夜明けた本日夕方、頑亭さんの企画展「墨は活きている」を拝見するため駅前のせきやビルに出向きましたが、昨日の火事騒ぎなどどこ吹く風。駅前ロータリーの横断歩道から見渡しところ、いつもの通りの人とごみの山でした。ビニール袋に秋がくるまれて捨てられているようで、そろそろ冬支度だなぁと感じさせられました。

 沈黙のラッパを吹きて冬来たり

投稿: 楕円 | 2007/11/05 00:36

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