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2007年8月に作成された記事

2007/08/26

2007・8・26 秋の気配が篇

Fun to DriveStart2

 いくら異常な猛暑とはいえ、やはりお盆も明けると過ごし易くなってきた。

この猛暑の夏、人間さまはエアコンという道具を持っているけれど、動植物の諸君は一体どのように過ごしているのだろうか。

 我が家の野良(?)2匹くんたちも、ロシナンテの運転席では熱いらしい。

このところずっと、どこぞ涼しいところで寝ているようである。

夜中に家のドアを開けると、ニャ~ンといって現われるし、朝夕は相変わらず(ふうてん亭)のスペシャル・メニュー(単なるキャット・フード)をお食べになって飽きることを知らないようなので、近くにお住まいであることは確かなのだけれど・・・。

 今日、家では初めて(つくつく法師)が鳴いた。

夜になるとセミではなくムシが鳴くようになった。

夕刻、温度が下がる時間を見計らってロシナンテで一回りする。

風が気持ちよくなってきた。

 この間のラガーマンとの会話をふっと思い出した。

(僕はポルトガル当たりで過ごしてもいいと思っているんです)

(ポルトガル?スペインよりは合っているかもねえ。檀一雄も住んだよね)

(檀ふみさんがどこかに書いていたけど、キホー亭と呼んでいたそうですよ)

(ダン・キホーテイねえ、そういえば僕の車はロシナンテやったなあ)

・・・・

檀一雄先輩も、自身をあのセルバンテス描くところの(ドン・キホーテ・デ・ラマンチャ)になぞらえていたのだろうか。

ラガーマンもふうてんも(ちょっと現実離れした)騎士道物語に憧れている、或いは、ひょっとしたらそんな生き方をしているのかもしれないなあ。

オバチャンの洗濯用の盥(たらい)がキラッと光ったのを敵の軍勢の武器が光ったのと勘違いして風車の中へ痩せ衰えたロシナンテに一鞭くれて突っ込んでいく・・・。

 今日は我がロシナンテは好調で、エンジンもすぐに掛かり、桜通りではマツダのRX-8を抑え、大学通りでは新しいニッサン・フェアレディを抑えてやった。

どちらの車もロシナンテよりは遥かに速い車なので、おそらくふうてんとロシナンテは1600年ころのセルバンテスの(騎士道物語)にはいっていたに違いない。

パコ・デ・ルシアのカルメン

 いつも書くのだけど、音楽ビデオに救われることは多い。

このところ、この半年ばかり、一番頻繁に聴くのはパコ・デ・ルシアのカルメンである。

アレコレいろんなのを聴いていても最後にはどうしてもこれを聴きたくなる。

 どうしてなんだろう?

と、数日前からいろいろと理由を考えてみた。

これだけ聴きたくなるには理由があるに違いない。

 フラメンコは文楽と同じだ、ということも思い出していた。

歌と踊りと伴奏の三位一体・・・待てよ、ここに秘密があるのでは?

そういう視点でカルメンを聴きなおしてみた。

 これはピッタリ当たっていたようだった。

たった1分半の曲なのだけれど、この一曲で特徴的なのは、パコのギターが引きずるように、まとわりつくように演じられることである。

その感じは、実はカルメンの(踊り)に合わせているからなのですね。

合わせているようでもあり、リードしているようでもある。

いずれにせよギター単独で演じているのではない。

 ここまで確認したとき、昔フラメンコ・ギター教室に通っていたときのことを思い出した。

先輩に聴いたのだったか、レコードの解説にあったのだったか忘れたけれど、こんな話であった。

(フラメンコのギターは、踊りの伴奏を20年、歌の伴奏を20年やって、ギター独奏を20年ほどやるとやっと本物になる)

 この話を聴いたとき、じゃあ10歳から始めたとして、10+20+20+20=え~と、70歳ではないか!?

と思ったことを覚えている。

 パコ・デ・ルシアが音楽を担当した映画(カルメン)は1983年であるらしい。

パコは1947年生まれだから(1983-1947=36歳)となる。

まだ70歳は過ぎてないころの演奏のようではある。

しかし彼は9歳のときに同じくギター弾きだったフラメンコ一家のお父さんに、(パコ、お前はもう文字も書けるし数も数える。さあ明日からはギターの練習だ)と云われて、学校へも行かずにギター漬けの毎日になったらしい。

 9歳から歌の伴奏、踊りの伴奏、ソロの練習、作曲などを27年ほどやって、このカルメンの演奏にたどり着いている。

・・・・

やっと、ふうてんはパコのカルメンの魔力に納得がいったのだった。

Fun to Drive

 ふうてんがロシナンテに乗るようになったのは、29歳のとき、今から32年前だった。

ということは半生を共にしてきたことになる(!!)

 ツーシータのオープンカー、普段の生活には役立たない車に乗るようになったのにはいろんな理由がある。

その理由の一つにカーグラフィック誌との出会いがある。

 カーグラフィックは小林小彰太郎さんが二玄社で始めた雑誌である。

ロシナンテに乗るようになってこの雑誌を講読するようになった。

学生時代、自動車部にいたので乗ることは知っていたけれど、自動車のことを深く考えたことはなかった。

 そのカーグラフィック誌で時々印象的な記事を書く人がいた。

吉田匠(たくみ)、という珍しい名前のお方である。

この人のブロッグを最近知って、ふうてん老人日記の読者諸氏に紹介したくなった。

 吉田匠その人についてはブロッグのサイドバーの一番上の写真の下の(about)をクリックすると彼のプロフィールが出てくる。

 ふうてんにとって彼の書く記事や本を読むことは(車の楽しさ)を教えてもらうことだった。

彼が車を評価する基準はただ一つ(Fun to Drive)が満たされているかどうか、の一点にかかっている。

 前から気になっていたこの人に、10前くらい前、一度だけお会いする機会があった。

当時ふうてんはコンピュータの3Dグラフィックスに凝っていて、車の3次元のデータを持っていれば、インターネット上の雑誌で面白いことがやれるのではないかと考え、カーグラフィック誌と話してみたいなと思っていた。

 結局ビジネスには結びつかなかったけれど、ある日鎌倉大明神の知人の紹介で吉田匠さんと飲んで話す機会があった。

二玄社の話やカーグラフィックの話やベンツの話などなど、実に気さくに楽しく話してくれた。

 それから10年近くたって、ブロッグで彼に再会できた。

プロのモーター・ジャーナリスト、もっというとモーター・スポーツ・ジャーナリストのブロッグはやはり我々アマチュアのブロッグとはフィニッシュが違いますなあ。

 吉田さんの了解もとらずに、ふうてん老人日記の(お勧めサイト)に載せさせてもらうことにした。

TAKUMI YOSHIDA.log

(ふうてんアーカイブス)

2007 Fun to Drive 下北沢再録

3台のハーレー・ダビッドソンと仲良し3人組33  

 

 

 

 

 

 

 

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行こうか

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2007/08/19

2007・8・19 お盆も終わって篇

大学通りの夏Kumo_1 

 今年の猛暑はどうしたことなのだろうか。

東京では梅雨明けが7月末になって、曇り日が続き、決して暑くはなかった。

 梅雨があけた途端に、連日のように気温35度、湿度80%の日々。

それがもう3週間近くも続いている。

日本の中では40度を超えるところもあったと聴く。

 お盆休みの最後の日、ロシナンテで近くを一回りする。

夕刻5時近くにもなるとずいぶん日がかげるのだなあと知る。

空気も、熱い、というほどではない。

チャリに乗り換えて繁寿司へ向かった。

 道々、結局暑さを凌ぐだけの一週間だったなあと思う。

繁寿司からの帰り、風が少し涼しくなったようだった。

この3週間ほど暑さにメゲたのか、老齢のせいなのか、働くことのなかった(頭)が少しは働いてくれることを祈りながら、夜道をチャリで帰った。

レンタル・サーバのこと

 今まで使っていたサーバが不具合になって2か月ほどになる。

これ幸いと、(ふうてんアーカイブス)をさぼってきた。

しかしあまり甘やかすとロクなことはない。

 ビデオカメラ片手に取材する、ということは何がしかの効用もあるような気がしている。

何かを見る目を磨くことにはなる、ように思うのである。

何ぞ絵になるものはないかいな、という精神かもしれない。

 今までのレンタル・サーバ屋さんとは何度か質疑応答を繰り返している。

埒があかないので次なるサーバ屋さんでやってみようと思った。

アレコレの手続きがあり、使い方で(?マーク)が沢山出てきて、疲れる話ではある。

 しかし(この道はいつか来た道~)と口ずさみつつ何とか使えるようになった。

以前のサーバよりはユーザの多いサーバらしくホームページでの案内も充実している。

しかし、ユーザ数が多い分、アクセスして動画が動くまでの時間が長いような気もする。

(ふうてんアーカイブス)の動画は30秒とか1分とかお待ちして貰うかもしれない。

ふうてんの使っているNTTの光ファイバーでもそれくらいかかる。

京都五山の送り火

 16日にNHKがリアルタイムで中継をやった。

左右の大文字、船形、妙法、鳥居。

この日は都内の会合に出たので家人にビデオ録画してもらった。

 帰ってビデオで見て、はじめて知ったことが沢山あった。

解説者みたいな形で出ていた宗教学者の人が、今の形になったのは400年くらい前からなんです、と言ったように思う。

江戸幕府ができてからなのだろうか。

 信長の比叡山焼き討ちのようなことがあった時代は、こんなオットリとした祭は出来なかったろうなあ、と納得がいく。

ふうてんは学生時代、一度だけ大文字焼きを見る機会があった。

その年の夏、理由は忘れたけど夏休みに四国へ帰省しなかったのである。

 噂には聴いていたけれど京都の夏は耐えがたいものだった。

当時、個人の住宅にはまだクーラーとかましてやエアコンなんてものは殆どなかった。

クーラーなるものの冷たい空気は(喫茶店)と(デパート)に限られていた。

 北白川の下宿から大文字山はすぐ近くだった。

近過ぎて(火)が見えない。

そんな理由だったのだろうか、何故かその夜、近くのバス停からバスに乗った。

バスに乗ったとき、小さな女の子たちがユカタを着ているのが目にはいった。

ああ夏祭なんや、とその光景が妙に記憶に残っている。

 それでどこか五山が見渡せるようなところにたどりついた。

(う~ん、これを演出した舞台演出家は大したやっちゃなあ)

と感心した。

京都の、盆地である京都の、まわりを囲む山々に、形のある火をつける。

全く見事なものだった。

 この値打ちは一年前から予約しないと泊まれない、大文字が目の前に見えるホテルフジタの部屋からも味わえないよ、と負け惜しみを言っておこう。

ラガーマンと飲んだ

 9月に住大夫さんの公演がありチケットが取れたのでラガーマンと会った。

国立駅近くの(桜 さくら)で飲むのが定番となってきた。

生ビールとトンコツと焼きとり数種を頼んで話が始まった。

 この日はラガーマンが(人類の最大の発明はなんや思います?)と言ったことで話のテーマが決まったようだった。

(人類最大の発明云われても・・・時代にもよるし・・・)

とふうてんは言葉を濁した。

(それは文字やと僕は思うんです)

とラガーマンは言った。

 (文字)は発明やろか?文字以前のオーラルの(言葉)は発明とはちゃうんやろか?

確かに動物が文字を持っているというのは聴いたことがない・・・。

人類が動物と違うのは(文字)を発明した唯一の種族やからなのかしら・・・。

 ラガーマンはフリーランスの医事評論のライターとしてメシを喰ってきた。

ふうてんはやくざなコンピュータの仕事でメシを喰ってきた。

どちらも(言葉)と(人間)との関わりに大きな興味を持ち、多くの時間とエネルギーを使ってきた。

そんな二人が(文字)とか(言葉)とかに関して話し始めると・・・。

 9月に住大夫さんの(夏祭浪花鑑 釣船三婦内の段)を聴くとき、この日の会話を少し思い出しながら聴いてみたいなと思う。

(ふうてんアーカイブス)

2007 夏 国立

蝉しぐれSemi_1  

 

 

 

 

 

 

 

大学通りの夏Kumo_2  

 

 

 

 

 

 

 

国立駅よいずこに?

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2007/08/12

2007・8・12 蝉しぐれ篇

蝉は一人じゃないSemi 

 梅雨が明けたなと思ったらもうお盆休みが始まった。

お盆休み、という語感はやはり日々労働をしている者のものかもしれない。

藪入りとか節季とかいう言葉が昔はあった。

親元を離れて、どっかで働いていて、食べることが出来るだけで休みなんてのは一日もない環境で、盆と正月だけは故郷へ、親元へ帰ることを許された。

 今でもひょっとしたら似たようなものなのかもしれない。

お盆、正月の連休のたびに高速道路は長蛇の列が続き、飛行機、新幹線は満員になる。

都会で丁稚奉公している労働者たちが親元、故郷へ帰るのだろうか。

 そういう時代もあったなあ、と田舎出身のふうてんは思う。

伊予に両親が健在だったころ、盆暮れ、5月の連休、を利用して田舎へ帰ったものだった。

東京からだとどうしても飛行機になる。

高所恐怖症、閉所恐怖症のふうてんにとっては、高原がエコノミー症候群にかかったような、椅子に固定されて高いところを飛ぶ飛行機は苦痛以外の何ものでもない。

海外への(観光旅行)など、行きたいと思ったことは一度もない。

アメリカやカナダへちょくちょく行ったのは仕事のためだった。

 盆暮れは、その苦痛の飛行機のチケットを取るのも容易ではなく、日航の知り合いに頼んでチケットを手に入れたりしたこともあった。

それもこれも(労働者)というのは自由に休むことができない身だから、なのですね。

 今、伊予にはもう両親は無く、盆暮れの休みを楽しみにする(労働者)でもなくなった。

そういう人間にとって(お盆休み)とは何なのだろう?

盆休み返上で働いたこともあったなあ。

8月の半ばは年末商戦の為の半導体のFixの時期、このスペックで作って、という時期だった。

そういえば今年日本の半導体メーカはどこも夏休みなしで働いているという。

 暑いですなあと時候の挨拶しているのは、老人ばかりなのかもしれない。

老人になって本当に四季(死期じゃございませんよ)が分かるようになったのかもしれない。

2、3日前だったか、梅雨が明けた青空に浮かんだ真っ白な雲が本当に美しいと思った。

空を見上げてしばらく動けなかった。

(ふうてんアーカイブス)

2007 夏 国立の隠宅にて
 

マリリン・モンローのオニオン・グラタン・スープOnion_1

Onion_3 Onion_2 

 
 
 
 

コナラのドングリの子守歌は蝉の声Donguri_2_2 Donguri_1

 

 
 
 
 
蝉しぐれSemi_1_4
Semi_3_3 
 
 
 

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2007/08/06

2007・8・5 夏祭のころ篇

八王子祭りMatsuri 

 この一週間のうちに梅雨があけ、参議院選で自民党が大敗し、阿久悠がなくなった。

花火大会、盆踊り、夏祭が各所で行われている。

学生さんたちは夏休みにはいったらしく、朝夕の電車はいつも空いているようだ。

 東京では今年の梅雨は長過ぎたと思う。

長いというよりも遅過ぎたのだろうか。

たいていは7月20日ころ、というのが梅雨明けのはずである。

それが8月にはいってから初めてカミナリが鳴り、入道雲がでて、梅雨が明けた。

 昨日、八王子の知人に誘われて東京の西多摩地区(八王子)の夏祭を見てきた。

その知人は(八姫会)という女神輿の会の役員をしている。

甲州街道(国道20号線)を締め切って、通りに山車が出て、神輿が出て、踊りの列が続いた。

そこには故郷愛媛の夏祭とも違う、京都の祇園祭とも違う、国立の盆踊りとも違う、どこか(鉄火)な雰囲気が漂っていた。

この(鉄火さ)は何なんだろう?

などと考えているうちに、勧められるままビールを飲んで、めまいを覚えつつ、ビデオ・カメラを回し続けたのだった。

参議院選挙のもたらすもの

 小沢一郎という人は橋本龍太郎との二枚看板で田中角栄内閣を支えた人ではなかったろうか。

(支えた)ということはあらゆるダーティ・ワークをやったはずである。

そういう存在は組織活動で必須なことを、ふうてんも企業勤め35年の中で少しは知っている。

 ダーティ・ワーク=悪いこと、とはふうてんは思っていない。

あることを成し遂げるとき、かならず影の部分がある。

その影の部分を(主役)にやらせるわけにはいかない。

小沢一郎氏は、さて、首相になるのだろうか?

 ケンカをするときの要諦は(相手のアキレス腱)を知ることだとふうてんは思っている。

表面的に見える力の強弱だけでケンカが決まるのではない。

今、戦後60年以上たって、自民党はアキレス腱オンパレードになってしまった。

この流れはもう元には戻せないだろう、とふうてんは思う。

 どっかのテレビ番組で(日本人も、今までの投票活動間違ってたのじゃないか)と気づき始めたのとちゃいますかねえ、と言った人がいた。

その通りだとふうてんも思う。

阿久悠が死んだ

 この作詞家は5000曲の歌に歌詞をつけたという。

初めてのヒット作(また逢う日まで)は1971年3月に尾崎紀世彦の歌でリリースされた。

当時結婚したばかりのふうてん一家にそのレコードがあった。

あれは女房が買ってきたに違いない。

 1971年?

もう36年も昔の話になる。

今はもう阿久悠の歌は若い人には知られていない、とも聴く。

 彼は言葉の人だったと思う。

言葉を(歌)という形で表現した人だと思う。

 もともと言葉が使われ始めたとき、それは(歌)という形をとっていた、という説がある。

阿久悠という作詞家はそのような人間と言葉との係わりを考えさせてくれる作家だった。

ジュリー沢田研二の(時の過ぎゆくままに)とか森田公一の(青春時代)とかは音楽ビデオをパソコンのデスク・トップに登録して今でもちょくちょく聴いている。

(ふうてんアーカイブス)

2007夏 八王子祭り

八姫会(女みこし)世話役Hachihime_1 

Hachihime_2Hachihime_3






バナナの叩き売りBanana_1 
Banana_2 






津軽三味線Shamisen_1 

Shamisen_2Shamisen_3   






和太鼓・祭座Taiko_1 Taiko_2






八王子音頭?Odori_1  Odori_2

 


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