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2007年7月に作成された記事

2007/07/30

2007・7・29 どうやら梅雨も明けたらしい篇

 今日は選挙の日だった。

午前中は蒸し暑く、とても出かける気にならない。

昼ころから大雨となった。

(これで少し投票率下がるかなあ?)

(夏休みになって、梅雨の雨が続いて、下がるかもねえ)

などと女房と話し、選挙へは夕方行くことにする。

 日曜日の昼飯の定番である中華丼を食べて昼寝をする。

夕刻、雨もあがりいい気温になったのでチャリで近くの中学校へ投票に出向いた。

投票が終わって帰りながら、

(せっかく服を着て出向いてきたのにすぐに帰るのは勿体ないなあ)

(書簡集へ寄ってくる?)

(今からギョーザ、ワンタンを食べに、はないよなあ)

(うん晩御飯はもう用意しちゃった)

 それで書簡集へ向かった。

マスターと選挙のことをアレコレ評定する。

今回の参院選についてマスターは前から、

(自民党の惨敗でしょう)

と言っていた。

ふうてんは、

(日本人は保守的やからねえ)

と少し懐疑的だった。

 マスターは競馬の予想をよく当てている。

(マスターの予想は当たるからなあ、選挙もマスターの勝ちかなあ)

(それが、今年は競馬サッパリだめなんですよ)

(ええっ?ダメなの?)

やがて店の外から雨の降る音が聴こえてきた。

ドシャブリになりピカッと光り、ドシ~ンとカミナリが落ちた。

(マスター、やっと梅雨が明けそうやね、こうこなくっちゃ、もう一杯ちょうだい)

 雨はなかなかやまなかった。

ビールのあとウィスキーを飲みモカ・マタリを飲みまたウィスキーを飲んだ。

いつまでもやまないのでビールに戻ったりもした。

やがて雨の中、濡れながらチャリで帰宅した。

 テレビをつけると民主党の大勝が報じられていた。
すぐにマスターに電話した。

(マスター、自民党惨敗というマスターの予想当たっているよ、何で競馬はダメなんやろね?)

(いえ実は昨日は取ったんです)

・・・・

 やっぱり書簡集マスターどのの(予想)は当てにした方がよさそうで・・・。

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2007/07/22

2007・7・22 梅雨明け間近篇

 今日は雲間に太陽がチラリと姿を現した。

まだ梅雨は明けてはいないけれど、もう夏の気配がし始めた。

夕刻繁寿司へチャリで向かうときも心なしか風が爽やかだった。

 サーバの不調にかこつけてビデオで取材するということをやめている。

ブロッグをやり始めて2年半、写真やビデオのない記事を書くということがこんなに気楽なものだったのか、と、本人としてはなかなか悪くない気分ではある。

 ブロッグを始めるきっかけともなったMuBlog、JoBlogのご両人も付き合ってくれているかのように珍しく写真なしの記事を書いておられる。

写真がないときの記事は心が内へ向かっているのだろうか。

ご両人とも、子供のころのことを思い出したり、恥多き青春時代のことを思い出しつつ、それにしてもこの頃の加齢ぶりは甚だしい、とか嘆いておられるのがまことに愉快ではある。

 ふうてんなどもいちいち書かないけれど、加齢ぶりにはたまに嫌になる。

朝出かける支度をしていて、携帯電話を忘れないように、と充電している姿を見て、顔を洗ったりなんかしているうちに、ほかに気になることができて、さて出かけて今何時だったっけと時計がわりの携帯電話を見ようとして、忘れてきたことに気がつく。

 こんなことが何度も続くようになった。

最近、一つの対策を思いついて、まずまず成功しているのでそれを紹介しておきたい。

抜いたら殺せ

 えらい物騒なセリフなのだけれど、これがこの頃毎日のように唱えている(物忘れ対策)の呪文なのである。

 このセリフはジョン・フォードの名作(荒野の決闘)の中に出てくる。

保安官ワイアット・アープと敵対する地元の何とか兄弟の一家。

それの父親(ボス)が、息子がワイアット・アープが丸腰だったから撃たなかったと引っ返してきたとき、ムチでどやしつけて、叱るのですね。

(抜いたら殺せ)

と。

 日本語では(止めを刺す)という言い方になるのだろうか。

あることをしようとして、例えばいまから出かけようとして、シャツのボタンをかけ忘れていた・・・それはまずい訳ですね。

ある行動を起こすときは(完結させろ)ということなのでしょうねえ。

 物騒だけど、最近このセリフが気に入っている。

サッカーにおけるとどめとは

 JoBlogで昨日のオシムジャパンの解説をしてくれている。

ふうてんもNHKのBS1で最初から最後まで見た。

高原と川口の活躍があり最後の中沢の一ケリで勝利することができた。

ギリギリ一点差の戦いが本当のプロの戦いだと言った先輩のことを思い出していた。

プロの戦いには(断トツの勝利)はないのだ、と。

 昨日はたまたま女房も後片付けを済ませて最初から見始めたようだった。

途中でコチラはウィスキーを飲むために自室に移り、NHKのアナウンサーがうるさ過ぎるので音を消して見ることにした。

あとで女房に聴くと、PK戦になったとき見てられないので下へ降りて洗い物かなんかして上がってみると川口くんが嬉しそうな顔をしていた、という。

オシム監督も女房と同じようにPK戦は怖くて見られなかったらしい。

 サッカーというゲームのルールはまことに良くできていると思う。

前半、後半45分づつ戦う。

決着がつかなければ15分、15分の延長戦。

それでもダメなら5本、5本のPK戦。

今日繁寿司で聴くと、それでもダメなら次はサドンデス、PKを先に決めた方が勝ちだという。

もうその時は(表裏)はない。

 今日の朝のテレビで川口のPK阻止の秘密を解説していた。

左か右に飛ぶとき、彼は一歩踏み出してから飛んでいるらしい。

その最初の一歩は頭からの指令ではないという。

相手の動きを目で見て頭で判断して動こうとすると、そうはいかないとか。

川口はそれを今までの経験、練習で体得したに違いない。

オシムの言う(PK戦は偶然だから)というのとは違うとテレビの解説者が強調していた。

 確かにビデオで見せてくれたけど、最初の一歩があってから飛ぶものだから川口の守りはゴールポストの外まで飛んでいた。

相手のオーストラリアの名キーパーはゴールポストまで飛べず、同じようなコースの中村俊輔のPKがキーパーとゴールポストの間に納まっていた。

 サッカー・・・野球も何も(球技)というのは全てそうなのかもしれないけれど、一点を争うスポーツ。

最後の一点でとどめを刺す。

そういう仕事でメシを喰っている人たちはコチラとはずいぶん違う人生観で生きているのだろうなあ。

そんなことも考えさせられた。

(ふうてんアーカイブス)

 奈良ホテルから(草枕)という案内状が来た。

2、3年に一回くらいしか行っていない客にも年に何回か送り届けてくる。

2009年に創業100年になるという。

奈良ホテルのホームページをお勧めしたくなった。

奈良ホテルトップ

草枕

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2007/07/16

2007・7・15 降り籠められて篇

 遅ればせながら梅雨らしい日々が続く。

日記を見直すと、先週も全く同じ書き出しだったようだ。

ということは2週間ほどこんな天気が続いているのだろうか。

 天気予報で土、日に台風が来るというので週末は家に籠もろう、と思った。

籠もるためには欠かせないものがある。

それを金曜日に仕込んで、長期戦に備えた。

念の為に金曜日、書簡集に寄って(カフェイン)も予め注入しておいた。

 籠もるとなるとテレビを見るか音楽を聴くか本を読むか酒を飲むか。

それに加えてこの頃はインターネットという社会への窓がある。

雨で家の窓は締め切っていてもこれだけは開いている。

テレビと違ってコチラの好きなものをアレコレ注文することができる。

 まずは(アメリカ文化センターの図書室 別名ユー・チューブ)を訪ねることにした。

ジャズである。

マイルス・デイビス、デューク・エリントン、セロニアス・モンク、などなど。

いずれも故人になってしまったけれど、その映像と音が残っていて今でも現役のときと同じように接することができる。

1969年のデューク・エリントン・オーケストラの(Take The A Train.)もある。

京都で、平安神宮近くで聴いたときのエリントンの数年後の姿だった。

 テレビも結構楽しませてもらった。

金曜日はオシム・ジャパンの高原のシュート。

この人は前から期待しているのだけどエコノミー症候群になって以来波乱が続いている。

ストライカーらしいストライカーがいないオール・ジャパンにとって貴重な存在だと思う。

3年後のワールドカップまでケガをせずに頑張って欲しいと思う。

 土曜日には、夜更けに何気なくテレビを付けると(コンバット)をやっている。

去年当たりから、かってのヒット作、ローハイド、コンバット、逃亡者をやっている。

そういえば今日は逃亡者でいよいよ片腕の男との対決ではないか、とビデオをセットする。

(・・・年9月2日 この日逃亡の旅は終わった)

のナレーションでこの番組は終わった。

 ローハイド、コンバットもいいけれど、ふうてんは(逃亡者)が好きだった。

もう再放送されることはないかもしれない。

一応今回10本ほどはデジタル録画したけれど・・・・。

(本当はふうてんが一番好きだったのはロバート・スタックがエリオット・ネス役を演じたアンタッチャブルなのだけどそれは再放送されなかった)

 日曜日にはさっきNHKのハイビジョンで(エデンの東)をやっていた。

半分くらい過ぎていたのだけれど、例の(観覧車)のシーンから見ることができた。

テーマ・ソングが流れ、二人が思わず・・・のシーンである。

還暦老人となってもこのエリア・カザン演出のリリシズムには年齢を忘れさせられる。

 テレビでもインターネットでも伝わってくるのはアメリカ経由のものばかり。

ヨーロッパやロシアやアジアやアフリカやらは一体どうなっているのだろう。

インターネットも道半ば、なのかも・・・。

 仕込んだジョニー・ウォーカー黒ラベルを飲み干し、キャメル・フィルターを5箱ほど開け、エビスの小瓶を何本か飲み、宇治茶をガバガバ飲んでこの鬱陶しい梅雨と台風の(雨の休日)を楽しむことができた。

今日、日曜日の夕刻、一瞬太陽が射した。

明日はおそらく朝から晴れているのだろう。

 ロシナンテに一鞭くれることになるのだろうか。

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2007/07/09

2007・7・8 七夕だとか篇

七夕?(朝顔市でカメラマン助手撮影)P7072339_1

 

 梅雨らしい曇天の日々が続く。

夕刻、昼寝から覚めて一週間ぶりにロシナンテに一鞭くれた。

これはもう休日の儀式のようなものになっていて、まずネコちゃんたちの毛を払う。

そして積り積もったホコリを払う。

しかる後に、ボンネットを開けてバッテリー・コードをつなぎ、接点をコンコンとスパナで叩いて接触を良くする。

セルモーターを回しつつ、アクセルを百回ほど煽ると、やがてブルルルルンとエンジンが掛かる。

 まず桜通り、そして大学通りを流す。

ローで4000回転くらいまで引っ張る。

セカンドでも4000回転くらいまで回す。

サードに入れようとするとき、もう次の信号である。

ロシナンテはセカンドからサードのギア比の具合がまことによろしいと思う。

エンジンのパワーとコチラのコントロール感がピッタリと合う。

今は出来ないけれど、ロシナンテでセカンドとサードを使ってワインディングロードを登り下りするのは(車)を運転する快楽の最上のもの・・・だったとふうてんは思う。

 ロシナンテを納めてチャリで繁寿司へ向かった。

(雨が降るのかなあ?)

(短いソデの服を着たので降ると困るかもね・・・でも近くだからいいかあ、濡れても)

(そうやは、降れば濡れるだけのことよ)

・・・・。

瞳さんと

 繁寿司には山口夫人と岩橋女史がいた。

岩橋さんがいるとき、山口夫人はまことに楽しそうである。

物書きの女房どのと女流物書きどのとの会話はいつ果てるともしれない。

今夜の話題は最近出版された山口夫人の(瞳さんと)を中心に展開したようだった。

このお二人と繁寿司でお会いするようになってもう何年になるのだろうか。

少なくとも20年はたっていると思う。

今日は瞳さんが好きだった(しんこ)が出た。

新子?と書くのだろうか、夏のこの季節、一瞬だけ現われるというやつ。

(1万円ですよ)

と繁さんが言った。

そしてすぐあとに(冗談ですよ)といった。

 今年の8月には山口瞳さんの13回忌を迎える。

合わせた訳ではないだろうけれど、夫人の(瞳さんと)と同時期に息子さんの(山口瞳の行きつけの店)が出版された。

この2冊の本を読むことは、我々(瞳さん)ファンたちは無条件に嬉しいのである。

そういう魅力を持っていた人だと思う、山口瞳さんは。

 (江分利満氏の優雅な生活)

このネーミングの妙に(山口瞳)の本質が表れているように思えてならない。

エブリマンというのはもともと英語ではなかろうか?

普通のサラリーマンが優雅な生活をできるのだろうか?

・・・・・。

心を開いて見れば、上もない下もない、東洋もない西洋もない、男もない女もない、みんな生きてるんだよね、平等さ、だから差別なんてしちゃあいけないんだ、そして出来れば優雅に振る舞おうね、みんなスターなんだよ、それらしくやろうよ・・・。

 山口瞳という人はそういうことを一貫して言い続けた人だと思う。

繁寿司でお会いするとき、全く対等な人間同士としてフランクに付き合ってくれた。

一度など府中競馬場を一日案内してくれた。

上もなければ下もなかった。

それは最後まで微塵も揺るがなかった。

六本木ワインガーデン

 風雪梅安一家がプラスα(一人の女人)とともに六本木に集結した。

前回京都で会ったのは2年前だったろうか、3年前だったろうか定かでない。

風雪梅安一家の構成は以下のようになっている。

(彦次郎・・・・・ふさ楊枝づくりの名手、吹き矢を得意とする。別名Mu)

(小杉十五郎・・・剣道の達人、真面目、不器用、おそらく血液型はA型。別名JO)

(藤枝梅安・・・・真面目?ではない、人目につかず人を殺す、殺し技は謎、別名ふうてん)

 我らが六本木ワインガーデンの隣の(防衛庁跡地)に東京ミッドタウンというとんでもないものが出来た。

ホリエモンで話題となった六本木ヒルズよりも何メートルか高い建物が建ったという。

 彦さんは京都で女子学生たちを教え続けている。

JOさんはベトナムから帰って日本で次なるビジネスに着手した。

ふうてんは武蔵野の、多摩の奥地で逼塞している。

妙なもの同士の一家が六本木でワインを飲んだ。

 今回みんなとあって、

(風雪梅安一家)がそのうち(風雲梅安一家)となるかもしれない、と思った。

重ね、蓄積するものよりも変化の気配を感じたのである。

池波正太郎の名作(仕掛人・藤枝梅安)の最高傑作は(梅安乱れ雲)ではなかったろうか。

風雪よりは風雲でありたいなあ。

(梅安乱れ雲)で最後に梅安が一人で神田明神下の敵の宿屋に向かうシーンがある。

アレコレ秘術を尽くして用意して仕掛けをやる梅安が、今回は衝動的に一人で何の用意もせずに手強い敵に立ち向かう。

 実際の人生は小説のようにはいかないけれど、

(江分利満氏の優雅な生活)

と考えようと、

(梅安乱れ雲)

と考えようと(読者の勝手)なのではありますまいか。

(ふうてんアーカイブス)

2007 7月 六本木ワインガーデン

東京ミッドタウンMidtown_1  

Midtown_2  

 

 

 

 

 

 

Midtown_3Midtown_4  

 

 

 

 

 

  

ワインガーデンMaster_1

Taky

Winegarden

 

 

 

 

 

 

 

彦さんHiko_1

Hiko_2

 

 

 

 

 

 

  

JOさんJo_1

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2007/07/01

2007・7・1 ジャパン・シンドローム?篇

あじさい?ではないらしい

(近くの家でカメラマン助手撮影)P5030113_2


 7月になった。

今週は雨が殆ど降らず、梅雨のころ独特の蒸し暑さがひどかった。

全くこの時期は過ごしにくい。

早く大雨が降り、カミナリが鳴って、真っ青な空に真っ白の入道雲が出てほしい。

 不快指数100%の一週間が終わり、週末に書簡集へ寄った。

(秋川はよかったよ)なぞと世間話をするうち、珍しくマスターが年金問題と食肉偽装問題の話を始めた。

いろいろ話すうち、(チャイナ・シンドローム)という映画の題名を思い出していた。

この半年ほどの日本でのいろんな困ったニュースはシンドローム(症候群)とでも言うしかないのではあるまいか?

 帰ってグーグルに(チャイナ・シンドローム)と聴いた。

いきなりウィキペディアの(炉心溶融(ろしんようゆう、メルトダウン))という言葉が飛び込んできた。

そのあとに、

チャイナシンドロームとは、もし、アメリカの原発で事故が起こったら、核の暴走に伴う超高熱が原子炉を溶かし、地中を溶かし、地球の内部を貫き、そしてついにはアメリカの裏側の中国へ到達するだろう、という冗談から産まれた言葉である。
と続く。

 炉心溶融、メルトダウン・・・う~ん、おそろしい言葉だけど今の日本はこれかなあ・・・。

シンドローム[syndrome]症候群.
原義は医学用語で,同時に発生した一連の症状を総括的に表す名称.

とも、ニフティの(コンサイス カタカナ辞典)は教えてくれる。

 何か日本では今中心部分が溶けかかっていて、いたるところ似たような一連の症状が起こっている。

チャイナ・シンドロームならぬジャパン・シンドローム。

五輪真弓の(恋人よ)じゃないけど(冗談だよと 笑ってほしい)で済めばいいのだけれど・・・。

衣食住ということ

 今のジャパン・シンドロームは我々の生活の全ての部分に関わっているように思う。

ずいぶん前に生活の基本である(衣食住)のことに触れたなあと古い日記をたどってみた。

2000年5月5日 衣食住篇の中にこんなことを書いている。

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フッと(衣食住)という言葉を思い出した。
最近はこの言葉は死語になったようであまり聞かない。
衣も食も住も(あることが)当たり前になったので話題にならないのだろうか。
それも考えてみれば妙な話だな、と思った。

 (衣食住)に関する渇望が戦後の日本の高度成長を支えたことは間違いない。
高度成長期が終焉したと言われる今、その渇望して手に入れたはずのものが(どないなっとんや?)と検証してみるのも悪くはないのではなかろうか。

ないよりはまし、ということは認める。
でもどういうものがあるのか、どうあって欲しいのか?の問いは小さくなるばかりだ。

 特に食に関して今の風潮はふうてんには非常に嘆かわしい。
食料の70%も80%も輸入に頼っている日本ではやむを得ないのだろうが、食材がどんな風に作られ、それがどのように調理されて食事出来るものになっているかの過程を知ることなく最終的な形になったものをお金で買って食べる。
スーパーやコンビニの弁当や自動販売機のあらゆる飲み物がその典型だ。
どうもこの食に関する(効率化)というのは何だか不気味である。

 連休中にバスジャックという日本では珍しい事件があった。
ハイジャック、ピストルというハイカラな趣味ではなくバスと包丁である。
この頃の日本では17歳になると包丁で人を殺したくなるらしい。
昔フランスでアンファンテリブル(怒れる子供たち)という言い方がはやった。
それを思い出させる。

 この若い子たちの(衣食住)はどうなっているのだろう?
そんなことを考えさせられた。

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(ふうてんアーカイブス)

2007年 7月 サーバ不調につき

 2007年6月29日からビデオを載っけているサーバが不調になった。

それを口実にしばらく(ふうてんアーカイブス)は休館、悪しからず。

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