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2007年4月に作成された記事

2007/04/29

2007.4.29.ゴールデン・ウィークにバッハも悪くない篇

コナラの花?Hana_1  

 ゴールデン・ウィーク。

若いころ、この5月の連休は嬉しいものだった。

会社勤めというのは会社へ行くことが一つの仕事となっている。

年次休暇が20日あっても40日あっても続けて休むことは難しい。

盆暮れとこの5月の連休、それのみが勤め人に許される(連休)だった。

 5月の連休が始まって、さて今年はどうしよう?と昨日の土曜日、今日の日曜日、朝からビールを飲んで思案しているのだけどいい案が浮かばなかった。

今朝、10チャンネルのサンデー・プロジェクトが詰まらないのでNHKのBS-hiにするとバッハのチェンバロが聴こえてきた。

 平均律集やイタリア組曲などもバッハはチェンバロで弾いていたという。

番組に出たチェンバロ奏者の解説によると、バッハは人並みすぐれたチェンバロ奏者で、何よりもメロディが素晴らしい、楽譜も絵のように美しい、という。

バッハと奥さんの自筆の楽譜も映されたけど確かにきれいだった。

バッハ一族みなそういう楽譜を書いていたという。

 5月の連休にバッハを聴き直すのも悪くないなあ。

そんなことを考えつつ今日は昼間家を一歩も出ず、なが~い昼寝を楽しんで夕刻チャリで繁寿司へ出向いた。

 奈良から帰って来た新聞屋のヤマちゃん夫妻と山口夫人がいた。

そのうち宣伝屋のハナちゃん夫婦が来た。

やがて死線をさまよって帰還したマスオちゃんがナースに伴われて来た。

そのすぐあとにカメラマンのムラちゃんもきた。

これで全員そろった。

繁寿司のカウンターは珍しく一杯になった。

 繁さんがギターを習い始めたという。

パソコンを習っていて、水泳を習っていて、かつまたギターを??

女房が聴いた。

(シゲさん、女の先生ですか?)

(もぐもぐもぐもぐ・・・)

 これはまことにいい質問だった。

みんなから集中砲火を浴びて、シゲさん最後に言った。

(今日の勘定は倍だ~ッ)

(ふうてんアーカイブス)

2007 4月 国立のウグイス

大学のウグイスDaigaku_3  

 

 

 

 

 

 

 

家のコナラHana_s1  

 

 

 

 

 

 

 

Hana_s2  

 

 

 

 

 

 

Hana_s3_1

 

 

 

 

 

 

 

ウグイスは鳴き交わしヒヨドリは巣作りHiyodori_s1  

 

 

 

 

 

 

 

シロは相変わらず呑気なもの

昼寝から覚めて

ゴハンは?Shiro_s1  

 

 

 

 

 

 

 

Shiro_s2  

 

 

 

 

 

 

Shiro_s3  

 

 

 

 

 

 

Shiro_s4  

 

 

 

 

 

 

Shiro_s5  

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2007/04/22

2007.4.22.ロシナンテのクラッチが直った篇

国立技工さん兄弟1  

 今年の気象異常は何とも不思議なケースだと思う。

温暖化という一方向ではないので始末が悪い。

冬の戻り、とかいう聴き慣れない言葉をNHKが使っていた。

 この2週間のうちに気温が20度ほど上下した。

雨が降ったり太陽が照ったり、湿度もめまぐるしく変わった。

コンピュータは0℃~40℃の温度試験をする。

湿度も何度だったか忘れたけど上下して試験する。

これを業界では(温湿度試験)という。

上下を何サイクルか繰り返すので(温湿度サイクル試験)ともいう。

どうもこのところ人間様がその試験を受けているようだ。

 先日の新聞に(ライフ誌来月廃刊)という記事があった。

(ライフ誌)は視覚型と言われるふうてんなどにとっては最も魅力的な写真週刊誌だった。

記憶はもうかなり昔のことになるけれどいろんな写真がクッキリと焼きついている。

 ケネディ一家の写真がまず印象に残っている。

その後ふうてんはやはり映画俳優を扱った号をよく買った。

ジャンヌ・モローやリチャード・バートンの特集などは映画写真集にはない魅力的な写真があって宝物のように東京まで持ってきたのだけど散逸してしまった。

 記事によると1936年週刊誌として創刊され、写真家ロバート・キャパらを生み、1978年からは月刊誌となり、2000年からは無料の新聞折り込み週刊誌になっていたという。

インターネットの時代に(写真週刊誌ライフ)の生きる余地はなかったのだろうか。

 1936年創刊のライフ誌が廃刊した。

 1946年生まれのふうてんは還暦を過ぎた。

1968年生まれのロシナンテはどうしているのだろう?

クラッチが抜けて

 3月11日の記事にロシナンテのクラッチのことを書いた。

クラッチの油圧系がイカれて、数日踏まないでいるとスカスカになっていた。

今のオートマチックのクルマに乗っている人にとっては(クラッチ)と言っても分からないかもしれない。

 3月末ころ国立技工さんに来てもらってロシナンテを牽引して連れて帰ってもらった。

(牽引)という言葉も今の若い人には分からないと思う。

列車とか自動車とかが動けなくなって引っ張ってもらうことを(牽引)という。

 それから2、3日して、外出して家へ帰ったらもうロシナンテが戻っていた。

いつもながら国立技工さんのやることは早い。

やれ嬉しやと服を着替えてロシナンテのエンジンをかけた。

 バックで車庫から出ようとするとハンドルがやたらと重たい。

重たいというよりほとんどロック状態だった。

乗ったときにパンクしているかどうかは車体の傾きで分かる。

そうではなかったので不思議だった。

タイヤがパンクして

 降りて確かめるとやはり右前輪が半分くらい空気が抜けていた。

パンクにしては中途半端な抜け方である。

何とか車庫に戻して技工さんに電話して来てもらった。

(う~ん、変ですねえ僕が乗って来たときは何ともなかったのに)

(少しづつ空気が漏れている、と)

(やはり耳の当たりが・・・アレッ、とれちゃった)

・・・

(もう今はチューブレス時代なのでこのタイヤのチューブはないかもしれませんねえ)

(この車に合うチューブレス・タイヤはあります?)

(ええありますよ、アアもうタイヤにヒビがはいってますねえ、やはり4輪とも換えた方が・・・)

(4輪ですかア?ボクは傘張り浪人しているんだけど・・・)

(とりあえず前輪の2つにしておきましょうか)

 ロシナンテはクラッチが直って、タイヤも新調して気分よく走っている。

やはりもう遠乗りはやめた方がよさそうである。

国立の半径2Km以内を流す今の乗り方がもっともふさわしい。

(ふうてんアーカイブス)

2007 4月 ロシナンテ入院

技工さんはもぐって応急処置を試みた

S_1  

 

 

 

 

 

 

ベンツに牽かれて連れていかれた

S_21  

 

 

 

 

 

 

S_22 

 

 

 

 

 

 

遠くの方で相談事がS_31_1  

 

 

 

 

S_32_1  

 

 

 

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2007/04/15

2007.4.15.新芽の季節になった篇

裾野小川別邸からの富士山Uguisu_31_1

 4月の半ばにはこんなにも明るくなるのだろうか。

先週当たりから何となく気分が明るくなり、何もないのにどうしてなのだろう?と考えて、ああそうだ太陽が高くなって光の具合が変わったんだと気づいた。

 歳をとると光を多く必要とするものらしい。

(もっと光を)とゲーテだかトルストイだかが臨終の床でのたもうた、という話は前から聴いていた。

そういう年齢に近づいて、なるほど、なるほど、と納得している。

 今日は朝、チャリで国立の新芽の具合を確かめに出向いた。

通りに出ると何だか騒がしい。

選挙戦のラウド・スピーカーの車たちがウロウロしているのだった。

この風景はまことに滑稽で、こんなのは日本だけではないのかしら、と笑いを抑えられなかった。

 昼間、今度はロシナンテで新芽の国立を一回りした。

4月から5月にかけてがロシナンテと走る一番いい季節だと思う。

空気が冷たくもなく熱くもない。

服を着ているのか着ていないのか意識しなくてもすむ季節。

 夕刻ふたたびチャリで繁寿司へ出向く。

山口夫人と豊田さんが来ていた。

夫人から息子さんの(山口瞳の行きつけの店)をプレゼントされる。

日刊ゲンダイに連載されていた息子さんのエッセイが本になったのである。

カエルの子はカエル、なのですね。

息子さん、この頃なかなかいい味を出してきた。

志ん生に江戸弁をみた

 このところ古今亭志ん生の(志ん生の噺①~⑤)を楽しんでいる。

古今亭志ん生の落語を筑摩書房が(ちくま文庫)にした。

落語を文庫本で読んでどうすんだ?という向きもあると思う。

しかしこれが実におもろいのですな。

1.志ん生滑稽ばなし

2.志ん生艶ばなし

3.志ん生人情ばなし

4.志ん生長屋ばなし

5.志ん生廓ばなし

の5冊。

 同じちくま文庫で(なめくじ艦隊)と(びんぼう自慢)というのもある。

これらのどれもおもしろい。

何となく江戸弁、洒脱な江戸弁という、独特のリズム感があるのですな。

話の内容はそれはもう洗うが如き貧乏物語、死ぬか生きるかのギリギリの生活。

それを志ん生が語ると何ともいえない味が出てトボけたようなホンワカとした話になってしまう。

裾野小川別邸でハワイアン?

 先週の土、日、裾野小川別邸で恒例のワインの会があった。

まだ桜も咲いていなくて、新芽も吹いていなくて冬枯れ状態だった。

しかし新雪を加えた富士山は見事だった。

ウグイスたちは当たりを支配してさえずりまくっていた。

 鎌倉大明神がホセ・ラミレスを持って来てくれていた。

このギターは(当たり)だったのではないだろうか。

弾むような歯切れのいいサウンドで我々をウットリさせてくれた。

 終わりの方で(ハワイアン・ウェディング・ソング)と(ブルー・ハワイ)を歌ってくれた。

(ふうてんアーカイブス)でその模様を報告する。

4月の黒澤映画は(用心棒)と(椿三十郎)だった

 黒澤明全作品上映会も丸一年となった。

5月の(赤ひげ)までだとふうてんは思っている。

それ以降の作品は、見るのがちょっと辛いから。

(用心棒)を久しぶりにスクリーンで見た。

モノクロのワイド・スクリーンをフルに使った宮川一夫のカメラが素晴らしい。

佐藤勝の音楽とこのカメラ、そして油の乗り切った三船敏郎。

 ふうてんの映画好きな弟は(僕は用心棒が一番好きだ)といっている。

何だか分かるなあ、と思った。

この(用心棒)はそれまでの黒澤映画にありがちな(テーマ性)というのが微塵も感じられない。

娯楽に徹した作品に仕上がっている。

映画という手法を使ってどこまで面白いことがやれるか?

それを黒澤明は(形)で示してくれた。 

(ふうてんアーカイブス)

2007 4月 裾野小川別邸

富士山とウグイス

新雪を加えた富士山Fuji_3  

 

 

 

 

 

 

 

御殿場高原ビールとウグイスUguisu  

 

 

 

 

 

 

 

鎌倉大明神劇場   

体操選手Kamakura_1_1  

 

 

 

 

 

  

ブルゴ~ニュのワインはKamakura_2  

 

 

 

 

 

 

 

植木等先生Kamakura_3  

 

 

 

 

 

 

 

植木等とマルチェロ・マストロヤンニKamakura_4  

 

 

 

 

 

 

 

ハワイアン・ウェディング・ソングKamakura_5  

 

 

 

 

 

 

 

ブルー・ハワイKamakura_6

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2007/04/09

2007.4.8.今年もウグイスが来た篇

コナラKonara_0  

 桜が散って木々は一斉に新芽をふき始めた。

桜狂想曲の次は新芽の競演となる。

さくらが口火を切った花たちもこれからいろいろ咲いて楽しませてくれる。

天気がよく風のない日に国立をチャリで流さない手はない。

 今年も隠宅にウグイスが来てくれた。

マンションが次々に建つようになったとはいえ、国立にはまだ緑が残っているのだろうか。

隠宅の回りもこの10年でずいぶん緑は減った。

東西南北の3方向で家が建て替えられ、その度に木は減って行った。

それでも東側にこんもりとした木々が残っていて、ウグイスはそこを頼りに来てくれているようではある。

 毎年2~3週間、朝の一時来て、さえずりの練習をしていなくなる。

以前は夕方近くまでウロウロしていることもあったようなのだけど、この頃は朝だけに限られるようになったようだ。

 週末に裾野小川別邸へ行った。

ウグイスの声が支配していた。

アチラコチラと鳴き交わしていた。

国立で練習していた連中も今は山の方へ移っているのだろうか。

 今回は国立の隠宅でのウグイスとコナラの新芽を報告する。

裾野でのウグイスの報告は来週に。

(ふうてんアーカイブス)

2007 4月 国立のウグイスとコナラ 

 

一瞬姿を見せてウグイスは消えたUguisu_2 

 

 

 

 

 

 

 

 

Konara_2_2

 

 

 

 

 

 

 

 

Konaea_3 

 

 

 

 

 

 

Konara_4_1 

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2007/04/02

2007.4.1.桜満開につき篇

国立のソメイヨシノSakura_d1  

 夕刻、チャリで穏やかな空気の中、繁寿司へ向かう。

風がなくて天気がよくて温かい。

いろいろ心配させられた今年の桜も今日日曜日に満開を迎え天気もよく何よりだった。

 山口夫人が来ていた。

お互いに行けないときがあってお会いするのは一ヶ月ぶりくらいだった。

息子さんがアルトサックスを吹いている写真を見せてくれる。

ある音楽雑誌の(めざせデスモンド)という表題の記事であった。

どうやら息子さんはポール・デスモンドが目標のようである。

写真で見る限りかなり様になっている。

(いい線いってそうじゃないですか)

(あの子は形からはいるのよね)

と夫人は笑った。

 今週、いや先週の末あたりから国立でも桜が咲き始めもう盛りは過ぎようとしている。

桜とは全く見事な花だと思う。

今年は寒いのだか温かいのだか分からない、季節感のないまま過ごした変な冬だった。

その冬にハッキリともう春になったのだよ、とケジメをつけてくれた。

これでやっとああもう4月なんだ、今年度も始まるんだ、ボヤボヤできないゾと吹っ切れる。

桜は花をつけ(形)で示してくれるのですね。

誰が見てもハッキリと分かる形で。

国立の桜狂想曲

 毎年この日記に書きつづけているけれど、国立には桜が多い。

80年ほど前に武蔵野の原野を切り開いて町を作ったとき、10年後くらいに今の天皇陛下がお生まれになった。

それを記念して通りやら学校やら公園やらに桜の木を植えたようである。

 ソメイヨシノが多く、樹齢70年となるとこの品種としては(老木)と言われている。

大木となった連中が数日のうちに一斉に花をつけ思いっきりの舞台を演じてコチラを惑わせる。

役者よのうと言いたくなる。

 ふうてんなども咲き始めるとソワソワして落ち着かない。

25年まえに国立で住み始めたのが(桜通り)に面したマンションだった。

(花見ができて、富士山が見えますよ)という売り文句にコロッとまいったのだった。

 それから25年ほど国立の桜のたびにお祭騒ぎを楽しませてもらっている。

一週間ほどのお祭の間、人が増え、車が増える。

その人や車が年々多くなってきた。

 歳のせいもあるのだろうか、この頃少しその喧騒が煩わしくなってきた。

桜通り、大学通り、確かにその桜並木は見事である。

しかし、その並木を見ようと集まる車、人々の騒音はかなりのものでもある。

今年は通りを一通り流した後、公園やら大学構内へ退避することにした。

 これがなかなか悪くない。

車の音があまりしない。

地元の人しか来てはいない。

桜の木たちは枝を切られることなくノビノビと自己の限界まで枝を伸ばしている。

量で圧倒する、という迫力はない。

回りは鬱蒼とした森でその中で一本、という環境でもない。

しかし、たった一人思いっきり生きたらどうなるか?という姿をさらしている。

山家集

 今年は何故か桜のときに西行のことが気にかかっていた。

ひょっとしたらこの間読んだ吉本隆明の(真贋)という本のせいなのだろうか。

吉本隆明の(実朝)(西行)(宮沢賢治)(高村光太郎)に関する評論はふうてんにかなりの影響を与えたような気がする。

 この際少し西行と桜でも調べてみるかとグーグルに聴くうちいいサイトに出会った。

その名の通り山家集というサイトである。

どういうサイトなのか由来は分からない。

ただ解説も何もなくただ山家集の歌を全部読ませてくれることに驚いた。

 山家集は何と1700首ほどの歌が集められている。

その中で桜花に関するものも100首や200首じゃないことを初めて知った。

 吉本隆明の(西行)を読んだとき、なんて西行の歌は分かり易い言葉で歌われているのだろうと思った。

現代仮名遣いに直されてはいるのだろうけど、もともと西行が難しい言葉を使っていないからではなかろうかと考えた。

今、山家集のあれこれチラチラながめながら、確かにその通りだと納得している。

 一番有名なのは例の、

 0140:

ねがはくは 花の下にて 春死なん そのきさらぎの もち月の頃

なのだけど今回は次の歌が目についた。

 0173:

花を待つ 心こそなほ 昔なれ 春にはうとく なりにしものを

まるでコチラの老境を見透かされているようじゃありませんか。

 ついでにいろいろと歌を見ていると最後の方で、散り始めた桜に対して少年のような思いをぶつけている。

 0206:

うき世には とどめおかじと 春風の ちらすは花を 惜しむなりけり

 0207:

もろともに 我をも具して ちりね花 うき世をいとふ 心ある身ぞ

 0211:

梢(こずえ)ふく 風の心は いかがせん したがふ花の うらめしきかな

 0228:

鶯の 聲に櫻ぞ ちりまがふ 花のこと葉を 聞くここちして

 0234:

 夢中落花といふことを、前齋院にて人々よみけるに

春風の 花をちらすと 見る夢は 覺めても胸の さわぐなりけり

 0235:

 散りて後花を思ふといふことを

青葉さへ みれば心の とまるかな 散りにし花の 名殘と思へば

 0236:

 櫻にならびてたてりける柳に、花の散りかかるを見て

吹みだる 風になびくと 見しほどは 花ぞ結べる 青柳の糸

 散っていく花を惜しむあまり風を恨み雨を恨み夢にまで見る。

面白いのは花が散るのはウグイスの声に騙されるからだとか、風に散るのはいいけれど柳にまとわりつくのは悔しいとか、まるで桜を恋人のように歌っていることである。

0235の花が散った後の青葉に花の名残を見る、という歌を知るに及んでふうてんはアッと驚いた。

西行は桜花を恋人にたとえ、自身の化身にたとえることで、世の中の生きもののはかなさを歌ったのではなかろうか?

1000年も前の人なのに、今の我々と同じような感覚を持っていて同じような言葉で歌っている。

そのことを今年の桜は教えてくれた。

(ふうてんアーカイブス)

2007春 国立 桜、桜、桜

大学の桜1 

Sakura_7

 

 

 

 

 

  

Sakura_6_2

 

 

 

 

 

 

 

大学の桜2Sakura_5_1  

 

 

 

 

 

 

 

公園の桜1Sakura_3_2  

 

 

 

 

 

  

Sakura_4_1 

 

 

 

 

 

 

公園の桜2

Sakura_d2_1

 

 

 

 

 

 

Sakura_d3  

 

 

 

 

 

 

桜通りの桜1 

桜通りの桜2Sakura_9  

 

 

 

 

 

 

 

大学通りの桜1

Sakura_1_2  

 

 

 

 

 

 

大学通りの桜2Sakura_2_3  

 

 

 

 

 

 

  

大学通りの桜3Sakura_10  

 

 

 

 

 

  

Sakura_11 

 

 

 

 

   

Sakura_12_3

 

 

 

 

 

 

Sakura_13_2

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