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2007年3月に作成された記事

2007/03/25

2007.3.25.桜がほころび始めた篇

桜はまだかニャ~Shiro  

 今年の桜はいつもの年とはちょっと違うような感じがする。

東京では一旦3月18日という開花予報が流れた。

3月18日に?桜が咲く?

 結局2、3日遅れて靖国神社のソメイヨシノが開花した。

どうして桜の開花宣言を靖国神社の桜が5つか6つ咲いた時にするのだったっけ?

どうして皇居の桜が咲いた時をもってして(開花宣言)をしないのだろう?

ふうてんにはその理由がよく分からない。

 何はともあれ国立でも桜は咲き始めた。

21、2日ころ最初の花がプチッと開いた。

しかしその後寒風と雨などで25日になっても桜たちは咲いていいのかどうか迷っている。

明日からは天気が回復するようなので国立の(桜狂想曲)は今週始まり、アッという間に終わるのかもしれない。

プロ野球、ボクシング、相撲

 プロ野球が間もなく開幕する。

サッカーとかゴルフよりもふうてんなどはこういうスポーツに親しみを感じる。

野茂やイチローや松井や松坂という超一流がアメリカの大リーグへ行って日本のプロ野球は死んだとも言われる。

相変わらず変なドラフト制度を続けているし、ミットモないことこの上ないことは確かである。

 しかし野球という意味では日本のプロ野球もアメリカの大リーグもそんなに変わるものじゃない。

要するに野球というゲームなのである。

ピッチャーが投げて打者が打って野手が守る。

その様子を衛星中継で今はリアルタイムに世界のどこでも見ることができる。

野茂がそうであったようにイチローや松井や松坂は日本ではもうやることがなくなった。

タイトルを総なめにして、あと何年も日本でやれ、という方が酷だとふうてんは思う。

 オープン戦とはいえ阪神が8連勝したりするのも悪くない。

村上ファンドにからかわれたり阪急と企業連携したりしても我が阪神球団は不変なのである。

 昨日のボクシングのノンタイトル戦をたまたま見た。

マスコミで話題になっている亀田兄弟の長兄の試合だった。

ウン?こいつなかなかやるなあと感心した。

(アウトボクシング)という一番オーソドックなスタイルのボクシングに徹していた。

ヒットアンドアウェイ?というのだろうか、近づいて打ってすぐに離れる。

ノックアウトでは終わらず判定だったけれどもダウンのシーンもあった。

 今日は大相撲春場所の千秋楽だった。

朝青龍-白鳳の優勝決定戦。

立ち会いで白鳳が変わって一瞬で勝負はついた。

バーンとぶつかって差し手争い、力相撲、を期待したファンは驚いた。

大阪府立体育会館の春場所会場にザブトンが舞った。

負けた朝青龍が苦笑いをした。

その前の、本割りでの千代大海戦に自身が変わって、一瞬で勝って、優勝決定戦に望んでいたからだった。

 白鳳は次の場所に優勝すれば横綱になる。

こういう本格の相撲取りは早く横綱にした方がいいとふうてんは思う。

彼の相撲はあっけなく負けることもあるけれど、輪島や貴乃花親子のような相撲の美しさを感じさせてくれる。

格闘技の中でも手の指の先から足の指の先までを使ってフンドシ一丁の丸裸で闘い勝負が一瞬で決まる丸い土俵の(大相撲)。

ふうてんは好きだし、いかにも日本的だなあと思う。

ヨーロッパ人だろうとモンゴル人だろうとチョンマゲ結ってフンドシ締めたら一人前の大相撲よ。

日本と桜 

 桜という木の生い立ちはよく分からない。

中国だったのか日本だったのか。

中国では桜より、梅やら桃やらが重んじられていると聴く。

してみれば日本なのだろうか?

桜の下で(花見)をする民族はどこかにいるのだろうか。

桜花の下で死にたいと思う民族はいるのだろうか?

 例によってウィキペディアに聴くと、

サクラ (桜、櫻、学名: Prunus は、バラ科サクラ属の植物のうち、ウメ、モモ、アンズなどを除いた総称であり、一般には サクラ亜属 に属するものを指す。

と出てくる。

 木偏に貝が二つ、その下に女。

漢字の作りからしてかなり意味のある花のようではある。

 何となく桜と日本は奥深いつながりがあるようにも思えてくる。

ふうてんなどは(桜)が咲くとわけもなく舞い上がってしまう。

(梅)や(桃)の花を見て舞い上がることはない。

比較的冷静に見ていられる。

梅、桜、桃。

これらの漢字をジッとみていると母とか女とか逃げるとかいろんなことが想像される。

ここは一つ(白川静)さんに聴いてみたいものではある。

ああそうや、とっつぁんもう天国いかはったんやった。

 ちなみにウィイペディアに桜は日本の100円玉に使われていると聴いて硬貨を見てみた。

  1円 若木(特定の木ではない)

  5円 稲(たわわに実った)

 10円 稲穂

 50円 菊

500円 桐、笹、橘

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2007/03/18

2007.3.18.やっぱり映画っておもしろい篇

ムラサキハナナ大根の花(カメラマン助手撮影)Photo_5

 

 昨日、東京では雪が降った。

朝、外へ出ると顔に冷たいものを感じた。

白いものが5つか6つか切れ切れに落ちてきた。

その雪のようなものはフワフワと漂い、地面に落ちる前に全て消えたようだった。

雪が降ったというよりも、雪が舞っていた、チラついていたという(初雪)だった。 

                       

 今日も夕刻チャリで繁寿司へ向かう。

ロシナンテはクラッチが抜けたままで動けない。

今は白と黒の(泊まり場所)になってしまったようである。

寒いこの季節、二人は毎日身を寄せ合って運転席で眠っている。

 チャリで繁寿司へ向かいながら女房とこんな話をした。

(夕べ小椋桂の番組見たけど、(夢芝居)っていいねえ)

(あの梅沢さんが歌っている曲?)

(言葉の魔術師やなあ、小椋桂は)

(真綿色した シクラメンほど すがしいものはない 出逢いの時の 君のようです ためらいがちに かけた言葉に・・・って当たり前の感情を歌ってくれるのよねえ)

(当たり前の感情ねえ、みんなにとっての)

(当たり前の感情をみんな持ってるのだけど、彼はそれをうまく言葉で表現してくれるのよ)

(君が主役だよ、人生は、ってね)

(それでみんな励まされるのよねえ)

 繁寿司に山口夫人の姿はなかった。

やがて常連さんたちが次々とはいってきた。

高知出身のフルート吹きも来た。

すぐにふうてんは声をかけた。

(この間久しぶりにエリック・ドルフィーを聴きましてね)

(ああ、ユー・ドント・ノウ・ホワット・ラブ・イズ)

(イヤ~ッ)

とふうてんは思わず英語で答えたのだった。

 エリック・ドルフィーは、オーネット・コールマンから始まったジャズ・アバンギヤャルドの旗手の一人だった。

彼の奏でるフルートの(You don’t know what love is.)

数日前にこのCDを買って数十年ぶりに聴いたふうてんは、この高知出身のフルート吹きが(ああ、ユードント・・・)と瞬間的に反応したことに感動した。

 繁寿司のあと邪宗門に寄ると何とビリー・ホリデイがかかっていた。

エリック・ドルフィーのあとビリー・ホリデイ。

まるで京都の下宿時代の気分だった。

 このところ映画に関心が向かっている。

映画といっても残念ながら古い映画ばかりである。

このごろのハリウッド映画は見に行く気力が湧かない。

今は日本とか中国とか韓国とかのアジアでの映画作りが盛んになっているらしい。

 梅とか桜とかメジロとかウグイスとかの自然も素晴らしい。

自然もいいのだけど、都会ではそういうものは失われるばかり。

大都会の(東京人 とうきょうびと)はどうすればよろしいのだろう?

やっぱり、古いと言われようと、古い(名画)を見に行ってもいいじゃないの。

 というようなことで今回は映画の話をしてみたくなった。

隠し砦の三悪人

 3月の三鷹での黒澤映画は(蜘蛛巣城)と(隠し砦の三悪人)だった。

この2本はその後の黒澤映画の二つの道筋を示しているような気がした。

(蜘蛛巣城)は(影武者)(乱)につながっている。

(隠し砦の三悪人)は(用心棒)(椿三十郎)(赤ひげ)につながっている。

ふうてんは後者の路線が好きだった。

三船敏郎が侍姿で、あるいは町医者姿で一世一代の魅力を発揮する。

佐藤勝の音楽と三船敏郎の侍姿と。

タイトルバックの漢字の形と。

これはルーカスやスピルバーグのハリウッド勢はじめ世界の映画人にシェックを与えたことだろうと思う。

 黒澤映画全作品上映会の主催者と立ち話をした。

(寂しくなりますねえ、もうピークを過ぎましたねえ、一年になります?)

(ええ、去年の5月からでした)

(荒野の七人って9月でしたっけ)

(いえ10月です)

(見に来ますよ)

(どうぞいらしてください)

池波正太郎の映画日記

 このところ池波正太郎映画日記(山口正介・篇 講談社文庫)を読んでいる。

(新国劇)の座付き作者として文筆活動を始めた彼の映画を見る目はやはり我々素人とは違う。

毎日のように試写会に通っていた、その日常が語られていて興味は尽きない。

映画試写の会場が家の近場にある(東京人)でないとこういう経験はできない。

 映画についてスタッフ(制作、監督、シナリオ、カメラ、音楽、振り付けなどなど)とキャスト(主演男優、主演女優、脇役、昔の名前で出ている老俳優などなど)のことがリアルに具体的に語られる。

子供のころ浅草で見始めて以来の彼の50年にも及ぶ(映画愛)の集大成がここにある。

 文庫本にしては分厚い本なのだけどふうてんは電車に乗る時つい胸のポケットに入れて、読みたくなる。

編者の山口正介のあとがきがまた味がある。

江戸っ子だから早口の池波正太郎にコーヒーを飲もうと誘われた。

(山口くん)

が、

(やっちくん)

になり、最後は、

(やあちくん)

になったという。

 ほのぼのとした気分になる。

だから何度も読み返すことになる。

(ふうてんアーカイブス)

2007 3月 喫茶店と映画館

ロージナ茶房

アルコールとカフェイン同時並行的にGuiness_1  

 

 

 

 

 

 

 

どうしてギネスは黒いのだろうGuiness_3  

 

 

 

 

 

  

三鷹市芸術文化センター

外とKurosawa_1  

 

 

 

 

 

 

 

内とKurosawa_2  

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2007/03/12

2007.3.11.冬のないまま春が来て篇

谷保天神梅まつりMai  

 今年東京では雪が降らなかった。

霜というのもほんの2、3日だった。

桃の節句が過ぎて、間もなく春分の日だからもう冬は終わっている。

いつもは春が来ると嬉しい。

しかし今年に限っては何だか(忘れ物)をしたようで落ち着かない。

 この一週間ほど腰の当たりに違和感があった。

またギックリ腰が再発するのかなあ、イヤだなあと思っていた。

2年近く前から歩き始めて、もうギックリ腰にはおさらばだと思っていた。

今でもちゃんとした(ウォーキング)ではないにせよ、日々結構動いている。

それなのに何故・・・腰の当たりが・・・モヤモヤと??

 待てよ、と考えた。

物事には必ず原因というものがある。

このところロシナンテの具合が悪い。

クラッチが抜けたのである。

抜けるというのはクラッチ・ペダルを踏んでもスカスカであることを言う。

どうも油圧系統がいかれたらしい。

それで、5回も10回も踏みつづけるとやっと戻ってくる。

 去年の末ころ、国立技工さんに症状を話して修理の相談をした。

技工さんはすぐに分かって、ああそれね、部品当たってみます、と言ってくれた。

あの部品、手にはいったのかしら?

それ以来、毎日のように、ロシナンテを動かしもしないのにクラッチだけは踏んでいる。

2、3日も放っておくと本当にスカスカになって、100回踏んでも戻ってくれなくなるのである。

ン?

毎日クラッチを踏んでいる?

左足で・・・??。

 技工さんに電話した。

(あ、お兄さん?例のクラッチの部品どうなりました?)

(アレ、去年の末にはいってますよ)

(ああそうですか、それは良かった、連絡がないので、もう無理かなあと)

(いえね、あの後ロシナンテが走っているのを2度ほど見かけたんですよ、それでああ元気に走っているなあ、大丈夫だと思って連絡しなかったんです)

(いやあ部品が手に入ったと聴いて安心したよ、毎日踏んでたら戻るのですぐに修理することも・・・)

(いい体操になるでしょう?)

・・・。

 いい体操?(左足で)毎日クラッチを10度ばかり?

この野郎、とふうてんは自分のアホさ加減に笑ってしまったのだった。

技工さんと電話した翌日、クラッチを(右足で)踏むようにした。

そうしたら、あなた、腰の違和感は見事に消えたのだった。

やはり物事には(原因)がある。

 ロシナンテのクラッチと腰の違和感には長い物語がある。

大昔、ふうてんが29歳のとき、大阪でロシナンテを買って東名高速で帰った。

翌日、起き上がろうとしたら起き上がれない。

ことの成り行きが分からず思わず女房を呼んだ。

(嫁さん、起き上がれない)

(どうしたの?)

(分からん、なんか変わったことしたかなあ)

(昨日、車で帰って来たよ、大阪から)

(車?そういやあ、あの車やけにクラッチが重く・・ン?クラッチ???)

・・・。

 以来ロシナンテとの付き合いは30年以上となる。

ロシナンテで繁寿司へ行くたびに翌日腰に違和感を感じるのである。

止まっているロシナンテのクラッチを(右足)で踏むことはできる。

しかし走っている時、クラッチを(右足)で踏むのは・・・難しい。

(ふうてんアーカイブス)

2007 3月 谷保天神の梅まつり

天神囃子

着物が祭らしいHayashi_1  

 

 

 

 

 

 

 

ボクがお面をかぶってHayashi_2  

 

 

 

 

 

 

 

紅わらべ練習

Mai_0  

 

 

 

 

 

 

紅わらべ由来

Mai_1  

 

 

 

 

 

 

紅わらべ Mai_3  

 

 

 

 

 

 

 

舞終わって

Mai_4  

 

 

 

 

 

 

琴の四重奏

Koto_1 Koto_2  

 

 

 

 

 

 

 

天神太鼓 幼い子たち

Taiko_1  

 

 

 

 

 

 

天神太鼓 少しお姉さん

Taiko_2  

 

 

 

 

 

 

天神太鼓 もっとお姉さん

Taiko_3  

 

 

 

 

 

 

Photo_4  

 

 

 

 

 

 

Taiko_4  

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2007/03/04

2007.3.4.東京も捨てたものじゃないなあ篇

やっぱり雪の富士山Fuji_2  

 春になった。

昨日、今日など空気が生暖かいようだった。

春を告げるのは気温だけではなく光の具合が大きいと、このところ思うようになった。

 土曜日に寄った(書簡集)のマスターともそんな話になった。

(冬と春との違いはやっぱり光だよねえ)

(そうですねえ、このごろ日が沈んでから暗くなるまでが長いような気がするんです)

(ホ~ッ?日が沈んでから暗くなるまでが長い?)

(秋は逆に、日が沈んだらアッという間に暗くなっちゃう)

・・・・。

(何だか春になると太陽の角度が変わるだけじゃなく近くなるような気がするんだけど)

(確かに角度だけじゃなく、光の強さが変わりますね、あれは距離なんでしょうねえ)

 書簡集でビールとウィスキーを2、3杯飲んで、帰宅して一眠りしたのだろうか。

起きてテレビをつけると(ゴッド・ファーザー)をやっていた。

トリニトロン・ハイビジョン・テレビのホコリを払ったせいか、画面がやけに鮮明に見える。

ブラウン管というのは静電気が溜まるのかホコリの着き方がすごい。

昼間それに気づいて拭いておいたのだった。

 寝ぼけ眼でこの映画を見るうち一つのことに気づいた。

もう何十回も見ている映画なのだけど、今回初めてカメラのことに気が向いた。

驚いたのはそのカット数の多さだった。

2秒、3秒でカットを切り換えている。

ところが見ているコチラとしてはそんなことにまるで気がつかなかった。

よほど沢山のカメラで同時撮影し、編集に時間をかけているに違いない。

 今まで外国の映画のカメラマンを追求したことはなかった。

黒澤映画とか小津映画ではカメラマンのことが気になっていたのに。

思わず終わりのタイトル・バックを見ながら(ゴッド・ファーザー)のカメラマンはゴードン・スミスという人だということをメモした。

ちょっとウィリアム・ワイラーやディビット・リーンに付き合ったカメラマンのことを調べてみようと思った。

 カメラといえば、今NHKテレビで(歌麿 紫の謎)をやっている。

さっきまでは教育テレビで(広重 よみがえる昭和の広重)をやっていた。

江戸時代の(浮世絵師たち)。

カメラのない時代にすごいカメラマン達がいたものだとタメ息が出てくる。

地下鉄でカメラを忘れた

 この間、久しぶりに留学生ランちゃんからメールがあって会いたいという。

いま就職活動の真っ盛りで、期末テストなども終わって3月になった。

ランちゃんは今は国立ではなく東京都内に住んでいるので帰りのことを考え、六本木のワインガーデンで会うことにした。

 大江戸線の六本木駅で地下鉄を降りホームを歩いていると、携帯電話が震えた。

出ると(店への行き方が分からなくて遅れます)という電話だった。

アレコレ助言して、電話を切り、フト気づくとビデオ・カメラを入れて持っていた手提げの紙袋がないことに気づいた。

 六本木方面まで出向くのなら(新東京紀行 夜景篇)でも撮ってやれとビデオ・カメラを持って家を出ていたのだった。

中央線の新宿駅で地下鉄の大江戸線に乗り換え、本を読んだりしているうちに、カメラのはいった紙袋のことはどこかへ行っていたようだった。

 六本木駅で駅員の人に、かくかくしかじかでと相談した。

(何両目でした?)

(え~・・・どうもねえ)

(今の電車でしたらもう汐留くらいですから電話してみましょう)

(出てきますかねえ、全部の駅に連絡するのも大変ですよね)

(汐留には忘れ物なかったと言っています。あとは終着の都庁前ですね。)

(そうですか、途中の駅であったらどうなるんです?)

(今は忘れ物があったら各駅でパソコンで入力します、それをセンターで見られますから、どこで忘れ物が見つかったかすぐに分かるんです。あとで電話して下さい)

 今はマンホールのフタとかお寺の鐘とか火の見櫓の半鐘とかの金目のものが盗まれているような(貧しい時代)である。

電車に忘れたカメラが手元に戻ることはあるまい。

カメラは買い換えることができるけれども、中にはいっていたビデオ・テープの映像は戻って来ないなあ。

それらしきものが

 ワインガーデンにはまだ客はいなかった。

マスターとタッキー(NHKで義経役をやった俳優)似のボーイさんにランちゃんを紹介する。

マスターが出してきた赤ワインはブルゴ~ニュのえらいうまいワインだった。

(マスター、これうまいね)

(ハイ、ご婦人方にはね)

(ご婦人方には・・・いつもは差別してんだ)

(当然でしょう)

・・・・。

 などとやっているうち、さっき駅員の人が電話してくれと言った時間になった。

メモに書いた電話番号がワインガーデンの薄暗い明かりでは読めない。

(お父さん、私が電話しましょう)

とランちゃんがかけてくれる。

(どうですか?えっ?見つからない。あとは都庁前ですか?番号は?)

と、都庁前駅の電話番号をメモする。

そこへかけようとメモを見るとやはり読めない。

(お父さん私がかけます)

とまたランちゃんの出番である。

・・・。

(ランちゃんのような秘書がいればいいなあ)

と言ったらマスターが、

(給料は高いですよ)

と言った。

都庁駅の遺失物係事務所に電話がつながった。

(どうですか?)

(ええ、それらしきものが)

(それらしきもの?)

(茶色の紙袋にビデオ・カメラが一台と本が一冊)

(ああそれですよ、ソニーのビデオ・カメラに吉本隆明の本)

(そのようです)

 (それらしきものが)という表現にマスターもランちゃんもふうてんも感心してしまった。

東京の最新の地下鉄(大江戸線)に忘れ物をして、それが終着駅に届けられて、問い合わせに駅の職員の若い人が(それらしきものが)と言った。

東京も捨てたものじゃないなあと思った。

(ふうてんアーカイブス)

2007 2月 雪の富士山も見納め

多摩川を渡って見る富士山

雪の富士山Densha_1  

 

 

 

 

 

 

 

春になるとDensha_2  

 

 

 

 

 

 

 

霞んで見えなくなるDensha_3  

 

 

 

 

 

 

 

梅にウグイス??

メジロはMejiro_1_1  

 

 

 

 

 

 

 

小さくて速くてMejiro_2_1  

 

 

 

 

 

 

 

写真に撮れないMejiro_3_1  

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