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2006/12/17

2006.12.17 今年最後の黒澤映画は(生きる)だった篇

クリスマスツリーIcho_1_1  

 土曜日にいつものように三鷹で黒澤映画を見てきた。

今回は(生きる)だった。

昭和27年(1962年)の映画だから、もう、え~と、44年くらい前の映画である。

少なくとも44歳以下のお方は見たこともない映画に違いない。

 今、日本では映画が静かなブームになっていると聴く。

洋画よりも邦画の売り上げが多くなった、とも聴く。

映画館の数も底を打って、少しずつ増えはじめているとも聴く。

各地に出来てきた(シネマ・コムプレックス)の御利益なのだろうか。

 国立からもほど近い立川に(シネマ・シティ)というコムプレックスが出来て10年以上になる。

女房などはちょくちょく行っているようである。

近くのご婦人方と誘い合って行っている風である。

どなたさんとどのような映画を見に行っているのか、当方は全く知らない。

ただ帰って来たのに気づくと、

(面白かった?)

と、聴くばかりである。

 不思議なもので、そう聴いたとき、(ウン・・・)という最初の一瞬の反応で面白かったかどうかは分かる。

1000円だか1800円だかの値打ちがあったかどうか・・・が分かる。

どうも見る映画の好みは全く違うのだけれども、女房も映画が好きであるらしい。

 今日は少し(映画関係)の話をしてみたい。

大明神が帰って来た

 鎌倉大明神の(またいらないモノ買っちゃったよ)は9月5日にアルハンブラ宮殿で姿を消したまま、行方が知れなかった。

買って帰ったと聴くアルカンヘルのフラメンコ・ギター、じゃなかったホセ・ラミレスのクラシック・ギターが気に入り、(真面目に音楽していて)ブロッグを書く暇がないのだろうか?

あるいは仕事で中国などへの出張が多くて時間がないのだろうか?

あるいは、ひょっとしたらゴルフに熱中していてアホらしいブロッグなぞに時間はさけないのだろうか?

 ふうてんさん、自分でやらなきゃダメよ、と2年前にブロッグに誘い込んだのは大明神だった。

その大明神が自身のブロッグを3か月も更新しなかった。

 そうしたら12月になって、何だか新しい記事が載っかっているようだった。

ゴルフの(グリップ)を自身に合ったものに変えるために苦闘してはったらしいのですね。

そこいらへんのいきさつを報告してくれました。

まことに面白い記事を抱えて大明神は帰って来てくれました。

061211 グリップの改造でblogどころではなく

を読んでふうてんはスッカリ安心したのでありました。

大明神はつきあい始めた頃から何しろ(方法論の権化)みたようなお方なのですね、ふうてんにとっては。

彼の(方法論)で何度も救われたことでした。

 2006・12・11以降、大明神の怒濤の攻撃が再開されたようで、嬉しい限りなのですね。

ワインの話、動植物の話、音楽の話・・・大明神節が帰って来ました。

帰って来てくれて良かったなあと安堵して、またウィスキーを一杯飲むのでした。

 大明神は映画の話をブロッグではしません。

しかし、10年くらい前まで、ふうてんは大明神との映画談義で終電車を逃したことが何度もありましたね。

大明神は小津安二郎ファン、ふうてんは黒澤明ファン。

議論は終わりがないのですね、これじゃあ。

小津と黒澤・・・まるで正反対のような作風だものねえ。

三鷹で(生きる)を見た

 三鷹駅からバスに乗り、4時過ぎに会場の(三鷹市芸術文化センター)に着いたとき、暮れなずむ中にポッと明かりのついた建物を見て、妙に懐かしいような感情に襲われた。

夕暮、暗い道を歩いていて、明かりのある家を見るときのあの感覚に近いものだった。

 はいって受け付けのカウンターで、予約した来月の(七人の侍)のチケットを買おうとしたら、名乗る前にカウンターのお姉さんが、

(アッ、ふうてんさんですね)

と声をかけてくる。

(顔覚えられてしまいましたか、悪いこと出来ませんねえ)

などと冗談を言いながら来月の(七人の侍)のチケットを受け取る。

 上映開始まで20分ほどあるのでハイネケン・ビールを買い、タバコのみ場へ向かう。

同好の士がタバコを吸っている。

(黒澤ファンですか)

(毎月なのだけど日を忘れることがあって見逃したこともあったなあ)

(僕もありましたねえ)

(七人の侍で仲代達也が出ているらしいのだけど、どこに出ているのか分からないんです)

(あれは浪人捜しのシーンの最初に出てくるんですよ、ビデオでよく見ているので分かります)

(そうですか、浪人捜しの最初ですか)

(サ~ッと何人かで通り過ぎるだけです、まあエキストラ的出演ですわ)

(そうですか、仲代に言わせると、そのシーン何度も何度も撮り直しされたと言うんですがねえ)

(百姓が用心棒に侍をやとうために浪人を捜す、という場面展開の最初のシーンだから黒澤監督にはあるイメージがあって、それにピッタリくるまで粘ったのでしょうかねえ)

(彼はあらゆるシーンを絵コンテであらかじめイメージしているらしいからねえ)

などなど話すうちに、ブゥ~~~と上映開始のブザーが鳴った。

(生きる)は(七人の侍)と双璧をなす黒澤映画の傑作だと思う。

大昔、池袋の深夜映画で見て、今回フィルムで見るのは二度目だった。

何度もビデオでは見ているのだけれど、フィルムの質感はやはり違う。

昭和27年に封切りされたこの映画の、昭和27年の、時代の雰囲気がストレートに伝わってくる。

 映画づくりに情熱を傾けることが出来た時代に、スタッフたち俳優たちが全力を傾けて作った作品を堪能して、会場を出、師走のわりには温かい夜、三鷹から国立へ急いだ。

来年1月20日の(七人の侍)がこの上映会のハイライトだなあなどと思いつつ。

(ふうてんアーカイブス)

2006 国立 大学通りのイルミネーション

今年もまたクリスマスの季節になった

向こうもMuko  

 

 

 

 

 

 

 

コチラもKochira 

 

 

 

 

 

 

 

まだイチョウの葉がIcho_2_2  

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コメント

ほかもさん

 大明神の写真から十里木ゴルフ場の雰囲気が伝わってきます。
寒そうでしょう、富士山がすぐ近くで。
大明神の写真を見ると、なるほど富士山は日本の財産だわと納得させられます。
小川別邸ももうすぐ閉鎖なのでしょうね。
大明神、寒さもマイルドでとやせ我慢していますがかなり寒そうですねえ。

 大明神も小川別邸当主もニューヨーク駐在員でした。
JOさんはサンノゼ、カリフォ~ニャでした。
カリフォ~ニャから太平洋を隔てたヴィエトナムにJOさんが渡ったのもむべなるかなですね。
大明神、ふうてんも今、太平洋岸のトーキョウ、ヨコハマに住んでおります。

投稿: ふうてん | 2006/12/19 01:07

 国立もすっかりクリスマスモードですね。

 大明神さんが帰ってこられて、私もうれしいです。
『ふうてん老人日記』経由で、よく遊びに行っていたので、スペイン旅行以来、どうなさったんだろう?と不思議に思ってました。
 長い充電期間を経られると、記事の内容も、ますます面白くなっていますね。
私も、日々更新で駄文ばかり載せていないで、三ヶ月ぐらいの充電期間を設けようかな?と本気で考えました。(えっ?三ヶ月経っても、元のままだったら、どうする?って。・・・。エ~ン(>_<)。)

 アホなことばかり言ってないで、(晩ごはん)のこしらえしてきます(笑)。

投稿: ほかも | 2006/12/18 17:40

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