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2006年7月に作成された記事

2006/07/31

2006.07.30 浦安納涼花火大会篇

この頃の花火は手がこんでいるHanabi_2  

 どうやら長かった梅雨も明けそうな気配がしてきた。

今日も照ったり曇ったりの怪しげな天気ではあったけれど、夕刻爽やかな乾いた風が吹いてきた。

 

(今日は二日酔い気味なのでチャリにします)と繁さんに電話して女房と出向いた。

ロシナンテに乗るには、それなりの気合がいるのである。

(駐車場所の用意があるので、出かける前、何で行くのか必ず電話する)

 二日酔い気味なのには理由があった。

昨日、浦安での花火大会に行って、昼間から飲み、夜中12時半に帰宅して、朝まで飲んだ。

浦安まで出かけたのは、木曜日の神楽坂での山田塾の翌日、先生から、急だけど明日浦安で花火大会があるのだけど、来てみませんか?とのお招きを受けたからだった。

 先生のお家は舞浜からほど近いところにある。

舞浜とは東京ディズニーランドのあるところではないか。

久しぶりにそっちの方面に足を伸ばしてみようという気になった。

東京ディズニーランド

 東京にディズニーランドを作る、という構想が新聞で発表されたのはいつの頃だったろうか。

もう思い出せないくらい昔の話になる。

その発表を聴いて、数千億円もの投資をして作って、果たしてペイするのかなあ?というのが素直な印象だった。

 ところがこれが当たったのですね。

浦安あたりの埋め立て地に、こういうエンターテインメントの拠点を作る、という発想はどこのどなたさんが思いついたのだろう。

それは知らないけれど、埋め立て地故に、歴史がない土地柄故に、新しい風を吹かせてそれが受ければ、一儲けできる、という歴史を作りつつある。

京葉線(けいようせん)

 ディズニーランドのある舞浜駅は京葉線にあり、東京駅から快速で17分で行ける。

京葉線というのは東京と千葉を結ぶ比較的新しいJRの一つの路線である。

何年振りかで京葉線に乗りながら、路線のネーミングというのも面白いなあと思った。

京阪電車がある、阪神電車がある、京浜急行がある。

・・・・

 なぞと考えているうち、東京は東の京、即ち東の都であってそれはよろしい。

京というのは都という意味だと聴くから。

南京、北京などなど。

そうすると(京都)というのは一体どういうことになるのだろう?

都の都?

同義反復?

・・・・

 東京からの17分はアッという間に過ぎた。

浦安と舞浜

 浦安も舞浜もディズニーランドが出来るまでは全国区的な地名ではなかった。

浦安当たりはかっては広大な湿地帯で葦(?)が茂り、水路が縦横に走っていたはずである。

山本周五郎の(青べか物語)で(浦粕)という地名で呼ばれ、小説の舞台になっている。

 山田先生の奥さまと花火会場からの帰り伺った所では、埋め立ては二次にわたって行われ、舞浜のある地区はその第二次の埋め立てであったという。

つまり、この間までは(海)だったのですね。

奥さまとこんな会話になった。

(東京は埋め立ての歴史なのよ、家康の時代は日本橋まで海だったのだから)

(はぁ、つまり江戸城はほとんど海に面していた、と)

 その浦安と舞浜に高速道路が走り、工業団地ができ、人の住む広大な住宅地ができ、アジアから人を集めるディズニーランドができた。

人間というのは山に迫り、海に迫ってきたのだなあ、と驚きのような、悲しさのような感慨に襲われる。

現場に神宿る

 そんな風な題名の中坊公平さんの本が出たのだけどまだ手に入れていない。

浦安の花火大会の会場で花火見物した感想を一言で言うと、それと同じ表現になる。

ドンッ、という太い音にまず圧倒される。

光の乱舞は言うまでもない。

 一つ発見したのは、花火が炸裂して広がるときのスピードが物凄く速い、ということだった。

それも青やら赤やら黄やらの色を伴った光が猛スピードで広がる、という芸の細かさ。

火薬というのは岩を砕いたり、人を殺したりするのに使われてきた、そういう中で、こういう大それた(一種の芸術)への利用を考えたのはどこのどなたさんなのだろう?

 テレビ中継で見ていたときは、ああ綺麗だなあ、と思うばかりだった。

現場に望んで初めて、こんなん誰が考えて、どんな苦労をしてきたんやろう?という疑問が湧いた。

ある意味でそれが最大の(浦安納涼花火大会)の収穫だったやもしれぬ。

(ふうてんアーカイブス)

2006 夏 浦安納涼花火大会

花火大会会場は海に面していた

釣り船だろうかFune  

 

 

 

 

 

 

 

羽田にも近いPlane  

 

 

 

 

 

 

 

ディズニーランドに勤めているのだろうか

アメリカからもGirls_2  

 

 

 

 

 

 

 

カナダからもGirls_3  

 

 

 

 

 

 

 

オーストラリアからも 

Girls_4

 

 

 

 

 

 

 

先生と弟子たち、家族たち

フェイ・ダナウェイがいた

山田御大Sensei_1  

 

 

 

 

 

 

 

若い恋人たちYoung_1

 

 

 

 

 

 

  

若い弟子たちFaye_1  

 

 

 

 

 

 

 

フェイ・ダナウェイFaye_2  

 

 

 

 

 

 

 

花火が始まった

ため息やら驚きやら

仕掛け花火もHanabi_1 

伝統的なのもHanabi_3

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2006/07/26

2006.07.25 裾野は今日も乳色だった篇

小川別邸は濃霧に包まれていたKiri_3  

 どうも今年の梅雨は長いようだ。

このところの記事を振り返ると、6月、7月と毎回(乳色の風景)ばかりで、読者諸氏には申し訳ないような気がする。

 今週には梅雨が明けると睨んでいたのに一週間は延びそうである。

 昨日、女房と、こんな話をした。

(今年は気象庁、梅雨が明けましたと言いにくいのと違うかなあ。大体梅雨入りのときも、5月からずっと雨だったので、今頃梅雨入り言われても驚きませんよ、やったからなあ・・・・)

 アウト・ドアがダメならイン・ドアもあるさ、ではないだろうけど、このところワールドカップがあり、大相撲があり、終わったと思ったらチャップリンの名作を今週から放映する。

全くNHKの視聴料は安いものだと思う。

昔、テレビは老人福祉だよね、なぞと若いのとウソぶいていた。

今、その恩恵をシッカリと受けているのだろうか。

 そういえばこの間女房が立川のシネマ・シティのパンフレットを持って帰っていたので、アレコレ見ていると、60歳以上はシルバー・チケットとかいって1000円だという。

成人1800円也が、シルバーは1000円だという。

老人は成人ではないということなのだろうか・・・・。

ま、いいか、損するわけじゃなし、と、ここは軽く考えておくことにする。

名画たち

 (アラビアのロレンス)とチャップリンの(モダンタイムス)(黄金狂時代)を見る。

(犬の生活)もあったし今夜は(キッド)である。

うん、これは老人福祉かもしれないと、ひがみながら楽しんでいる。

 デビッド・リーンの映像はどうしてあのドッシリとした印象を受けるのだろう?と今までよく分からなかった。

今回(アラビアのロレンス)を見直していて少し分かったような気がした。

 一つのシークェンスを撮るときに沢山のカメラを使っていると思った。

必ずしも同時に回す(マルチカメラ)とは限らない。

ただ俯瞰、クローズアップ、移動などなどの映像がまことに細かく、計画的に撮られている。

あの映画の中でも代表的なモブ・シーンである(アカバ襲撃)に典型的に現われていた。

 俯瞰(全体を映す)、クローズアップ、固定、移動などなどが、それぞれがさらに複数の撮り方で撮られている。

そうして計画して撮った映像をうまく編集することにより、シナリオ通りの、監督のイメージした通りの映画になる。

こりゃあ金かかってるわ、と一驚を喫した。

 一つのスクリーンにアカバ港一帯の全景が映り、ラクダで疾走する集団が映り、やがてロレンスの青い二つの目がスクリーン一杯にクローズアップされる。

ラクダに乗って疾走するロレンスの目を移動撮影で捉えながらクローズアップする。

一体、撮影はどのようにしたのだろう?

 こんなことを改めて痛切に感じたのもブロッグをやっているせいかも知れない。

安物のソニーのデジタル・ビデオ・カメラでいろんなものを写してブロッグに載っける。

脚本、監督、カメラ、編集合わせて一人。

役者は巷の人、ネコ、小鳥、ロシナンテ、などなど。

予算、僅少、ほぼゼロ。

 ビデオの方が性に合っているらしく、未だにデジタル・スチル・カメラは使えない。

裾野も乳色に包まれていた

 長崎は今日も雨だった、という歌ではないけれど裾野は今回も霧に包まれていた。

いつものように(たまプラーザ)から先輩にホンダ・レジェンドに乗っけてもらう。

今回驚いたのは先輩(同輩?)の千谷(ちや)さんが高校時代サッカー部のレギュラーを張っていたということだった。

 ポジションはバックだったという。

やはり本格的にサッカーをやっていた人の話は違う。

今回のドイツW杯では欲求不満の塊になった、というのもむべなるかな、だと思った。

あの柳沢のシュート・ミスはなかったよなあ、から始まって、いろんな局面、局面をまことにロジカルに説明してくれる。

 3バックと4バックがどういう意味を持つか、なんてことはち~とも知らなかった。

(ちやさん、同じ試合をテレビで見ていても感じることは僕たちとは全く違うでしょうね)

(そうでしょうねえ、今回はイタリアのカンナバロが凄かったですよ)

(ああ、あの小柄なバック・・・イエローカードを貰わないで敵を止める・・・)

・・・・

(運動もそうだけど楽器も習った方が習わないより楽しめますよね)

(そうそう、自分では上手になれなくても、上手な人が分かるようになるというか)

(何が難かしいかとか何が素晴らしいかとかが分かってきますよね)

(その点、鎌倉さんっていうのは何をやらせても上手いですねえ)

(マルチですなあ彼は)

(ギターも上手だし、ゴルフは上手いし)

(勿論仕事は出来るし・・・今社長やってますよね、自分で会社作って・・・)

(う~ん、これは殆ど((犯罪))といってもいいかもね)

(いやあ、殆どじゃなくて完全に犯罪でしょう)

・・・・・

 サッカーの話に熱中しているうちに千谷レジェンドは小川別邸に着いた。

濃霧の中たどりつくと鎌倉さんのギターがポロンポロンと流れていた。

今回はふうてんがリクエストしてギターを持ってきてもらったのだった。

(ふうてんアーカイブス)

2006 7月 裾野小川別邸

小川別邸に近づくと濃霧になった

慣れた道だからKiri_2  

 

 

 

 

 

 

 

いいけれど  

Kiri_1

 

 

 

 

 

 

小鳥がしきりに鳴いていた

小川別邸当主はバーベキューの準備Toshu 

 

 

 

 

 

 

 

この林の向うでKotori_1  

 

 

 

 

 

 

 

子育てしているのだろうかKotori_2  

 

 

 

 

 

 

ファドをみんなで聴いた

小津安二郎しているOzu  

 

 

 

 

 

 

辺境の民ですか・・・日本も?

ボスと手下がFado_1  

 

 

 

 

 

 

 

何やら悪巧み?Fado_2  

 

 

 

 

 

 

鎌倉さんは最後にアランフェスを弾いた

マーチンの愛器Yesterday

 

 

 

 

(アンコール)

(それから)のほかも女史のリクエストに応えてもう一曲。

イエスタデイ

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2006/07/17

2006.07.16 梅雨明け間近篇

梅雨の晴れ間チョウチョウがCho  

 長かった梅雨もようやく明ける気配がしてきた。

たまに日が射すようになり、夕立が毎日のように降り、カミナリゴロゴロも多い。

昼間一瞬カッと晴れ渡って入道雲らしきものが予行演習のように現われたりもする。

 温暖化が叫ばれて10年以上になりウンザリするけれども多少は慣れてきた。

ところがこの数年は(日本の亜熱帯化)という言葉さえ聴く。

東京湾ではサンゴがきれいに育ち、熱帯魚が群れている、というテレビ報道もあった。

海が綺麗になるならいいじゃないか、とタカをくくっていたら、地上にもその波が押し寄せてきたようだ。

 熱帯地方へは行った事がないけれど、聴くと、手で(握りコブシ)を作って開くと、もう汗をかいているという。

熱帯、亜熱帯というのは温度だけではなく湿度も高い地域なのではあるまいか。

なるほど、東京近郊の我が国立でも、ちょっと動くと汗だくになる。

亜熱帯化は海だけにしておいて欲しかったなあ、と嘆くのだけれど・・・もう遅い、らしい。

 そんな、うだるようなある日、ラガーマンから電話があった。

文楽から二カ月ぶりだった

 電話は、文楽の本を返したいので会えませんか、というものだった。

毎日が日曜日の身分、こういうとき話は早い。

さっそく夕刻国立駅で待ち合わせ、前回と同じ居酒屋(さくら)で飲んだ。

 ちょうどワールド・カップが終わり、中田が引退表明した後だったので自然サッカーの話題になった。

中田とベッカムやフィーゴのパスの違い、などの話から始まった。

(ベッカムやフィーゴのあの柔らかいパスは中田とは違いますねえ)

(中田のパスは、突破するときはいいのだけど・・・)

(周りがついていけなかったということもあったのかなあ)

(僕は一度彼にフォーワードをやらせてみたかったですよ)

(アッ、僕もそう思ったんです、ボールのキープ力があるし自己主張は強そうだし)

・・・・

(それにしても日本チームはいまいちでしたねえ)

(向こうの連中は凄いねえ、みんな個性が強い上にチームとしてもまとまってんだから)

(日本はちょっと事なかれ主義というか、おとなしいというか)

・・・・

 そんな話から、いつの間にか今の日本の教育の話になった。

平均点主義であり総合点評価であることから、個性を伸ばすよりも均質を求める。

それに第一、先生と生徒の付き合いが浅いものになっている。

僕の頃は・・・とラガーマンが経験を語り始めた。

(高校にはいったとき、僕は走るの苦手だったのだけど、君いい体しているねとラグビー部に誘われましてね)

(走れないので、というと、練習すれば走れるようになるよ、と部長の先生が言いました)

(それで、みんなの練習が始まる30分くらい前からその先生が400メートルのトラックを何周も一緒に走ってくれましてね)

(練習が終わった後は、今度は先輩たちが一緒に砂場を走って脚を鍛えてくれたんです)

(それで3カ月後くらいには一人前に走れるようになったという訳です)

・・・・

(そういえば、高校のときは電車通学で早く起きないといけないのだけど早起きが苦手でね)

(毎日遅刻ばかりしていたら、先生が毎朝電話で起こしてくれるようになりました)

・・・・

 どうも昔の方が先生や先輩との付き合いが濃密だったように思う、で意見は一致した。

やがてコーヒーを飲みたくなって、勘定を済ませて(書簡集)へ向かった。

二カ月に一回、大相撲のあるときに

 (書簡集)でコーヒーとウィスキーを頼むと、ラガーマンはアイスコーヒーだかアイスティだかを頼み、ちょっとだけウィスキーを垂らしてみて、と言った。

一口飲んで、うん悪くないと言った。

 いつもはビールしか飲まない彼が、そのうちコーヒー割りでないストレートのウィスキーも飲み始めたようだった。

 (書簡集)では、4月から日刊ゲンダイに載っている山口正介くんの記事も話題になった。

山口瞳さんの(行きつけの店)の第二ラウンドという趣のエッセイでなかなか快調なのである。

国立の店も勿論、何軒か登場する。

 (たまには飲みましょうや、春夏秋冬というより二月に一回くらい)

と言うと、ラガーマンが、

(いいですねえ、じゃあ、大相撲のある月にというのはどうです?)

と答えた。

(ふうてんアーカイブス)

2006 7月 梅雨明けも近い

カミナリゴロゴロ

よく見るとドングリが

ドングリの赤ちゃんDonguri  

 

 

 

 

 

  

さくら通りに日が射した 

朝もやの中Sakura_1 

 

 

 

 

 

  

大学通りにも

この三角屋根がなくなる?Sankaku  

 

 

 

 

 

蝶々も喜んでいる

花に蝶?Cho_hana

 

 

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2006/07/10

2006.07.09 朝顔市のころ篇

くにたち朝顔市Ichi_3  

 今年の梅雨は(らしい)梅雨なのだろうか。

晴はない、しかしそんなに雨も降らない、ただ、ず~っとモヤに包まれている。

毎日、降るとも降らないともハッキリしない。

 6月に定年退職となって、正式に(?)国立の隠宅での(第四楽章)が始まった。

会社という組織に(所属)していたときとは、やはり気分は大分に違うようである。

終日隠宅に引きこもっていてもしようがないので、一日に二度は外に出る。

モヤに包まれた国立の街を、チャリやら徒歩やらロシナンテやらで流すとき、これまでは見えていなかったものが目にはいるようになった。

 ここにこんな店があった?

 ここにこんな家があった?

 この時間、ここに、こんなに人が?

という驚きの連続である。

同じところに25年も住んでいるのに、この感覚は不思議な感じがする。

今までは、用のあるときに、用のある場所に行くだけだったのだろうか。

だからその場所しか見ていないし、記憶にもない。

 今はそれが逆になって、用もないのに、用のない場所を通りかかる。

目や耳や鼻など人間の五感は単純であって、勝手にいろんなものをセンスする。

そうして、あんな物があるよ、とかこんな音が聴こえるよ、とか変な匂いがするよ、とか教えてくれる。

それを頭が受け止めて、ほ~っ、こんな家が建っているんだ、とかコチラの思考回路が働き始める。

 街と人間との付き合いは、ニワトリが先かタマゴが先かの議論と似ているようにも思う。

街の魅力に惹きつけられて人間が集まる。

その人間たちがその街のありようを決めていく。

 国立は今、建築ラッシュであって、10年ほど前から高層マンションがいくつか出来て物議をかもし、NHKのテレビでニュース報道すらされた。

今は三角屋根の(国立駅)の駅舎が高架化の工事で取り壊されようとしている。

数億円という保存費用が市の予算では捻出できないらしい。

 隠宅の回りでも古い家が取り壊されて、数分の一の小ぶりな住宅に変貌する、ということがずっと続いている。

駐車場や農地がマンションに変わっていく。

空は狭くなるばかりである。

 しかし、とふうてんは思う。

昭和初年、大正の関東大震災からの復興のために作られたこの街はいまだに魅力的である、と。

アーキテクトが良かったし、それに自由に作らせた当時の東京市長がエラかった。

一橋大学のキャンパスを真ん中にドンと据えて、回りに広い道路を作った。

東西南北に直線的に走る碁盤状の道路を配置した。

幼稚園、小学校、中学校、高校、大学を数多く集めた。

学園都市と銘打って、パチンコ店とか風俗の店を許さなかった。

ヘソがあって、形のよい街となった。

 いくら高層マンションが建っても、駅舎が取り壊されても、キャンパスや公園や通りの木々たちはなくならないだろう。

木々たちが無くならない限りは、緑にあふれ、小鳥たちはさえずり続けるに違いない。

四国の片田舎から流れ流れてこの地にたどり着いた。

京都から東京へ流れるときは、その先には太平洋もあるさ、とウソぶいた。

(喧騒と汚濁の町、東京を見てやろうか)と負け惜しみ気味につぶやいた。

でもなあ、と、このごろ思う。

ここらへんにしとこか、これ以上居心地ええとこ、そんなにはないでえ、と。

ワールドカップが終わるとき大相撲夏場所が始まった

 ワールドカップは堪能した。

あとはイタリアが勝つかフランスが勝つかを残すばかり。

さっき、繁寿しから帰って嫁はんに聴かれたので、フランスが勝ちそうな気がする、と答えた。

(トッティーよりジダン?)

と嫁はんは言った。

 今回のワードカップでよくよく分かったのは、強いチームは点を取られないということだった。

何故点を取られないのだろう?と素人ながら考えた。

強いチームはシュートだってずいぶん数多くやっている。

単に守るだけではなさそうだ。

 攻めるも守るも、という昔の軍歌みたよなものを思い出す。

相手の陣地内で勝負している限り点を入れられることはない。

つまり攻めなきゃ守れない。

けど一発のロングパスで事態は逆転する。

それを跳ね返してまた相手陣内に攻め込まにゃならない。

ホンマ、サッカーちゅうのは疲れるゲームだということがよく分かった。

 やっぱ日本人には野球やら相撲やらの(一呼吸おける)ゲームが合っているようにも思う。

阪神ファンであり白鵬と稀勢の里のファンであるふうてんは、野球や相撲も楽しみなのである。

サッカーのような目まぐるしさがなく、落ち着いて見ることができる。

落ち着いてはいても勝負である限り、一瞬の(鋭い対立)で勝ち負けは決まる。

(サムライ・ブルー)とワールドカップで日本チームは言っていたけど、サッカーは侍とは縁遠い世界なのではないかと思う。

(中田英 なかたひで)は侍というイメージじゃないけど、イチローやらマツイは侍のように見える。

 サッカーはやはり刀ではなく鉄砲の戦いなのでしょうな。

ワールドカップが終わって相撲が始まった。

鉄砲は横に置いて、刀の戦いを見せてもらいまひょか。

国立の朝顔市

 この季節、全国的に、朝顔市やらほうずき市やらのニュースが流れる。

国立でも(朝顔市)なるものが7月の第一週に開かれる。

一橋大学そばの大学通りでそれは行われる。

 もとは国立のルーツである谷保村の農家の人々の現金収入を増やすために市がてこ入れして始めた、と繁寿しで昔聴いたような気がする。

10年ほど前、当時現役の市の職員だった繁寿しの常連の(ガマちゃん)が朝顔市の世話役もやっていて、夕刻繁寿しに現われて、

(いや~っ、今日は暑かったですねえ、だって朝からいろいろ飲んでんだけど、まだ一度もオシッコにいっていないんだもの)

と言ったことを妙に鮮明に覚えている。

 このガマちゃんというのは谷保村の大地主の末裔の一人でまことに愉快でピュアな人物で、市役所を退いたあと今も福祉関係の仕事で現役で頑張っている。

 国立ではもう少しすると(盆踊り大会)が各所で始まる。

花火大会も多摩川などで数カ所、家から見えるところ、聴こえるところで行われる。

(ふうてんアーカイブス)

2006 7月 くにたち朝顔市

くにたち朝顔市

朝顔市 1Ichi_2  

 

 

 

 

 

 

  

朝顔市 2Ichi_1_1  

 

 

 

 

 

 

 

朝顔市 3Ichi_4  

 

 

 

 

 

 

 

何故か(ふくろう)が

ふくろう 1Tori_1  

 

 

 

 

 

 

 

ふくろう 2Tori_2  

 

 

 

 

 

 

 

(かぶと虫)もいた

男の子もMushi_1  

 

 

 

 

 

 

 

女の子もMushi_2  

 

 

 

 

 

 

 

かぶと虫は好きらしいMushi_3  

 

 

 

 

 

 

 ロージナ茶房 1

ランちゃんのチャイニーズ・レッスンはここだったCafe_1  

 

 

 

 

 

 

 

山口瞳さんもよく訪れた、この絵も・・・Cafe_2

 

 

 

 

 

 

 

ロージナ茶房 2  

ギネスの黒ビールもうまいBeer

 

 

 

 

 

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2006/07/03

2006.07.02 青梅は乳色に包まれていた篇

 梅雨になったら久しぶりに青梅(おうめ)を訪ねたいと思っていた。

新緑のゴールデン・ウィークのころ、毎年行きたいと思うのだけれど、いつも電車に乗った瞬間に、ああ人で一杯なのだなあと諦めている。

 多摩川は青梅の当たりから(渓谷)という雰囲気が出てくる。

平野を流れる川ではなく、山あいを縫って流れる(渓流)となる。

国立から青梅までは直線距離で30キロもないのだけれど、今どきの交通事情故、やはり小一時間はかかる。

 朝までのサッカー観戦で寝不足のまま訪ねた青梅は薄いモヤに包まれていた。

いつものように駅前は閑散としている。

今回、駅の地下道のようなところに古い映画のカンバンが何枚かあって、オヤッ?と思った。

どこから降りれば多摩川だったかなあ?と街を少し歩くと、いろんなところに古い映画のカンバンが配置されている。

 カンバンをめぐるように歩いて(赤塚不二夫会館)とか(昭和幻燈館)とかに紛れ込んだ。

(昭和レトロ商品博物館)なんていうのもあった。

通りには(キネマ通り)などという古いネーミングの商店街もある。

歩いていると何となく愛媛の山間の街(内子町)に似ているようなところもある。

ハハ~ン、青梅も昔何かの産業で栄えた町だったんだと気づいた。

内子は(蝋)だったけど青梅は何だったのだろう?

青梅と言えばその名の通り、梅林くらいしか思い浮かばないのだけど、梅干しの名産地?というのも聴かないし・・・。

 モヤに包まれた街をW杯観戦で霞んだ頭のままさまよう事になった。

赤塚不二夫会館

 (おそ松くん)(天才バカボン)などで昭和の後半人気を博した赤塚不二夫はふうてんの大好きなマンガ家である。

ジャズピアニストの山下洋輔を介して当時福岡にいたタモリを知り、タモリの(宴会芸)の素晴らしさに惚れ込んで、拉致するように上京させ、しばらくの間タモリは赤塚不二夫の家に居候していた、というのは有名な話である。

 1935年満州生まれ、というから戦中、戦後どういう状況だったかというのは想像に難くない。

新潟、奈良で中学、高校時代を過ごし上京する。

田舎で過ごした時代はスイカ泥棒もいたずらでやって、中身を頂戴して外観はそのまんまに見えるように工夫するんだ、とテレビで楽しそうに告白したりもしていた。

 2002年に倒れて活動は休止しているけれど、今はリハビリ中だという。

ハチャメチャの漫画、ハチャメチャの人生、ハチャメチャの発言で有名なお方だけれど、ある時テレビで(世話になったとか世話をしたとか言ってるうちは本当の友だちじゃないんだよ)という風な発言をしていた。

そのピュアな人間観にふうてんはドキリとした。

青梅駅近くでいい店を知った

 歩くうち朝から何も食べていないのに気づいた。

そば屋か何かないかいなと見ると、一軒のうなぎ屋が目にはいった。

天麩羅、うなぎとカンバンには書いている。

ここなら酒が飲めそうだ。

 初めての店というのは店の人もコチラも最初多少緊張する。

昼時なのに客は誰もいない。

まずビールを注文するとサントリー・モルツである。

これは何かいいことがあるのではないか、と思った。

(ご主人、岩ガギとあるけど出来ます?)

(はい、いいのがはいってますよ)

(蛤とあるけど、どんな調理法?)

(酒蒸しと焼くのと)

(じゃあ、焼いて下さい)

(肝焼きは出来ます?)

・・・・・。

(ご主人、白焼きはまだですか?)

(あっ、いけねえ、タレつけちゃった・・・)

(いいですよ、蒲焼でいきましょう)

・・・・・。

(ところでご主人、そこの箱で何か動いて・・・あれっ?これウナギですか?)

(ウナギは生きてないと使えません)

(さっきの岩ガキはどこ産です?)

(お~い(と女房どのへ)今日のはどこだったっけ、うん、ああ富山ね、千葉でもいいのがとれるのですがね)

・・・・・。

(もうお店長いんですか?)

(40年と少しですかね)

(この青梅は何で栄えていたんです?映画館もずいぶんあったようだし)

(林業と石炭と織物ですよ、映画館も料理屋も多かったし、芸者さんもいたしね)

(は~っ?梅林じゃなくて桑畑だったってわけ~っ?ご主人青梅の産ですか?)

(そうなんです、家の前が映画館でしてね、映画はずいぶん見ました)

・・・・・・。

 これから青梅に来たときは、まずこの店に寄ろうと思った。

渓谷は薄い乳色に包まれていた

 サントリー・モルツと多摩の酒(沢の井)を飲んで、岩ガキが8月まではあることを確かめて、店をでた。

映画やらマンガやらうなぎやらではなく本来の目的の渓谷を目指して斜面を下っていった。

 ウグイスが鳴いていたりトンビが空を旋回したりしている。

釣り人たちが無心に竿をあやつっている。

行き交う人はほとんどいない。

 坂を降りて多摩川へたどり着き、橋を渡って超えた所の上にある簡保の施設に向かう。

ここのレストランで多摩川を見下ろしながら飲む酒もまたうまいのである。

しばらくそこからのモヤに霞んだ景色を楽しんで、来た道を戻る。

多摩川まで降りた所が公園のようになっている。

駅からいろいろと歩いて降りて登ってまた降りて。

思わず公園のベンチみたような石の長椅子に横になった。

 一休みして駅までのかなりの急勾配の坂道を登って帰路についた。

昼過ぎに家をでて、帰ったのが夕刻6時前だった。

悪くない旅だった。

(ふうてんアーカイブス)

2006 夏 青梅

古い映画のカンバンたち

道 こういう感じで立っている

Michi  

 

 

 

 

 

 

 

カサブランカKasa 

 

 

 

 

 

 

 

アラビアのロレンスLaurence  

 

 

 

 

 

 

 

用心棒Yojinbo  

 

 

 

 

 

 

 

俺たちに明日はないAsu  

 

 

 

 

 

 

 

駅馬車Ekibasha  

 

 

 

 

 

 

赤塚不二夫会館

彼は映画の大ファンだった

バンザイ猫(菊千代)

菊千代・・勿論(七人の侍)の三船敏郎Kikuchiyo  

 

 

 

 

 

 

 

赤塚不二夫 この笑顔に隠されたものEgao  

 

 

 

 

 

 

 

タモリは居候していたとかTamori  

 

 

 

 

 

 

 

赤塚不二夫会館 外観Kinenkan1  

 

 

 

 

 

 

赤塚不二夫会館 内部Kinenkan2_1  

 

 

 

 

 

 

 

青梅でいい店を知った

青梅駅前のうなぎ屋さん

たたずまいUnagi  

 

 

 

 

 

 

 

青梅の乳色の風景

ウグイス 青梅訛りの谷渡り

ワシ?タカ?トンビ?

釣りをする人 1

釣りをする人 2

泳ぐ人

簡保からの風景

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