« 2006年3月 | トップページ | 2006年5月 »

2006年4月に作成された記事

2006/04/24

2006.04.23 新緑狂想曲が始まった篇

コナラは緑になったGreen_1  

 桜が散り終わった頃から、今度は新芽、新緑の大騒ぎが始まる。

この1、2週間の間に花を散らせた(桜通り)は緑のトンネルに変わりつつある。

毎年繰り返される(桜狂想曲)(新緑狂想曲)を40歳を過ぎてから、いや50歳を過ぎてから本当に楽しめるようになった。

50歳ころまでは(仕事狂想曲)に耽っていたのかもしれない。

 今年はどうも雨がよく降るし、あんまり温暖化という恐怖を感じない。

今日も繁寿司へ出向くとき、雨が降りそうな気配があった。

大は小を兼ねる、という年寄りらしい用心深さをこの頃持つようになった。

雨が降るかもしれない時はロシナンテの出動はよすことにしている。

嫁さんと、念のため傘を持ってチャリで繁寿司へ出向いた。

 行ってみると山口夫人一人だった。

競馬が始まっただかして、早めに店に来たらしく、チラシ寿司を食べ終わるころだった。

タクシーが来てお送りして、客は我々夫婦が二人取り残された。

しかし、やがて馴染みの人が一人、二人と現われ、家族連れも来るし、結構店は賑わった。

 物書きがいる、元市役所職員がいる、フルート吹きがいる。

みんな近くに住んでいて時たま繁寿司で会うだけの付き合い。

それなのに、どうしてこんなに心が落ち着くのだろう。

帰りのチャリのペダルは極めて軽かった。

桜は別れの花でもある?

 留学生たちの卒業式を記事にした時、ほかも女史さんから桜は別れの象徴でもあるのですねえ、というコメントを戴いた。

桜狂いの当方は(お祭騒ぎ)の印象が強かったのだけど言われてみると、3月4月は去る者があり来る人がいる、という異動の季節でもある。

 この間、請われて、新人教育の手伝いをした。

この数十年のうちにメーカとして商品化したものの一部をズラズラと並べた記念館のようなものを構築中であり、そこで各部門のOBたちの経験談を聴く、というカリキュラムのようであった。

 新入社員というのは、ほとんどが18歳から24歳くらいまでである。

ふうてんが今の会社にはいった時はまだ気配もなかった連中ばかり。

子供、というより孫に近い年代である。

その連中が次から次へと質問をする。

 どうしてパソコンをやることになったのですか?どうしてこの製品を開発したのですか?どういう思いでこのパソコンを作ったのですか?対人関係で苦労されましたか?

・・・・。

午後2時半から4時半までの2時間。

結局立ちっぱなしで、休みなしに連中の質問に答え続けたのだった。

 若い彼らのイキイキとした目を見ていると、出来るだけ答えてあげようという気になった。

コチラだって新人のころはあったんだ。

この会社で定年まで勤めたんだ。

彼らの質問に真っ正面から答える責任はある。

やる気次第で自己発見出来る環境だよ、ということを伝えたかった。

 その新人教育の行われていた場所では、近くでウグイスが大声で鳴いていた。

念のためビデオ・カメラを持って行って、昼食のあと撮影を試みたのだけど、相も変わらずウグイスはシャイで姿は見せなかった。

 帰りに新横浜でJOさん、人丸どのに付き合って貰った。

孫のような連中と付き合ってそのまま家に帰ったのでは気持ちが落ち着かない。

うまい具合にご両人がつかまったのでプリンス・ホテル最上階のいつものバーで落ち合った。

 横浜の(みなとみらい)や(W杯もやったサッカー場)がよく見える。

この日はJOさんの(卒業後)の仕事の話が話題の中心だった。

コンピュータ・メーカを卒業して、遺跡発掘で汗を流したり、アジアの若い人の育成に心を砕いていると聴く。

 人丸どの、ふうてん、JOさんは去年から今年にかけて還暦を迎える。

新人たちの道は一直線である。

退役軍人たちのこれからの道は・・・多様である、ようだった。

今年はコナラにこだわってみたい

 新緑狂想曲が始まって、国立の街を歩く楽しみは一年の中で今が最高だと思う。

新芽、新緑というのはあらゆる植物が同じようにその時期を迎える。

アレやらコレやら目移りしていたらキリがない。

 中でも変化の一番あからさまな植物の一つがコナラではないかと思う。

たまたま我が方丈の庭にそれが一本あって、その春の新芽を見ているから、そう感じるだけなのかもしれない。

桜が咲き始めるころまでは、まるで枯れ木のようである。

ところが桜が咲いて散るあいだの一週間か10日間ほどで、アレヨアレヨという間に新芽を吹き、ちゃんとした一人前の葉を繁らせる。

 もう10年近く、毎年このセレモニーを楽しんできた。

今年初めて比較的マメにビデオ撮影をした。

毎日、時間により、天候により、めまぐるしく表情を変える。

それをビールでも飲んで楽しんでいればよろしいのでビデオで撮る必要はない。

 いい映画を見たあとはコーヒーを飲みながら友だちとその映画の話をしたくなる、と植草甚一さんは書いている。

ふうてんがコナラを撮影してブロッグに載っけたくなるのも同様だと思う。

みなさんの写真と同じ様に。

(ふうてんアーカイブス)

2006春 隠宅のコナラ

新芽がでた

晴れた日Shin_1  

 

 

 

 

 

 

 

雨の日Shin_2  

 

 

 

 

 

 

 

少し伸びた

まだ葉っぱはうつむいている1_1  

 

 

 

 

 

 

 

確かに  

1_2 

 

 

 

 

 

 

もう巣立ちかなあ

うつむいてばかりもねえ2_1 

 

 

 

 

 

 

 

みんなでね2_2  

 

 

 

 

 

 

 

 

緑が深まってきた

俺たち大人だよね3_1 

 

 

 

 

 

 

 

ウン、自信あるよ3_2

 

 

 

 

 

 

| | コメント (8) | トラックバック (1)

2006/04/17

2006.04.16 はじめてフキノトウ味噌を作った篇

桜と同時に桃も(カメラマン助手の助手撮影)Momo  

 

 子供のころから春が好きだった。

寒さに身を縮めていたのが、空気がぬるくなってホッとする初春。

冷たかった水も肌を刺すほどではなくなってくる。

 3月になって桜もまだ蕾をつけていない時期に、急に(蕗の薹味噌)が思い出された。

フキノトウ、タラノメというのはこの季節必ず飲み屋でテンプラで出る。

10年も前になるだろうか、国立駅前の蕎麦屋さんで、ある日珍しいつまみが出た。

メニューにはなく主人のサービスで出してくれた一品だった。

それが(フキノトウ味噌)だった。

 その後その蕎麦屋へは通わなくなったのだけど、ずっとその味が春になると思い出されていたのだった。

たった一度しか食していない食べ物の味がどうして忘れられないのだろう。

それはこの10年以上、謎のまま残っていた。

 今年、何がキッカケだったのか思い出せないのだけど、フッと自分でも作れるのではないかと思った。

やってみて、うまく出来て、結局今日で4回も作ってしまった。

もう終わりだろうけど、一つ(旬の味)の楽しみが増えたのであった。

来年も3月になるとチャリで近くのスーパーで(蕗の薹)を探すに違いない。

春と秋、どちらが好き?

 春夏秋冬、どの季節が好き?という問いはいい質問だと思う。

女房などは、九州は大分、別府温泉の出身のせいだかして暖かい夏が好きなようである。

暖かくなると、夏が近づくと、体調が良くなるという。

逆に秋から冬にかけて寒くなってくると、活力が減退し、何ごとも億劫になり、晩飯の肴のメニューも一品減る、という事態に陥る。

 昔、英会話教室のミス・ウォーマンと以下のような会話を交わした。

(Which do you like,spring or autumn?)

と、ミス・ウォーマン。

(Which do you prefer?)

と、ふうてんは聞き返した。

(Of course,I like autumn.)

(Why?)

(Beutiful.It’s clean.)

ウォーマンは秋がお好きらしい。

(I don’t like autumn,I almost hate it.)

(Why?)

(Because,it’s too sad.)

と、ふうてんは答えた。

 このニュージャージー出身のユダヤ女はまことに愉快な人だった。

旬の味ということ

 ふうてんは料理というものはやらない。

人さまに食べて貰う料理というようなものは作った試しがない。

そういう大胆不敵なことをやる勇気はないし、努力をする積もりもない。

サービス精神も、料理に関しては全くない。

 しかるに、季節の味というものが一つの誘惑となって迫ることがある。

例えば秋口、10月になって三陸産の生牡蠣、なんてのが手頃な値段でスーパーに出回り始める。

我が家の料理人などはカキというとカキフライくらいしか想像できないようである。

カキフライは美味しいけれども油を使うし、コロモやらツナギやら面倒である。

必然、一シーズンに食前に出る回数は限られる。

 ところでカキというのはカキフライにしないと食せないのであろうか?

と、しごく単純な疑問が湧いてきたのはもう何年前になるだろう。

飲み屋では冬になると貝殻つきの生牡蠣が出るではないか。

あれにレモンを絞って・・・・。

 近くのスーパーでいつの頃からか(生食用)というのが売られるようになった。

貝殻つきのもたまに売られている。

貝殻を外すのはやってみて悪戦苦闘、最後にはプライヤーまで持ち出したのに辟易して、今は身だけになったパック入りのものしか買わない。

 これを買って帰って、さていろいろと試してみた。

生臭さを取る為にはどうしてもダイコンのすり下ろしたものが必要である。

それは(檀一雄)の本でとっくに知っていたのだけど、その前にまず水洗いをやる。

しかる後にダイコンのすり下ろしたものをカキにまぶして、コネ回した後、ダイコンを洗い流さねばならない。

時は真冬である。

水道の水の冷たいのなんの。

 水気を切ってユズをきかせたポンズでそのカキを喰う。

ビールでもいいし日本酒でもよろしい。

酒を飲まない人はきっとこんな面倒なセレモニーはやらないだろう。

 このカキから始まって、季節の旬のものだけは、食に余り興味のないふうてんも無関心ではなくなったようだ。

夏が近づくと京都の友人から(ハモの季節やで)とそそのかされたりする。

冬になると(カモが降りてきてなあ)とそそのかす兵庫の先輩もいる。

ふうてんにとって(食)とは(季節)のことなのかもしれない。

 この頃の晩飯のメニューは、

ホタルイカ

ソラマメ

タケノコ

の繰り返しで、これらが出れば文句を言わないので女房も楽そうである。

ところで、蕗の薹味噌、どないしたんや

 蕎麦屋さんで出されたつまみで知った味だから、おそらくマジックのような秘密があるに違いないと思って10年ほどたった。

急にその味を確かめたいと思った。

 Googleに聴くと以下のサイトがあり、コチラの知りたいことを過不足なく教えてくれる。

蕗の薹味噌を作る

 まず(蕗の薹)を手に入れねばならない。

近くのスーパーやら食料品店やらを冷やかすと3月にはどの店にもあった。

4月半ばの今はもうあまり置いていないようである。

 (蕗の薹)が手に入ったとして、さて(味噌)はどうすればいいのだろう。

よく分からないので冷蔵庫を覗くといつも味噌汁に使う(フンドウキン味噌)が見つかった。

 (蕗の薹)を軽く水洗いして水を切る。

包丁で縦に4分割して、後はみじん切りにする。

1パックに5~6個は入っているから次々と同じ動作を続ける。

 いつもは麺類に使うドンブリを取り出す。

そのドンブリにミジン切りにした(蕗の薹)を入れる。

次にスプーンでフンドウキン味噌を5、6回入れる。

そうしてスプーンで(蕗の薹)と(味噌)を撫でつけるように掻き回す。

箸を使ったりして掻き回してもよろしい。

 (味噌)と(蕗の薹)が完璧に混ざり合ったのを見届けてドンブリにサランラップをして冷蔵庫で一晩寝かす。

これで(蕗の薹味噌)の出来上がりである。

翌日からビールを飲むたびにイソイソと冷蔵庫からこれを取り出すことになる。

 3回目だったか、台所で(蕗の薹)を刻んでいると女房がはいってきた。

(いい匂いねえ)

と言う。

(蕗の薹をミジン切りにしているのよ)

(ふ~ん、凄くいい匂い)

部屋中に(蕗の薹)の香りが漂っているのだった。

 まあこういう次第でありました。

春の楽しみが一つ増えましたね。

(ふうてんアーカイブス)

2006春 コナラの新芽

晴の日

雨の日

コナラの新芽はKonara_1  

 

 

 

 

 

 

  

毎年楽しませてくれるKonara_2  

 

 

 

 

 

 

 

ネムの木のように葉が下を向くKonara_3 

 

 

 

 

  

 

 

2006春 今年もウグイスが来た シャイだから姿は現さない 

 

今年もウグイスが来てくれた

オナガ、ヒヨドリ、ウグイス

白も日向ぼっこ

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2006/04/10

2006.04.09 桜が咲いて、散った篇

大学通りで絵を描く人Photo  

 今日は夕刻5時にロシナンテで出ようとすると太陽が明るい。

ずいぶん日が長くなったなあ、と女房と話しながら桜通り、大学通りを流して繁寿司へ向かった。

 もう桜はほとんど散って、葉桜になりかけている。

国立の町は歴史が80年の新しい町なので、並木であれ公園であれ学校であれ、ともかく桜、桜、桜なのである。

桜の好きな当方に文句はない。

 3~4月に桜が咲いて、葉を繁らせて夏になり、紅葉して落葉する11月までの国立はまことに素晴らしい。

それもこれも(植物)のお蔭であって、80年以上前に国立をデザインした先人たちに感謝したいといつも思う。

 桜の咲くこの10日間ほどは毎年多少心が浮ついてくることを止めることができない。

今年からはビデオ・カメラを携帯して桜見物に出かけることになった。

その一部を報告しておきたい。

繁さんのパソコン

 この頃、時々繁さんからパソコンの使い方のことで質問を受ける。

4~5年くらい前から、何かのきっかけで使い始めたらしい。

パソコン教室にも通っていて、面白おかしく報告してくれる。

(歳はとりたくないですねえ、すぐ忘れちゃうんですよ)

(そうなんですよね、半年前に覚えた操作をもう忘れている)

(いえ、僕の場合は、教室で習ったことを家に帰ったらもう思い出せないんです)

・・・・

てな調子で、いつも笑わせてくれる。

 今日はメールで送られてきたカリンの花の写真が大き過ぎて全体が見えないという。

どれどれ、ということで部屋に上がり込んで、ここで右クリックしてペインにコピーして縮小すれば・・・とかやった。

 ついでに繁さんがシカゴから送ってきた写真を見てよ、という。

以前繁寿司にも出入りしていた一家からの写真であった。

シカゴ郊外だとかで、家族で家の近くで日当たりのいい場所で過ごしている何ということのない、しかしいい写真たちであった。

女房が、

(いいわねえ、こういう写真は日本では難しいのよ、まず電柱があるでしょう)

と言った。

 繁さんは次に(翻訳ソフト)も操作して見せてくれた。

いやはやインターネットの効用・・・ありますねえ。

シカゴと国立、英語と日本語、繁さんには障害はないようだった。

桜狂想曲

 いつもこの桜の一週間、国立は人と車で埋まる。

今年は全ての意味でまことに順調だったといえる。

まず開花時期が平年並み、3月末ごろだった。

温暖化が騒がれ、この2~3年は平年より10日早い、20日早いが続いた。

 桜は咲くとすぐに必ず(春の嵐)に見舞われる。

雨が降り、強い風が吹く。

今年はそれも全くうまい具合に行われた。

この季節、天気予報の天気図を見ると前線が南北に走っている。

この前線(高気圧と低気圧の間の線)が東西にどう移動するかで天気は決まる。

東西に伸びる梅雨前線とか時雨前線と違って、太陽というよりも風の影響が強いらしく、1日でフラフラと東へ行き、西へ行く。

 それで今日晴れたと思ったらその日のうちに雨が降ったり、突然強風が襲ったりする。

吉野の花見は一度だけチャレンジして見事に敗れた経験をした。

それは開花時期の予測が難しい、ということの結果だった。

しかし、いやなに、開花時期が分かっていたって、やはり花見は難しい。

雨が降ったり、突風が吹いたり、急に寒くなったりする。

 すぐ近くの公園、通りの桜をビデオで撮ってやろうと試みた。

寒さで手が震えたり、風でカメラが流されたり、車の音がうるさ過ぎたり、突然雨が降って来たり・・・楽なものではないことが分かった。

 花は得難いから貴重なのだろうか。

(花に嵐の譬えもあるさ サヨナラだけが人生だ)

とのたもうたのはどなたさんだったっけ?

(ふうてんアーカイブス)

2006春 国立 桜狂想曲

近くの公園で

近くの市役所で

ソメイヨシノは花ばかりHana  

 

 

 

 

 

 

 

緑がバックがいいGreen  

 

 

 

 

 

 

 

大学通りの歩道橋

人の鈴なりHodo  

 

 

 

 

 

 

 

歩道橋から桜を見るとSakura  

 

 

 

 

 

 

 

大学通り やはりこの構図

歩道橋からDaigaku  

 

 

 

 

 

 

 

車と人とKuruma 

 

 

 

 

 

 

 

風にあおられる桜

桜吹雪

見えますかねえHanabira_1  

 

 

 

 

 

 

 

空に飛ぶ花びらがHanabira_2  

 

 

 

 

 

 

 

歩道の影と花びらHanabira_3  

 

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006/04/03

2006.04.02 留学生卒業につき篇

 今日は予報通り(花散らし?)の春の嵐となった。

夕刻、ロシナンテを諦め雨模様の中チャリで繁寿司へ向かう。

風がやんでこぬか雨になったのでチャリにしたけれど店に着いたころから激しい雨、激しい風となった。

 店には山口夫人がいた。

夫人の風邪から始まり、コチラも2週間休んだので一ヶ月ぶりの会話だった。

繁さんの幼少時代の話などにもなり、やはり戦争時代を経た人々はいろんな経験をして来ているのだなあ、いろんな浮き沈み、職業替え、引っ越しを経験しているなあと感心した。

 国立の桜も満開を迎えている。

今年の桜はうまい具合に本来のいい時期に咲いてくれた。

3月28日の留学生たちの卒業式の日も桜が華を添えてくれた。

今回はその顛末を少し報告しておきたい。

学位記

 卒業式というのは小学校の時くらいしか記憶にない。

それも大昔だから勿論おぼろな記憶に過ぎない。

大学生という、もう大人になった連中の卒業式にコチラが出ることになるとは思いもよらなかった。

 3月になってホスト・ファミリーの夕食会のとき留学生たちが、

(卒業式には来てくれるんでしょう?)

と、それが当然のように言った。

そう言われると、何しろコチラは日本での(お父さん、お母さん)の役割だから行かない訳にはいかない。

少し億劫だったのだけど女房と朝から一橋大学へ出向いた。

 大学の正門に(平成17年度 一橋大学学位記授与式)というカンバンがあった。

学位記?これの意味が分からない。

卒業証書、という風な言い方は聴いたことがある。

係員に聴いたら、ちょっと待って下さい確かめます、と知らなさそうであった。

 あとあと分かったのだけど結局は(学位を記した(しるした)証書)という意味だった。

つまりは、学位記=卒業証書だったという一席のおそまつ。

タイ・シルク

 中国のランちゃんは朝7時から近くの美容院で着物と袴の着付けをして貰うという。

対してタイのアリアさんは民族衣装だと聴いていた。

 大学の正門前で待っていると、まずはランちゃんが登場して、その着物と袴の模様や色合いが彼女に合っていたので安心した。

留学生たちは一度は日本の着物を着てみたいと思うそうである。

今回卒業式に出向いてみて、今の着物、袴には実に様々のデザインがあることを知った。

ふうてんなどの記憶にあるのは矢がすりの着物に濃紺の袴くらいなものである。

 今は(凛とした感じを出す為の礼服)ではなくて単なるファッションの一つになったようであった。

 対してアリアさんは光沢の鮮やかなタイ・シルクを着て登場した。

光の具合によって色合いが変わる。

ふ~ん、これがタイの民族衣裳の一つなのか、なんて感心していると、タイ・シルクですよと教えてくれる人がいた。

 タイ・シルクというのは同じ絹でも糸の太い、紬(つむぎ)のような布だという。

それで光による色の具合、シルエットのシャープさが普通の和服とは異なる、らしい。

なるほど、なるほどとアリアさんのファッションに見とれたのだった。

卒業式も終わって

 大学正門前で待ち合わせ、ワイワイガヤガヤと記念撮影する群れの中、我々も時間を過ごし、やがて卒業式が始まった。

学部の卒業式は人数が多いので、式場である講堂には学生しかはいれない。

関係者は別のいくつかの教室で大型モニターで見学するという。

チラッと初めだけ見て大学を出て、喫茶店でコーヒーを飲んだりしながら時間を過ごす。

 式が終わって、アリアさんのタイから来た親族三人も一緒に2台のタクシーで隠宅へ向かった。

ホスト・ファミリーとしての4年間のつきあいの一つの区切りである。

静かな落ち着ける場所で話し合おうということで来てもらった。

 タイからの三人はお母さん、お姉さん、おばさんだった。

面白かったのはタイは陸続きだからして中国系が多いのですね。

アリアさんの家族も母方、父方の祖母、祖父のどちらかが中国人だという。

そうするとどういうことが起こるか?

例えばおばあちゃんは中国語しか話せない、お母さんは中国語、タイ語話せる、娘はタイ語しか話せない。

おばあちゃんと孫の会話はややこしいことになる。

仕事の都合上英語を話せる人も少なくない。

 結局この日の会話は、中国語、タイ語、日本語、英語の入り乱れる会話となった。

ランちゃんのお母さんにも一度来て貰ったし、今回アリアさんのお母さんにも来て貰えた。

ホスト・ファミリーとしてまずは胸をなで下ろすことが出来た。

 留学生たちは東京に留まり修士課程に進む。

これからは社会人になる為の準備が始まる。

卒業式とか結婚式とかは当人たち以外には一抹の寂しさを伴うものであるようだ。

(ふうてんアーカイブス)

2006春 留学生たちの卒業式

桜の木の下で

じゃあ撮るからねLanyome1  

 

 

 

 

 

 

 

うまく撮れましたあ?Lanyome2  

 

 

 

 

 

 

 

みんな来ているかなあ  

Lanyome3

 

 

 

 

 

 

正門前で集合

  

これで揃ったねGate_1  

 

 

 

 

 

 

 

仲間と記念撮影

中国の人たちChinese  

 

 

 

 

 

 

 

タイの人たちTai  

 

 

 

 

 

 

ランちゃんの学位記

 学位記貰えましたLan  

 

 

 

 

 

 

 

家族で記念撮影

笑って!Kinen 

 

 

 

 

 

 

 

二人で

変なポーズTwo_1  

 

 

 

 

 

 

 

私もTwo_2 

 

 

 

 

 

 

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2006年3月 | トップページ | 2006年5月 »