11月6日 天下市のころ篇
国立では11月3日の文化の日から3~4日間、天下市という市民祭りが催される。
国立市の天下市と書くとどう読んでいいのか分からない。
(クニタチシ)の(テンカイチ)と読む。
(こくりつ)とか(てんか)とかエライ大げさなネーミングではある。
この季節はようやく空気が冷たくなって、夏の暑さでボヤ~ッとしていたみんなが、冷たい風にブルッと身を震わせてフト我に帰るのである。
天下市は国立駅前の大学通りの500メートルほどの両側にいろんな店が出る催し物である。
真ん中にある一橋大学では(学園祭)が行われ、いろんな公演や講演会が行われ、学生たちが模擬店を出す。
やはり圧巻は通りに出される香具師(ヤシ)たちの店だろうと思う。
お好み焼き、焼きそば、イカの丸焼きなどの伝統的な食べ物をはじめ、古着であろうと台所用品であろうと、アレやらコレやら何でも売るのである。
中には(金魚すくい)なんてのもあり、ふうてんも昔やってみたのだけど、見事に紙がすぐに破れて一匹もすくえなかった。
人が沢山出て、夜になると電灯がともって、道を歩きながら食べ物を作る匂いや煙の匂いをかぐ事ができる。
ただそれだけのことなのだけど、何となく群衆に身を任せて賑わいを感じるのか、昔の村祭りを思い出すのか、毎年エライ人出となる。
それにしても今年はNHKが気合を入れていい番組をやるので気が抜けない。
今年の(芸術の秋)はNHKのテレビに止めを刺す。
古今亭志ん生の話
(はらわたを 捨てて サンマに見限られ)
という句がある。
何を隠そう、落語のナンバーワン、古今亭志ん生の句なのである。
今どきのひとはサンマのはらわたを、きたならしいとか邪魔クサイとかいって食べないらしい。
しかし、サンマの本当のうまさはあの(はらわた)にあるのですな。
(はらわた)を回りの腹の脂肪分と一緒に食べる。
苦みと脂身の味のハーモニー。
そのことを貧乏生活の長かった志ん生は良く知っていたのですね。
貧乏なものだからホネでややこしくても魚は全部食べたい。
細い骨に囲まれているような(はらわた)も食べてしまう。
食べてみると、存外においしいではないか。
ハハ~ン、手間を惜しんだり、面倒くさいからと気取っているやつらは知らないんだ。
最後の(サンマに見限られ)という言い方がいかにも志ん生らしい。
サンマの方がエライのですね。
人間様だと偉そうにしているけれど、味の一つも分かっちゃいない、とお魚ちゃんの目で揶揄しているわけです。
この志ん生のことを山本晋也監督が語る番組があった。
NHKの教育テレビで4回、深夜に放送された。
これがまことに面白くて見応えがあった。
山本晋也監督というのはテレビでコメンテーターやらリポーターをしているけど250本ほどの成人映画(簡単に言うとポルノ映画)を作った監督さんです。
彼は神田の生まれでチャキチャキの江戸っ子なのですね。
(風俗)の世界のレポータ役でテレビに登場したのだけど、どことなく一種の品のようなものがあって、ふうてんは好きなのですな。
この山本晋也監督の志ん生に対する(オマージュ)のような番組になっている。
(え~、人間とォいうものは)というのがテーマで以下の4回。
・いいかげんの魔力
・なんて勝手な人だろう
・ひょっとして身投げだ
・酒はやっぱりうまいなあ
内容詳細はGoogleでNHKオンラインに聴けば分かります。
井上陽水 空想ハイウェイ
(心もよう)の一曲で一世を風靡した井上陽水はふうてんの大好きな歌手である。
五輪真弓とこの井上陽水がシンガー・ソング・ライターの双璧だと思っている。
五輪真弓の(恋人よ)とこの(心もよう)の2曲はいつ聴いても、何度聴いても、特別の感慨に襲われる。
その井上陽水を使ってNHKが去年から(井上陽水の空想ハイウェイ)という番組を放送していて、11月4日に第4回目をやり終了した。
BS2で主に放映されたので見ている人は少ないかも知れない。
最後の、第4回目の番組のメニューは以下のようであった。
井上陽水 空想ハイウェイ
「東へ西へ」
「リバーサイドホテル」
(押尾コータロー)
「氷の世界」
「心もよう」
(ジェイク・シマブクロ)
「少年時代」
「最後のニュース」
(山下 洋輔)
「いっそセレナーデ」
「夢の中へ」
(高田 漣)
「ジェラシー」
「背中まで45分」
(菊地 成孔)
これらの曲を、インスツルメンツ(楽器)を操る連中とやるのである。
(歌は邪魔だと思うことがあるのよ)とか言いながらゲスト達と大いに語り演奏する番組だった。
中でもジャズ・ピアニストの山下洋輔はさすがと思わせられた。
この二人にやらせたら、また別の番組が一つ出来るに違いない。
天平人、動物と遊ぶ
またまた同じくNHKの教育テレビで正倉院展の番組があった。
ブロッグの友人、ほかも女史の(それから)で聖武天皇が使った碁石、碁盤のことが取り上げられていて、その写真にあった碁石が印象に残った。
小さな碁石にデザインされた鳥が描かれ刻まれている。
その柔らかな線、愛嬌のあるしぐさ、ユーモラスな表情が素晴らしい。
碁盤には番組によると、ありとあらゆる動物が描かれている。
鳥だけではなく、亀やら象やらライオンやらまでも描かれている。
悩める王、聖武天皇は東大寺を作り大仏を建立し、までは知っていたけど、こんな碁盤で遊んでいたとは知らなかった。
番組では、じゃあその碁石に描かれた(鳥)は一体何という鳥だったのか?
に迫る。
まず、どうもこれは中国で作られたらしい、ということを検証する。
日本の歴史学者やら美術史家やらが寄ってたかって、この鳥は何だ?に挑戦する。
写実を超えた象徴的な表現。
象徴表現こそ東洋ではないか。
絵における余白、空間。
西洋の絵画に余白はない。
全部塗りつぶされている。
結局、この鳥は、アジアにいるいろんな鳥の象徴的な表現だったんだ、ということでこの番組の碁石議論は終わる。
それにしても、形、色、線、質感などなどの表現に関して、当時のあらゆるテクノロジーを使ってこれらは作られたのですね。
1300年前。
今は機械に任せちゃったから当時を超えることが出来ない、と思わされた。
11月3日からの天下市。
今日、繁寿司へ行くと珍しく店は賑わっていた。
繁さんの奥さんが(明日、立冬なんですね)と言った。
どうやら(芸術の秋)は終わったらしい。
(ふうてんアーカイブス)
2005 国立 天下市
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コメント
(陽水の空想ハイウェイ)
あ~、見たかった番組です。NHK総合で、この番宣が少し流れていて、(キャ~!陽水がテレビで歌ってる~。)って騒いでました。
『リバーサイド・ホテル』『少年時代』『背中まで45分』・・・ああ~、聴きたかったなあ。
総合での再放送を待つしかないですね。
中学生の時、ちょっと大人ぶったふりをして、陽水を聴いていました。それ以来のファンです。(それにしても、ふうてんさんは音楽の幅も広いですねぇ。)
(国立祭)
最初の4人組の女の子の踊りは、インパクトありましたね(笑)。
うん?一橋の学生かな?と一瞬思いましたが、どう見ても中学生のようですね。
こういうところから、モー娘なんかが生まれるのかぁと思いましたデス。
市も大学もみんな協力して、お祭りを盛り上げるなんて、いい街ですね。
投稿: ほかも | 2005/11/07 08:49
さんまの思い出
私の父は魚を食べるのが上手でした。綺麗に骨だけが残る食べ方で、何時も感心していた記憶があります。
さんま苦いかしょっぱいか?これ、目黒のさんまでしたかね?
熊も鮭を捕まえると、内臓から食べますね、肉食獣も獲物の動物の内臓から食べますね。栄養が一番あるんでしょうね。
井上陽水
家内が大ファンですね、私も少年時代はふうてんさんの居られる酒場では歌いましたね。素晴らしい詩の歌が多いですね、大好きです。
長安の秘宝
唐の時代は長安が世界の中心だったんでしょうね。あらゆる文化・文明のセンターだった訳でそのおこぼれを、平城京では貰い受けていた。
鳥が花をくわえた構図は最近の国連か何かの団体が、鳩がオリーブの枝をくわえた構図を使っていますが元祖なんですね。
しかし、よく正倉院に残りましたね、感心します。
投稿: jo | 2005/11/07 10:14
ほかもさん
陽水はかなりの才人ですね。
空想ハイウェイ、全4巻を見ますと森羅万象どのような角度からでも語ることが出来る、風に感じられます。
シンガー・ソング・ライターというのはいいですね。
この番組の中で誰かが、やっぱり陽水さんの歌ったのが一番いいやと言った時、例によってニヤリと笑いながら、確かに僕が作った曲だもんねえ、いいかもしれないなあ、なんて応じます。
大学通りに面した(ステージ)では毎年いろんな(芸)が繰り広げられます。
今の若い人たちは男の子も女の子もともかく(ダンス)なのですね。
ビデオに載っけたグループ以外にも次々とダンスが続いていたようです。
帰りにフト見ると、何と熟年のご婦人たちが(ハワイアン)まで踊ってました。
さすがにソニーのデジタル・ビデオ・カメラは首を横に振りました。
投稿: ふうてん | 2005/11/07 12:14
JOさん
井上陽水は一種の言葉の魔術師でもあります。
(夏が過ぎ、風あざみ・・・・)
この(風あざみ)とは一体どういう花なのだろう?で悩んだ人は多いはずです。
問われた陽水先生、そんな花はないと思うけど、感じがいいでしょう?と答えたとか。
ノンフィクション作家の沢木耕太郎がエッセイの中で(陽水という人は夜中に電話をしてきて、宮沢賢治の雨ニモマケズのセリフ覚えてる?教えてよ、なんて言う人なんだ)と語っています。
空想のハイウェイが続いているのでしょうね。
「絲綢之路(絹の道)」の東の終着点が日本だった、ということは象徴的ですな。
おそらくあらゆる文物、人間までも終着点だったのでしょう。
終着駅だから先に駅はなく、留まっちゃうんですね。
日本人はどの国の料理でも喜んで食べる、世界でも珍しい民族だと言われますが、これとて無関係ではありますまい。
現代中国語でも絹(シルク)のことは(絲綢 しちゅう)というとチャイニーズ・レッスンのラン老師は言うてました。
投稿: ふうてん | 2005/11/07 13:00
なんというか、関東の国立という町の雰囲気がよくわかる記事ですね。
だいぶ、宇治の木幡とはちごうとります。
お互いに、違った土地で青年期、壮年期をすごし、今にいたったわけです、感無量。
やはり。梅さん。
終の棲家は関東国立のようですね。
Muは、はやくから、木幡を終焉の地と定めておりましたよ(笑)
投稿: Mu | 2005/11/07 21:47
Muさん
伊予で18年、京都で5年、東京で36年となります。
国立は25~6年でしょうかねえ。
所帯を持ってしばらく多摩ニュータウンにおりました。
当時のそこは(東京砂漠)と呼ばれておりまして土埃が舞っておりました。
8年ほどたって、ニュータウンというアイソレーテッドな土地柄が息苦しくなって、老若男女、貧乏人も金持ちもいる自然発生的なところに住みたくなって国立へ引っ越しました。
東京は流れものばかりだから気楽なところはありますね。
まあ当方も流れ続けて夷の地へたどり着いて、あとは太平洋しかございません。
鎌倉大明神をロシナンテに乗っけて大学通りを走ったことがあります。
(国立にはオープンカーがよく似合う)と言ってくれました。
投稿: ふうてん | 2005/11/07 22:31