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2005年11月に作成された記事

2005/11/27

11月27日 日の暮れるのが早くなった篇

プラタナス(鈴懸の木)suzukake  

 

 どうも秋になり、晩秋になると加速度がついたように日が早く暮れる。

(秋の夕日はつるべ落とし)という古い言い方がある。

釣瓶、井戸で水を汲む為のつるべは手を離すとアッという間に落ちる。

 このところ理由はないのだけど朝の光より夕暮の光に接することが多い。

夏の頃、いつまでも明るかった夕日が今は急に暗くなってしまう。

夕暮が早く終わってしまう、というのは慌ただしくっていけない。

何だか人生を急(せ)かされているように感じる。

 大昔、英会話のユダヤ人教師ディー・ウォーマンと以下のような会話をした。

(Which do you like,autumn or spring?)

とウォーマンが聴いた。

(I like spring.I almost hate autumn.)

とふうてんは答えた。

(Why? it’s clean and beautiful in autumn.I like autummn.Why do you hate it?)

とミス・ウォーマンは重ねて聴いた。

(Because, it’s too sad.)

とふうてんは答えた。

 このDee Warmanというのはまことに愉快な英語教師だった。

ユダヤ人と日本人とは気が合う、とはよく言われる。

日本は(島国)だし、ユダヤ人は世界中の(浮島)に生きている、言うのですね。

彼女が27歳でふうてんが35歳くらいの頃の話である。

 秋になると今でも時々、この25年くらい前のミス・ウォーマンとの会話を思い出す。

チャイニーズ・レッスン

 ランちゃんのチャイニーズ・レッスンもあと半年になった。

(夏休みだって終わりは来るのよ)

というのがふうてんの口癖である。

何ごとにも終わりは来る。

 どういうレッスンを受けたのか、については使ったテキストを振り返れば分かる。

最初はランちゃんが瀋陽で買ってきてくれた幼稚園児のための2冊だった。

それ以降は、NHKテレビの中国語講座で知った相原茂先生の本である。

(Why?にこたえる はじめての 中国語の文法書)

(発音の基礎から学ぶ中国語 CD付き)

(イラストで覚える中国語速修15日 CD付き)

(必ず話せる 中国語入門 CD付き)

などなど。

 しかるに、一言もしゃべれないのですね。

ふうてんは頭を抱えてしまった・・・・・。

(ランちゃん、どうしたらいいのかしらね)

(お父さんが自分で言葉を組み立てることが出来ないと話せませんよ)

(ということはトラベル会話とかの例文を覚えてもしゃあないなあ)

・・・・・・。

もう残り時間は少ないのである。

(ランちゃん、残り半年、文法の基礎に戻って学びたいと思うんやけど)

(最初に言いましたよね、骨格があって肉があると・・・文法が骨なんです)

(覚えてるよ、そのことは・・・いろいろやって今そのこと分かるよ)

・・・・。

(ところで相原先生、しきりにSVOが基本だと書いているけど、どうも英語とはちょっと違うねえ、中国語はSVOのままなんやねえ、疑問文でも)

(確かに)

(英語では、私はボーイです。I am a boy.SVO)

(疑問文では、私はボーイですか?Am I a boy ? VSO)

(ところが中国語では私はボーイです、と私はボーイですか?両方ともSVO)

(つまりSVOが基本で、最後に、ですか?をつけたり、私はの代わりに誰がと言えば疑問文になる)

(中国語にはSVOしかない、んやねえ。)

 語順が中国語と英語は同じで日本語とは違う、というのは大ウソであった。

中国語、英語、日本語それぞれに違うのですな。

 中国語には中国語のシンプルなルールがある。

英語や日本語と比べていちゃあダメなんだ。

 そのことに最近、率然と気づいたという次第。

ふうてんが中国語をしゃべれるようになる日も近いのかもしれない。

ローハイド、コンバットが終わった

 16話ずつのNHKでの放映が終わった。

出来不出来は多少あったけど、かなり楽しむことが出来た。

あの時代によくもまあテレビドラマでこんなのが出来たなあと不思議に思った。

ある日、どちらかのタイトルバックを何気なく見ていると、制作MGMとあった。

ライオンは吠えなかったけどMGMなどが当時テレビドラマを作っていたのですね。

よく出来ているハズやわ。

 その10話が過ぎた頃、ふうてん老人日記にコメントがあった。

これらの番組の大ファンなのでビデオ録画をしているのだけど、ある日女房どのがコンセントを抜いたらしくて録画出来なかった。

録画したのを帰宅して見ていたので見ることも出来なかった。

7、8話の日だった。

ダビングさせていただけませんか?

という申し入れだった。

 何しろ平日の毎日の放映なので毎回は録画していない。

7、8話はどうだったっけ?と悩んでいる。

ややこしい話なので、コメント返しはせずメールで、録れたかどうか分かりませんが、探してみます、時間を戴きたい、ただし可能性は50%以下です、とお答えしている。

 ローハイドとコンバットファンの方でどなたか、任せとけ、DVDにしてやるとおっしゃる方いらっしゃいませんか?

ちなみに NHKオンラインに聴くと、今回の放映の7、8話は以下のようです。

(ローハイド)

7話 去り行く男   Incident At Baker Springs

8話 女の命     Incident West Of Lano

(コンバット)

7話 交戦中行方不明 Missing In Action

8話 戦場の名投手  The Celebrity

 個人的な楽しみの範囲なので(著作権保護法)に触れるおそれはありませんので。

どなたか、コンセントを嫁はんが抜いて録画出来なかったファンのために一肌脱いで戴きたいのですが・・・・。

(ふうてんアーカイブス)

2005 晩秋の江戸点描

神楽坂界隈(月一の山田塾)

江戸城の名残nagori  

 

 

 

 

 

 

 

向こうの小さな坂が神楽坂kagurazaka  

 

 

 

 

 

 

 

JR中央線が走っていますjr  

 

 

 

 

 

 

 

江戸城の外堀がカナルになったsotobori  

 

 

 

 

 

 

 

水辺は心を和ませるmizube  

 

 

 

 

 

 

 

ワインありコーヒーありウィスキーありcafelast

 

 

 

 

 

 

  

武蔵の国 谷保村界隈

イチョウはまだかいなdaigakutori  

 

 

 

 

 

 

 

コナラは割ときれいだったkonara  

 

 

 

 

 

 

 

白と黒 メシはまだかニャ~?mada  

 

 

 

 

 

 

 

白と黒 諦めよかmatenai  

 

 

 

 

 

 

黒 年寄りは待てんのやkuro  

 

 

 

 

 

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2005/11/20

11月20日 ボージョレ・ヌーボーのころ篇

 この間、台所に2本のワインが見えた。

嫁さん、どうしたのこのワイン?と聴くと、杉田屋さんが届けてくれたと言う。

 ああもう今年もそういう季節になったんだ。

枯れ葉散る夕暮にマラソン人が行き過ぎる・・・なんて歌にあったなあ。

去年、出入りの酒屋さん、杉田屋の若旦那が勧めてくれたボージョレ・ヌーボーが美味しかったので、今年も頼んだのだった。

勧められた銘柄はボージョレの割りにコはクがあり本格のワインのような味がする。

 ふうてんはワイン通ではないので、このワインのこともよくは知らない。

ただブルゴ~ニュのボージョレ地方で採れたガメイ種のブドウを使った赤ワインで熟成がきかず、醸造したその年に飲むのがうまいということは聴いている。

まるで日本酒のように新酒がうまいワインなのである。

 これがブームになったのは1970年代の日本で、バブル最盛期の80年代にピークを迎え以後急落した。

しかし2000年頃から盛り返し、今年などかなりな量輸入されているという。

テレビの報道によるとボ~ジョレ地方のヌーボーの1/3くらいは日本向けであるらしいから恐れ入る。

 ブームになったのには恐らく仕掛け人がいて、11月の第3木曜日、日付変更線に一番近い文明国、お金のある国、人間の多い国は日本です、現地フランスより早く飲めます、なんて囃し立てたに違いない。

 全く日本人程世界中の食い物やら飲み物を貪欲に好んで胃に納める民族はいない。

同時に日本人はブームに弱いという一面もあって、多数が同じものに靡くのである。

芋焼酎が体にいい、なんてテレビで喧伝されるとみんな日本酒やらウィスキーを捨てて(芋焼酎)に走るのである。

 従って、ボ~ジョレ・ヌーボーというものも不思議なことに極東アジアの日本で一番ヒットすることになった。

テレビ報道を見ていると若い女の子が感想を聴かれて、

(ジュースのようにスッキリしていて、いくらでも飲めるからいい)

とか訳の分からないことを言っている。

ワイン通の鎌倉大明神など憤死しそうなコメントではなかろうか。

夕食会でそれを飲む

 留学生たちとの夕食会でさっそくその一本を開けてみた。

ワインのボトルは一人で開ける気がしない。

常日頃飲んでいるビール、日本酒、ウィスキー、焼酎などと違ってワインやましてやシャンペンは一人で開けるのはもったいないような気がするのである。

 第一、ワインというやつはオープナーという渦巻き模様の器具を使わないと開けられない。

あれで厳か風にボトルの栓を抜くとき、観客の一人もいないと寂しいと思いませんか?

みんなが注目する中、グリグリとひねってポンッと栓を抜く。

その音を聴いただけでお客さんたちはもう一口飲んだような気分になるのではなかろうか。

 アリアさん、ランちゃん、女房の前でそのセレモニーを行った。

ポンっと開いた瞬間、三人とも(美味しそう)と言った。

 今年のボ~ジョレの味は?

残念ながら去年と同じ銘柄なのだけど、酸味が強過ぎた。

色合いは素晴らしい紫色で去年と同じだった。

ヨーロッパでも異常気象で洪水ばかりと聴いたような気もする。

(今年はワインの当たり年でおいしいと杉田屋さん言ってたわよ)

と女房が言う。

(そらそうやろ、誰も今年はちょっと雨が多くてワインは・・と言うはずないよ)

(でも、ヨーロッパで洪水が多かったのならどう言えば・・・?)

(うちだけは特別です、ブルゴ~ニュは山地だから水は来ないし太陽は照ったし、言うのよ)

・・・・。

高倉健と張芸謀(チャン・イー・モウ)

 留学生たちは4年生ともなると結構忙しくなるらしい。

この日も、夜6時からの予定が7時半からになりボ~ジョレやら鍋物やら近況報告やらしているうちに、気になっていた9時からのNHKの番組が近づいてきた。

その番組というのは、ランちゃんの大嫌いなチャン・イー・モウと我らが高倉健の番組だったのだった。

 9時が近くなって、その番組を見たいのだけど、と言うと予想外にランちゃんが高倉健の大ファンです、と言うのでビックリした。

男らしい無口なのが好きです、と彼女は言う。

 タイのアリアさんは、高倉健?知りませんと言う。

それで9時からみんなでテレビを見る仕儀とあいなった。

NHKの(単騎、千里を走る 張芸謀監督、高倉健主演)の予告編である。

 最後までアリアさんは私のタイプではないと言っていた。

アリアさんは好きなロック・バンドの大阪公演に行って昨日帰ったばかりと言うのだから無理もない。

無口なのよりおシャベリの方が好きですという。

 番組を見終わって、しばらく(物質と精神)という風な話になった。

高倉健もチャン・イー・モウも物質重視、お金が主役、の現代に警鐘を鳴らしているのではなかろうか?

人間はお金や物で幸せになれるのだろうか?

気持ちというのも大切なのではなかろうか?

いや気持ちだけじゃなく精神というのがもっと大事じゃなかろうか?

なんて話になり、気がつくと11時を過ぎていて慌てて銀星タクシーさんを呼んでラ

ンちゃんを送り、チャリで帰るアリアさんを見送ったのだった。

(芸術の秋)の名残り 葛飾北斎展

 所用で都内に出たついでに上野公園の葛飾北斎展を冷やかしてみた。

上野駅の公園口を降りて上野公園にはいる。

何年ぶりだろう。

ずいぶん沢山の人が歩いているので驚いた。

やはり首都東京の1000万人はダテじゃない。

何か事があるとすぐに人で一杯になるのである。

 葛飾北斎展は世界から500点集めたというから大したものだった。

特徴を一言でいうと何しろ全ての絵が予想より遥かに小さいことだった。

これはダビンチにしろルノワールにしろ共通して言えることかもしれない。

 我々は現物に接する機会はほとんどなく、印刷物で日頃見ている。

縮尺は版元の思うがままである。

それで現物に接すると、まず予想外に(小さい)のでありますな。

 北斎のように多作で、小さい絵、となると展示のしかたにも苦労する訳です。

当方のように遠目がきく衆生ばかりとは限りませぬ。

近目の方も多いわけで、いきおい展示は近目の人の為の工夫がなされる。

 普段の油絵の展示とは決定的に違っていましたね。

何だか壁に密着するように小さな絵たちがズラーッと目の高さに並んでいます。

それを行列を作ってシゲシゲと目を近づけて見ていく訳ですね。

ご婦人方は若い方も年いったお方たちも何故か近目の方が多いらしく絵に目を近づけてご覧になります。

つまり、頭分くらいしかない小さな絵がまるごとお隠れになるという寸法。

コチラは北斎見ているのか、茶髪見ているのか、ごま塩頭見ているのか、わけ分かりません。

 ごく初期から最晩年まで、六期くらいに分けて整理された展示だった。

途中で面倒くさくなって、富嶽三十六景はどこにあるんや、と先を急ぐ。

例の(波の絵)と(赤富士)くらいは多少大きいのではないかという期待を持って。

行ってみると、まあ、そのまんま、ご婦人方が目を近づけて見てらっしゃるのでした。

絵も特段に大きくもありませぬ。

普通通りのごく小さなサイズでおました。

 しかしですね、やはりこの2枚は特別のものでしたね。

サイズは小さいのだけれども、見ていると雄大な富士が見えてくるのですね。

最高傑作を江戸時代に60歳も過ぎてからものにした。

何だか今日び、励まされる話じゃありませんか。

展示内容についてはクドクドとしゃべるより以下のサイトを見ていただきたい。

 東京国立博物館 イベント

 見終わって、さて何か記念に買って帰るポスターか何かないかいなと、見渡した。

図録3000円、なんてのには見向きもせず、ハガキやら小さいのを探す。

どれも色合いがよろしくない。

やがてオヤッ?と思うものにたどり着いた。

 何と、原画から版木を作り直して新たに刷っているというのである。

富嶽三十六景全てで13,650円。

色合いも文句のつけようがない。

(安い!素晴らしい!いいですね)

とカウンターの売り子さんに一言言って買わずに帰った。

コチラは2枚だけでいいので。

 広重の江戸百景の方も見たくなった。

近々神保町へ行って浮世絵の得意な例の店を冷やかしてみようと思った。

(ふうてんアーカイブス)

2005晩秋 東京国立博物館 葛飾北斎展

東京国立博物館 平成館

神奈川沖浪裏nami  

 

 

 

 

 

 

 

凱風快晴akafuji  

 

 

 

 

 

 

 

2005晩秋 夕食会

ボ~ジョレ・ヌーボー 留学生たち

夕食の準備 今夜は鍋なのだろうかnabe  

 

 

 

 

 

 

 

タイのアリアさんと中国のランちゃんfutari 

 

 

 

 

 

 

 

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2005/11/14

11月13日 秋も終わって篇

日が射し込んでくるようになったpb120814

 先週繁寿司から帰る時、おかみさんに(明日は立冬ですね)と言われた。

なるほど言われてみると確かに寒くなっていて、この間まで(ドライ)にしていたエアコンを(暖房)に切り換えてちょくちょくつけるようになった。

 暑くなると冷房し寒くなると暖房する。

こういう小技を用いて人類は生き延びてきたのだろうか。

温暖化とか言われても、少々のことでは滅びない動物かもしれない、人類は。

 (芸術の秋)が終わった。

冬になると何を楽しみに日々生活したらいいのだろうか?

野球も競馬も選挙も終わって、あとは正月を待つばかり、と人丸どのにメールしたら、

今年の(総集編)はまだ早過ぎやしませんか?と諭された。

歳をとると気が短くなっていけない。

 今日は二日酔い気味だったのでロシナンテを引っ張り出す気がせずチャリで繁寿司へ出向いた。

店には珍しく山口夫人の姿が見えず、客はいなかった。

繁さんがホームページとブロッグとは何が違うんですか?

なんて聴いてくる。

(そういうややこしい話はしないでよ)

なんて言っているうちに、1組、2組と客がはいって来、ああお客さんが来て良かったなあと女房と安心した。

ランちゃんの京都一人旅

 中国からの留学生ランちゃんが京都へ行ってきたという。

たまには(一人旅)をしてみたいと言っていた。

留学生たちは旅のチャンスはいろいろあって、やれ九州だ北海道だと行くのだけど、いつも集団なのですね。

 今回は私的な都合で京都、神戸を訪ねたらしい。

京都では(源氏物語)の縁の地を訪ねてみたいと言っていた。

それならばと京都の友人に半日案内を頼んで快諾して貰っていた。

嵐山、嵯峨野方面がランちゃんの希望で、その案内人はそちらに詳しい仁なのだった。

 残念ながらその友人の都合が悪くなり、結局ランちゃんの一人旅となった。

二条城近くのホテルに泊まり、嵐山、嵯峨野界隈、さらには御所の公開日だったかして、紫宸殿などもシッカリと見てきたという。

御所の近くに紫式部が住んだという何とか寺というのがあって、ちょっとした記念館みたいになっていて面白かったと、日本人の、京都を知らないわけではないコチラの知らないことを嬉しそうに報告する。

 まだ紅葉には早かった、次はもっとジックリと京都見物をしたい、などとすっかり日本文化が気に入ってくれたようなので、日中のあつれきが高まっている今日現在、なるべく中国の人には日本を気に入ってほしいとハラハラしている当方などは少しホッとしたのだった。

ところで我が多摩川はどうなっているのだろう?

 京都や奈良の友人たちは、季節の移ろいとともに、風景をブロッグに載っけてくれる。

春は桜花、夏は大文字焼き、秋は松茸の土瓶蒸し、冬は琵琶湖の鮒鮨。

そういう四季折々の風景を我が関東、東京に求める事は出来ないのだろうか?

 という大げさな気持ちではないのだけど先日フッと多摩川はどうなっているのかなあ?と思ってチャリで出向いてみた。

国立は多摩川に面している。

橋のなかった昔にはおそらく川渡しの船が活躍していたに違いない。

国立の近くの府中には江戸時代の宿場町、特に川渡しの連中を留めておく旅籠の雰囲気が最近まで残っていたものだった。

 多摩川は河口が川崎で源流は奥多摩、ほぼ130Kmほどの川である。

黄河だ長江だミシシッピー川だという数千Kmの河川には比べるべくもない。

ただ日本の中では比較的長いのではなかろうか。

日本は何しろ山から海の国である。

その間を130Kmもウダウダと流れるのは珍しいのである。

国立はこの多摩川のほぼ中間地点に位置する。

 秋の夕暮、一部をカメラに納めた。

説明よりも写真やらビデオで見て貰った方が早い。

大仏や神社や庭園はないので、せめて多摩川でも写そうかなと思っている。

ローハイドとコンバット

 NHKの(芸術の秋 映画特集)のしんがりは映画ではないけど昔のアメリカのテレビドラマであるらしい。BS2で毎晩のようにやっている。

ローハイドとコンバット。

戦争が終わって10年ほどたって1960年前後からようやく普及し始めたモノクロテレビを通じてアメリカのテレビドラマが洪水のように日本に押し寄せた。

 そのドラマ群の代表格がローハイドとコンバットだった。

 チラチラと見たり、デジタル録画したりしている。

デジタル録画してもいつまた見る事があるのかどうかは分からない。

しかし、いつ何どき見たくなるのかも分からない。

そういう可能性が少しでもあるやつは録画することにしている。

 この二つ、ローハイドはカウボーイ達の話、コンバットはフランスに上陸したアメリカ兵たちの話、結局は人間の生きかたのスタイルを提案している風にふうてんには思える。

牛を追って長い旅をするカウボーイたち、部隊の斥候役として見知らぬ土地に踏み込む兵隊たち、様々なドラマが起こります。

生きるか死ぬかの局面ばかりだからスタイルが問われるという趣向。

 両方とも16話くらいづつやるので、一週間月曜から金曜までとしてほぼ一カ月くらいは続く事になる。

日本で放映された当時は吹き替えだけだったのだけど今は英語と吹き替えの両方で聴く事が出来る。

ま、吹き替えの声優たちの演技も懐かしくて、そのオッチャンたちが生きてるのはテレビに出てきて思い出を語ったりするのもまことに楽しい。

 当時、白黒テレビでこれ以外にも随分面白いアメリカからのドラマがあった。

ベン・ケーシー、アン・タッチャブル・・・・枚挙にいとまがない。

どれもこれも今のハリウッド映画よりは遥かによく出来ていたとふうてんなどは思う。

一作、一作に人間の生きざまが問われていて死ぬか生きるか、手に汗をしたものだった。

 それから40年ほどたって、衣食住に困らなくなって、手に汗をすることはなくなった。

かくとすれば後ろめたい(冷や汗)だけの時代になったようだ。

(ふうてんアーカイブス)

2005秋 多摩川

すすきたちよSTILL0017  

 

 

 

 

 

 

 

日が暮れていくSTILL0030  

 

 

 

 

 

 

 

横田基地も近いでなSTILL0019  

 

 

 

 

 

 

 

2005 秋も終わって

ハナミズキとコナラpb080777  

 

 

 

 

 

 

 

ほととぎすpb120803_3  

 

 

 

 

 

 

 

草花のシルエットpb090798  

 

 

 

 

 

 

 

もう一つpb080784_1  

 

 

 

 

 

 

 

松林図(長谷川等伯筆 東京国立博物館保管)Pine_Trees  

 

 

 

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2005/11/07

11月6日 天下市のころ篇

大学通りは歩行者天国になるhokosha  

 

 国立では11月3日の文化の日から3~4日間、天下市という市民祭りが催される。

国立市の天下市と書くとどう読んでいいのか分からない。

(クニタチシ)の(テンカイチ)と読む。

(こくりつ)とか(てんか)とかエライ大げさなネーミングではある。

 この季節はようやく空気が冷たくなって、夏の暑さでボヤ~ッとしていたみんなが、冷たい風にブルッと身を震わせてフト我に帰るのである。

 天下市は国立駅前の大学通りの500メートルほどの両側にいろんな店が出る催し物である。

真ん中にある一橋大学では(学園祭)が行われ、いろんな公演や講演会が行われ、学生たちが模擬店を出す。

 やはり圧巻は通りに出される香具師(ヤシ)たちの店だろうと思う。

お好み焼き、焼きそば、イカの丸焼きなどの伝統的な食べ物をはじめ、古着であろうと台所用品であろうと、アレやらコレやら何でも売るのである。

中には(金魚すくい)なんてのもあり、ふうてんも昔やってみたのだけど、見事に紙がすぐに破れて一匹もすくえなかった。

 人が沢山出て、夜になると電灯がともって、道を歩きながら食べ物を作る匂いや煙の匂いをかぐ事ができる。

ただそれだけのことなのだけど、何となく群衆に身を任せて賑わいを感じるのか、昔の村祭りを思い出すのか、毎年エライ人出となる。

 それにしても今年はNHKが気合を入れていい番組をやるので気が抜けない。

今年の(芸術の秋)はNHKのテレビに止めを刺す。

古今亭志ん生の話

(はらわたを 捨てて サンマに見限られ)

という句がある。

何を隠そう、落語のナンバーワン、古今亭志ん生の句なのである。

 今どきのひとはサンマのはらわたを、きたならしいとか邪魔クサイとかいって食べないらしい。

しかし、サンマの本当のうまさはあの(はらわた)にあるのですな。

(はらわた)を回りの腹の脂肪分と一緒に食べる。

苦みと脂身の味のハーモニー。

 そのことを貧乏生活の長かった志ん生は良く知っていたのですね。

貧乏なものだからホネでややこしくても魚は全部食べたい。

細い骨に囲まれているような(はらわた)も食べてしまう。

食べてみると、存外においしいではないか。

ハハ~ン、手間を惜しんだり、面倒くさいからと気取っているやつらは知らないんだ。

 最後の(サンマに見限られ)という言い方がいかにも志ん生らしい。

サンマの方がエライのですね。

人間様だと偉そうにしているけれど、味の一つも分かっちゃいない、とお魚ちゃんの目で揶揄しているわけです。

 この志ん生のことを山本晋也監督が語る番組があった。

NHKの教育テレビで4回、深夜に放送された。

これがまことに面白くて見応えがあった。

山本晋也監督というのはテレビでコメンテーターやらリポーターをしているけど250本ほどの成人映画(簡単に言うとポルノ映画)を作った監督さんです。

 彼は神田の生まれでチャキチャキの江戸っ子なのですね。

(風俗)の世界のレポータ役でテレビに登場したのだけど、どことなく一種の品のようなものがあって、ふうてんは好きなのですな。

 この山本晋也監督の志ん生に対する(オマージュ)のような番組になっている。

(え~、人間とォいうものは)というのがテーマで以下の4回。

・いいかげんの魔力

・なんて勝手な人だろう

・ひょっとして身投げだ

・酒はやっぱりうまいなあ

 内容詳細はGoogleでNHKオンラインに聴けば分かります。

井上陽水 空想ハイウェイ

 (心もよう)の一曲で一世を風靡した井上陽水はふうてんの大好きな歌手である。

五輪真弓とこの井上陽水がシンガー・ソング・ライターの双璧だと思っている。

五輪真弓の(恋人よ)とこの(心もよう)の2曲はいつ聴いても、何度聴いても、特別の感慨に襲われる。

 その井上陽水を使ってNHKが去年から(井上陽水の空想ハイウェイ)という番組を放送していて、11月4日に第4回目をやり終了した。

BS2で主に放映されたので見ている人は少ないかも知れない。

 最後の、第4回目の番組のメニューは以下のようであった。

井上陽水 空想ハイウェイ

「東へ西へ」                        
「リバーサイド
ホテル」                  
                     (押尾コータロー)
「氷の世界」                        
「心もよう」                        
                  (ジェイク・シマブクロ)
「少年時代」                        
「最後のニュース」                     
                       (山下 洋輔)
「いっそ
セレナーデ」                   
「夢の中へ」                        
                       (高田  漣)
「ジェラシー」                       
「背中まで45分」                     
                       (菊地 成孔)

 これらの曲を、インスツルメンツ(楽器)を操る連中とやるのである。

(歌は邪魔だと思うことがあるのよ)とか言いながらゲスト達と大いに語り演奏する番組だった。

中でもジャズ・ピアニストの山下洋輔はさすがと思わせられた。

この二人にやらせたら、また別の番組が一つ出来るに違いない。

天平人、動物と遊ぶ

 またまた同じくNHKの教育テレビで正倉院展の番組があった。

ブロッグの友人、ほかも女史の(それから)で聖武天皇が使った碁石、碁盤のことが取り上げられていて、その写真にあった碁石が印象に残った。

小さな碁石にデザインされた鳥が描かれ刻まれている。

その柔らかな線、愛嬌のあるしぐさ、ユーモラスな表情が素晴らしい。

 碁盤には番組によると、ありとあらゆる動物が描かれている。

鳥だけではなく、亀やら象やらライオンやらまでも描かれている。

悩める王、聖武天皇は東大寺を作り大仏を建立し、までは知っていたけど、こんな碁盤で遊んでいたとは知らなかった。

 番組では、じゃあその碁石に描かれた(鳥)は一体何という鳥だったのか?

に迫る。

まず、どうもこれは中国で作られたらしい、ということを検証する。

日本の歴史学者やら美術史家やらが寄ってたかって、この鳥は何だ?に挑戦する。

 写実を超えた象徴的な表現。

象徴表現こそ東洋ではないか。

絵における余白、空間。

西洋の絵画に余白はない。

全部塗りつぶされている。

 結局、この鳥は、アジアにいるいろんな鳥の象徴的な表現だったんだ、ということでこの番組の碁石議論は終わる。

それにしても、形、色、線、質感などなどの表現に関して、当時のあらゆるテクノロジーを使ってこれらは作られたのですね。

1300年前。

今は機械に任せちゃったから当時を超えることが出来ない、と思わされた。

 11月3日からの天下市。

今日、繁寿司へ行くと珍しく店は賑わっていた。

繁さんの奥さんが(明日、立冬なんですね)と言った。

どうやら(芸術の秋)は終わったらしい。

(ふうてんアーカイブス)

2005 国立 天下市

大学通りの歩行者天国kunitachi  

 

 

 

 

 

 

市民祭りshimin  

 

 

 

 

 

 

 

カフェ・チャンcafe_chang  

 

 

 

 

 

 

 

昼間の賑わいnigiwai  

 

 

 

 

 

 

 

夜店yomise  

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