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2005年4月に作成された記事

2005/04/27

4月26日 ドストエフスキー三題噺 篇

 ふうてんの友人に(ほかもどり)さんという女連歌師がいる。

彼女は(それから)の主催者で読書がお好きなようである。

最近、本について記事を書かれていて、それに刺激されて昔の話を思い出してしまった。

中学の宿題で(罪と罰)を読まされた

 夏休みだったか冬休みだったか、長い休みの宿題の一つに、(罪と罰)を読んで感想を書きなさい、というのがあった。

コチラはそれまで外国の小説というと絵入りのダイジェスト版、例えば(岩窟王)とか(トムソーヤの冒険)みたいなのしか読んだことが無かった。

 外国の小説どころか日本の小説だってまともに読んだことはない。

そういう12、3歳の少年たちに(罪と罰)を読んで感想文を書きなさい、ときた。

 一応読みましたですよ。

金に困った若者が出てきた。

老婆がいた。

どっかの橋で主人公の若者がジッと川の流れを眺めていた。

犯罪者は必ず犯行現場にもどる。

これくらいしか印象に残っていませんね。

ドストエフスキーが好きな女の子

 京都で貧乏な学生をしていた頃、珍しくバイトの口があった。

(家庭教師)だというので丸太町通りの鴨川のちょっと東のその家へ出向いた。

お教えすべき相手は高校二年の女の子だった。

 コチラが大学の二年くらいだから歳はそう違わない。

しかし我が儘に育てられた子で、まるで赤子のように幼い感じだった。

その彼女がいきなり(私、ドストエフスキーが好きなんです)と言った。

 これには面食らってしまって二の句が告げれなかった。

ふ~ん、ドストエフスキーがねえ、そうですか、と平静を装ったものの何しろコチラは中学時代の(罪と罰)しか知らないのである。

 大体ドストエフスキーが好きだとおっしゃるお方がどうして家庭教師なんぞを雇う必要があるのだろう?

これは大いなる矛盾ではなかろうか、なんて考えるうち熱意を失って、マジメにやらなかったのかして、どうも受験はうまくいかなかったようだ、と、あとで風の便りに聴いた。

芸術は労働者のためにある?

 関東へ流れて5年くらいたった頃だった。

(東京砂漠)と当時呼ばれた(多摩ニュータウン)で新婚生活を始めて2、3年たっていたと思う。

いつものように国鉄南武線で会社から帰っていた。

 通勤電車の最大の利点は本を読めることである。

ジッとしているしかないから皆さん本やら新聞やら読むしかない。

読書の習慣のなかったふうてんも、つい本を読むようになっていた。

その日は土曜出勤の帰りだったのかまだ明るい時間だった。

 ドストエフスキーの(悪霊)あたりだったと思うのだけど、読んでいて、電車の中は赤ん坊を抱えたお母さんとか、学生さんとか、競馬ですったオジさんとか、種々雑多な人々で満ちあふれていて、電車が、降りるべき分倍河原に近づいたのでフッと本から目を離した瞬間、何故か涙がこみ上げてきたのだった。

 ああそうなんだ。

芸術は我々のような労働者のためにあるんだ。

ドストエフスキーの小説を読んで救われるのは芸術家ではなく労働者なんだ。

 ホームに降りて、みっともないのでちょっと手でぬぐって、すました顔して改札口を通って京王線に乗り換えた。

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2005/04/25

4月24日 新緑となった篇

 今年は温暖化というより寒冷化ではなかろうか。

4月も終わりなのに3月下旬の気温だという。

このところ暖かくなったのか寒くなったのか、どうも還暦老人には温度のコントロールが難しい日々が続く。

 桜が散って一週間たって、木々はしっかりと新芽を伸ばしている。

国立の桜並木も葉桜はすぐに終わって新緑の、緑の並木に変貌した。

東京の郊外の田舎町、国立の一番いい季節かもしれない。

と、季節を独り占めすることもなくて、日本中今がいちばんいい季節なのだろう。

競馬シーズンが始まった

 繁寿司へ行くと山口夫人が、今日も競馬帰りなのよ、とおっしゃる。

最近、武豊も勝つことが少なくなった、とお嘆きのご様子。

先週の(皐月賞)は良かったじゃないですか、スタートで縒れたのに最後はダントツでしたよねえ、なんて話になる。

 今、季節だから筍をいただいたのよね、それでちょっと食べ過ぎちゃって・・・。

聴けば、毎年京都から筍を送ってくれるので、筍ご飯(?)を作って、余りに美味しいので、つい食べ過ぎて、しかも悪いことに息子さんの正介くんが(柏餅)を買ってきてくれたのが重なって・・・。

 それで、今日はもういいんですか?と繁さんが心配するくらいの小食でお帰りになった。

国立のフルーティスト

 フルート吹きのことを(フルーティスト)と英語で言うのだろうか。

繁寿司でも書簡集でも会う常連の一人にフルーティストがいる。

今夜は山口夫人をお送りしたあと、この御仁が登場した。

 会うなり、京都はどうも有り難うございました、という。

京都へ演奏旅行に行く前、ホテルとか食い物屋とか、お勧めの店を教えて欲しい、というので(ホテルフジタ)と(めなみ)をお教えしておいたのだった。

 ホテルは満杯で泊まれなかったのだけど(めなみ)は美味しかった、とおっしゃる。

特に(野菜)が美味しかった、ダイコンとかカブとか。

彼は土佐の高知の出身なので関東の濃い味付けには多少ヘキエキしている風であった。

 このフルート吹きはいわゆるクラッシック畑なのだけど、ジャズとか別のジャンルの人と共演したことあります?と聴くと、大いにありそうだった。

 ふうてんはジャズ・ファンなのでジャズでの最高のフルーティスト(?)エリック・ドルフィーのことを聴いた。

ああ(ラスト・デイト)というアルバムですよね、とふうてんが忘れていたレコードのタイトルをすかさず答えた。

 「You Don't Know What Love Is」

が最高ですよね、と彼が言うので、もう忘れていたけどウンウンとうなずいておいた。

ふうてんアーカイブス

 先週から写真やらビデオやらを載っけるようになった。

読者も少ないこの(老人日記)に、何もそこまでしなくても、と思うのだけど、日記だからして自身の記録のためには写真やらビデオやらも結構重宝することに気づいた。

 アーカイブスという感じがするのはビデオなど10年くらい前、一時熱心に撮っていたことがあったようで、それ以降ちっとも撮ってないからかもしれない。

 いずれにせよ、自身の過去(?)を棚卸しする積もりで、デジタル化し圧縮しておくことは悪くない。

数少ない読者の目が腐らないことをお祈りする。    

  

書簡集マスターの花見

 

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新緑となって

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2005/04/18

4月17日 桜も散って篇

 桜は4月の初めに咲いてくれるのが一番よい。

新学期が始まる。

新年度が始まる。

それを象徴するように4月1日ころ桜が開花し、1週間ほどで散って葉桜となる。

初夏も近いなあ、グズグズしておられないなあ、と思う。

 北や南の人はまた別だろうけど、関西や関東に住んでいるものにとっては桜とはそういうものだと思う。

去年や一昨年のように3月半ばに咲いたりすると(ケジメ)がつかなくて、不器用な当方などは大いに困惑した。

留学生たちの新学期

 新学期になって留学生たちも少し変化のときを迎えたようだ。

タイのアリアさん、中国のランちゃんを迎えて夕食会をやる。

メイン・ディッシュは(筍=油揚、鶏肉と醤油の薄味で)であった。

 4年生になって、どこか余裕が出てきたような感じがする。

アリアさんは(生け花)を習い始めたという。

ランちゃんは某ラジオ局でオーディションを受け、採用が内定してそのうちラジオで喋る、という。

 生け花とは何なんだろう?なんて話になる。

池坊なのか草月なのか。

勅使河原蒼風・・・だったかなあ?

アリアさんは池坊の教室に通い始めたようだった。

我が隠宅のごく近くにお師匠さんの家があって、外国からのピープルが生徒さんに多いらしい。

 ラジオ局でランちゃんは何をするのだろうか?

中国語と日本語を、滑らかに、正確にしゃべることが出来る、ことは勿論である。

あと英語も、たまに必要となるらしい、という。

翻訳したりすることも要求されるらしい。

単なる(シャベリ)だけでは済まされない、仕事のようだった。

 彼女たちも、いつの間にか4年生。

今年は大学院へ行くのか、就職するのか、の選択を迫られている。

遅かれ早かれ彼女たちは巣立っていく。

コチラは日本での(親代わり)として見守るしかない。

老人日記も新学期?

 ブロッグを始めて少し慣れてきたのだけど、何しろ週一で、写真の一枚もない。

どちらもコチラの(無精者の気質)から発している。

ビデオ・カメラは使ったことがある。

デジカメは使ったことがない。

両方を持つのは二丁拳銃みたいで、武蔵の二刀流みたいで、無精者には無理である。

 しかし皆さんが写真を載せている、それには手間もかかっているはず。

コチラは谷崎先輩の文章を無断で引用させてもらったりしてお茶をにごしているダケ。

何となく情けなくなった。

 職業柄、ビデオ・カメラは15年ほど前から使っている。

それで撮りためたビデオは何本かある。

初めはアナログだったけどデジタルになった。

幸いそのアナログのテープを再生してデジタルでパソコンに送る装置も出来た。

 ということは、デジカメを使わないから文章だけで済まそうという言い訳は成り立たないのではなかろうか。

ビジュアルなネタがあるのなら皆さんに見て貰うべきなのではないのか、と脅迫するもう一人の(ふうてん)がいた。

 ビデオをブロッグで伝えようとすると、いろいろややこしい問題が生じる。

第一、データ量が大きい。

一秒間に30枚の写真を送らねばならない。

 もう一つ、時間の問題がある。

ビデオは時間と共に変化するから意味がある。

その点は音楽と一緒である。

ところがデジタルの世界にはこの時間という概念が極めて乏しい。

乏しいどころか(時間を止める)のがデジタルの本質と言っても過言ではない。

時間に関して、送り手の思惑通りに受け取る相手に伝わる、という保証をインターネットはしてくれない。

 能書きはこれくらいにして、時々ビデオの素材で記事に(おまけ)を付けることにした。

(ビデオについて)

・ココログの中ではなく、別のサイトへリンクする形となっている

・URLをクリックすれば数秒、あるいは数十秒後(夜間など)に登場

・Windowsマシン、メディアプレーヤだと見られるはず

・Macのクイックタイムでは見られない

・ブロードバンドでないと動かない

・スピーカをオンにして見ていただきたい

(写真について)

・ビデオのエッセンスをスナップショットしたもの

・従って解像度はビデオ並み、長く見ると目が腐りますからご用心

・写真をクリックすると一応拡大されるはず

 ビデオを置いているサイトの容量もあり、期間限定の上映としたい。

新しい記事にビデオが載るとそれ以前の記事のビデオは消滅するという形。

再上映ご希望の方は、メールでも戴ければ、再上映することも可能ではありますが。

   

大学通り2005年春

 

桜満

2005daigakutori

  

 

 

 

 

  

国立駅の三角屋根もマンションに囲まれて 

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大学通り1995年秋

三角屋根の向こうに何もなかった  1995kunitachi

  

  

ブラスバンド部のパレード  brass_band

  

  

隠宅のコナラも芽を吹いた 

コナラの新芽  konara_leaves

  

     

一本の苗木が森になった  konara_forest

 

  

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2005/04/10

4月10日 桜、満開につき篇

 国立でも桜が満開となった。
今年の(桜)は開花して2~3日後に満開となってしまった。

 長い間待たして、いざ咲いたら一気に満開となり、ちょっと強い風が吹くと(桜吹雪)となり、さっさと散ってしまう。
いかにも桜らしい桜だった。

 今日、繁寿司へ行こうとロシナンテを引き出すとき、シートにもガレージにも桜の花びらが沢山落ちている。
行きも帰りも、歩道、車道に花びらが舞い散り、人々は酔っているようだった。

桜は日本の国花?

 パッと咲いてパッと散る。
咲かないまま死ぬのも悔しい。
一旦咲いたら、未練がましく永らえたくない。
それが古来、日本人の(美学)だったのではありますまいか。

 Googleに聴くと日本の(国花)は桜だという。
天皇家の紋章である(菊)とはどういう関係にあるのだろうか。
ふうてんはガードナー(gardener)ではないので、これ以上追求しないことにする。
桜やら菊やらの、植物としての起源はgardener鎌倉大明神に任せたい。

 ちなみに中国の国花は牡丹(ボタン)、朝鮮の国花は木槿(ムクゲ)だという。
桃やら梅やらは、私たちはどうしてくれんのよ!!
と叫んでいるに違いない。

 春には桜を考え、秋には菊のことを考える。
春夏秋冬ここにあり。ここ、日本にあり、と。

書簡集マスターの花見

 土曜日、マスターの花見を、今年は女房と一緒に冷やかした。
大学通りの一番いい場所に陣取っている。

 ふうてんは(花見)というのは去年この場所でお邪魔したのが初めてだった。
陣取って花見をしていると、コチラは止まっていて、回りを人々や車たちが通り過ぎる。
その感覚が非常に新鮮だった。

 書簡集の常連さんたちやマスターの友人たちが訪ねてくる。
当方はビデオカメラを持っていった。
女房はデジカメ持参だった。

(アレッ?電池が切れたと出ている)
と、女房がすっとんきょうな声を上げた。
しばらくイジっていたが動かなくなって撮影を諦めたようだった。

 鳥取県出身の客が(やまたのおろち)という純米酒を持ってきていた。
一杯いただくとまことに芳醇な香りである。
二杯、三杯とつい飲んでしまう。
裏日本には別嬪さんが多いんですよね、大陸が近いから、など話しているうちに、その客がキムさんという名前であることに気づいた。

(キムってハングル文字でこう書くんでしょう?)
と女房が韓流ドラマで仕入れたニワカ知識で手振りで示した。
(僕、ハングルは分からないんです)
とキムさんのご亭主が答えた。

(細雪)の桜

 谷崎潤一郎も桜が好きだったと聴く。
特に(細雪)での平安神宮への花見は有名になった。
四姉妹が毎年、春になると平安神宮へしだれ桜を見に行く。

(細雪)のそのシーンを少し長いけど引用しておこう。

 今年も幸子たちは、四月の中旬の土曜から日曜にかけて出かけた。
二日目の朝、先ず広沢の池のほとりへ行って、水に枝をさしかけた一本の桜の樹の下に、幸子、その一人娘の悦子、雪子、妙子と云う順にならんだ姿を、編照寺山を背景に入れて貞之助がライカに収めた。

 大沢の池の堤の上へもちょっと上がって見て、大覚寺、清涼寺、天竜寺の門の前を通り、法輪寺の山で弁当の折詰を開き、愛宕電車で嵐山に戻り、渡月橋の北話に来て一と休みした後、タキシーを拾って平安神宮に向かった。
・・・・。
 彼女たちは、ああ、これでよかった、来年の春も亦(また)この花を見られますようにと願うのであるが、幸子一人は、来年自分が再びこの花の下に立つ頃には、恐らく雪子はもう嫁に行っているのではあるまいか、花の盛りは廻って来るけれども、雪子の盛りは今年が最後ではあるまいかと思い、自分としては淋しいけれども、雪子のためには何卒(どうぞ)そうであってくれますようにと願った。

(以上、新潮文庫 文豪ナビ 谷崎潤一郎より。長女鶴子は東京にいる)

 そもそも(細雪)の意味が分からない。
この小説では雪が降るシーンは出て来ない。
桜の花吹雪をいうのではなかろうか、との説がもっぱらである。

桜花が散って

 今夜繁寿司の帰りによくよく見ると桜はもうシッカリと葉っぱを出している。
考えてみれば隠宅のコナラもハナミズキもモモもこの一週間で競うように新芽を出している。
桜は花にばかり気を取られてハッパの方に目が向かなかった。

 やがて桜通りは新緑の(緑のトンネル)になる。
雨の多い季節になると、傘を忘れたとき、雨をさえぎってくれる。
真夏になると暑い太陽の光をさえぎり涼しい影を作ってくれる。
秋になると紅葉して、京都もいいけど国立で我慢するか、という気にさせてくれる。

 全くサクラというのは年中飽きることがない。
ネコ科なのかバラ科なのか知らないけど、ふうてんの最も好きな植物であることは間違いない。

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2005/04/04

4月3日 桜がほころび始めた篇

 やっと国立でも桜がチラホラ咲き始めた。
今年のように待たされるのも久しぶりである。
近所のご主人も、これぐらい待たされる方がいいですねえ、と言う。
4月の第一日曜日と決めている、桜通りの(桜フェスティバル)は、ちっとも咲いてくれないので盛り上がらないようだった。

ブロッグを始めることになった

 去年当たりから友人たちが次々とブロッグを始めた。
blogって何だろう?weblog?ウェッブの記録?

 ふうてんがそれを初めて知ったのは会社の若いのと話していたとき、ホームページで毎日新しいネタを提供し続けるのは大変だよなあ、と聴いたら、最近はblogいうのが一番アクセスされているようです、と教えてくれたときだった。

 ホームページをやるにもblogをやるにも(胴元)がいる。
メールもそうなのだけど、インターネット上でやりとりするには、郵便における(郵便局)の存在が必要となる訳である。
この郵便局は業界用語では一般的に(サーバ)と称される。

 郵便局にもいろいろあって、レンタル・サーバなんてのが雨後の竹の子のように、山ほどありますよ、と教えてくれたのは(書簡集)のマスターだった。
そうなの、そんなに安いサーバがあるの、と一つのレンタル・サーバと契約してトランペッターK.T.のホームページ・プロトをホームページ・ビルダーで試みたりした。

 ふうてん老人日記は去年当たりまで、彦さんこと京都の谷口先生のホームページに寄稿していた。
郵便局の局長は彦さんだった。
今年になって、小泉郵政改革の余波なのか、この郵便局が閉じることになった。

 JOさんや鎌倉大明神に聴くと、ココログという郵便局がええよ、と言う。
元の郵便局長、彦さんも、そんでええとおっしゃる。
その心は?と聴くと、みなさんのお答えは(一番長持ちしそうやから)だった。

 確かに郵便局が突然消えると、手紙を出した方も、手紙を待っている人も困ってしまう。
ニフティもライブドアも、頑張ってくれよと祈るしかない。

留学生たちが帰って来た

 4月になって大学の新学期も始まったらしい。
春休みを終えたタイのアリアさん、中国のランちゃんを迎え、夕食会に望んだ。

 ランちゃんはお母さんと北京へ行ってきたという。
瀋陽出身の彼女は北京は初めてだとかで、5日間の強行軍だったにもかかわらず、高級なペキンダックなど、美味しいものを食べ過ぎて少し太った、とお腹をなでていた。

 アリアさんはインドへ2週間ほど行ってきたそうで、女房へのお土産だと言って一枚の(サリー)を持ってきてくれた。
ふうてんはサリーというものの現物を初めて見たけれど、試しにというので女房がそれを被って、肩へ巻いたりすると、いきなりインドの雰囲気が漂ってきて、みんなでビックリした。

 彼女たちも今年からもう4年生になって、やれゼミだとかやれレポートだとか忙しいらしく、飲める酒も2、3杯でとどめて、10時前には帰っていった。

 今回の夕食会で一番面白かったのはアリアさんのインド・レポートだった。
何しろアチラの道にはいろんなものが行き来しているという。
まず、主役は牛である。
ヒンズーにとって牛は神様の使いだ、というのは聴いていた。
その(お牛さま)がノッタリ、ノッタリ道を歩きなさる。
ラクダやらゾウも歩いている。

 アリアさんが、あれは何と言います?繋がれていない犬のことは?
それ日本語では野良犬と言うのだけど?
それそれ、インドには野良(牛)が一杯います・・・?!!
アリアさんは更に、日本ではカラスがゴミ捨て場を荒らしますよねえ、インドでは牛なんです、と言う。

 インドの道はそういう風にいろんな衆生が行き来するからして、人間様の乗った車などもスッ、スッとスムーズに走れることはない、という。
道路じゅう、障害物だらけなのである。
車の後ろには(please horn)と書いたカンバンを掲げている。
前へ進みたいときはホーン(警笛)を鳴らして下さいという合図である。

 アリアさんが、最後に乗った動力車(人力の代わりにバイクを使ったタクシー)の運転手さんに言われたそうな。
 インドの道で大切なのは3つのGoodです。
 Good horn (よく鳴る警笛)
 Good brake(よくきくブレーキ)
 Good luck (???)

インドは本当に面白い国です、とアリアさんは楽しそうに笑った。

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