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2004年2月に作成された記事

2004/02/01

2004.02.01 2004年のチャイニーズレッスン篇

 ふうてんのチャイニーズレッスンも2年目にはいった。

6年ほど前、北京から来たリュウコウさんに教わった1年を足すと足掛け3年以上となる。

そろそろ何とかするか、諦めるか、ケジメの必要な季節となった。

植物図鑑と森に入ることの違い

 去年の秋頃いつものように近くのロイヤルホストでランちゃんにレッスンを受けていた。

このロイヤルホストは桜通りに面していて向かいに公園とグランドがある。

桜通りの桜とグランド周辺の桜、イチョウ、ケヤキなどなどが紅葉し、まことに見事な眺めである。

 

(ランちゃん、この相原先生の文法の本素晴らしいのだけど、この調子で中国語しゃべれるようになるかなあ)

(話すだけじゃなく中国語そのものを知りたいと言ってましたよねえ)

(ウン、それはそうなのだけど少しは会話も出来ないと情けないのよ。

北京のリュウコウさんちへ電話すると、大体いつもお母さんが出てくるのだけど、お母さんは中国語以外が全く話せないし、僕は中国語が全く話せない。

二人して電話口でダンマリになると電話を切るわけにもいかなくなって、二人でため息ついてるのよねえ・・・やっぱ中国に住まないとダメかなあ。

ランちゃんとのレッスンは植物図鑑を読んでいるようなものかしら)

 

(でも、いきなり森にはいるのもいいんですけど、その前に基礎をやっておいた方が森にはいったときの理解力が違います。

私は中国で日本語を学んでから日本へ来ました。

植物図鑑を読んでから森にはいったのです。

それでよかったと思ってます)

 と、この問答は、取り敢えず相原先生の文法の本を片づけることに間違いはないと二人して結論づけることで終わった。

演繹と帰納

 中国語に関してそんなことを考え続けていたら、今年になって鎌倉大明神が植物学(?)について似たような感想をBLOGの彼のホームページに書いていたのでふうてんは思わず微苦笑を禁じえなかった。

 大明神はさすがに大家であって植物図鑑と森との関係を演繹と帰納であると一段高い抽象化レベルで語っている。

そして森にはいって帰納した方がはるかに学ぶことが多いとのたもうている。

 ふうてんが足掛け3年チャイニーズレッスンに無駄銭を使って忸怩(じくじ)としていたことを(演繹と帰納)の問題であると一言で片づけられた訳である。

やっぱ(分からぬときは鎌倉に聴け)というのは生きている。

  

This is a pen.

 ランちゃんのレッスン2年目にはいった今年、ふうてんは恥を忍んで発音にとりかかることにした。

去年、立川のオリオン書房で相原先生の(中国語速修15日)という誘惑的な名前の本を買っていた。

それをレッスンで使い始めたのである。

 さしずめ我々が習った英語で言うとThis is a pen. I am a boy.の世界。

58歳になったとっつぁんが20歳の中国人を先生として、これの中国語版を始めたのである。

発音記号

 中国語の発音記号はピンインといってアルファベットを使う。

例えば、

謝謝  Xiexie

再見  Zaijian

である。

 日本語でシというとき中国語ではピンインでsiとshiとxiの3種類ある。

英語にはアルファベット以外に発音を表記する為の特殊な文字がある。

シュとかジュとかングなどのそれである。

 中国語はそういう英語の発音と非常に似通った発音の多い言語である。

しかしピンインではaからzのアルファベットしか使わず特殊記号はない。

そこでランちゃんは、これは英語のシュと同じです、と教えてくれる。

ランちゃんもふうてんも外国語として英語を学んでいるのでそれが役に立つ。 

 漢字一字の発音にアイウエオだけでなくさらに声調というアクセントが明確に決められている。

さらに文章となると字の並び具合によりその声調は変化することがある。

 

尽きない興味

 アイエムアボーイ。ユーアーアガール。

をやり始めて、チャイニーズレッスンがこれまでとは違う意味で面白くなった。

漢字を文字として借りてきた日本人の一人としてこれまでは(漢字)の先輩としての中国語に感心が向かっていた。

 日本語がそうであるように中国語だって漢字という文字を使うようになる前は声だけで言葉を使っていたはずだ。

そういう太古の中国人の世界に分け入るような一種の興奮を覚えている。

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