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2003年6月に作成された記事

2003/06/23

2003.06.23 チャイニーズレッスン篇

 梅雨の晴れ間というのか、中休みというのか、ここ数日まるで真夏のように明るくて暑い日が続く。

夏ほど子供の頃を思い出させる季節はない。

この頃、朝夕、フッと子供の頃の夏休みの雰囲気を思い出したりしている。

 

どうして外国語に興味があるのだろう?

 

 今また留学生ランちゃんに中国語を学んでいる。

最初の中国語の先生は北京から来たリュウコウさんだった。

今は瀋陽から来た19歳のランちゃんが先生である。

 

 ふうてん達の世代の第一外国語は英語だろうと思う。

中学校一年生の時の(ディス・イズ・ア・ペン)の授業は鮮烈だった。

外国語というのは面白いものだな、という印象が強かった。

以来、英語を学ぶのは受験の為というより楽しみに近いものとなった。

 

 映画を見たり歌を聴いたり本を読んだり、という形で英語を吸収することになる。

今から思えば日本がアメリカとの戦争に負けて10年ちょっとの頃、ふうてん達の世代は(英語)を学び始めたのだった。

映画でも音楽でも文学でも当時アメリカの力は圧倒的だった。

子供ながらに外国語のバックにある(文化)というものを感じていたに違いない。

 

英語以外も齧りました

 

 中学生の頃学校にスペイン人の神父が何人かいて巻き舌の英語を教わったのには閉口したけど、(スペイン)という小さな窓が外国に対して開かれたことも確かだった。

 そのせいかどうか、中学の頃からフランス語に興味を持つようになった。

大学時代は日仏会館へ通ったり、社会人になってからもフランス語会話専用のテープレコーダを買ったりして、女房殿のひんしゅくを買いながら試みたのだけど全く身につかなかった。

 勿論大学時代は理科系だったが故にドイツ語も習ったけど発音するとツバキが飛びそうなので、生涯ドイツへだけは行きたくないとドイツ関係全般が嫌いになってしまった。

ドイツのピープルには申し訳ない話ではあるけれど。

どうしてチャイニーズ、中国語なのだろう?

 50歳を過ぎて何故か中国に興味が深まった。

中国語を学んでみたいと思うようになった。

理由はいまだによく分からない。

 敢えて理由を詮索すると(反面教師)というのはあったかも知れない。

西洋(ヨーロッパ、アメリカ)を追いかけて疲れたのかも知れないな、とも思う。

  

 仕事の関係でアメリカとカナダの一部にちょくちょく行く機会があった。

今から15年以上前なので付き合う相手は白人ばかりだった。

明るくてフランクで優しくていい連中ばかりだった。

しかし我々アジア人にとって色の白い人や黒い人の表情はどうしても読み取りにくい面が残った。

 ニューヨークだったと思うのだけど一度、Are you from Vietnum?と聴かれたことがある。

その時、アアそうなんだ、俺のルーツはベトナムだったんだと思った。

南越、ベトナムと中国は近い。

そうだったんだ、西洋にうつつをぬかしていたけど、俺たちアジアだったんだ・・・。

中国語の面白さ

 日本語の半分は中国語だとふうてんは思う。

第一、日本語の文字は、全部漢字が大もとである。

文字、リテラルは勿論中国から借りたのではあるけれど、日本にはなかった

言葉をオーラルを含め丸ごと沢山いただいてもいる。

 オーラル(発音)もリテラル(文字)もいただいたのだから、と安心していた中国発の言葉に大変な問題があることが最近分かってきた。

丸ごといただいたはずの言葉の(発音)が違うのである。

小学生時代、音読みと訓読みというのを教わった。

音読みというのは中国語を持ってきた読み方。

訓読みは我が大和(やまと)に元々あった言葉を当てた読み方。

と思っていた。

 例えば、学という字に対して、音読みはガクで訓読みはマナブである、という風に二つの読み方をしますわね。

 問題は中国から輸入された時、たいていは奈良時代以前、当時の読みが日本に文字と共に輸入されて日本ではそのまま読み方が引き継がれているのに対して、中国はご存じのように王朝の興亡が最近まで繰り返された国、しかもまことに多民族な国でござんすわね。

奈良時代以前に日本に伝わった言葉の発音が御本家中国では当時とはまるで変わっている、なんてことがままあるのですね。

 例えば(北京)というのを日本語では(ペキン)と発音する。

ところが今の中国語では(ベイジン)と発音する。

(家)は日本語で(カ ka)と音読みするけど今の中国語では(ジャ ja)となる。

(K→J)の変化が非常に多い。

魏呉蜀の三国時代の当たり日本に伝わった言葉において特にそれが顕著なようでんな。

中でも呉音が日本に伝わってきている、という説もあるらしい。

ついでに記紀、万葉、平家、源氏なども

 ふうてんの予感としては中国語をマナブに連れ、日本語への興味がより深まるのではないかという気がする。

白川静とか大野晋などの先達にも教わりつつ中国語と日本語のリテラルとオーラルをもう少し身近なものに感ずることが出来るようになれば、ふうてんの(外国語熱)も一つの落ち着き所を見いだせるやもしれませぬ。

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