« 2001年11月 | トップページ | 2003年6月 »

2002年7月に作成された記事

2002/07/07

2002.07.07 ホスト・ファミリィ篇

 今年の梅雨はいつものどんよりジメジメの梅雨らしい梅雨となった。

おかげでこちらの頭も普段以上にどんよりとしていて晴れることがない。

こういう時に酒というのは全く役に立たないということをこの歳になって やっと知った。

酒を飲んで議論して高揚感を覚える、随分経験してきたことだがどうも梅雨時はそうはならないようだと気づいて来た。

 

 そうやそうやったんやと膝を打ちたくなる高揚感は秋口から冬にかけての空気が乾燥した季節に限るのかもしれない。

酒でダメなら街に出て人に会うという手がある。

時々書くけど(犬も歩けば棒に当たる)という俗説を信じてともかく鬱になりそうな時は自宅や会社にこもらず(街)へ出ることにしている。

たまに棒に当たることがあるから面白いものではある。

 

ジャズトランペッターK.T.との会話

 

 オランダから帰って来たというので久しぶりに会った。

人丸どのや鎌倉大明神や彦さんや大仏さんと話題にして話した結果を持って望んだのだけど結果は惨敗だった。

彼のエネルギー、野望にこちらが答えれる用意が全くないことに気づいて梅雨時の鬱が高じた。

トランペッターというのは手の人なのである。

 

 こちらも手の人となって望まないと負けるなと直感した。

たった一人で世界を股にかけて勝負している人というのはやはり迫力に満ちている。

惨敗したけどこのまま簡単に引き下がりたくはないという気持ちも残った。

(運命や、チマチマ考えんでもええ、デジタル化やインターネットちゅうんは運命なんや) という彦さんのご宣託を唯一の手がかりとして。

 

ホスト・ファミリィ

 

 我が国立には一橋大学という学校があって留学生が150人くらいいる という。

以前この日記に登場したリュウコウさんも中国北京から佐賀経由で来た留学生だった。

その留学生たちを側面からサポートしようという活動をしているミセス・ヤマザ キ から10日ほど前に女房にメールがあったらしい。

 

 タイとベトナムと中国からの留学生が新しく来たのだけど誰か一人お付き合い 願えませんかという主旨であったという。

たまに家へ呼んで無駄話したり食事したりすればいいというだけとのことである。

日本へ来て学校やバイトで過ごしているのだけど日本の家庭というものに触れ る機会が少ないのでそれを経験させたいというミセス・ヤマザキのかっての海外生活の経験に裏打ちされたボランティア活動という次第。

 

 主旨には大賛成なので、じゃあ三人まとめてどうぞと返事を出した。

結局三人のうちの二人をお願いしますということになって土曜日にミセス・ヤマザキに連れられて二人の留学生が我が家を訪れた。

一人はタイのバンコックから来た20歳の女の子で経済学部だという。

一人は中国の瀋陽から来た18歳の女の子で社会学部だという。

二人とも結構達者な日本語を話せる。

リュウコウさんと違って二人とも英語も分かるようだった。

 

 二人を送り出したあと女房が、それにしても18や20でシッカリしている、 外国へ一人で行って生活するなんて私の18歳の頃には考えられなかったとしきりに感心していた。

お前さんだって18歳の頃別府を後にして博多へ行ってたじゃないの、日本 国内やけど、とふうてんは応じた。

 

 タイの子はやはりお国柄か日に焼けた色をしている。

お姉さんが二人いて二人とも医者だというから裕福な家庭で育ったに違いなくワールドカップを見に日本へ来ましたなんて冗談を言う。

中国の子は聴くまでもなく一人っ子で色白でビックリするような別嬪である。

瀋陽では夏は35度冬はマイナス30度になることもあります、などと早速お国柄の話を始める。

 

 女房は二人とも気に入ったようで映画が好きそうだから一度立川のシネマシテ ィ で水曜日のレディズ割引の1000円の時に誘おうなんて言っている。

18や20の子たちだから酒を飲んで来し方行く末を語るという訳にはいか ない。

彦さんの苦労の一端が偲ばれる思いがする。

まあ犬も歩けば棒に当たるという精神で望むしかなさそうである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2001年11月 | トップページ | 2003年6月 »