« 2000年10月 | トップページ | 2000年12月 »

2000年11月に作成された記事

2000/11/26

2000.11.26 小春日和篇

 おだやかなひよりに誘われて土曜日久しぶりにチャリで国立を一巡した。

日本では小春日和というらしい。縁側で猫が日向ぼっこをしている図である。

向こうではインディアンサマーというのではなったかしらん。

どちらも言葉の響きからして一時の平安を感じさせてくれる。

 

 先週の水曜日だったか浦野大仏さんと町田で沈没した。

出向になった後輩の話やら大仏さんの仕事の話やら(炭火焼き)の店で話がはずんだ。

最近は彼と会うとふうてんはもっぱら聞き役で、同意したり合いの手を入れたり質問したりする。

 そのうちに、これは玉井さんもまきこまなくちゃいけない、なんて仕儀になってくる。

来週佐藤至弘さんのFRIでのミーティングに(オブザーバ)で参加することになった。

どうも大仏さんの問題意識では今の局面の打開の為には事業部門には限界があり、人丸どののいる研究所やFRIの力が必要と思い始めたようだ。

 

 (炭焼きの店)でビールや八海山の純米酒で食事を済ませシュガーブラウンへ行った。

ここは以前よくJOさんとも行った店で、ウィスキーとコーヒーを頼む。

数年前からコーヒーをやめたのは知っていて、この頃は(あったかいウーロン茶)になってしまった。

8時半なのに客は一人もいない。

 

 レイモンド・チャンドラーじゃないけど客で混み合う前のバーは気分のいいものだ。

大仏さんと話すうち、やはり時代は変わって来たなあと思った。

話題がどうしてもインターネットがらみになる。

話のネタにと思ってWebで見て面白かったソニーやホンダの二足歩行ロボットのプレスリリースのハードコピーを見せる。

 

 朝日新聞に連載している中坊公平さんの自伝(金ではなく鉄として)の最新号も見せる。

ガキの為の(レアルマドリッド)とか(マンチェスターユナイテッド)とかのサッカーの記事も見せる。

最後に見せた(町田の~クラブ)という飲み屋のホームページがまずかった。

 

(浦野さん、メシも喰ったし、ウィスキーをストレートでダブルで2杯も飲んだし、話も十分聞かせて貰ったし、そろそろいきまひょか?)

(もう帰るの?)

(まだご不満ですか?電車ありますよ。)

・・・・・・。

 それでその~クラブへ行き、いつものように大仏さんは眠くなって明日は早いからとか言うのでタクシーを呼んで帰って貰う。

残されたふうてんは人質みたよなもんで12時過ぎのカンバンまでその店にいてママさんと店の子と次ぎなる店へ移る。

 

 町田は久しぶりだったけどドンドン変わりますね。

ふうてんが隠宅を構えた国立も否応なく年々変わっている。

まるで(変わるのは人間が生きている証拠)、と言わんばかりにね。

ふうてんの回りで変わってないのはロシナンテ、あんただけや。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2000/11/25

2000.11.25 小さな留学生篇

 20世紀の締めくくりの一つと言ってもいいくらいのドキュメンタリ番組。

それの再放送があったのでビデオに録りながらすっかり見てしまった。

プロジェクトXもそうだけどドキュメンタリというのは心を打ちますねえ。

 

 張素という北京出身の9歳の女の子が日本へ来て11歳で再び北京へ帰るまでの2年間のドキュメンタリ。

舞台は八王子市立第七小学校。

父親が日本へ留学して大学を卒業して八王子のメーカに勤めている。

3年振りの再会、その第一日目からこのドキュメンタリは始まる。

 

 張麗鈴(王令?)というやはり中国から日本に留学した経験のある作者が作った10本のドキュメンタリ番組は今年北京で大変な話題になったとか。

その第一作がこの(小さな留学生)であるらしい。

 

 ふうてんはこの番組を見てどうしてこんなにも心にしみ入るのだろうと考えた。

親、子、先生、友だち、その人間関係の中にある日本と中国。

八王子の小学校の先生、生徒たちが素晴らしい。

番組ではそれを低い視点から描き続ける。

 

 最後にふうてんはフッと思った。

DNAや。

DNAが一緒なんや、と。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2000/11/19

2000.11.19 寒くなった篇

 まだ手袋はしていないけど老友ロシナンテにとっても寒い季節になった。

桜通りを流してみるともう桜は殆ど紅葉が終わって散り掛けている。

銀杏の木の鮮やかな黄色がせめてもの救いだがそれもそんなに長くはなさそうだった。

 

 今年は彦さんに誘われていた松茸の土瓶蒸しをパスしてしまった。

兵庫方面での鴨鍋もまだめどがついていず、春夏秋冬のけじめが怪しくなっている。

秋は諦めてせめて冬だけはと彦さん発案の奥琵琶湖周遊をもくろんでいる。

題して(奥琵琶湖殺人ミステリーツアー)だとか。

 

 昔京都でタクシーの運転手さんとこんな会話を交わした。

(京都は四季折々いろいろ行くとこがあってよろしいね)

(そうです、いろいろあって不自由しませんわ、ただ小遣いいりましてねえ)

(そやねえ景色の綺麗なところで美味しいもん食べてついでに若いもん連れていくとなると金かかるわねえ)

(お客さんまだ若いもん連れていく元気あるんですか?)

(運転手さんは?)

(私はもう)

・・・・・・。

(一度琵琶湖の北の方で冬の寒い頃、出来れば雪が降っている日に鮒鮨で一杯やりたいというのが僕の夢でしてね)

(よろしいなあ、雪を見ながら若いののお酌で熱燗をこうキュ~ッと)

(アレッ、運転手さんの方が余程お元気じゃないですか)

(けど先だつものはお金でしてね)

(そやねえ僕も瘋癲貯金せんならんなあ)

(瘋癲貯金ですかあ~ァ?)

 

 やがてタクシーが彦さんの葛野研究所に着いた。

(運転手さんこれとっといて下さい)

(エライすんまへん、よろしいの)

(お互い貯金せにゃね)

 

 琵琶湖周遊の旅は1月にやろうとしたのだけど人数が集まらなかった。

それを受けて彦さんが想を練り直すと言い始めている。

どうも来年当たりからただの春夏秋冬古都の旅では終わらぬ気配がある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2000/11/12

2000.11.12 物言えば篇

 今日は今年初めてセーターを着た。

古人は(物言えば唇寒し秋の風)と詠んだ。

昔の人の季節に対する感覚は今よりもよほどに鋭かったと思わされる。

 

 ロシナンテで繁寿司へ通うのは一種定点観測みたいなところがあって、彦さんの朝の四条大橋の温度計と違うのは一週間に一度だという点にある。

今日もいつものように山口夫人のタクシーが来て、ふうてんは席を立って彼女の荷物を持って店の外へ出る。

繁さんの奥さんといつも二人でお見送りをする。

タクシーが見えなくなるまで二人で手を振る。

さて見送りが終わって、今日は寒いですねえ、とかもうすっかり暗くなりましたねえ、とか短い会話を交わしながら店へ戻る。

 

 今日は珍しく奥さんがこの毎度の儀式についての感想を言った。

季節の移り変わりを感じますねえ、一週間に一度だから変化もあって、と。

ズバリ毎週の繁寿司詣での本質を言い当てられたような気がした。

 

 シャンブレットのマスターが、重信なにがしが掴まりましたねえ、と聞く。

夢が壊されるねえ、もっと別嬪だったはずなのにね、と応じる。

学生運動やりました?

いや僕はノンポリだった。

あれって何だったんでしょうね、日本の学生運動は?

・・・・・・。

しばらく、我々が学生時代まで盛んだった1960年代の学生運動の話になる。

ふうてんはこの間読み終えた(毛沢東の私生活)で分かった一つの事実を伝える。

1965年頃からお隣の中国では(文化大革命)の嵐が吹き荒れていたということを。

 

 (毛沢東の私生活)の終わりの方に来てふうてんもやっと気付いたのだけど、日本での戦後の労働運動とか学生運動とかはかなりの部分中国から借りて来た(その場限り)の浮ついたものに過ぎなかったのではなかろうか。

(毛沢東の私生活)を読んでその感を深くせざるを得なかった。

毛沢東にとっては文化大革命は自己の権力維持の為に行った様々な(戦略、謀略)の最後の一つに過ぎなかったという風にこの本からは読み取れる。

 

 (造反有理)なんて言葉が当時学内の立て看板に麗々しく書かれていたのを思い出す。

この言葉も実は(言葉の魔術師)毛沢東が当時唱えた言葉だったことがこの本を読むと分かる。

毛沢東の話はそのうち歴史の好きな東西の同輩達と語り合う機会があると思っている。

 

 歴史といえば我等がJOさんこと筒井ドンはこのところすっかり西の方に仕事の拠点を移して四国、中国、九州はもとより朝鮮半島さらには中国大陸まで機会あれば出向いて商談の一つでもまとめて来たろか、という勢いである。

(日本だけでは日本の事は分からない、というのがその根拠のようで)

それが仕事の為なのか単に趣味を深めたい為だけなのかは誰にも分からない。

 

 物言えば唇寒し秋の風

 相見ての後の心にくらぶれば昔は物を思はざりけり

 (関係ないけど)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2000/11/07

2000.11.07 心の闇篇

 この日記に時事的な話題は相応しくないと思っていてなるべく触れないで来た。

しかし石器捏造事件にはまいった。

彦さんことムアディブ皇帝も今度ばかりはさすがにこたえたようで、神経痛やら視力低下やら痛風やら躁鬱症やらがひどくなるのではないかと心配である。

 

 ふうてんはこの問題は底知れない(人間の心の闇)にまつわる話として受けとめている。

政官財三位一体の堕落、教育の崩壊、家庭の崩壊などなどは一応戦後ゼロから再スタートした後進国日本に多少の同情論も許されるかなと思う面があった。

国体としてのプリンシプルはまだ日本では途上だという思いがふうてんにはあった。

近代化に関する一つのステップに過ぎないと居直ることも出来る話だと思っていた。

 

 そのふうてんの(情状酌量論)の根拠は人類は衆愚への道と言われようと何とか皆で平和に豊かになりたいよね、という点だけでは単調増加の原理を信奉するところにあった。

バブルがはじけようと校内暴力、家庭内暴力が起ろうと政官財が堕落しようと結果が見えるからまだやりやすい。

 見えたものはマズけりゃ直しゃあいいわけだからフィードバック系が構築される。

一番困るのは見えない(心の闇)だと改めて考えさせられた。

 

 この事件に関してふうてんの知る限りで一番痛切だったのはエジプト学の吉村某の次のセリフをテレビで聞いたことだった。

(これで考古学は死にました。二度と復活出来ないでしょう。)

 

 JOさんは考古学が趣味でふうてんはいつも面白くJOさんの話を聞くのだけど少なくともJOさんは人類の歴史というものに真面目に興味を持っている。

真面目というのは(客観性)という意味でである。

いかに権力者に捏造されまくった(歴史)に客観的に後代の人類が正しい光を当てる事が出来るか?

それには土でも掘り返して声無き民だった先祖たちのむごたらしく殺された心の叫びを聞いたろやないか。

そういう思いでJOさんは考古学を愛しているのだとふうてんは思う。

 

 そういえば我等が森田画伯もこのところ暇が出来ると牛じゃなかった女房殿に引かれて善光寺じゃなかった奈良方面へ出向いてやたらと古墳を掘り返していると聞く。

画伯の夢は会社員としての激務から解放されたら奈良に広い土地を買って家を建てて庭を掘り返して(嫁さんこれ何年前のものやろなあ?)(そやねえアバウトに言うと西暦300年頃のものとちゃうかしら、まだ日本人が文字を持ってなかった頃のものやろね)

 そうしてお互い腰でもトントンと叩きながら粗茶を飲む。

 

 こういう我等が同輩JOさんやら人丸どのの楽しみに水を差したという一点においてふうてんはこの間の犯人とそれを許した日本の考古学の学者全員に怒りを覚える。

(この20年間日本の考古学者は何をしとったんやろね?)

 

 どないなっとんや、ホンマに。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2000/11/05

2000.11.05 天下市の季節篇

 国立では毎年11月3日の文化の日をはさんで3日間程大学通りに市がたつ。

名前の由来はよく知らないけど(天下市)という。

1.5Km程の大学通りの東西の歩道にいわゆる縁日での香具師たちの店が並ぶ。

 

 チョコレートバナナやら焼きソバやらイカの丸焼きやら十年一日の如し、という店々が並ぶ。

大人たちは、そんな決して食べたり買ったりしない品々しかない店なのは分かっているのに(天下市)と聞くと何だかソワソワして一度は出向かないと落ち着かない。

 

 一番楽しんでいるのは勿論子供たちで、普段の生活では味わえないケバい食い物とかケバい色のオモチャやらに夢中になる。

そして何よりも人混みの中に身を置き、あったかさを肌身で感じる。

特に夜になって裸電球で店店が照らされる時、この(天下市)の輝きは最高潮に達する。

 

 そんな秋の夕暮れ、このところ機嫌のいいロシナンテで嫁はんと繁寿司へ向かう。

どうもネコちゃんは完全に住み着いたようでトランク、ボンネット、フェンダーといたるところ足跡だらけとなっている。

この季節は5月と共にオープン・カーにとって一番いい季節である。

空気の温度を全く意識せずに済む。

 

 繁寿司には山口夫人と豊田夫妻が来ていて、豊田さんの娘っ子が最近嫁いだので、新婚時代の二人に戻ってどうですか?という話題になる。

少しお酒をいただけるようになりました、と奥方が言う。

山口夫人も豊田夫人も旦那が大酒飲みなので旦那たちが大酒飲んでた時は怖くて自分で飲もうとは思わなかった、とか。

女房が、お兄ちゃんとあやちゃん、二人とも結婚して仕事を終えたという感じですか?と豊田夫人に聞いた。

夫人は、子育ての仕事を終えたというより、やはりホッとしました、と言った。

 

 帰って録画予約していたBS2の(モハメッド・アリ  かけがいのない日々)を見る。

モハメッド・アリ、キャシアス・クレイはふうてんの最も好きなボクサーである。

これで彼のビデオは3本になる。

ふうてんが買った順番で言うと、

チャンピオン伝説10(世界ヘビー級王者の70年)

チャンピオン伝説7(アリVSフォアマン)

それとこの(かけがいのない日々)

となる。

 

 このボクサーの真骨頂はやはり(Black is Beautiful))の一言ではなかろうか。

精神と肉体、両方の人並み優れた魅力、力を持ち得た類まれな存在だと思う。

アフリカから奴隷として連れて来られたアメリカの黒人の反逆なんですね。

ふうてんはそういう能力を全く持たないが故に時々深夜こっそりとこのアリのビデオを年に5~6回は見ている事を告白しておく。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2000年10月 | トップページ | 2000年12月 »