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2000年8月に作成された記事

2000/08/27

2000・08・27 札幌も蒸し暑かった篇

 久しぶりに札幌へ行きダットの竹田さんに会って来た。

少しふっくらとしているので聞くとこの2年程よほど厳しかったらしく、今その危機を脱して明るい見通しが持て始めていると言う。

銀行や大企業だって危機に瀕しているのだから小さな会社はその余波を受け楽じゃないことは容易に想像がつく。

 

 18年くらい前にパソコン商売に身を投じて以来いろんなソフトハウスさんと付き合って来たけどいまだに何人かとはお付き合い願っている。

ビジネスというより人間としての付き合いかも知れない。

ふうてんのキャリアのような狭い社会でそれでも何人かの知己を得たというのは恵まれていたと思う。

一個の人間として認めあった同士というのはお互いの状況が変化しても付き合いは続くもので従ってふうてんには数は少ないけど長い付き合いの人が多いようだ。

 

 薄野(すすきの)だと竹田さんのペースに任せる事にしている。

いつも何軒も行く事になるのだけど今回は予想もしていなかった美味しいワインに出会った。

ある店で、そこはフレンチでもワインバーでもない普通のクラブみたいな店なのだけど店長が来て話の流れでワインの話になった。

ワインリストがあるというので見せて貰った。

これが中々のもので写真もはいっているし表記がクリアで中身も良い。

ロマネ・コンティなども平気でズラズラ並んでいる。

 

 こちらはそんなくそ高いのを注文するつもりは全くないのだけど、見ているうちに店長の方が我慢出来なくなったらしくお勧めのを是非飲んでみて欲しいと言って一本開けた。

ワインリストを舐めるように見ていたのでふうてんがワイン好きだと悟られたらしいのである。

 

 ナパ・バレーのカベルネ・ソービニオンだったけどこれはいけましたね。

鎌倉大明神のようには飲んでないのでめったにこういう(絶品)に当たることはないのだけどこのクラスのを飲むとワインはやはり特別の酒だと思う。

濃厚で且つ非常に昇華された香り、味、酔心地がある。

 

 ワインリストには同じカリフォルニアのオーパス・ワンも出ていたけどそれよりはちょっと上です、と店長は言っていた。

それで大体の値段の想像も付く。

またナパ・バレーへ行ってみたくなった。

 

 その店で飲むうち黒沢明さんの息子(久男?)さんが団体ではいって来た。

別室に招かれて皆ではいって行ったけどそこはミーハーのふうてん故ボーイさんに頼んでドアのところからチラッと中を見て確かめた。

何かの打ち上げだったようでまあハデな連中が騒いでいました。

久男くんプロデューサという立場もあるのだろうけど隅っこの方の席で静かに皆が楽しむのを見ている風だった。

出ていく時も皆を送り出してから最後に出て行った。

謙虚そうで静かな感じに好感が持てましたね。

 

 翌日昼頃新千歳空港から帰ったけど今回は札幌も東京と同じくらい蒸し暑かった。

まだカベルネ・ソービニオンの香りが残ってましたな。

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2000/08/21

2000・08・21 地蔵盆どすえ篇

 (地蔵盆どすえ)という声が聞こえる頃やっと蒸し暑い京都の私の病室からも秋風が感じられるようになった、と昔今日出海(今東光の兄貴)が書いてました。

地蔵盆というのは8月22、3日頃京都で行われる行事のようで。

今日出海のことを小林秀雄から教わり30年程前彼のエッセイを読んだその一節だったと思うのだけど(秋風)と(地蔵盆どすえ)という言葉の響きが印象に残り以来お盆を過ぎた秋口になるとこのセリフをいつも思い出す。

 

 今年のお盆休みも国立での定点観測に終始した。

12日から20日まで16日を挟んで前後4日づつあるお盆休みは初めてだったけどなかなか落ち着けるいい休みだった。

迎え火もせず送り火もせず何がお盆や、とのご批判はそのまま受けとめねばなりますまい。

休みの終わりごろ、鰻の信川円で肝焼きを喰っていると女房が(やっぱりお盆とか正月とかの伝統行事は大事よね)と言った。

 

 春夏秋冬の句読点としてまことに重要なものだとふうてんも思う。

子供の頃のいろんな行事は全て四季の記憶と結びついている。

(エアコンで涼しい部屋でゲームを楽しんでいるクンちゃん達の世代はどうなるのかしら?)とも女房は言う。

 

 四季の移ろいをいろんな行事と共に自然に味わえた(村落共同体)的行動スタイルが希薄(?)になった今、意識して花見したり紅葉狩りしたりせんならんのかしら。

休みの中日頃に吉祥寺へ行く機会があったのだけど、昔はちょっとおしゃれな感じの街だったのにアーケード街やデパートなどの大型店全盛で(物、物、物)の街に変貌していた。

雰囲気のいい喫茶店と美味しいきしめん屋が無くなっていてまた昔の味が一つ失われた。

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2000/08/06

2000・08・06 書物連鎖篇

 今年も暑さが続く。

ロシナンテが修理から戻って来る。

オイルパンを外しドレインコックの穴を17ミリから20ミリの大きなものにネジを切り直し、20ミリのボルトを(特殊車両用)のものから探して付けたそうな。

(近代車)にそういうサイズのものはないそうである。

修理代5万円也。

 

 ついでにプラグが煤けていたのでプラチナ材のに代えておいたと言う。

ローとセカンドで伸びますよス~ッとね、言われて乗ってみると確かに回転が伸びる。

逆に低速回転だとモタモタする。

ロシナンテは生まれがスポーツカーなのでギア比の設定が高速走行用に出来ていて、セカンドで引っ張れば100Kmになっちゃう。

あと3速、4速、5速(オーバードライブ)まであるのに国立の2Km四方で乗っている分には使いようがない。

 

 最近(食物連鎖)ならぬ(書物連鎖)ということを考える。

小説よりもエッセイの類を読むことが多いせいか、あの本は凄いとかこれは面白いとか書かれているとつい探して読まずにはおれない。

例えば開高健からは随分いろんな本を教わったけどその一冊に中国のエンバイという人の書いた(随園食単)という岩波文庫の本がある。

1980年初版なのでとっくに絶版になっている。

古本屋を探せばあるのだろうけど面倒といえば面倒だ。

 

 気にしながら2年程たった。

先週インターネットのISIZE(イサイズ)というリクルートのサイトを見ていると古本屋さんみたいなメニューがありサーチすると2軒この本を売りに出していた。

大喜びで一軒の方に申し込むと2~3日後に宅配便で届けられた。

発行時の定価400円と送料200円プラスアルファで780円程10日以内に郵便為替で払い込めばいい。

 

 まだ目次しか見ていないけど中国料理のあらゆる名前がズラズラと並んでいるので嬉しくなる。

このエンバイというお人は1700年代の人で一種の役人だったのだけど荒れ果てた農園(池あり渓流ありの)を買ってそれを整備し夜毎宴を催して詩歌に耽った。

食単というのは今で言う(レシピ)のことでエンバイ先生余程料理と文の達人だったらしく彼の園に集まった文人、芸能人たちが競って彼の(食単)を求めて買って、それが82歳まで生きた彼の収入源になったと解説にある。

 

 ちょっと読んでみたいと思いまへんか?

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