2016/12/07

2016・12・8 夏目漱石がなくなって100年だとか篇

4_2なかなかの男前だった


 12月になってNHKがやたらと夏目漱石の番組をやる。
どうしてなのだろう?と思っていたら没後100周年ということだった。
それも100年前の12月に亡くなったらしい。
ウィキペディアに聴くと以下のように出てくる。

夏目漱石(なつめ そうせき、1867年29慶応315)~ 1916年(大正5年)129)は、日本小説家評論家英文学者

 つまり命日が1916年12月9日という次第。
誕生日が1月5日というのも、ふうてんなどは嬉しい。
漱石のそれは旧暦ではあるけれど、同じ1月5日が誕生日なのである。
み~は~族はそういうつまらないことが嬉しいものなのですなぁ。

 それにしても生い立ちから亡くなるまでのアレやらコレやらがこれほど話題になる作家は珍しい。
亡くなったのが大正5年の100年前、生れたのは明治前年の149年前。
こんなに昔の一人の作家の作品が今でも本屋さんの本棚にコーナーがあり結構売れている。
仮名遣いの表記は何度もリニューアルされてきたに違いない。

吾輩は猫である』(1905年) 38歳 作家デビュー
坊っちゃん』(1906年)
草枕』(1906年)
虞美人草』(1907年)      40歳 朝日新聞入社
三四郎』(1908年)
それから』(1910年)
』(1911年)
行人』(1914年)
こゝろ』(1914年)
明暗』(1916年)  49歳 没

 38歳まで蓄えてきたものが(猫)で一気に爆発した。
それから10年の間にこれだけの作品を書いた。
まことに希有な作家だった。
遺作となった(明暗)でも力は衰えず若々しかった。
それも当たり前でまだ49歳だった。

 漱石を読んでふうてんが感心するのは(古さが感じられない)ということである。
古さも新しさもない、時代を超えた普遍性を感じる。
その背景として時代性があったとも感じる。
いつの時代もどこかで一人の人間が生れる。
生まれ落ちた環境の中でその人間の一生はスタートする。
漱石が生れたのは江戸と明治の境目だった。
両親が歳をとっていたので生れてすぐ親戚に引き取られた。
時代も生い立ちも(俺って何者なのだろう?)と考えさせるに十分な条件が整っていた。

 21世紀になって世界も日本も漂流している。
(アメリカはな~に?どうすればいいの?)
(イギリスってどういう国だったっけ?)
(これから日本はどうすればいいの?おせ~て、おせ~て)
 
・・・
こんなとき、漱石せんせぇ~の意見を聴いてみたいなとふうてんは思う。

 彼はロンドン留学中にありとあらゆる文学書を読み漁った。
どうしても(文学とは何か?)は分からなかった。
そうして最後にたどり着いたのが(他人の書いたものに頼っていてはダメなのではないか)
ということだった。
それで(自己本位)にたどり着いた。
(私の個人主義)という講演でその経緯を詳しく語っていて今は文庫本でも読むことが出来る。
(自己本位というツルハシを得て私は硬い岩盤に立ち向かう勇気を得た)
と漱石は語っている。

 そういえば(夏目漱石全集)が我が家にもあったことを思い出した。
一冊だけ、(坊っちゃん)が欠けている。
この全集を譲ってくれたのは松山の友人だったような気もする。
彼も(坊っちゃん)だけは手元に置いておきたかったのだろうか。
 

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